脳震盪が治り起き上がった岸波は、周りから惜しみない拍手を受ける事になった。
一応、手を上げて応えた彼女は、曙から決闘中に落とした連装砲を渡して貰う。
どうやら、岸波が倒れている間に潜水艦娘に回収して貰ったらしい。
「人脈………あるんですね。」
「昔は無かったけどね。ま………人も艦娘も変わる物よ。」
「……………。」
曙はそう言うと岸波の反応を気にせず、隅で観戦していた嵐達を呼ぶ。
「さあ、今から訓練再開するわよ!」
そして、早速横須賀での訓練が始まった。
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訓練は的当てや陣形練習等、基礎的な事を中心に行った。
岸波は決闘での疲労はあったが、元々の練度の高さもあり問題なく付いていけた。
そして、昼食の後に午後の訓練を行い、艤装を装備品保管庫にしまった彼女達は、第一士官次室(ガンルーム)で反省会を行い、風呂に入り部屋で眠りに付く事になる。
寝間着に着替えた岸波は、さっさと布団に潜り込んだ。
「………なあ、岸波。」
「………何?」
そこで同部屋の嵐から声が掛かって来る。
彼女は岸波と同じく布団に潜り込みながら問う。
「何でお前………そんな練度高いんだ?」
「高かったらいけないの?」
「リンガじゃ怠惰艦だったんだろ?………これでも大淀さんが呉に行っている時は秘書艦だった経験もあるんだ。………記録簿に記されている情報だと、艦娘としての就任時期は俺達より遅かったはずなのに。」
「貴女達よりセンスがあったからよ。」
「また突き放す気か?その手には乗らないぜ。………真面目に答えてくれよ。俺ももっと強くなりたいんだ。」
懇願するような嵐の言葉を受け、岸波は僅かに黙り………そして話し始める。
「………主に前線の泊地にいる事が多かったからかしら。それに、よく組む艦娘達がリーダー向きじゃなかったから、若輩者でありながらも旗艦を務める事も多かったわ。」
「そうか………旗艦だと早く色々な経験を積めるからな。………って、俺も第四駆逐隊じゃ一応旗艦だけど………なんでだ?」
「貴女は曙先輩の元で修業していたからでしょ?つまり実質的な旗艦は曙先輩。………私はリンガで本当に旗艦として働いていたのよ。」
「成程な………他には何かあるか?」
「後は………怠惰艦になる前は、具体的な憧れがいたの。」
「憧れ………?」
「第十四駆逐隊嚮導艦陽炎。リンガのあきつ丸からその武勇伝をよく聞いたわ。」
「第十四駆逐隊!?」
思わず飛び起きた嵐は岸波の方を見てびっくりしたような顔をする。
「待て待て!?だったら、曙さんと出会った時にもっと喜ぶだろ!?それを除いても陽炎さんと同じように欠番の駆逐隊を再生して貰えるんだから………。」
「繰り返すけれど全ては怠惰艦になる前の出来事よ。………色々と事情があるの、艦娘にもね。」
「………そっか。」
他人に言えない過去があると暗に述べた岸波の言葉に、嵐はそれ以上詮索しなかった。
昨日からの様子を考えると、もしかしたら彼女も何かしらの事情を抱えているのかもしれない。
岸波にしてみれば興味はなかったが………。
「岸波、嵐、いる?」
「………この声は、曙先輩?」
就寝時間が過ぎたはずでは?と思った岸波は部屋の扉を開ける。
するとそこには、制服を着て腕組みで待機していた曙が待っていた。
彼女は声を潜めると岸波達に告げる。
「急いで制服に着替えなさい。今から倉庫に向かうわよ。」
「倉庫って………そこで何を?」
「決まってるでしょ?」
曙はさも当然のように岸波に言ってのける。
「ギンバイよ、ギンバイ。趣向品を箱ごと頂きに行くわよ。」
あまりに自信有り気な様子に、岸波は開いた口が塞がらなかった。
――――――――――――――――――――
ギンバイとは駆逐艦娘達が盛んに行っている泥棒のような行為だ。
艦種故に、刹那的な毎日を送っている彼女達にしてみれば、こういったスリルのある行為は刺激的であり、バレた時の罰を差し引いてもやめられない楽しみでもあった。
「岸波、アンタはギンバイの経験ある?」
「リンガでは食糧事情故に無いです。泊地に行く前に舞鶴では………姉妹達に引っ張られる形で多少ありましたが………。しかし、倉庫で箱ごと盗んで行くのはやり過ぎでは?」
「業者の仕業だってとぼけられるからいいのよ。勿論、厨房の人には賄賂を渡して口封じをしてあるわ。後は見張りを任せた嵐達から無線連絡を貰って運搬開始ね。」
「どこまで用意周到なんですか………。」
曙と共に倉庫に侵入した岸波は、彼女の事前に行っている準備の良さに嘆息してしまう。
そもそも指導をしている第四駆逐隊の面々にこういう事をやらせていいのか?とも思った。
「アンタも学んでもらうわよ。何しろ舎弟だものね♪」
「分かりました。ご教授宜しくお願いいたします、ぼの先輩。」
「………アンタ、結構嫌味な性格ね。」
口で会話をしながらそろりそろりと倉庫に忍び込んだ2人は、周りに積まれた木箱の山に注目する。
どれもこれも、駆逐艦娘にしてみれば宝の山であった。
「さてと………どれを頂こうかしら?」
美味しそうな缶詰が入っていてなるべく運びやすそうなものがいい………と思った曙は、奥に脚を踏み込んでいくが………突如その脚に紐が引っかかる。
カラン!カラン!!
「!?」
「ブービー………トラップ?」
いつの間にか倉庫に仕掛けられていた紐と接続した鐘が鳴り響き、辺り一面に音が鳴る。
その様子に、岸波達は驚く事になる。
そして、そんな彼女達の前に黒髪の長髪の駆逐艦娘が箱の影から飛び出してくる。
「侵入者発見!当方に迎撃の用意有り!今すぐ投降しなさい!」
「げぇ!?朝潮!?」
驚いた曙の言葉に、岸波は彼女が確か週番の朝潮型1番艦の朝潮である事を思い出す。
しかし、それよりも驚きなのは、朝潮は艤装を背負っているという点だ。
「降参しないならば………撃つわよ!」
「な、何で艤装をわざわざ持ってくるのよ、バカ!?」
「ギンバイを行おうとする輩に言われたくないわ!」
「訓練海域売買の市場を開いて、そのおこぼれで得してるようなヤツが言ってもブーメランよ!」
曙の行動は素早かった。
積み重なった箱を崩すと自分達と朝潮の前に壁を作る。
「撤退するわよ、岸波!」
「逃がすか!大潮!」
「はーい!」
すると、反対の箱の山から今度は薄群青色の髪をツーサイドアップで纏めている艤装を背負った艦娘が出てくる。
小柄なその容姿は朝潮型2番艦の大潮だ。
「大潮まで!?朝潮、賄賂で引き入れたわね!」
「戦略と言って!大潮、足止めして!」
「分かりました~!砲撃もアゲアゲでー!」
そう言うと大潮は模擬弾の入った連装砲を撃ってくる。狙われた岸波は慌てて木箱の後ろに隠れる。
それにより、箱の1つが砕けて中の趣向品が撒き散らされる。
「ちょっと、大潮!?積み荷に何してるの!?」
「だ、だって足止めをしろって言ったのは朝潮ですよね!?」
「隙あり!」
「………って、わー!?」
曙がその動揺した大潮に向けて木箱を崩す。
崩れた山に埋もれる事になった大潮を後目に岸波と2人で逃げようとするが………。
「島風!絶対に倉庫から出さないで!」
「了解~!連装砲ちゃん、ペイント弾乱射!」
「島風まで!?ってうわ!?」
うさ耳リボンに超ミニスカートに見せパンツといった独特過ぎる装備をした島風型1番艦である島風が、自立行動型旋回砲塔である「連装砲ちゃん」3匹からペイント弾を発射していく。
それは曙の顔に当たり視界を封じられる。
「め、目が!?目がーーー!?」
「チャンスです!曙、覚悟!」
動きを封じられた所で艤装を付けた大潮が箱を押しのけてのしかかってきて曙は動きを封じられる。
岸波も何とか隙を見て逃げようとはするが、いつの間にか箱の山を越えて距離を詰めてきた朝潮が飛び掛かってくる。
「くっ………重い………!?」
「これで………侵入者確保!」
生身の身体で艤装付きの艦娘を押しのける事も出来ず、岸波と曙は御用となった。
――――――――――――――――――――
「………って、何で大潮達も罰を受けているんですかーーー!?」
「大潮が砲撃で積み荷を破壊したからだよ!」
「島風………貴女もペイント弾を撒き散らしていたでしょ?」
『艤装を持ってきた事含めて全部、朝潮の命令だ(です)よね!?』
翌日、御用になった岸波達はギンバイの罰として艤装を背負って横須賀鎮守府を3週する事になった。
罰の対象になったのは、岸波・曙・嵐・野分・舞風・朝潮・大潮・島風。
朝潮達が入っているのは、勝手に夜間訓練の手続きをして艤装を借りてきて派手に倉庫を散らかしたからである。
艤装が自立行動型である島風は、鉛の石を代わりに背負う形になり一番苦労している様子であった。
「お~も~い~………。しまかぜは速さが命なのに~………。」
「はいはい、口を動かす暇があったら足を動かしなさい!」
手をパンパンと叩いて岸波達の罰を見張っているのは金髪の青い制服の艦娘である。
駆逐艦と違い、明らかに大人びた身長と胸部装甲、そして雰囲気を纏うその艦娘は重巡洋艦だ。
彼女は高雄型2番艦愛宕。
昔から横須賀の秘書艦を担当しており、今でこそ事務からは離れている事が多いが、大淀等の手が回らない時はこうして秘書艦補佐を担っていた。
………とまあ、ここまで書くと非常に真面目で有能そうなのだが、実際には駆逐艦娘達にお姉ちゃんと呼ばせたがる「ぱんぱかぱ~ん!」が口癖のどこか不思議な癖のある艦娘である。
「走るのが辛くなったら、お姉ちゃん100回呼びに切り替えてもいいのよ?」
「遠慮しておきます。」
「もう!岸波ちゃんったら………来たばかりで緊張しているのかもしれないけれど、お姉ちゃんにもっと甘えていいんだから!」
「出来れば常に真面目でいて下さい………。」
鎮守府を2週して愛宕の前を通り過ぎた時に声を掛けられ岸波は嘆息する。
何というか怠惰艦の自分が言うのもなんだが、この鎮守府は変わった艦娘ばかりでは無いのか?と思ってしまう。
「ぼの先輩、愛宕さんは常にあんな感じなんですか?」
「その呼び名、あくまで貫くつもりなのね………。でもそうね。姉妹というブレーキ役がいなくなった寂しさもあるんじゃないかしら?」
「………どういう意味ですか?」
「あ、悪い意味じゃないわよ。姉の高雄さんは新しく出来た泊地に出張する形になってるし、妹の摩耶や鳥海は改二艦になったから、出撃が多くなったのよ。」
「そうなんですか………。」
何処かホッとする様子の岸波の姿を曙は横目で見ながらも、周りに人がいないのを確認して走りながら懐から何かを取り出す。
それは、みかんの缶詰だった。
「あーーー!?曙、それ!?」
「大潮が砲撃で趣向品を吹っ飛ばした時にくすねておいたのよ。………只では転ばないのが駆逐艦流よ。1切れずつ分ければ今走っている全員分はあるわね。」
驚く朝潮に対して、してやったりの表情を浮かべる曙は器用に素手で缶詰の蓋を開けて全員に配り始める。
(色んな意味で先が思いやられるわね………。)
曙の流儀を肌で感じた岸波は、みかんを頬張りながら溜息を付いた。