「どう?あたしがアンタの嚮導のような立場になった感想は?」
「理解できません。」
ニヤニヤと笑みを浮かべる曙の問いに対し、岸波は正直に答える。
自分は怠惰艦。
それに対し、伝説の駆逐隊の艦娘が嚮導。
これは、人事としては無駄があり過ぎるのではないか?というのが彼女の率直な想いなのだ。
「成程ねぇ………。あくまで、怠惰艦であり続けたいわけか。」
「あり続けたい………以前に、私は性根が腐っていますので。」
「へぇ………。」
割とネガティブで失礼な事を平然と話す岸波であったが、そこまでは曙にとっては予想の範疇だったのだろうか。
彼女は表情を崩さずに手持ちの大型のショットガンを模した連装砲を持ち上げると岸波に突き付ける。
「じゃあ、駆逐艦の流儀で決めない?今からあたしと決闘をしてアンタが勝ったら、ここでぐーたらするのを許してあげる。」
「………貴女が勝ったら?」
「アンタはあたしの舎弟。色々と言う事聞いて貰うわよ?」
強気の笑みを浮かべる曙は負けるつもりは微塵に無いと言わんばかりの表情だ。
勿論、岸波は断るという選択肢もあった。
だが………一応は駆逐艦として、堂々と決闘という条件を突き付けられた以上、そこから逃げるのは果たして良い事なのかとも思ってしまう。
(私は………ん?)
気付けば、他の訓練海域や鎮守府の方角からザワザワとした声が聞こえてくる。
誰が広めたのか、いつの間にか今から始まるのでは無いかと思われた決闘の様子を観戦しようと色々な艦娘達が興味を抱いていた。
「………そこまでして決闘がしたいんですか?」
「逃げてもいいわよ?性根が腐ってるんならば、尻尾を巻いたって罰は当たらない。」
「そうですね。」
「でも………その制服を着ている限り………夕雲型の艦娘が腰抜けだって思われるわね。」
「……………。」
その言葉を聞いて岸波は心の中で嘆息した。
駆逐艦は小柄な身体で敵艦の中に突撃していくだけの丹力と勇気を持った艦娘だ。
それは夕雲型の艦娘も同じであり、その勇猛果敢さは大型艦すら認めてくれる。
だからこそ、曙は岸波に言ったのだ。
もしもこの決闘から逃げたら、他の夕雲型はどう思われるのかと?
「はあ………。」
「観念したかしら?」
「約束………守ってくれますよね?」
「女に二言は無いわ。」
「分かりました。」
岸波は腹を括ると、静かに右手の手持ちの連装砲を曙に向ける。
これで決闘の条件成立である。
ギャラリーの艦娘達から拍手が巻き起こり、場所によってはどちらが勝つか賭け事を始める艦娘もいた。
嵐達はというと、いきなりの展開に驚きながらも彼女達を邪魔しないように訓練海域の端まで下がる。
「使用武装は?」
「何でも使ってもいいわよ?どうせ模擬弾やペイント弾だもの。」
「了承しました。」
そう言うと岸波は多少後ろに下がって足を軽く開き、横に動けるようにする。
その様子を見て、曙も同じように足を開く。
お互いの連装砲がギリギリ届く間合いなので、最初から砲撃による攻撃が可能になった。
「先攻は………。」
「そちらからどうぞ。」
「意外と自信あるわね。じゃ、遠慮なく………。」
曙は独特な形の連装砲を持ち上げると、岸波の方向に向ける。
そして、指のトリガーを引くと………山なりの軌道で砲撃を放った。
その狙いは寸分外れず岸波の方へ飛んでいき………。
しかし、岸波はギリギリの間合いで上半身だけを動かしてその模擬弾を避ける。
「……………。」
「へえ、上手いじゃない。」
曙は更に模擬弾を連射するが、岸波はほとんど動かず回避をしていく。
弾をギリギリまで引き付けて最低限の動きで避けていっているのだ。
その様子を見て曙は感心する。
「目を使ってあたしの動きや模擬弾の軌道を読んでいるのね。そのコツ、誰に教わったのかしら?」
「姉である高波から………。」
「あの子、もうそんな芸当を身に着けているのね。」
「いいんですか?そんなのんびりと感慨にふけっていて。」
岸波は静かに言うと、左右の脚の4本の魚雷発射管から1本ずつ撃ち出す。
連装砲が届くと言う事は、高速で撃ちだされる魚雷は射程が十分届くという事だ。
それに対して、曙は魚雷を左右の脚の魚雷発射管から1本ずつ撃ちだす事で正面からぶつけて相殺する。
それによって2人の間で派手な爆発による水柱が立つ。
(普通に魚雷を撃ったら相殺される。でも………。)
岸波はその水柱で視界が封じられている内に大きく横に移動をする。
そして、視界が確保されると共に再び魚雷を2本発射。
即座に反応した曙は同じ要領で対処し、再び水柱が立つ。
(こちらの魚雷は4連装。あちらの魚雷は3連装。)
3度魚雷を相殺させた所で、岸波は勝機を見出す。
曙の魚雷が空になったのに対し、岸波は後2本残っている。
これならば………。
「決めます。」
「やっぱり最初からそれが狙いね。でも、これならどうかしら?」
岸波が最後の魚雷を発射したのに対し、曙は腰のポーチに入っている爆雷を数個掴み、魚雷の方向に向けて投げつける。
(爆雷………?)
曙の行動に岸波は疑問符を浮かべる。
爆雷は投擲武器であるが、一定の水圧に反応して爆発を起こす対潜水艦用の武装だ。
魚雷を撃ち落とせるものではない。
だが………水に沈んだ爆雷は「即座に」派手な爆発を起こし、岸波の放った魚雷を誘爆させる。
(っ!?………やられた!?)
その様子を見て岸波は思わず息をのむ。
曙は予め爆雷を調整しておいて、水に落ちた瞬間に起爆するように水圧設定を変更していたのだ。
この場合、海に転覆した時や派手に水を被った場合に爆雷が誘爆する危険性があるが、操艦に自信のあるベテラン艦娘なら攻撃の幅を広げられる為、リスクに対するリターンも大きかった。
「最初からこれを狙って………!」
「連装砲は避けられたけど………これはどう?」
「くっ………!」
曙は前進しながら手持ちの艤装の爆雷投射機を使い、2個の爆雷を岸波に向かって投げつけてくる。
岸波は、今度は大きく動いて回避行動をとる。
連装砲と違い、曙の爆雷は着水した瞬間に爆発を起こして波を起こすので、身体のバランスを崩してしまうからだ。
反撃の隙を封じられた岸波に対し、曙は次々とポーチから爆雷を取り出して爆雷投射機で飛ばしていく。
(魚雷はもう無い………!爆雷の設定を変更する暇もない………!ならば………!)
連装砲のグリップを口で銜え、側転で次々と撃ちだされる爆雷を何とか回避した岸波は、曙がポーチを漁っている瞬間を狙い、一気に主機を前に加速させる。
「へえ、更に距離を詰める気?その意味分かってるんでしょうね?」
只でさえ射程の短い駆逐艦娘の距離を更に詰めたら、メイン武装の連装砲は山なりに構える必要も無く、直接撃ち込める。
それだけ互いに危険な距離なのだが、曙はポーチごと爆雷を後ろに投げ捨てると、こちらも加速し、更に距離を詰める。
そして、減速せずに高速で突っ込むと………何とその勢いのまま両者共に頭突きを繰り出した。
「ぐっ!?」
「くーっ!来るっ!!」
頭に火花が散るような衝撃を受けた岸波と曙は、倒れそうになる身体を何とか踏ん張って耐える。
先に動けたのは僅かだが背丈のあった岸波だった。
彼女は連装砲を、右手を守る小手のように掴むと、そのまま曙の顔面に殴りつける。
派手な衝撃を受けた曙はバランスを崩す………ように見せかけて大型の連装砲を両手で掴み、1回転する勢いでハンマーのように岸波の頭に叩きつけてなぎ倒す。
そのまま曙は飛び掛かるが、海に倒れていた岸波は素早く腹を蹴飛ばし体勢を立て直す。
そして、お互い起き上がると連装砲同士を思いっきり何度もチャンバラのように叩きつける。
何度目かの激突で曙の連装砲の一撃で岸波の連装砲のグリップが外れてすっ飛んでいくが、
即座に岸波が曙の連装砲を蹴り上げて弾き飛ばし、互いに手持ち武器が無くなってしまう。
「引き分け………?いや………。」
「駆逐艦ならば、最後まで戦うものでしょ?………行くわよ!」
曙の言葉と共に、2人の駆逐艦は再び互いに飛び掛かる。
殴る蹴るといったいわゆる「殴り合い」での決着を行おうとしたのだ。
ギャラリーからの歓声が盛り上がる中、岸波と曙の取っ組み合いが始まった。
――――――――――――――――――――
ガチンコで殴り合う様子を一番近くで観戦する事になった嵐達第四駆逐隊の3人は、呆然としていた。
まさか、歴戦の曙に対し、改二艦でも無いのに怠惰艦と噂の岸波が善戦するとは思わなかったからだ。
「す、すっげーな………岸波のヤツ。もしかして、俺達より練度高いのか?」
「みたいだね………。のわっち………私、あそこまで楽しそうな曙さん初めて見たかも。」
「のわっちは止めてって………。でも、確かに野分達と反応は違っている………。」
まるで好敵手を相手にしたみたいだ………と言わんばかりの野分の反応を見て、嵐は1人、俯き拳を握りしめる。
そして、ぼそりと呟いた。
「俺がアイツのようにもっと強ければ………萩は………。」
その言葉は風に流されて舞風や野分にも聞こえなかった。
――――――――――――――――――――
鎮守府の方向の波止場には、2人の駆逐艦娘が静かに観戦をしていた。
片方は高めの身長に腰まである黒髪ロングのストレートヘアの赤目の艦娘。
もう片方は岸波と似た制服の同じく腰まであるウェーブの黒とピンクの髪の艦娘である。
陽炎型12番艦の磯風と夕雲型4番艦の長波である。
「………まさか、岸波が横須賀に来ていたとはな。」
「リンガでの様子は夕雲からの手紙で把握してるけど………実際に見た気分はどうだ、磯風?」
「練度が落ちてない所は安心している。怠惰艦と呼ばれる原因を作った1人として心苦しいが………。」
「磯風が悪いわけじゃねえよ。勿論、浦風、浜風、谷風………第十七駆逐隊の誰の責任でも無い。アレは………仕方なかったんだ。」
言葉を濁しながらも気遣う長波に対し、磯風は無言で岸波と曙の決闘を見つめる。
そして、最後に小さな声で呟く。
「………曙達との接触で、何か変わってくれれば。」
「そうだな。曙さんに任せようぜ。」
長波はそう言うと、磯風の肩を叩いた。
――――――――――――――――――――
「ぐっ………!何てタフなの………!?」
「小さいからって舐めて貰っちゃ困るわ!」
岸波と曙の殴り合いはまだまだ続いていた。
何とか曙をノックアウトさせようとする岸波であったが、相手は喧嘩の技術に関しても相当熟練なのか、岸波の腹や顔を的確に殴ってくる。
その為、数度目かの攻防で岸波は後ろにふらつく形になった。
「勝負あった?………ん?」
だが、そこで曙は後ろに数歩下がった岸波の右手に左腰の艤装に装備していた爆雷が握られている事に気づく。
金属を握る事で殴る威力を上げるつもりかと思ったが、そうでは無く岸波は曙に向かって放り投げる。
そして、僅かに右を向くと同じ場所に装備されている機銃を撃ってきた。
「喰らえ!」
「マジ!?」
岸波の思惑を悟った曙は初めて仰天する。
機銃は放り投げられた爆雷に当たり、信管を作動させる。
それにより曙の頭上で派手な爆発が起き、彼女を強烈な爆風と煙で包み込む。
「はああっ!」
トドメにはならないが、不意を突いて隙は出来ると思った岸波は、煙に包まれた曙のいる空間に向けて右の拳を殴り込みに行く。
その踏み込んだ必殺の拳は………しかし空振りに終わった。
「!?」
上手く屈まれたかと思い、続けて足も蹴り出したがそれも空振り。
煙が晴れた時、曙は完全に消えていた。
「どこ!?まさか………っ!?」
バッシャアッ!!
曙のいる所に岸波が気付いた時、彼女の顎に水中から拳を突き上げた曙の一撃が炸裂していた。
思いっきり隙だらけになった急所にアッパーを喰らった岸波は、脳震盪を起こし後ろに倒れ込む。
「艤装の浮力を切って、敢えて水に潜って………。」
「危なかったわね。いい作戦だったけど、こっちの対応が一枚上手だったかしら?」
海水でビショビショになりながらも、強気の笑顔を見せる曙は腰に手を当てて楽しそうであった。
その様子に、ギャラリーから今までで一番の拍手喝采が巻き起こる。
「アンタ、色んな意味で面白いわね。こんなに清々しいのは久しぶりよ!」
「それは良かったですね………。」
「でも、勝負は勝負だから言う事は守って貰うわよ?」
「もう好きにして下さい………。」
完敗だ………と思った岸波は、大の字に海に寝転び空を見上げる。
こうして白熱した決闘は、曙の勝利となった。