「何ていうか………アタシ達はもしかしたら、後に伝説として語り継がれるような場面に立ち会ったのかもしれないねぇ。」
「はい………。今日は、色々と凄い話ばかりです………。」
岸波達第二十六駆逐隊が、新たに結束する場面を見て、同席を許可された敷波と夏雲が感慨深そうな顔で眺めていた。
しかし、頃合いを見て敷波が岸波に話しかける。
「………で、岸波。アタシ達に、その絆を自慢する為に同席させたわけじゃないでしょ?何を聞きたいの?」
「はい。敷波先輩はもちろん、夏雲も呉に長い間居たから聞きたいのですが、第十七駆逐隊の行方を知りたいのです。」
岸波は説明する。
自分が怠惰艦として振る舞い始めた後、深海棲艦の攻勢が弱まったのも有り、彼女達と長波は、転籍してしまったのだ。
だが、全てに興味を失せてしまった岸波は、5人の行方を知らずにいた。
「私は浜風と浦風、谷風にも謝りたいんです。彼女達の居場所を知りたくて………。」
「磯風に聞けばいいんじゃないの?」
「………一緒にいない時点で、少し聞くのを躊躇ってしまって。呉にはいないのですか?」
申し訳なさそうに質問をしてきた岸波に対し、夏雲が何か言おうとして前に出ようとするが、それを敷波が制する。
そして、彼女は静かに岸波を見て言った。
「悪いけど、言えない。」
「言えない………とは?」
眉を潜める岸波に対し、敷波は淡々と答えていく。
「アタシ、嘘が下手だから正直に言うけどさ、3人は呉に戻って来た後、別の泊地に転籍してしまったんだよ。でも、それが何処かはアタシ達の口からは言えない。ついでに言えば、磯風も行先は把握してないよ。」
「その場所を、教えてはくれないのですか?」
「まだ、言う時じゃないって思ったからね。だから悪いけど、3人の事は一時的に置いておいてくれないかな?」
「………分かりました。すみません、難しい質問をして。」
多分敷波は、気を使ってくれているのだと岸波は思った。
ここは下手に詮索しない方がいいだろう。
「どうやら、ちゃんと話はまとまったみたいね。」
「明石先輩。」
このタイミングで、工廠(こうしょう)から明石が出て来る。
就寝の前に岸波達の所に寄った彼女は、岸波に何かを渡してくれる。
「これは………?」
「推薦状よ。どれだけの効果があるかは分からないけれど、横須賀の提督に渡してみるといいわ。」
「ありがとうございます、明石先輩!」
「しばらくは夏雲に色々と教わるといいわよ。あの子にイロハを叩き込んでいるからね。」
「………夏雲、師匠って呼び慕っていい?」
「ええ!?ふ、普通に呼び捨てでいいですよ!?」
思わずたじろぐ姉弟子の姿を見ながら、岸波は考える。
今、浜風達は何処で何をしているのか。
恐らく敷波と夏雲は、その答えを知っている。
でも………まだ、そのタイミングで無いのならば、後に少しでも語って貰えるような艦娘になる為に、己を高めるだけだろう。
それが、自分の意志でハッキリと歩んで行こうと決めた、岸波の考えであった。
「じゃ、戻ろっか。………明日の始発列車で帰るんだから、睡眠は十分取らないとね。」
敷波は、またいつでも来てよ………と言って話を終わらせた。
――――――――――――――――――――
駅にて、横須賀への始発列車が来た際、岸波達は、霞と霰の紹介で、敷波とは別の艦娘と語る機会を得た。
佐世保から増援としてやってきた、長月である。
以前、岸波が第十四駆逐隊に憧れていたという話を聞いて、彼女達が気を使ってくれたのだ。
その場には、第二十六駆逐隊の面々や、過去にお世話になった長波と早霜もいた。
信頼できる仲間達に語った事で、ある程度吹っ切れたのか、岸波はその場で長月達にも自分の過去を話した。
「そうか………リンガでそんな辛い過去があったのだな。」
「長月先輩は、私の事を嫌悪しないのですか?」
「恥ずかしい話だが………私は横須賀に転籍したばかりの時は、己の技術の未熟さを隠すために、霰を守ると言って逆に依存していたんだ。逃げたい気持ちは、それなりには分かるつもりだ。」
腕組みをしながら考え込む長月は、岸波の目を真っ直ぐに見ながら話してくる。
その姿を見て、横合いから霰が多少呆れた顔をして聞いてくる。
「長月………もしかしてその話、第十四駆逐隊の事を聞かれる度に話しているの………?」
「ん?勿論だ。自分の弱さを乗り越えてこそ、駆逐艦としての強さが手に入ると、陽炎達に習ったからな。もっとも、岸波の場合は重みが違うが………。」
長月は少し目を瞑り、考えを纏めると、早霜を見て言う。
「早霜の場合は、朧がその亡き提督の言葉を代弁してくれた事で、救われたんだよな。」
「はい。感情を整理するには、まだまだ時間が掛かりそうですけれど………。」
「岸波の今後に必要なのは、沖波の言葉を代弁してくれる者の存在では無いか?」
「残念ですけれど、そんな存在は………。それに、沖姉は私の事、許さないですよ。」
「そこだ。」
「え?」
ビシっと指を刺された事で、思わず岸波はのけぞる。
長月は、真剣な顔で彼女に言う。
「岸波は自分で自分を許せないでいる。それが悪い事では無いが、過去の全てを、沖波のせいにするのは、また筋違いだという事を自覚したほうがいいかもしれない。」
「長月先輩………。」
正論を言われた岸波は、思わず俯く。
確かに自分は、何でもかんでも沖波は許さないだろうという事で、殻にこもっていたかもしれないのだ。
そんな彼女に対して、長月は肩を叩いてきた。
力強く優しい笑顔で。
「時間が掛かってもいい。いつか、自分で自分を許せるように歩めるといいな。」
「自分で自分を………許す………ですか?」
「その為の仲間だ。………大丈夫だ。君は昨日の夜、その為の一歩を踏み出した。ゆっくりでいい。」
「はい………分かりました。」
「………さて、そろそろ出発の時間だな。皆のこれからの旅路がより良い物になる事を願う、駆逐艦万歳!」
「万歳!」
敬礼をした長月、霰、霞の姿を見て、岸波達は答礼をする。
長月の言葉はしっかりと覚えておこうと、彼女達は心に留めた。
――――――――――――――――――――
走り出した列車の中で、横須賀からやって来た艦娘達は、ほぼ貸し切りの車内で、思い思いの時を過ごす。
岸波は、早速工作艦としてのイロハを習おうと、夏雲の所へと行って熱心に話を聞いており、同席している第九駆逐隊や島風達を驚かせている。
アクティブになった嚮導艦の姿を眺めながら、第二十六駆逐隊の面々は、少し離れた座席に6人が座っていた。
窓側から望月、山風、舞風。
反対側には、薄雲、朧、初霜だ。
「……………。」
「ねえ、望月………。何を考えてるの………。」
「んあ?」
その中で、窓辺で只、静かに外の景色を黄昏ながら見ていた望月の姿に、山風が怪訝な表情で聞いてくる。
というのも、望月は列車の中では、大抵は寝ているからだ。
実際、大湊から横須賀に戻ってくる列車の中でも、彼女は半分眠っていた。
しかし………今は何か物思いに更けている。
「いやね………昨日のあたし自身の発言と、長月の言葉を合わせて考えていたのさ。」
「………本心じゃなかったの?カッコいい事を言っていたのに。」
舞風が眉を潜めて、顔を覗かせて来る。
望月は、静かに首を横に振ると、改めて仲間達だけに聞こえる声量で喋り出す。
「本心さ。今の岸波の元でなら、補佐は担おうって思ったし、捨て艦で使われるなら覚悟はある。只ね………。」
「只………?」
「岸波を断罪できるのも、許すことができるのも、それは沖波1人しかいないって言ったじゃん。アレ………本当はもっと、どうにかできないのかなって。」
望月は眼鏡を取り、ポケットからメガネケースを出して、レンズを磨きながら話していく。
「沖波は、十中八九轟沈している。でも、助かっているかもしれないパターンもある。」
「けれど、それは………。」
「そうだよ、初霜。駆逐水鬼………萩風と同じように深海棲艦の仲間入りをしているケースだ。もしかしたら、岸波もそれを懸念しているのかもしれないのかもね。」
「………望月さんは、沖波さんがそんな事をする人だと思っているのですか?」
「違うとは言い切れないね。実際に、萩風でも深海棲艦になってしまったんだから。」
萩風は、仲間想いの優しい艦娘だ。
それでも嵐の不注意で沈んだ時は、第四駆逐隊への復讐に思考が染まってしまった。
彼女だけでない。
先代薄雲に至っては、かなり長い間、深海棲艦として振る舞う事になった。
「私の前の薄雲さんは………艦娘に戻れなかったからね………。」
「岸波はね………沖波は自分を許さないだろうって言いながら、結局は自分で自分を許せないでいる。それが無意識での考えだったって事は、さっきの長月の発言で分かったはずだ。」
長月は、岸波が沖波という存在に縛られている事を見抜いていた。
そして沖波でなく、岸波自身が何とかしないといけない問題であるという事も、彼女は指摘してくれた。
岸波が己の過去にケジメをつけて、自分自身を許す事が出来なければ、一生解決できないと。
「あの発言………何で、長月ちゃんはあの場でしたんだろうね?」
「これは、あたしの憶測での会話になるから100%あてにできないけれど………、長月は沖波が復讐しに来た時、今の岸波だと戦えないって分かっていたんだよ。」
「あ………。」
舞風が思わず声を発する。
萩風が復讐しに来た時、自分達はどうする事も出来なかった。
結果的に岸波が、全ての泥を被る決断をして沈めてくれたのだ。
「だから、あたしはね………もしも沖波が牙を剥いてきたら、岸波に代わって沈めようと思った。」
『!?』
思わず大声を出しそうになった望月以外の面々は、慌てて自分の口を塞ぐ。
一通り、落ち着くのを待ってから、望月は意見を促す。
「恨まれるよ………?」
「別にいいさ。岸波に100回ぶん殴られても、かまわない。………あたしの命は、岸波のお陰で存在しているからね。憎まれ役を担ってもいい。」
「そういう時だけ………、カッコいい事を言ってずるい………。」
「山風だって、岸波は沈められたく無いだろ?」
「……………。」
俯く山風は無言であったが、望月の言葉にこくりと首を縦に振った。
他の面々も、最初は戸惑ったが、自分達の嚮導艦を沈められるのならば、代わりに自分達が泥を被ろうと思った。
しかし、ここで望月は嘆息した上で、180度変わった意見を出してくる。
「でもね、沖波の人となりを聞いたら、本当に岸波を恨んでいるのかって疑問も生じたんだよね………。だから、長月もわざわざ言ったんだろうし。」
「それこそ、岸波さんの卑下した考えが、勝手に沖波さんのイメージを損なっていっているって事?」
「そうそう。案外………草葉の陰で、岸波の幸せを願ってるんじゃない?」
「いい言葉だけど、今の岸波ちゃんには届かないよね、それ。」
朧のツッコみに、望月も頷く。
長月の言葉も、岸波が、どの程度まで受け止められているのか分からないのだ。
何か彼女を根本から変える機会が無いと、この罪の意識を変えていく事は出来なかった。
「沖波さんが、普通に生きていてくれればいいんですけれどね………。」
無理だという事は分かりながらも、思わず初霜は言ってしまう。
沖波は姫クラスを相手に1人で奮闘し、左腕しか残っていなかったのだ。
生存は絶望的とも思えた。
「とにかく………だ。あたし達は、あの「最高の嚮導艦」を失わないように、最善を尽くす努力をする覚悟を決める必要があるって事だよ。」
岸波が自分達を信じてくれる覚悟を決めてくれたように。
自分達もまた、新しく嚮導艦に応える覚悟を持つべきであったのだ。
「望月………、今日は補佐モード、全開だね………。」
「たまには頭、回さないとね。第二十六駆逐隊の一員として、岸波を信じ続けたいし………さ。」
この発言に、舞風も、山風も、薄雲も、朧も、初霜も静かに頷いた。
このどうしようもない素敵な嚮導艦をこれからも支え続ける為に。
それが、駆逐艦流であり、仲間であり、家族であるのだから。
列車はそんな駆逐艦娘達を乗せて、横須賀へと走って行っていた。