季節は梅雨から初夏に移る。
雨量が減ってきて、いよいよ本格的な暑さを迎えた中でも、艦娘達の活動は変わらない。
汗をかきながら訓練に臨み、出撃に備える日々。
そんな中、岸波は夜の時間を利用して、少しずつだが文書を書いていた。
「岸波、それ手紙?」
「ええ。大湊に行った時に、秋姉や風姉に姉妹の大体の居場所を聞いたから、手紙を送っているのよ。」
「確か朝霜さん達を含めたリンガの人々にも、文通をしているんでしょ?」
「そうよ。怠惰艦だった分、せめて近況を報告はしたくて………。」
ベッドにうつ伏せに寝転んで聞いてくる舞風に対して、岸波は頷く。
泊地を含め、あれから色んな所に彼女は手紙を送っている。
特にリンガでは、朝霜だけでなく、あきつ丸や夕雲等が交代で手紙を返してくれていたので、向こうの近況も手に取るようにわかった。
「岸波も本当に変わったよね。他者と関わらないって決めてたのに………。」
「その壁をこじ開けてきたのは、ぼの先輩や貴女よ。………ホント、初めてこの部屋に押しかけて来た時は何事かと思ったわ。」
「押しかけ女房ですいませーん。………でも、岸波も結構失礼な事言ったよね。」
自分の胸を両手で触りながら、舞風は憮然とした顔を見せる。
その様子を見て苦笑しながら、岸波は改めて言う。
「感謝しているわ、本当に。貴女が来なかったら、多分………本当に変わる切っ掛けを手に入れられなかったから。」
「岸波………。」
「ちなみに、胸には牛乳って相場が決まっているわね。」
「だーかーらー!岸波には言われたくないって!………もう。」
そのままそっぽを向いて不貞寝をする舞風の姿に、クスクスと岸波は笑いかける。
すると、部屋の入口で音がしたので、外に出て郵便受けをチェックする。
返信されてきた手紙が、複数枚届いていた。
(みんな、色々と送って来てくれているわね。本当、嬉しいわ。)
部屋に戻った岸波は、1枚1枚チェックしていく。
しかし………その内の1枚を見て、固まる。
「………舞風、まだ起きている?」
「うん?何?」
「お願いがあるんだけど、朧と薄雲の部屋に行って、朧を連れて来てくれない?」
「え?」
「それで、申し訳ないんだけど………私が呼びに行くまで薄雲と一緒にいて欲しいの。」
「わ、分かった………。」
岸波の真剣な目を見て、何かあるのだと感じた舞風は急いで起き上がると、言われた通り朧を連れて来た。
そして、舞風が去った後で、岸波は朧を見て言う。
「ごめんなさい、急に呼び出して。」
「だ、大丈夫だけど………えっと、どうしたの?」
岸波は立ち上がると手紙の封筒を見せた。
それは、夕雲型2番艦巻雲からの物だった。
「巻雲ちゃんって………岸波ちゃんのお姉ちゃんの1人だよね。」
「ええ。秋姉や風姉の話だと、今はブルネイ泊地に在籍しているらしいわ。それで、もう1人私の妹がいるんだけれど………。」
そこで一旦間を置き、岸波は朧自身を見る。
正直躊躇う部分はあったが、思い切って告げる。
「朧………貴女、早ちゃん………早霜と知り合いなんでしょ?それも、この横須賀でなくて………旧宿毛湾泊地で。」
「……………。」
岸波の言葉に、朧は若干俯いて沈黙する。
そこまでショックでは無かったのは、岸波達第二十六駆逐隊と、何度も第2代宿毛湾泊地提督の墓参りをしていたからだろうか。
恐らく誰も言わなかっただけで、全員が悟っていたのだろう。
朧が、嘗ての宿毛湾泊地に在籍していたという事を。
そして、恐らくは………。
「………全部書いてある?その手紙に。」
「いえ、貴女に関する事はほとんど書いてないわ。只、ある意味それ以上に、厄介な事が書いてあった。」
「厄介………?」
「巻姉の話だと、ブルネイ泊地に来た早ちゃんは、かなりの精神不安定な状態に陥っていたらしいの。」
「!?」
「その原因の詳細は、姉妹の巻姉だけに教えてくれたらしいけれど、貴女に対してかなりの負い目があるらしいわ。」
「早霜………ちゃんが………。」
今度こそ朧は、明確なショックを受けた。
崩れそうになる彼女を咄嗟に支えながら、岸波は落ち着かせると、最後に一番伝えないといけない事を述べた。
「その早霜に、横須賀に戻って来るように転籍命令が出たわ。第六駆逐隊が今、迎えに行っていて、明日の朝には着く予定らしいの。」
「じゃあ………早霜ちゃんは………。」
「貴女に謝りたいって。多分、混乱していると思うけれど………お願いだから彼女に会ってあげて。」
岸波の告げた現実を受けて、朧はかなり動揺していた。
――――――――――――――――――――
次の日の午前の訓練は、軽く事情を話して補佐である望月に代理を頼んだ。
朧の気持ちも考えると、最低限の人数であった方がいいと思ったからだ。
桟橋には、岸波と朧の他に、提督と第二十五駆逐隊の磯風と長波もいた。
ここ最近の磯風には、心に少し余裕が生まれているようであったが、それでも今は少し険しい顔をしていた。
「長波は、早霜の事を知っていたのか?」
「………悪い。巻雲とは手紙のやり取りはしていたけど、最近までは磯風にも岸波にも言える状態じゃないと判断したから黙ってた。………でも、現実はそう待ってはくれないか。」
「この磯風が偉そうに言える立場では無いが………いつか、過去には向かい合わないといけないのだな。」
「……………。」
岸波は黙って朧を見ている。
彼女はかなり心配そうな顔で南西の方角を見ている。
まもなく早霜と第六駆逐隊が見えてくるはずだ。
だが………一向に見えてこない。
「遅いな………暁、どうした?………何?ここに来て怖気づいている?」
提督が第六駆逐隊の旗艦である暁と連絡を取り合っている。
聞こえてくる会話を聞く限りだと、あまり早霜の状態は良くないらしい。
「司令、大丈夫なのか?早霜の事は余り知らないが、正直、春の磯風ととんとんだ。この状態で岸波や朧に会わせるのは………。」
「ここで過ごす以上は、向き合って貰わなければ困る。早霜、お前が不調を見せる度に朧達は傷つく。覚悟を決めろ。」
その通信が効いたのか、やがて第六駆逐隊の姿が見えてくる。
4人の輪の中心にいた、先を切りそろえた腰まであるダークグレーの髪を持つ艦娘………早霜は、海戦で被弾したのか中破をしていた。
だが、それ以上に顔色が優れないのが遠くからでも分かった。
やがて、桟橋に辿り着くと、朧を確認した途端、着任報告をする間もなく膝から崩れる。
「早霜ちゃん!?」
「ごめん………なさい………。私の………せいで………。」
慌てて朧が支えるが、早霜はがくがくと震えており、かなりの精神不調に陥っていた。
その間に提督が暁達に確認をしているが、ブルネイを立つときからこうであったらしい。
「早霜は船渠(ドック)入りをさせる。」
「提督、高速修復材(バケツ)は?」
「しばらく静かに眠らせてやった方がいいだろう。ここまでだったとはな………。」
眉を潜めた提督の言葉に、全員やり切れないものを感じる。
恐らく早霜は、朧の過去に密接に関わっているのだろう。
そして、後悔という形で今まで引きずってしまっている。
「アタシ………自分の事しか考えて無くて、早霜ちゃんの事全く考えてなくて………。」
雷と電に連れられて行った早霜を見送りながら、朧は俯く。
岸波は何も言えなかった。
彼女もまた、怠惰艦として振る舞っていて、朝霜を始めとした姉妹達の事等、全く気にかけていなかったのだから。
――――――――――――――――――――
早霜が横須賀に来て数日が経ったある日、岸波は彼女に割り当てられた部屋へと向かう事になる。
本当は午前の訓練時間ではあるのだが、早霜はとても訓練が出来る状態では無かった。
そこで、様子を見る為に、補佐の望月に訓練を任せて、こうして長波と分担をして部屋に行っているのだ。
………と言っても、早霜は無口である事が多いので、ほとんど黙ってばかりなのだが。
「早ちゃん、失礼するわね。」
「岸波姉さん………?来てくれたのね………。」
実は、夕雲型17番艦である早霜は、元々山風に近いダウナー系の艦娘だ。
その為、言動も何処か覇気の無い感じの物が多い。
しかし、今はそれ以上に彼女からは力が感じられなかった。
「横須賀は慣れた?」
「……………。」
とりあえず、適当な話題を割り振ろうとするが、早霜は黙り込んでしまう。
人と絡むのが苦手そうな性格故に、こういう時は猶更会話に困ってしまうのだろう。
普段ならば、このまま互いに無言の時間が経過する事になる。
だが、今日は違った。
「ねえ、岸波姉さん………。」
「何?」
「朧さんは………、横須賀ではどんな状態だったの?」
「春まではかなり危うい状態だったわ。私達と関わるようになってから、持ち直して来て………大湊に行く事になって、第七駆逐隊のみんなとも絆を取り戻していって………、そして変わりたいって言って、第二十六駆逐隊に入ったの。」
「そう………。岸波姉さん達が、何とかしてくれているのね………。」
窓の外を見ながら、ほんの少しだけ………安堵の息を吐く早霜を見て、岸波は思い切って踏み込んでみる。
「早ちゃん。貴女は朧の過去を知っているの?」
「知っているも何も………、私のせいで朧さんは………おかしくなったから。」
「おかしくなった?朧が危うい状態になった原因に、貴女が関係しているって事?」
「ええ………。」
俯く早霜の姿を見て、岸波は考える。
もう、朧の過去は隠し切れない所にまで来ているのかもしれない。
頃合いを見て聞いてみるべきであるのだろうかと思ったが………。
「岸波さん!」
そこで扉が開き、艤装を背負った薄雲が飛び込んでくる。
何事かと思った岸波は、彼女の発言を聞こうとするが………。
「大変なの!朧さんが………朧さんが初霜さんとケンカを始めてしまって!」
「ええ!?」
薄雲から伝えられた衝撃の内容に、岸波は思わず叫んでしまった。
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装備品保管庫へと動き、事情を説明して艤装を借りて来た岸波は、訓練海域に赴く。
すると、そこでは本当に朧と初霜が取っ組み合いの乱闘をしていた。
「どうなってるのよ、これ………?」
初霜は、第四駆逐隊が暴走した時に岸波に付いて来てくれた行儀のよい艦娘だ。
仲間を守る事を第一に考える心優しさを持っており、ケンカを仕掛けるような性格では無いはずだ。
それなのに、今は朧と共に眉を吊り上げて、我を忘れて派手に殴る蹴る等をしている。
明らかに異常事態である。
「どうして、受け入れてあげないの!?」
「貴女には関係無い話じゃないですか!?」
叫んでいる言葉を聞いても、岸波には事情が読み込めない。
望月達はどうしているのか?と思い見渡してみたが、どうやら止めようとして派手にぶっ飛ばされたらしく、海上で倒れている。
「岸波さん、どうするの!?」
「とにかく止めるわよ!望月達も起きて!」
周りでは白熱したガチンコの殴り合いを見て、ギャラリー達が沸いている。
この勢いを止めるには第二十六駆逐隊でどうにかしないといけない。
そう思った岸波達は、艤装の怪力に任せて飛びかかった。