大湊に深海棲艦警報が鳴り響き、夜の街に次々と明かりが灯る。
騒ぎ声が聞こえる中、艤装を装備した艦娘達は、桟橋から抜錨していった。
「惹かれ合っているって言うべきか………まさか、薄雲が深海千島棲姫の侵攻を予測できるとはねぇ。」
「夢に出て来たんです。様々な深海棲艦を連れて、東から大湊へと近づいてきているのを。」
電探で、大湊で指揮を取る涼風と、岸波の艦隊の後方にいる薄雲が会話をする。
岸波達は最大戦速で(と言っても扶桑姉妹や神鷹に合わせてだが)、まず西に向かい、陸奥湾の出口に回り込む。
大湊防衛用の対空装備を積んだ冬月や福江等も後ろから付いて来ており、かなりの大艦隊になっていた。
その中で漣が、無線のチェックも兼ねて薄雲に聞いてくる。
「薄雲ちゃん。何かヤバそうな敵艦はいた?」
「軽空母ヌ級の他、駆逐艦、軽巡、重巡、雷巡、輸送艦、戦艦………色々といましたけれど………航空戦艦のレ級が見えました。」
「レ級?………まさか、エリート級?」
「エリートです………厄介かも。」
思わず眉を潜めたのは朧。
レ級というのは、パーカー付きのレインコートを着たヒューマノイド型の深海棲艦だ。
常に屈託のない笑顔であるのが印象的なのだが、巨大な長い尻尾を携えており、その中から羽虫の攻撃機を飛ばしたり、魚雷をばら撒いてきたりする。
また、周りに装着している砲塔から、強力な砲撃も駆使してくる強敵だ。
更に言えば、夜戦で鬼クラスや姫クラス等のように、航空戦も仕掛ける事が出来るのも特徴であった。
「嫌な敵が混じってるね………。」
「朧はレ級が嫌いなの?」
「深海棲艦に好き嫌いは無いと思うけど、ハッキリ言えば大嫌いかな。」
「そう………。」
もしかしたら言えない過去に関係しているのかもしれないが、今は置いておく事にする。
やがて陸奥湾の出口を抜けた所で、冬月や福江が言ってくる。
「すまないが、私達はここまでだ。ここで防衛ラインを形成する。」
「大湊を頼む。信じているぞ!」
「任せて。じゃあ、進みましょう。」
冬月達と別れた岸波達第二十六駆逐隊は、3列の艦隊の中央に並ぶ。
そして、鳥海と神鷹に確認を取りながら東に進んでいく。
やがて、夜偵を飛ばしていた神鷹から報告があった。
「見えました………。敵艦24隻………。フラッグシップ級の軽空母ヌ級の他に、エリート級の駆逐艦ハ級や後期型ロ級。フラッグシップ級のヘ級に、エリート級の雷巡チ級。フラッグシップ級の重巡ネ級にフラッグシップ級の戦艦タ級、フラッグシップ級の輸送艦ワ級に………エリート級の航空戦艦レ級!そして、深海千島棲姫です!」
「ぴゃあああああ!?敵さん多すぎー!?」
「大丈夫よ、酒匂!こっちだって18人はいるもの!」
「艦隊発艦します………!皆さんも海戦に備えて下さい!」
神鷹の左腕のカタパルトから、次々と夜偵を含めた攻撃機が飛んでいく。
それに合わせて、中央の岸波率いる第二十六駆逐隊が加速。
薄雲を中心とした輪形陣になって、目測でも測れるようになってきた敵陣を見る。
先頭の岸波は、前方にヌ級を中心とした3つの艦隊が並んでいて、その後ろに深海千島棲姫やレ級がいる親玉達の艦隊がいる事に気付いた。
「前3つは壁役って事ね!………切り込むぞ!各艦続け!」
射程に入った事で、ヌ級の攻撃機やタ級やネ級の砲撃が飛んで来る。
しかし、それを面舵と取舵を駆使しながら岸波達は回避して、まず中央の艦隊に突撃する。艤装を缶とタービンで強化したお陰か、敵の目測が全然合わず、あっという間に接近出来てしまう。
「んじゃ、一番槍もーらい!」
気付けばヌ級の傍まで肉薄していた舞風が、手持ちの高角砲を叩き込む。
これによって1隻が悲鳴を上げて撃沈していく。
この艦隊にはもう1隻ヌ級がいたが、右翼にいた望月が単装砲で軽く沈めてしまう。
岸波達は敢えて中央の艦隊を全滅させず、続いて神鷹側の右の艦隊へ突撃。
「この距離なら………!沈め!」
チ級やハ級等の魚雷を躱しつつ、こちらの艦隊のヌ級も山風が連装砲を叩き込んでいく。
(ここまでうまくいくなんてね………!)
左翼を担う鳥海の艦隊も交戦状態に入ったという事を無線で確認した後で、岸波は事前の打ち合わせがうまく働いていると感じていた。
実は街への被害も考え、航空戦を有利にする為に、先にヌ級を優先的に沈める選択を取ったのだ。
その為に切り込み隊長を担う事になったのが、中央を任せられた速力に優れた第二十六駆逐隊の面々である。
彼女達が敵陣をかき乱す事で、ヌ級を含めた敵の動きを封じる選択を取ったのだ。
実際、ヌ級の攻撃機は目に見えて減少しており、神鷹の夜偵による攻撃を有利に働かせている。
「こちら扶桑。山城達と一緒に左側のヌ級を落としていくわね。」
射程に入った扶桑と山城、鳥海と摩耶の4人が残ったヌ級に砲撃を浴びせて爆発させていく。
このままならば、深海千島棲姫と有利に戦えるそう思った時だった。
「各艦、次は左の艦隊に………。」
「レ!」
「っ!?」
岸波は一瞬、心臓が口から飛び出るかと思った。
何と右を向くと、いつの間にかレ級がその笑顔がはっきり見える程、肉薄する距離にいたのだ。
速力を上げた駆逐艦の隣に………である。
「いつの間に!?」
「レレレー!」
「ぐあっ!?」
そのまま凶悪な力を持つ右の拳で殴り掛かられる。
咄嗟に小手の役割も兼ねる右手の連装砲で防御するが、余りの威力に吹き飛ばされる。
「岸波ちゃん!?」
左翼を担っていた朧が慌てて回り込んで受け止め、岸波の後ろにいた舞風や薄雲が主砲を撃ち込むが、レ級は器用にトビウオのように軽く数回バク転をしながら下がると、海に這いつくばりながら尻尾を上げて、魚雷を扇状に撃ち出す。
だが、その数がとんでもない量で、とてもじゃないが回避出来ない。
「各艦隊、魚雷を撃ち落とせ!何でもいい!!」
痺れる右腕を抱えながら起き上がった岸波の警告で、各艦隊が一斉に魚雷を相殺していく。
第二十六駆逐隊は、右翼の望月が魚雷を6発全部扇状に発射して相殺した。
右翼の神鷹の艦隊は、阿賀野や酒匂が増設バルジで盾を作った。
左翼の鳥海の艦隊は、全員が主砲で狙う事で相殺していく。
いずれも派手な爆発が起こり、水柱が上がる。
「不味い………!?」
レ級が水柱に隠れた事で、岸波達は行動を予測できなくなる。
すると、5発の主砲と副砲が岸波の進行方向………左翼の鳥海の艦隊へと飛ぶ。
「鳥海!そっちに砲撃!!」
「え!?」
「不味いわ!摩耶!」
「仕方ねえ!」
咄嗟の判断だったのだろう。
山城が扶桑を、摩耶が鳥海を庇う。
そのお陰で鳥海と扶桑は無事だ。
海上にうつ伏せになった曙と漣も回避できた。
だが、山城と摩耶は………。
「ああっ!?」
「ぐああ!?」
悲鳴と共に、山城の砲塔が半分吹き飛ぶ。
摩耶に至っては、左舷の主砲等がある艤装が木っ端みじんになった。
更に、レ級の爆撃機が神鷹達の方へと飛ぶ。
「烈風改二戊型が………!?」
それらは確実に神鷹の夜偵を器用に爆撃で破壊していき、彼女の夜間での航空戦力を奪っていく。
「ギャハハハハ!」
「い、一瞬で戦力バランスが!?」
たった1隻で味方の戦力を奪っていく凶悪な敵艦に、岸波は唖然とさせられる。
武装のレパートリーが多い分、下手な鬼クラスや姫クラスよりも厄介だと思えた。
とにかく後ろに引かせようと山風と朧、更に薄雲が魚雷を撃つが、レ級は笑いながらまたバク転で下がっていくと、攻撃機を発艦させる。
「鳥海!摩耶と山城は!?」
「攻撃続行不可能………!私の計算がここまで狂うなんて!」
「致命傷になる前に引かせて!神鷹は!?」
「夜偵の残りが少ないです………!下手にレ級には挑めません!」
「阿賀野と酒匂は神鷹を守って!曙!漣!潮!秋雲!風雲!ヌ級はもういないから、ル級やネ級を集中的に狙っていって!」
「アンタ達はどうする気なの!?」
曙の叫びに、岸波は奥の敵艦隊を見つめる。
そこにはレ級の他、ル級2隻、ネ級2隻、そして深海千島棲姫がいた。
「親玉を潰す!突撃するから可能ならば援護して!」
そう言うと、岸波達は単縦陣に切り替え突撃をしていく。
艦列は岸波・舞風・薄雲・望月・山風・朧の順だ。
ネ級やル級、更にはレ級まで砲撃してくるが、ジグザグに動いて狙いを絞らせない。
逆に第二十六駆逐隊は適正距離まで近づくと、主砲を構える。
だが、ここでまたレ級が魚雷を発射。
今度は扇状じゃなく、集中的に岸波達を狙って撃ってくる。
「こいつっ!」
とにかく8本の魚雷を1本ずつ撃って相殺していく岸波であったが、水柱が派手に立って視界がまた封じられる。
取舵を取って砲撃に備える岸波達であるが………。
「ドケ!」
「な!?」
そこに飛び込んできたのは、深海千島棲姫。
敵姫クラスは、何と飛び蹴りを岸波に喰らわせる。
今度は防御が間に合わず、派手に腹に一撃を貰い転がる。
「岸波!?ってわぁ!?」
舞風が助けようとするが、レ級の尻尾の巨大な口に右アームの高角砲を喰われ、そのまま振り飛ばされる。
「舞風さんまで!?」
「オ前サエ!」
「うぐっ!?」
あっという間に歴戦の艦娘達が手玉に取られた事で、怯む薄雲であったが、その首根っこに深海千島棲姫の冷たい左手が伸びて来る。
そのまま首を掴まれると、持ち上げられてしまう。
「が………っ!?」
「苦シメ!悶エロ!死ヲ味ワエ!」
空気を吸えず、力が抜けていく薄雲。
連装砲を必死に向けようとするが、そうはさせまいとした敵の至近弾で、肩から掛けたベルトごと吹き飛ばされてしまう。
魚雷は先程、全部レ級に使ってしまった。
(みんな………は………。)
岸波と舞風は、飛ばされた衝撃で動けなくなっている。
後ろの山風達には、レ級やル級、それにネ級が襲い掛かっており、援護が出来ない。
薄雲の視界が狭まっていく。
このままでは、自分は目の前の深海棲艦に………。
「苦シイカ!?苦シイダロ!?モット、苦シメ!!」
(私は………。)
「返シテ貰ウゾ………!」
(返………す………?)
「ソノ名ヲ………!「薄雲」ノ称号ヲ!!」
(……………。)
ぼんやりした頭で薄雲は考える。
この深海棲艦は………薄雲の名に拘っている。
それが何故かは思い出せない。
その名を明け渡せば楽になるのだろうか?
(違う………。)
薄雲は右手をポケットに突っ込む。
「その………名前は………!」
そして、力を振り絞り、中にあった刃物を………涼風が持たせてくれたコンバットナイフを、握りしめた。
「薄雲は………!私だぁっ!!」
ザクッ!!
「ガァッ!?」
その刃が、薄雲の首を掴んでいた冷たい左手に深々と刺さる。
黒い血が噴き出し、手が離される。
「キ、貴様………!?」
「渡さない………!」
「何ダト!?」
「絶対に渡さない!今は、私が薄雲なんだから!!」
薄雲は力強い瞳で、初代薄雲の鳴れの果てを………深海千島棲姫を睨みつけた。