艦隊これくしょん ~受け継がれる想い~   作:擬態人形P

37 / 109
第37話 ~少女~

「そっか………あの人がね………。」

「ごめんなさい………今まで黙っていて………。」

 

海戦の後、破壊の後が残る宿毛湾泊地跡に上陸した朧と早霜は、岸波を始めとした艦娘達を引き連れて、提督の亡骸が発見された場所に足を踏み入れていた。

本当は、夏雲の診断を受けた結果、由良を早く呉に連れて行った方が良かったのだが、その由良本人が朧達に気を使ってくれたので、こうして全員で見て回っている。

そこで、早霜は朧に今まで言えなかった過去を………朧の夫であった宿毛湾泊地提督が早霜自身を庇って戦死した事を白状したのだ。

 

「私、守るって言ったのに………え?」

 

その亡骸の跡が染みついた………爆撃によって戦死した提督の惨状を物語っている、地面の焦げた跡を見ながら、頭を下げて謝る早霜の頭を、朧はそっと撫でる。

彼女は、優しい笑みを浮かべていた。

 

「ゴメンね、気付いてあげられなくて。」

「そんな!だって………だって、本当に悪いのは………!」

「アタシ………少しだけ安心しているんだ。あの人は、最期の瞬間まで、アタシの愛する優しい人だったんだなって。早霜ちゃんを守ってくれるような………そんな人だったんだなって。」

「朧………さん………。うう………。」

 

辛いはずなのに、健気に笑みを見せてくれる朧に対し、早霜はダメだと思いつつも泣き出してしまう。

その身体を優しく抱きしめながら、朧は静かにもう一度、夫の亡骸の跡を見る。

最期まで誇りに思えた、その夫の姿を………。

 

「あの、朧さん………。」

「じゃあ、そろそろ行きましょうか。由良さんを早く治療しないと!」

 

初霜が思わず話しかけるが、朧は鬼怒達に明るい声で言う。

無理をしているのは分かったが、それでも当事者がしっかりとしている以上、周りがとやかく言うわけにはいかなかった。

様々な想いを抱えながら、岸波達は宿毛湾泊地跡を後にして、呉へと向かった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

昼前に到着した呉では、提督が船渠(ドック)入りと高速修復材(バケツ)の準備を整えており、すぐさま由良から治療を行う事になった。

岸波達を始めとした横須賀や佐世保からの援軍で来てくれた艦隊は、次の日の始発列車で元の鎮守府に帰る事になる手筈になった。

だが、順番に船渠(ドック)入りを終えて日が沈んだ頃、呉には意外な人物がやって来ていた。

 

「全員で帰って来たか。無事で何よりだ。」

「提督!?」

 

岸波は驚く。

そこには、横須賀の提督が待っていたのだ。

どうやら、岸波達を送り出した次の日、始発列車を使って、呉鎮守府までわざわざやって来たらしい。

 

「あの、横須賀は………?」

「大淀に任せてある。お前達をこのまま、呉の奴にパクられたら困るからな。」

「えぇ………?」

「まあ、半分は冗談だ。………実は、呉と佐世保と舞鶴の提督と電話で話し合った結果、お前達に公表しようと決めた事がある。」

「それは………どういう?」

 

首を傾げる岸波に対し、横須賀の提督は船渠(ドック)入りを終えた全ての艦娘達を案内する。

呉の敷地はしっかりと把握しているのか、迷う事無く装備品保管庫の近くに来た。

 

「来たか、みんな。」

「衛兵さん!?」

 

そこでは、呉の衛兵達に交じり、横須賀の衛兵が立っていた。

但し、いつもの鎧や兜等は付けていない為、刈り上げられた黒髪がハッキリとしている。

 

「あ、あの………ごめんなさい、私………。」

「おっと、早霜。すまないが謝罪はダメだ。別に気にしていないし、用があるのは朧だからな。」

「え?」

「アタシ………ですか?」

 

無断で艤装を取る為に気絶させた事を早霜は謝るが、衛兵は手で制すると、朧を呼ぶ。

よく分からないが、前に進み出た朧に対し、衛兵は………頭を下げた。

 

「まず、今日まですまなかった。諸事情で話せなかったとはいえ………お前を苦しめてしまったんだからな。」

「???」

「順番に話す。まずは紹介しよう。俺の妻だ。」

 

横須賀の衛兵が告げると、物陰から別の呉の衛兵達に連れられて、長い黒髪の二十代後半の女性が出て来る。

そう言えば、この衛兵は前にアジサイをプレゼントした時、家族が喜ぶと言っていた。

結婚していても、おかしくは無いだろう。

 

「でも、それ………が………。」

 

そこで、朧は固まる。

ロングスカートをはいた母親の陰から、幼い少女が顔を出したのだ。

年齢は、5歳にも満たないだろうか?

しかし、ここで岸波達は気付く。

少女の髪色が両親の黒では無く、枯草色である事に。

 

「ま………まさか………!?」

 

思わず薄雲が、父親の衛兵を見る。

衛兵は、一瞬目を伏せると話し出す。

 

「俺の妻は、元々は宿毛湾泊地の近くに住んで、素潜りで生計を担っていたんだ。あの日の空襲によって深海棲艦警報が出た時、慌てて海岸から避難しようとしたんだが………その時、浜辺に漂着した赤子を発見してな………。」

 

竹で編んだ籠に、大切に入っていた赤子が、衰弱した状態で眠っていたらしく、このままではいけないと思い、連れて行ったというのだ。

 

「そ、その赤ん坊って………!?」

「衰弱した赤子は、妻の必死の看病によって回復をした。実は、元々妻は子供を産めない体質で………俺達は、天からの贈り物だと思い、大切に育てようと誓った。その後、俺が横須賀に転籍するのに合わせて、妻も子供と一緒に横浜に移ったんだ。」

「待って!?待ってよ!?じゃあ………!?」

「………横須賀の提督に、その事を話したらとんでもない顔をされたよ。そして、そこで朧達の話を聞いたんだ。」

 

衛兵は慌てて、成長した子供を横須賀の提督に会わせたらしい。

そして、提督は確信したのだ。

 

『……………。』

「以上がずっと黙っていた事だ。」

 

告げられた過去に、皆が絶句する。

つまり、この衛兵夫妻が天からの贈り物だと思い育てていたのは、宿毛湾泊地提督と朧の………。

 

「何で………ですか?」

 

震える声が聞こえる。

だが、それは朧では無い。

早霜でも無い。

初霜であった。

彼女は、怒りを顔に出すと衛兵に向かって叫ぶ。

 

「何で黙っていたんですか!?あの一件の後、朧さんが心身共に打ちのめされていたのは知っていたでしょう!?」

「初霜、衛兵夫妻に当たるな。これは、提督達の話し合いの末に決まった事だ。黙っていた責任は俺にある。」

「だったら何で!?もっと早く話してあげれば、朧さんはっ!!」

「ダメ………!初霜ちゃん!」

「え!?」

 

横須賀の提督にも叫び始めた初霜であったが、何と朧がその両肩を押さえて止めに入る。

この事実を知らされて無かった事で、一番被害を被ったのは彼女であるのに。

もっと早く知っていればよかったのは、朧自身であるのに。

 

「何で………!?」

「子供が怖がるから………。それに………アタシは、艦娘だから。」

 

俯きながらも、朧はハッキリと言う。

基本、艦娘というのは任務に応じて様々な場所に出張して、命がけで深海棲艦と戦う。

朧にしてみれば、艦娘として戦いながら、子育てをする事は不可能だったのだ。

退役するという道もあったが、夫を失った以上、働きながら赤子を育てる方法も無かった。

 

「それに………あの時のアタシの状態だと、あの人を追いかけて、子供と一緒に後追いをしたかもしれなかったから………。」

「……………。」

 

事実を淡々と述べる朧に対し、初霜は黙ってしまう。

提督達は、そこら辺の彼女の事情も鑑みてくれたのだろう。

だからこそ、朧は衛兵夫妻を見て言う。

 

「その子供と………話をしてもいいですか?」

「ああ………。」

 

父親の衛兵が頷き、母親に連れられる形で、少女は前に出る。

きょとんとしている姿は、まだ深い事を理解出来ていないのだと感じさせた。

恐らく、これから様々な事を学んでいくのだろう。

 

「……………。」

 

朧は両膝を付き、少女と同じ目線まで屈む。

目の前に、あの人との愛の結晶がある。

その気になれば、両腕で思いっきり抱きしめる事も出来た。

少なくとも、朧にはその権利がある。

 

(アタシが今からこの子供を育てたいって言えば、きっと衛兵夫妻は譲ってくれる。多分、提督もいい働き場所を紹介してくれる。だから、今公表してくれたんだし………でも………。)

 

彼女は、自分の手を見た。

その手は、朝、深海棲艦の親玉と殴り合った物だ。

子育てをして汚れた手では無い。

朧は目を閉じ………静かに考え込むと、その両手を………そっと、子供の両肩に優しく置いた。

 

「ねえ………君は、今………幸せ?」

「しあわせ?しあわせだよ?どうして?」

「お父さんとお母さんは………素敵?」

「うん!おとうさんはつよくて、おかあさんはやさしいから!」

 

無垢な瞳で見て来る少女に、愛する人の面影を感じながら、朧は優しい笑みを向ける。

そして、決断する。

この少女には、戦いを知らない世界で生きて欲しいと。

だから………朧は告げる。

 

「そっか。じゃあ………これからも、お父さんとお母さんを大切にしてね。」

「わかった。ありがとう、おねえちゃん!」

「………バイバイ。」

 

優しさを保ったまま………しかし、僅かに寂しさを露わにして、少女から両手を離すと、朧は右手を振る。

少女も右手を振りながら、母親の元に戻っていった。

その姿を見送りながら、朧は立ち上がると、母親に頭を下げる。

母親も深く頭を下げた事で、少女を連れて、呉の衛兵に連れられて去って行く。

 

「その………良かったのか?」

「今のアタシじゃ………あの子を幸せにできませんから………。その代わり………。」

「愛するさ。あの子の事は一生。妻と………お前や亡き提督に誓って。」

「お願いします。」

 

父親の衛兵にも頭を下げた朧に対し、彼は頭を下げながら、懐から何かを取り出す。

それは、半分炭化した箱であった。

 

「それは………?」

「あの籠に入っていた物だ。こんなにボロボロなのに、あの時の赤子は無事だった。まるで、この箱が持つ不思議な力に守られていたように………な。」

 

衛兵は、朧にそっと渡す。

彼女は慎重になって、箱を開いてみる。

中には奇妙なオブジェのような形のリングが顔を覗いていた。

 

「指………輪………。」

「ロマンチックな事を言うみたいだが………案外、亡き提督が、お前と赤子だけは絶対に守ってみせると身体を張った証なのかもしれん。」

 

朧は、震える指でそっと指輪を取り出す。

奇妙なオブジェのような形になったのは、熱によって溶解したからだ。

2人の名前を刻んだ刻印も消えてしまっている。

それでも………その指輪は、朧の左の薬指に………しっかりと収まった。

 

「あ………。」

 

夜空には月が出ており、朧の指の中で、穏やかに指輪は輝いている。

まるで、あの愛する提督が優しく見守ってくれているみたいに。

 

「あ………あああああああああああーーーっ!」

 

愛する者との永遠の誓いを結んだ時に、その証として贈られる指輪が戻って来た。

その嬉しさが、今まで押さえ込んで我慢していた様々な感情と共に爆発する。

涙を堪えきれなくなった朧は、胸に両手を当てて、その場に泣き崩れてしまう。

 

「朧さん!しっかりして………!」

「初霜………ちゃん………。」

 

思わず支えに入った初霜に対し、朧は震える声で呟く。

 

「ねえ………今度、休暇が取れたら………みんなで、ブルネイ泊地に行こう………!」

「朧さん………。」

「そこで………初霜ちゃんの………ケッコンカッコカリ………みんなで祝おう………!」

「あ………。」

「思い出………沢山………作ろう………!幸せな………思い出を………!」

「はい………ありがとう、朧さん………!」

 

朧は初霜に抱きつき、ひたすら大粒の涙を流す。

初霜も涙を流しながら、黙ってその身体を支える。

舞風は両手を顔に当てて泣きじゃくっているし、望月は眼鏡のフレームを上げて空を見上げている。

山風は震えながら俯いているし、薄雲は静かに目を伏せていた。

そして岸波は………朧の取った選択を見て、複雑な感情を持っていた。

他の集まった面々も、それぞれ朧達を見守っていた。

ずっと、娘の幸せを願う「母親」でいようと決めた、艦娘の姿を目に焼き付けながら………。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。