「私の信じられること………?」
沖波の発言を受けて、岸波の目が見開かれる。
光に包まれた沖波は笑うと、指を1本ずつ立てながら言う。
「まず、岸ちゃんは、第四駆逐隊の絆を取り戻しました。特に、舞風さんが沈みそうになった時、腕を折ってでも庇いました。………無理やり腕を「直した」のは流石にビックリしたけれど。」
駆逐水鬼の時の事だ。
萩風の怨念が深海棲艦となった時に、岸波は泥を被った。
その結果、舞風は第二十六駆逐隊の最初のメンバーになった。
「次に、岸ちゃんは、朝潮さんが自分と同じ過ちを繰り返しそうになった時に、身体を張って望月さんと山風さんを庇って轟沈を防ぎました。あの時、命令違反を犯してでも助けに行こうって決めたよね。」
空母棲鬼の時の事だ。
朝潮が、状況的に仕方が無かったとはいえ、捨て艦を使ってしまった時に、岸波は大潮達と救いに行く選択肢を取った。
その結果、望月と舞風も仲間に加わり、岸波は久しぶりに心から笑う事が出来た。
「そして、岸ちゃんは、薄雲さんが艦娘として、初代薄雲さんの存在に縛られていると知った時、第二十六駆逐隊の一員として協力する道を選びました。悲しかったけれど、大湊で彼女の因縁に決着を付ける事に成功したよね。」
深海千島棲姫の時の事だ。
薄雲が、命令書を偽造して第二十六駆逐隊に入ってしまった為、成り行きになったとはいえ、彼女の為に必死に動いた。
その結果、薄雲はその後もメンバーとして力を振るってくれている。
「更に、岸ちゃんは、朧さんが苦しんでいる時からずっと手助けしてあげました。早ちゃんが苦しんでいる時も協力して、最終的には朧さんに娘と出会わせて、指輪も取り戻させました。夏雲さんに憧れたのも、あの時だったっけ。」
フラッグシップ級レ級の時の事だ。
朧が、旧宿毛湾泊地提督との子供と指輪を失って消沈していた時に、彼女なりに色んな手段で奔走した。
その結果、朧にとっては、ただの悲劇で終わらせる事が無くて済んだ。
「最後に、岸ちゃんは、初霜さんのケッコンカッコカリもエスコートしました。紆余曲折あったけれど、ブルネイ泊地で、パーティを開く事に成功しました。最初の岸ちゃんを知る彼女が加わったのは、成長を感じるよね。」
そして、昨日の事だ。
初霜がケッコンカッコカリの価値観の意見の相違で、朧とケンカをした事が切っ掛けであったが、彼女にも変化をもたらす事になった。
その結果、初霜は愛する提督と思い出を作る事に、消極的でなくなった。
「みんな、岸ちゃんがいたから変われた新しい「家族」。今ここにいる、私の事が信じられなくても、岸ちゃんが紡いできた家族の存在は、絶対に変えられない真実だよ?」
「私の………家族………。」
「さて、そんな岸ちゃんの家族は、岸ちゃんの昔話に対して、何て言っていたかな?」
穏やかな笑みを見せる沖波の言葉に、岸波は思い出す。
望月は、捨て艦にしても恨まないから補佐でいると言った。
山風は、今の岸波は、捨て艦は使わないって判断してくれた。
薄雲は、岸波とならば、最期の瞬間まで一緒にいていいと決めた。
朧は、もっと甘えて欲しいと、母親らしい笑みを浮かべた。
初霜は、最初の岸波の時から、素敵な仲間が揃う気配があったと告げた。
そして、舞風は、やっと全てを話してくれた岸波に、素直に感謝をしてくれた。
「岸ちゃんは、私の言葉を信じなくていい。でも、岸ちゃんを信じてくれる家族達の言葉は、これからも信じて欲しい。」
「沖姉………。」
立ち上がった岸波は、見る。
沖波を包む光が、強くなっていくのを。
「あ………!?」
「ゴメンね、そろそろ時間みたい。岸ちゃんにとっては、甘い夢だったかもしれないけれど………、私は、岸ちゃんともう一度話せて嬉しかった!」
涙を浮かべながら天に昇っていく沖波を見ながら、岸波は手を伸ばし叫ぶ。
「信じる………!大切な家族をこれからも信じるわ、沖姉!勿論、沖姉の事も!沖姉がウソを言うわけがない!全てを見てくれていた沖姉を、私も信じるから………!だから………!沖姉は、最高の家族だからーーーっ!!」
「ありがとう、岸ちゃん………!」
満面の笑顔を見せて、沖波は光と共に消えていき、同時に、雲の上の円形のサークルが弾け飛んだ。
――――――――――――――――――――
光が消えた時、岸波は南方棲戦姫に踏まれている所だった。
仲間達も、ハッとしている。
「ナ、ナンダ!?今ノ記憶ハ!?」
沖波の残留思念は、深海棲艦にも影響を与えていたのだろうか。
砲塔を向けた状態で、至近弾を喰らったかのように驚く敵艦の隙を、岸波は見逃さなかった。
「沖姉!貴女の戦いと想い………無駄にはしない!!」
素早く連装砲を左肩の肩口………、沖波が付けた古傷に………必死に姫クラスが隠していた急所に向けて砲撃する。
「ギャアアアアアアアッ!?」
血が噴き出し絶叫する南方棲戦姫。
その砲塔が揺れ、踏みつけていた足の力が弱まった隙を狙い、舞風が素早く岸波を掻っ攫っていく。
「これも持ってけ!」
そのついでに右アームの高角砲を、更に肩口の傷に喰らわせた事で、敵艦は痙攣する。
「よーし、山風!追撃!」
「あたし達の嚮導艦を踏みつけた………お返し!」
山風が爆雷を投げつけ、左の肩口の近くで、連装砲の砲撃で信管を作動させて起爆させる。
「コイツラメーーーッ!!」
驚異的な再生能力で何とか古傷を治した南方棲戦姫は、砲塔ユニットを向けて来るが、望月が煙幕を発して狙いを絞らせない。
「みんなで生きるんです!その為にも………!」
「ガァッ!?」
更に葛城の護衛を白雪に任せた初霜が、両手の高角砲を連射しながら、姫クラスの左側から接近してくる。
肩口を次々と正確に射貫く砲撃に、南方棲戦姫は、右腕の砲塔ユニットだけで反撃を仕掛けるが、小柄な初霜には中々当たらない。
その隙に薄雲が、背面に回り、一気に接近する。
「涼風さん、これを使わせて貰うよ!」
そして、大湊で貰ったコンバットナイフを古傷に突きつけると、そのまま深々と刺していく。
「グガアアアアアアアアアアッ!?」
敵艦は、必死に薄雲を振り払おうとするが、絶対に離れまいと彼女は踏ん張る。
そこに、あきつ丸から叢雲のマスト型の槍を借りて来た朧が、前から接近する。
「薄雲ちゃん、離れて!」
ナイフを引き抜き、倒れるようにして下がった薄雲と入れ替わりで、朧が、大上段から槍を振り回し、肩口に振り下ろす。
「ギエエエエエエエエエッ!?」
更に、血が派手に噴き出した深海棲艦の傷は治らない。
急所を散々攻撃された事で、再生能力が失われたのだ。
「グ………ゴアァアアアアアアアアアッ!!」
「だめっ!」
「舞風!?」
追い詰められた事で、あの身を竦ませる咆哮を放ってきた南方棲戦姫だが、舞風が咄嗟に反応し、岸波の耳を両手で塞ぐ。
それによって、彼女だけは動くことが出来た。
「き、決めろ!岸波!」
「ええ!」
ふらつく望月の叫びを受けて、岸波が連装砲を構えて主機を一杯まで加速させる。
左の肩口から血が噴き出している深海棲艦は、右の砲塔ユニットを構えながら下がり、彼女に向けて砲撃をする。
だが、岸波の缶とタービンが強化されている事が、ここで吉と出た。
駆逐艦以上の速力を発揮した岸波の前に、敵の砲撃は狙いを定め切れずに、彼女の艤装と腰を掠るだけだった。
岸波は、有りっ丈の力を込めて、敵の顔面に連装砲を突き付ける。
「オ、オ前ニ負ケタワケデハ無イ!コレハ………!?」
「私達全員の………勝利だーーーっ!!」
ドゴンッ!!
急所に連装砲を叩き込んだ事によって、南方棲戦姫は仰向けに倒れ、沈んでいく。
その撃沈した親玉の姿を見た残存艦は、我先にと逃げていく。
だが、岸波は、その追撃をする余裕が無かった。
「沖姉………。」
舞風、望月、山風、薄雲、朧、初霜………。
第二十六駆逐隊の仲間達が集まって来る。
その輪の中で、岸波は、ぺたんと座り込むと、手を振るわせながら、空を見上げる。
そして………。
「う………ああああああああああああああああああああああああっ!!」
周りの目も気にせず、大声を発しながら泣き叫んだ。
それが仇を取った事の嬉しさなのか、姉の最期を確信してしまった事のやるせなさなのか。
岸波自身にも、分からなかった。
只、グチャグチャの感情の中で、虚空に向けて吠えた。
仲間達は、そんな嚮導艦の初めての姿に、何も言えなかった。
今は………心行くまで泣かせてあげる事しか出来なかった。
「ねえ、嵐………。私、今だから分かる事があるの。」
その姿を遠目で見ていた第四駆逐隊の萩風が嵐に言う。
「私が駆逐水鬼になってしまったのは、もう一度、絶対に嵐達に会いたいと願ったからだったんだって。でも、沖波は………もう二度と会えなくてもいいから、絶対に家族を守りたいと思って力を振るった。だから………海の神様が、最期に応えてくれたのかもしれない。」
その言葉に海戦を共にした面々は、只々、家族思いの駆逐艦娘の事を、想う事しか出来なかった。
いつしか、リンガを包んでいた霧は無くなり、雲の隙間から陽光が刺し込んで、慟哭する岸波を包み込んでいた。
まるで彼女に優しく微笑む、沖波の祝福であるかのように。
――――――――――――――――――――
海戦は、南方棲戦姫が沈んだ事もあって、間もなく終結した。
船渠(ドック)入りをして、高速修復材(バケツ)を使う所までは同じであったが、その後は疲弊した艦娘達に対して、リンガの提督が夕食としてスープを作ってくれた。
艦娘達は、思い思いの事を考えながら、静かな時を過ごしていた。
「……………。」
そんな中、岸波は、今だけは1人になりたいとお願いをして、海の見える浜辺に座ってスープを飲んでいた。
(沖姉は………最初から最後まで沖姉だった………。)
昔から、自嘲気味な発言が多かったが、裏を返せば自分を犠牲にしてでも他者の良い所を見つけようとしてくれていた。
それは、最期の海戦でもそうだったし、岸波に別れの挨拶をしに来てくれた時もそうだった。
最後の最後まで………岸波達の味方でいてくれた。
「よう。」
「………沖波の事、思い出してるのか?」
「長姉、朝ちゃん………。」
そこにスープを持った長波と朝霜がやってくる。
邪魔するぜ………と言って、2人は両隣に座ると、しばらく黙って海を見つめていた。
「………ゴメンな、岸波。」
「え?」
ふと、朝霜の言った言葉に、岸波が横を見る。
朝霜は岸波を見ると、思い切って頭を下げる。
「あたいは、岸波に責任を押し付けていた。謝る事もせずに、意固地になってた。………だから、ゴメン。」
「朝ちゃん………。」
「朝霜は、自分なりにケジメを付けたかったんだよ。」
長波が振り向かずに、ここに来た理由を静かに言う。
第三十一駆逐隊の仲間として、彼女も沖波の壮絶な最期を思い出しているのかもしれない。
「沖波は………最後にあたし達を繋いでくれたと思うんだ。第二十六駆逐隊だけじゃなく、第三十一駆逐隊やリンガのみんなの心も………。」
「そうね………。私の罪も………許してくれた。みんなの事も、家族だってずっと思ってくれた。本当に優しい………艦娘だわ。」
「ああ。………出来過ぎた姉だよ。あたい達は幸せ者だ。」
そんな姉の為に、これから出来る事は無いだろうか。
ようやく未来の事を考え始められた3人に対し、男の人物がやってくる。
リンガの提督だ。
「ブルネイの提督から、電話で伝言が届いた。1週間後、第六駆逐隊に率いられて、横須賀から新たな艦娘がやって来ると。」
「え?戦力増強か?」
「いや、違う。やらなければいけないのは、新人教育だな。」
「新人?………まさか。」
何かに気付きかけた長波の発言に、提督は軽く首を縦に振ると、3人に告げた。
「新たな艤装の適合者が見つかったらしい。………第2代駆逐艦沖波の………な。」
「沖姉の………?」
その伝えられた内容に、岸波は過去に曙が言った言葉を思い出す。
記憶が確かならば、それは………。
「そうですか………。沖姉、ちゃんと眠れたのですね。」
ずっと岸波の事を見ていてくれた英霊は………、彼女達に未来を託して、ようやく休む事が出来たのだ。
「今更俺が、こんな事を言うのもなんだが………覚えていてやって欲しい。アイツの………最後までの生き様を。」
『はい。』
もう自分に縛られることなく、一歩一歩踏み出していってほしいと願った………第三十一駆逐隊の誇れる艦娘の姿を思いながら………4人は静かに夜の夏空を見上げていた。