朝潮達に言われた場所は、駆逐艦寮の前であった。
そこでは、何故か立て札や旗を掲げた磯風と長波がいて、その姿を、体育座りをした島風がジッとメガホンを持って見ていた。
「えー、第二十五駆逐隊に加入してくれた者には、この磯風自らが手に入れた桃の缶詰を渡そう!」
「ダメダメー!ギンバイ品じゃ駆逐艦は興味を示さないよ!しまかぜ的にはパフェがいいな!」
「パフェ!?そ、そうか………な、ならばこの磯風自らが手に入れた………。」
「………何をしているの、磯風?」
「な!?は、早霜か!?」
何故か島風の指示を受けながら、しどろもどろに演説の真似事をする磯風に対し、冷ややかな目を投げかける早霜。
長波は、磯風の後ろで思いっきり肩を落として嘆息している。
「いや………そろそろ岸波を見習って、第二十五駆逐隊も募集してみようかと思ってな。こうしてアピールというものをしているのだが、一向に集まらんのだ。」
「それで編入してくれる艦娘がいれば、苦労はしないわ。」
「だが………他に方法が思いつかなくて………、島風にも助言を求めているのだが………。」
「長波はどうして止めないの?」
「一応、嚮導艦は磯風だからなぁ………。これでも最初は自分の作った飯のフルコースを提供するって言っていたから、随分修正できた方なんだぜ?」
呆れ果てたような長波の言葉を聞いて、初霜を始めとした面々は思わず同情する。
磯風は武人肌の艦娘であるのだが、料理がとにかく下手だ。
その為、フルコースを提供されるのならば、確実に腹を痛めるだろう。
とはいえ、ギンバイ品やパフェで釣った所でどうにかなる話では無い。
「根本が間違っているか………。なあ、島風。この磯風達が仲間を集めるにはどうすればいい?」
「うーん、趣向を変えてみるとか?例えば、仲間を集めるんじゃなくて、依頼を求めてみるとか。」
「依頼………?」
「そうそう。助けて欲しいと願う艦娘達の力になるの!岸波もそうやって仲間を増やしていったって聞いたよ?」
「成程………。」
この島風の提案には、磯風だけでなく、長波や初霜達も納得する。
駆逐艦娘は、なんだかんだ言って仲間の絆を大切にする。
だからこそ、仲間を集める前に、艦娘の信頼を勝ち取る事が重要なのだ。
「しかし、艦娘からの信頼というのは、打算で勝ち取る物では無いだろう?」
「そうだよ。だから、下手に焦って求めるよりは、成り行きに任せてみるのも手かなって。」
「島風からそんな言葉が出るとは思わなかったな。」
「オウ!?………しまかぜだって冷静に分析できるんだよ!?」
抗議する島風の姿を見ながら、初霜は思う。
確かに岸波が第二十六駆逐隊を大規模な物に出来たのも、半ば成り行きだ。
しかし、その仲間達を大切にする心は、初霜自身も惹かれる物がある。
だからこそ、5人の仲間達も岸波を大切に想っているのかもしれない。
(でも、岸波さんは、今は悩んでいる………。)
岸波は、第二十六駆逐隊の一員となった朧の心を救う事が出来ない。
どうすればいいのかも分からない状態だ。
いや、朧だけでない。
今、隣にいる早霜も………。
(私も力になりたいけれど………。)
初霜はこっそり指輪を付けたペンダントを取り出して握る。
こういう時、この指輪をくれたブルネイの提督は何てアドバイスをするのだろうか?
まだ仲間の為に戦いたいと保留にした、自分自身のわがままを許してくれた、あの愛する人は………。
「とにかく島風、ありがとう。磯風達ももう少し考えてみるさ。………しかし、今更だが1人でいて寂しく無いのか?」
「大丈夫だよ。今日の夕方、呉から帰って来る予定の第九駆逐隊にしばらく転属する予定だから。」
「第九駆逐隊?確か、朝雲・山雲・夏雲・峯雲の4人の駆逐隊だったな。陽炎型が多い呉に行く際に、若干朝雲がごねていたが………。」
第九駆逐隊も、第六駆逐隊や第八駆逐隊と同じように、元々は横須賀の駆逐隊だ。
ところが、横須賀と呉の間では艦娘の貸し借りが多発しており、それによって提督同士がいがみ合っている状態であった。
その影響で第九駆逐隊は長い間、呉に行っていたのだ。
特に艦娘になったばかりの夏雲にとっては、いきなりの転籍命令で、かなり驚いていた様子であったはずだ。
「もう少ししたら桟橋に来る時間になるから、しまかぜは行くね!」
「待て、1人での出迎えでは寂しいだろう。アドバイスの分の礼だ。磯風達も行こう。長波もいいか?」
「ああ。………とりあえず、この無駄に目立つ立て札や旗を片付けてからだな。」
「あ、手伝うよ。私も出迎えをしたいし。」
「待てよ、吹雪。深雪さまも行くぜ。呉の様子も聞きたいからな。」
「私も行っていいでしょうか………?」
「いいと思いますよ?みんなで行きましょう。」
こうして、7人の艦娘達は片付けをした後、夕方に桟橋へと向かう事になった。
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桟橋に立った初霜達は、丁度、こちらに向かってくる艦娘達を見つける。
栗色の長い髪を水色と白のツートンカラーのリボンでツインテールにまとめている艦娘。
癖のある灰色のセミロングの髪に薄緑色のカチューシャを付けた艦娘。
短めの前髪に毛先が広がった白色の髪のボブヘアの艦娘。
芦黄色の長いツインテールを三つ編みにした艦娘。
この4人が、それぞれ朝雲・山雲・夏雲・峯雲だ。
だが………。
「何か様子がおかしく無いか?」
磯風の声で、初霜達も注視する。
朝雲達は血相を変えており、最大戦速ではなく、それ以上の速度で艤装に負荷の掛かる、一杯でこちらに向かってきている。
そのまま器用に一気に減速をして桟橋に辿り着くと、艤装に無理をさせた影響か、出迎えの面々の前で膝を付く。
「どうしたんですか、朝雲さん!?わざわざ急いで戻って来るなんて!?」
「し、司令の所に連れてって!早く!」
只事では無いと思った一同は、4人を庁舎の執務室へと連れて行こうとする。
しかし、庁舎の様子がおかしかった。
入口には豪華な車が止まっており、扉が開け放たれていた。
何者が入り込んでいるのかと思った初霜達であったが、執務室の前に来て、その真相を知る。
「遅かったか………。」
朝雲は頭を押さえる。
執務室の扉も開け放たれており、中には複数の偉そうな人達が、提督と秘書艦の大淀に詰め寄っていた。
「早く艦隊を編成しろ!」
「出撃をさせるのが提督の仕事だろ!?」
「横須賀の艦娘達は何をやっている!?」
矢継ぎ早に文句を言っている上の者達の姿を見て、初霜は朝雲に問う。
「何があったのですか?」
「呉から帰る途中、作業船とすれ違ったの。宿毛湾泊地跡地が深海棲艦に占拠されたって。」
「!?」
「それで、慎重に遠くから双眼望遠鏡(メガネ)で泊地跡を見たら、そこには集積地棲姫と………黄色に輝くレ級が親玉として陣取っていて………。」
「黄色の………レ級!?」
初霜の脳裏に、昨晩の朧の話が思い起こされる。
それは、朧の因縁の相手であったはずだ。
いや、朧だけでなく早霜にとっても………。
「早霜ちゃん………え?」
そこで初霜は気付く。
ついさっきまで一緒にいたはずの早霜の姿が、何処にもなかったからだ。
――――――――――――――――――――
その頃、訓練を終えた岸波と朧は、鳳翔の店に寄っていた。
昨晩の事があったので、何か良い答えが見出せないかと思ったのだ。
実際、鳳翔も困った時は相談に乗ってくれと前に言ったので、素直に岸波達が来てくれたのは嬉しかったらしく、サイダーをごちそうしてくれた。
とはいえ………。
「でも、ごめんなさい。多分、私がどんな答えを出しても朧さんは納得しないと思うわ。」
「そう………ですよね。」
鳳翔の出した素直な言葉に、朧はもちろん、岸波も肩を落とす。
皆の母親役を務めている鳳翔でも、出産はおろかケッコンカッコカリもした事は無い。
夫と赤子を失った朧の気持ちを、理解できるわけが無いのだ。
「だったらアタシは………どうすれば、過去を振り切れるのでしょうか………。」
「果たして振り切る必要はあるのかしら?」
「え?」
サイダーを継ぎ足していく鳳翔の言葉に、朧は目を見開く。
店主である彼女は、朧の目を見つめるとゆっくりと話し始める。
「確かに朧さんの過去は、艦娘にとって誰にも理解できない程苦しい物よ。でも、それは、絶対に忘れてはいけない物じゃ無いのかしら?」
「忘れては、いけない………?」
「貴女は愛する家族の事、忘れたい?」
「……………。」
朧の脳裏に自分を愛してくれた宿毛湾泊地の提督の姿が思い起こされる。
更に、その提督との間に生まれた女の子も。
「いやです………。忘れたくない。でも………でも、アタシはこの過去に縛られる限り、みんなに迷惑を掛けてしまう。これじゃあ、沈んだ先輩にも顔向けできない………。」
握り拳を作り、カウンターの上で震わせる朧。
その手をそっと握りながら、鳳翔は告げる。
「どうしようもない事はね………時間の経過でしか、心の整理が付けられない事もあるわ。朧さんは真面目だから、何とかしたいって焦ってしまうのだろうけど、もっとゆっくりと、周りに甘えてもいいとは思うわよ。」
「甘える………第二十六駆逐隊のみんなに………。」
「そう。例えばそこにいる岸波さんは嚮導艦なんだから、貴女の事を考えてくれているわ。気持ちを理解して貰う事は不可能でも、甘える事は出来るはずだから。」
「……………。」
色々と考え込んでしまった朧は、黙り込んでしまう。
その手を優しく握っていた鳳翔であるが、ふと何かを感じ、裏口から外をうかがう。
夜が更けて来た中であるが、庁舎の方が騒がしい。
「何かあったのかしら?こんな時間に………。」
その時であった。
店の入り口が開け放たれて、初霜を筆頭に舞風・望月・山風・薄雲が走って来たのは。
彼女達は、岸波達の姿を確認すると、青ざめた顔で話しかける。
「大変です、岸波さん!早霜さんが………暴走しました!」
「早ちゃんが!?どういう事ですか!?」
「とにかく朧も落ち着いて聞いて!じ、実は………!」
「舞風、まずは貴女が落ち着きなさい!」
岸波は、鳳翔にお茶を持ってきてもらうようにお願いすると、5人に飲ませて落ち着かせる。
初霜達は鳳翔に感謝しながらも、簡潔に説明する。
宿毛湾泊地跡に深海棲艦………集積地棲姫と、あのフラッグシップ級レ級が占拠してしまったという事を。
そして、その話を知ってしまった早霜が、暴走してしまったと。
「まさか、1人で抜錨したの!?」
「そのまさか………!装備品保管庫に行ったら衛兵が昏倒していて、中から早霜の艤装が無くなっていた………!」
「は、早霜ちゃんが………!?」
顔を真っ青にした朧を見て、岸波は何とか支える。
すると、そこに今度は店に男の人物………横須賀の提督が現れる。
「アレ、司令官?あの沢山の人達の対処は?」
「庁舎の食堂でディナーを楽しんで貰っている。状況としては、既に呉から艦隊が出撃しているし、佐世保からも艦隊が支援に向かっているそうだ。」
望月の質問に対し、慣れっこだと言わんばかりに落ち着いて答えた提督は、鳳翔の店を後にして装備品保管庫に向かいながら、岸波に言う。
「ここに来たのは、第二十六駆逐隊に抜錨して貰う為だ。横須賀からの距離では、駆逐隊でなければ間に合わないだろうからな。」
「分かりました、直ちに準備に………。」
「待て、話は最後まで聞け。空母棲鬼の時とは状況が違う。何としても敵艦を撃沈しなければならない以上、駆逐隊を3つは編成して投入するつもりだ。」
「大掛かりな作戦になりますね………。」
「他人事のように言うな。その全体のリーダーをお前に任せる。」
「私………ですか?」
「そうだ。鳥海に聞いたが、大湊では咄嗟の時の指示役として優秀だったと聞く。」
確かに岸波はレ級の猛攻を受けた時に神鷹や鳥海の艦隊にも指示を出していた。
恐らく鳥海は、そこを評価してくれたのだろう。
「………分かりました。では、第二十六駆逐隊の6人が中心になって………。」
「待ってください!」
後ろから声が掛かったので、岸波達は思わず止まって振り向く。
見れば、初霜が手を上げていた。
「私も………初霜も第二十六駆逐隊に入れてくれませんか!」
彼女は真摯な瞳で手を上げていた。