「リンガが襲われているっていうのは、ホントなのか!?」
「ええ、このブルネイ泊地に救援を求める位には、不味いらしいわ。」
ケッコンカッコカリパーティの跡が残る夜更けのブルネイで、外で偶然出会った嵐と手分けをしながら、岸波は仲間達を起こして、事情を説明していく。
巻雲からの話だと、ブルネイ泊地には最低限の戦力しか置いていない故に、防衛に回さないといけないらしく、救援に向かう事は出来ないらしい。
つまり、このタイミングであきつ丸から電話が来たという事は、横須賀からの救援………岸波達が頼りであるという事だ。
「………で、岸波は行くのか?」
「当然でしょ?………おかしいの?」
さも当然のように答える岸波出会ったが、嵐は眉を潜めて言う。
彼女は、岸波が宿毛湾泊地跡から帰って来てから今日までの間に、過去話を聞いていた。
だから………。
「正直に言わせてくれ。俺はリンガの奴らが、身勝手だと思ってる。散々、お前を怠惰艦扱いしておいて、ピンチになったら助けてくれって言ってくるんだからな。」
「実際に怠惰艦だったんだから、仕方ないわよ。」
「それを除いても………だ。お前の姉を守れなかったのは、お前だけの責任じゃない。俺からしてみれば、リンガの奴らはお前に責任を押し付けた最低な奴らだ。」
「優しいのね、嵐。」
岸波は愚痴る嵐の言葉に答えず、代わりに寂しい笑顔を見せて言う。
「あの後も、リンガからみんなの手紙が来たわ。………読んでいると、みんな沖姉を守れなかった事を悔いていた。朝ちゃんは、まだ強情だったけれど………みんな悪く無いのに私に謝ってくれた。」
「……………。」
仲間達を一通り起こした岸波達は、装備品保管庫に向かいながら、嵐の方を見ずに話す。
「でも、嵐の言う事も周りから見たら事実なのかもしれないわね。だから、今回は、艦隊決戦支援チケットは無視していいわ。行きたく無ければ、それでも………。」
「バカ言え。それこそ、駆逐艦としての流儀に反する。お前がいいって言うならば協力するさ。………それでいいか、のわっち、萩。」
多少羽目を外して酒を飲み過ぎた影響か、水を飲んできた望月の付き添いをしてくれていた野分と萩風は、頷く。
「岸波には色々と助けて貰ったものね。少しでも貴女の役に立ちたいわ。」
「リンガにはどんな深海棲艦がいるかわからないし、仲間は多い方がいいもの。」
「ありがとう。朧の時から、フル回転でごめんなさいね。」
そして、第二十六駆逐隊の仲間と第二十五駆逐隊の仲間も集まり、艤装を装備する。
初霜がいなかったが、仕方ないと思った。
彼女は………。
「あら?もしかして、私を置いていくつもりですか?」
『初霜!?』
しかし、そこで制服を着てトレードマークの青いハチマキを巻いてきた艦娘の登場に、皆が目を丸くする。
「おいおーい、まさか行くつもりなのかよ?今日位は………。」
「私は第二十六駆逐隊の一員です。仲間外れは止めて下さいね。」
望月が気を遣う中、ニコリと笑って言ってのけた初霜は振り返り、外に出て来た提督に手を振る。
提督はケッコンカッコカリ直後にも関わらず、初霜を送り出してくれるらしい。
寝ている間に2人がどういう会話をしたのか分からないが、戦力としてはこれ以上に有り難かった。
「じゃあ、単縦陣で第二十六駆逐隊は出るわよ。磯風、第二十五駆逐隊として第四駆逐隊を率いて………。」
「いや、第四駆逐隊である嵐の方を旗艦にしてくれないか?」
「ん?何でだ?旗艦の経験は、磯風ねえの方が上だろ?」
疑問を投げかけて来る嵐に対して、磯風は非常に言いにくそうな顔をする。
その彼女の言葉を代弁するように、長波が言った。
「磯風は単縦陣が使えないんだよ。」
「え?」
「まさか………。」
岸波は、磯風を見る。
過去に艦隊が半壊し、沖波を捨て艦にした原因。
それは、元をたどれば、磯風が岸波に単縦陣を具申した事も間違いなくある。
彼女はそれ以来………。
「情けない話だ。アレから、自分の一番得意な陣形が使えなくなってしまった。………怖いんだ、防御が脆くなる事で、また艦隊が半壊するのではないかと思ってな。」
「磯風………。分かったわ………嵐、頼める?」
「あ、ああ………。」
ブルネイの提督と秘書艦の巻雲に送られる形で、2列の単縦陣になり、岸波と嵐を先頭に桟橋に立つ。
艤装は燃料が補充されており、ブルネイからリンガまでの距離ならば、補給無しでも十分大丈夫であった。
「恐らく、今からだと君達が付くのは日が昇ってからになる。駆逐艦にとって昼戦は辛いとは思うけれど、リンガを頼むよ。」
「分かりました。初霜をやらせるわけにもいけませんからね。」
リンガの提督に岸波達が軽く挨拶をすると、抜錨する形になる。
岸波達は、より大きな声を出して気合を入れた。
「第二十六駆逐隊、抜錨!目指すはリンガへ!」
「第四駆逐隊と第二十五駆逐隊も抜錨だ!追いかけるぞ!」
岸波・舞風・薄雲・初霜・朧・山風・望月。
嵐・萩風・野分・磯風・長波。
この艦列で、最大戦速で西に向かっていく。
(リンガには大切な仲間達がいる………。)
盛夏の夜の生ぬるい風を受けながら、岸波は脳裏に共に過ごした家族の事を思い浮かべる。
(提督、あきつ丸、白雪先輩、弥生先輩、葛城先輩、夕姉、そして………朝ちゃん!)
もう、沖波の時のように家族を失うわけにはいかない。
だから………。
(絶対にやらせはしない!………絶対に!!)
最高の仲間達と共に、岸波はリンガへと飛ばしていった。
――――――――――――――――――――
夜が明けたリンガの海は、深い霧に包まれていた。
しかし、霧を吹き飛ばすような勢いで、艦娘と深海棲艦による激しい海戦が繰り広げられている。
その海岸線を横切っていくように滑走しながら、エリート級の軽巡ヘ級に左手の連装砲を当て、エリート級の重巡リ級に魚雷を喰らわせる艦娘がいた。
夕雲型のネームシップである夕雲である。
彼女は今回の海戦で、リンガの艦娘を纏める旗艦を務めていた。
………と言っても、敵の数が多く乱戦になってしまっている為、艦列は意味を成していない。
だから、彼女は電探を絶えず駆使しながら周囲の仲間達の状況を確認していた。
「旗艦、夕雲から各艦に伝達。現状の報告をお願いします。」
「こちら葛城!攻撃機はそろそろ半減って所!手持ち式に改良された噴進砲はまだ20発位はあるけれど………。」
「葛城さん、貸して下さい!………白雪よ。重巡ネ級に魚雷を使い切ったわ。噴進砲は自前の分を使い切ったから捨てて、葛城さんの物を貰った。引き続き対空砲火等で守っていく!」
夕雲が遠目で確認すれば、フラッグシップ級ヌ級の放つ羽虫のような攻撃機を、派手なロケットランチャーで撃ち落とす白雪の姿が映った。
彼女に守られる形で、艦載機を式神の宿ったボウガンの矢で撃ち出した葛城が、ヌ級を沈めていく。
「弥生さんと朝霜は?」
「弥生………。現在………小破。魚雷はまだ5発持ってる。でも、エリート級戦艦ル級が中々沈まない………!」
「無理すんな、弥生!あたいと挟み込むぞ!エースの実力見せようぜ!」
反対側を見ると、ル級2隻の砲撃を躱しながら、弥生が正面からジグザグに動いて回避に徹している内に、朝霜が後ろに回り、連装砲を至近距離から1隻の後頭部に突き付け、連射して撃沈していく。
驚いたもう1隻は朝霜を狙おうとするが、別方向から飛んできた航空機の体当たりを喰らい、悲鳴を上げながら爆発する。
………と言っても、これは葛城の攻撃機では無い。
あきつ丸の観測機だ。
「あきつ丸さん、無茶をしますね………。リンガに攻撃する敵艦は?」
「輸送艦がいない以上、上陸の心配は低いであります。海戦より陸戦の方が得意なのは、自分ぐらいでありますからね。むしろ、海上からの直接砲撃や爆撃の方が恐怖であります。」
あきつ丸は揚陸艦であるため、抜錨せずに桟橋から直接観測機を飛ばして援護をしている。
とはいえ背中には、前に叢雲に貰ったマスト型の槍を携えており、いつでも海戦もする覚悟は整えていた。
「しかし、これだけ敵艦が多いと、こちらの残弾や航空機が尽きるのが先であります。ブルネイからの援軍に頼るしかないのが………。」
「ん?あきつ丸。ブルネイに援軍を頼んでも、余裕が無いんじゃねえのか?」
「ああ、朝霜は知らなかったでありますね。昨日、ブルネイにはパーティの為に、第四駆逐隊、第二十五駆逐隊、第二十六駆逐隊が来訪しているんであります。」
「ちょっと待て!?よりにもよって、岸波達に援軍を頼んだのか!?」
朝霜の大声にキーンと音を立てた無線に、夕雲を始めとした艦娘達が、思わず顔をしかめる。
今回の援軍に関しては、朝霜に言ったら絶対にごねると思ったから、敢えて伝えていなかったのだ。
「来るわけねぇだろ!?岸波は………!」
「散々怠惰艦扱いしたから?だったら、その時は、私達の自業自得ね!」
「葛城さん………。」
葛城のハッキリとした物言いに、朝霜の声のトーンが落ちる。
意固地になっている彼女ではあるが、心の何処かでは岸波に対して負い目を感じているのだ。
そして、その罪は今、リンガにいる全ての艦娘に当てはまる。
「あたいは………。」
「ずるいわよね。岸波の大切な地が危ないって言って、協力を強制しているもの。それで、彼女が怒って拒否したら、恨む権利は無いわ。」
「白雪………。」
業が巡り巡って自分達を襲っているのならば、それはそれで仕方ない。
そう割り切っている白雪の考えもまた、リンガの艦娘達の総意であった。
しかし、テンションを落とす朝霜に、夕雲は優しく問いかけた。
「朝霜は岸波が来てくれると思う?」
「来るわけ………。」
「私は来てくれると思うわ。」
「………白雪がずるいって言ったばかりじゃねえか?」
「私、結構ずるい性格だもの。」
夕雲は敢えて笑みを浮かべると、駆逐艦ナ級を複数落としながら言葉を紡ぐ。
「岸波の成長は、手紙を見て分かるでしょ?彼女はやり直そうと努力している。もがいているもの。」
「………だったら、猶更来ねえよ。あたいは………あの頃から変わらずだ。」
「そうかしら?手紙で真っ先に岸波の変化を認めてあげたのは誰?」
朝霜は黙る。
夕雲は皆に対して敢えて大声で叫んだ。
「だから、みんな耐えて!援軍が来るまで!私達のリンガを守る為に!」
その激励に、皆が改めて奮闘しようとした時であった。
「電探に新たな反応………!大きい………!?」
「何!?」
朝霜と共に奮闘していた弥生が、叫ぶ。
ゾクリ。
「来るっ!?」
艦娘の直感と言えばいいのだろうか………反射的だった。
夕雲は咄嗟に海面に突っ伏す。
その上を、紅蓮の砲弾が紙一重で通過した。
「夕雲!?何だぁ!?あの砲撃は!?」
「フフフフフフ………。」
「っ!?」
朝霜は霧の向こうに巨大なシルエットを見る。
全身を布で巻いた、炎のようなリボンを纏った長いツインテールの女の姿。
肩より先の厳めしい艤装。
両方の腕部と鉤爪の手甲から口から砲身を伸ばした砲塔ユニット。
腰部の隙の無い機銃ユニット。
それは………。
「アイツは………!?」
あの事件の跡、磯風達から特徴は嫌という程聞いた。
泊地の資料を読み漁り、その特徴を嫌という程調べた。
間違えるわけが無い、その姫クラスは………。
「ココカラハ………通シマセン。」
「南方棲戦姫………!?」
重そうな腕を回しながら舌なめずりをしながら獲物を狙う深海棲艦の親玉。
今回は護衛要塞と呼ばれる黒い球体に炎が宿った、姫を守る騎士を5機連れていたが、それ以外は、磯風の………いや、岸波の時と全く同じであった。
「………悪ぃな、岸波。」
その燃えるような強気な瞳で見下してくる南方棲戦姫を、凄みのある笑みで睨みつけながら、朝霜は様々な感情を抱えて、ここにいない岸波に告げた。
「沖波の仇………あたいが、奪っちまうぜぇ!!」
主機をフル稼働させた朝霜は、姉を沈めた敵艦に向けて、猛々しく突貫していった。