季節は初夏から、夏真っ盛りへ。
盛夏と呼ばれる真夏の日々を過ごす艦娘達は、より沢山の汗を流しながら訓練に励み、実戦に向けて準備を整えていく。
そんな中、岸波達第二十六駆逐隊は、纏まった休暇を取る事が出来たので、南西のブルネイ泊地へと旅行に行く事になった。
何故、この時期により暑い泊地へ赴く事になったのかというと、前に朧と約束した、初霜のケッコンカッコカリを改めて祝う事になったからだ。
沢山の艦娘達で盛り上げたかったので、休暇の駆逐艦娘達を全員連れて行こうと前々から決めていたのだが、他に連れていけたのは嵐・野分・萩風の第四駆逐隊と、磯風・長波の第二十五駆逐隊だけだった。
「本当は、早ちゃんや吹雪先輩達、ぼの先輩達も連れて行きたかったんだけど………。」
「仕方ありませんよ。横須賀の防衛役も、残しておかないといけませんもの。むしろ、私としては、これだけの艦娘達に祝って貰えるだけでも感謝しかありません。」
2つの複縦陣でブルネイ泊地へと向かう中、岸波は初霜と会話をする。
初霜の方は、久々に愛する提督に会えるからか、嬉しそうな顔をしていた。
そんな彼女に、望月が聞いてくる。
「ちなみに初霜の愛する人って………イケメン?」
「ふえ!?な、何をいきなり聞いているんですか!?」
「あ、それは、朧も気になる。意外とダンディなおじ様タイプかも?」
「ちょ、ちょっと!?」
「あ、ここで賭け事?薄雲はどっちにしようかな?」
「うーん、舞風も悩むー。」
「あたしは………、イケメン派で………。」
「ひ、人の夫で遊ばないでくださいーーーっ!!」
『夫と言いますか。』
「あう………。」
仲間達に弄ばれた初霜は、赤面しながら俯いてしまう。
心なしか、艤装がオーバーヒートしているわけでも無いのに、湯気が出ているようであった。
「あんまりいじめないの。………見えて来たわね。」
岸波がパンパンと手を叩いた所で、ブルネイ泊地が見えて来る。
よくよく見れば、桟橋に2人の人影が見えた。
手をパタパタ振っているピンク髪の眼鏡の艦娘は、夕雲型2番艦の巻雲であろう。
送られてきた手紙では確か、現在秘書艦をしていたはずだ。
そして、隣にいる若そうな男は、かなり顔立ちが整っている優しそうな人物であった。
「よっしゃ、イケメン系!朧、パーティのチキン!半分分けろよ!」
「えー、賭けの対象言っていない時点で無効だよー。」
「だ・か・らーーー!!」
愛する人を勝手に賭けの対象にされた初霜は、珍しく両手の高角砲をぶんぶん振って、子供のように抗議する。
そうこうしているうちに、ブルネイ泊地に到着する。
「第二十六駆逐隊、第四駆逐隊、第二十五駆逐隊、ブルネイ泊地に到着しました!」
「よく来てくれたね。こんなに沢山の艦娘が祝福してくれるなんて、僕は幸せ者だな。」
「………声も優しいですね。初霜の男を見る目は、相当洗練されていると見ました。」
「岸波さんまでーーー!………って、わ!?」
「おっと。」
また抗議しようとした初霜は、後ろから望月と山風にドンと押されて前に飛び出し、ブルネイの提督にすっぽりと抱きしめられる形になる。
皆が見ている前だったので、思わず初霜は逃げようとしたが、提督は彼女を離さなかった。
そのまま彼女の頭を撫でながら、優しく言う。
「よく戻って来てくれたね、初霜。会えない時間が長く感じたよ。」
「わ、私も………です………。」
「手紙を見た時は、思わず嬉しくなったな。きっと不安だと思うけれど、僕は君と添い遂げる覚悟があるから。」
「………ありがとう。」
最終的には、ブルネイの提督の温かさに身を任せる形になった初霜は、ギュッと抱きしめてこちらも愛しているというサインを送る。
提督は初霜を抱きしめたまま、朧を探して言う。
「正直、君が、僕達を祝いに来てくれる日が来るなんて、あの時は思って無かったな。」
「アタシを知っているんですか?」
「君と宿毛湾の提督の結婚式に、出席したんだ。彼は、僕の先輩だったから………。」
「そうなんですね。その時は、ありがとうございます。」
頭を下げる朧を見て、ブルネイの提督は聞いてくる。
「その………もう、大丈夫なのかい?君達の事情は、横須賀の提督から通知が来たんだ。だから………。」
「大丈夫ですよ。………娘が無事だと分かったし、あの人との愛の証もちゃんと取り戻しましたから。」
朧は、デコボコになった指輪を見せながら、笑顔で言う。
「だから、次は貴方達の番です。浮気をしたら、鉄筋コンクリートで叩き潰しますから!」
「ハハハ………それは、迂闊な事は出来ないな。ありがとう。」
ここで、ようやく初霜を解放した提督は、彼女の顔を見ながら言う。
「事前に、横須賀の提督が連絡をくれたから、準備は整っているよ。巻雲と一緒に庁舎に行って、ドレスに着替えて欲しい。」
「はい………?ドレスというのは………?」
「ウエディングドレスの事ですよ?初霜さんの結婚式、ちゃんと行おうって司令官様は決断しているんですから。」
「……………。」
ここで初めて口を挟んできた巻雲の言葉に、固まる初霜。
彼女の頭に、煌びやかなドレスがイメージされる。
それと同時に、どれだけ高価であるかという事も………。
「えぇーーーっ!?」
自分がそのドレスを着る事になったという事で、思わず初霜が悲鳴に近い叫びをあげた。
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「う、うう………まさか、私がドレスを着る事になるなんて………絶対に似合わないわ………。」
庁舎の控え室で、初霜は顔を赤面させながら、ウエディングドレスを着た自分の姿を鏡で見て、落ち込んでいた。
背が低く、お世辞にもモデル体型とは言えない自分では、不釣り合いだと思ったからだ。
一方、その周りでは、朧と薄雲が巻雲に協力する形で、化粧等の準備を進めていた。
「そのセリフ、アタシも自分の時に同じことを言ったなぁ………。ほら、朧は腹筋が自慢だし。」
「でも、ウエディングドレスは、艦娘以前に女としての憧れなんだから、堂々と着ればいいよ。」
「そうです!初霜さんは、たまには司令官様との甘い生活を堪能すればいいんですよ!………というか、ああ見えてあの人、秘書艦の私に、初霜さんとの甘々な話ばかりするんですよ?」
『それは、興味ある!』
「やめてーーー!?」
一体、自分が横須賀に行っている間に巻雲に何を吹き込んでいるのか、初霜は心配になって仕方が無かった。
とりあえず、そんな彼女の新しい姿を見て、ひとしきり笑った後で、朧は言ってくる。
「ま、初霜ちゃんは堂々としていればいいんだから。これからもっと、色んな事を経験する事になるよ?」
「け、経験って………!?」
「差し当たっては、みんなの前でのキスかな?」
「キスーーー!?」
「………って、予測してなかったの?」
肝心な事を忘れていた初霜は、完全に頭から湯気を出してしまい、気絶しそうになる。
海戦ではベテランの彼女も、恋愛に関しては素人同然であった。
「後は提督と寝て………。」
「も、もういいです!それ以上はーーー!」
いけない想像を膨らませそうになった初霜は、両手をブンブン振って朧の言葉を止める。
朧は、そんな初々しい初霜の様子を何処か懐かしそうに見ながら、優しく言ってくる。
「とにかく………どういう形になっても、一生に一度にしか経験出来ない事なんだから、思い出としてしっかり噛みしめて………ね。」
「お、朧さん………。」
恋愛の先輩からのメッセージを受けて、初霜はグッと拳を握り、改めて愛する人の想いを受け止める覚悟を決める。
そして、そこにその提督が顔を出してきた。
「準備はいいかな?」
「は、はい………!初霜、全力でぶつかっていきます!」
「………何がどうして、そうなったのかな?」
何故か過剰に気合を入れる初霜に対し、経緯を知らない提督はきょとんとする。
朧達は、苦笑いを浮かべていた。
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外には、設置されたテーブルに食事が乗り、いよいよ提督と花嫁が来るのみとなった。
そして庁舎から、綺麗なドレスを着た初霜を、お姫様抱っこしながら提督が登場する。
「ケッコンカッコカリおめでとーーーっ!」
「幸せになってねーーーっ!」
様々な艦娘が祝福の言葉を投げかける中、提督と初霜は、皆に手を振って応える。
そして、神父役を受け持つ事になった秘書艦の巻雲の元で、指輪の交換を行い、そして………誓いのキス。
「キャーーー!」
「いよっ!この円満夫婦!」
会場が派手に盛り上がり、艦娘達が、ヒューヒューと口笛を吹く。
そこに向けて、ブーケトス。
艦娘達が取りあい、ブーケが様々な方向に飛んでいく中、最後にすっぽりと手の中に納まったのは磯風であった。
「何?この磯風が、次の花嫁………なのか?」
「意外と可能性はあるかもな。」
磯風本人が首を傾げる中、そのスタイルを見て、冷静にツッコみを入れる長波。
こうしてケッコンカッコカリが無事に終わったブルネイ泊地で、パーティが行われる。
派手に遊んで、食べ物を食べて、酒を飲んで、皆、束の間の幸せを噛みしめた。
この瞬間が永遠に続けばいいのに………と思う艦娘もいるほどだ。
それだけ、幸せな時間であった。
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「そうか。第二十六駆逐隊には、そんな複雑な事情があったんだな。」
「はい。特に岸波さんは………本当に色々とあったのだと思ったわ。」
その夜、ブルネイの提督と同じ布団に潜った初霜は、それまでの思い出話や、仲間達の過去を語る。
加入時期だけを見れば、初霜が一番新参者だ。
しかし、岸波が曙の舎弟になっていた時に、一度第四駆逐隊を救う為に海戦に参加した為、彼女の変化には一番敏感だった。
「怠惰艦として振る舞いたくなるだけの過去を経験して………それでも、前に進もうとする姿………私もある意味、みんなと一緒で彼女に惹かれている部分があるのかも。」
「そうだね。岸波には、本当に嚮導艦としての魅力が備わっているのかもしれない。」
「………私、今悪い事を考えています。」
「いいよ。」
「え?」
言い辛そうに顔を背けた初霜に対し、提督は優しい笑顔を向けて来る。
思わずきょとんとする彼女の頬を優しく触りながら、彼は言った。
「岸波に………第二十六駆逐隊に、これからも付いていきたいのだろう?」
「でも………それじゃあ、貴方と………。」
「僕は君が想いを受け入れてくれただけで、今は十分だよ。指輪という証もあるからね。」
「………任務先で、轟沈するかもしれないわよ?余り言いたくないけれど、貴方を守れないかもしれない。」
「それは、ここにいても同じさ。僕は君らしい君に惹かれた。だから………君は君であり続ければいい。それでも、もしも疲れた時は………。」
提督はそう言うと、初霜を改めて抱きしめる。
「こうして、ここに来てくれればいい。勿論、第二十六駆逐隊の仲間達と共に………ね。」
「貴方………。」
初霜の意志を優先してくれる、愛する夫の瞳を見て、初霜は、本当に自分は幸せ者なのだなと痛感する。
「ありがとう、愛してるわ。」
初霜は、改めてそう言うと、夫と接吻をした。
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ジリリリリリ!!
「うーん、何ですか?こんな時間に………。」
深夜のブルネイの執務室に電話が鳴る。
机に突っ伏して眠っていた巻雲は、ずり落ちそうになっていた眼鏡を直し、電話を取る。
「はい、もしもし。祝電ならば、もうちょっと早く………。」
そこで巻雲は固まる。
幸か不幸か、タイミング良く岸波が執務室に入って来た。
「巻姉、水が何処にあるか知らない?望月が飲みすぎちゃって………って、巻姉?」
顔を凍ばらせて固まる姉の姿を見て、只事じゃないと岸波は即座に悟る。
巻雲は、岸波の方を見ると呟く。
「今、あきつ丸から連絡があって………、リンガが………深海棲艦の襲撃にあってるって!」
「!?」
突如告げられた大切な地の危機に、岸波は戦慄した。