(とんでもない事になったぞ、これは………。)
静かに左手をかざし、こちらに冷静………いや、冷徹な視線を向ける電の姿を見て、磯風は内心、春風の怒りが、度を超えた挑発になってしまったのだと痛感する。
左翼に構える彼女は、ちらりと横目で右翼にいる早霜と後方にいる夏雲を見る。
早霜は静かに目を伏せ、夏雲はコクコクと頭を縦に振っている所を見ると、抱いている感情は磯風と同じらしい。
「どうする………?」
早霜と夏雲だけに聞こえる声量で呟いた磯風に対し、早霜は冷静に、夏雲は慌てた様子で答える。
「なめられている………わけでは無いわね。あのオーラと冷静な言葉………多分、電さんは、明確な真実だけを告げているわ。」
「い、今からでも春風さんを説得して、決闘を止めさせるとか………。」
「ここまで来たら、もう無理だろう。………だが、正直に言おう。私は、4対1でも勝てると豪語した電の実力に、興味が出て来た。」
「え………?」
磯風は腕を組みながら少しだけ笑みを見せる。
思えば電とはまだ、共に艦隊を組んだ事も、こうして決闘をした事も無い。
早霜が、ブルネイから横須賀に来る時に共に組んだが、あの時は周りを気に出来る精神状態でなかった故に、彼女の優秀さを実感できなかった。
つまり春風を含め、ここにいる4人はみんな、電の力を把握できていないのだ。
「どうやら私は、まだ腐っても駆逐艦であるらしい。………束になって掛かって来ても勝てると言ってのけた電に、一泡吹かせてやりたいと思っているのだからな。」
「確かに………そう言われると、このまま引き下がるのも癪よね。」
「はあ………2人共、好戦的ですよ。この中で私1人だけ逃げたら、第九駆逐隊の格好がつかないじゃないですか。」
「工作艦の資格を持っているのだ。私達に何かあった時の為に、後方で待機していてもいいんだぞ?」
「一応は、駆逐艦です。こうなったら………私にも意地があります。」
何だかんだ言って、ここまで馬鹿にされたら逆に反骨心は芽生えてしまう。
自分達は、本当に駆逐艦なのだな………と実感した磯風達はそれぞれの武器を構える。
一方で、春風は本当に余裕が無くなっており、電を精一杯睨みつけながら、歯ぎしりをしていた。
逆に格上のオーラを放つ電は、かざした手の向こうから静かに春風達を覗き込んでおり、いつでも対応可能という姿勢を見せていた。
「……………っ。」
「どうぞ、そちらから仕掛けて来て下さい。」
「………後悔………しますよ!」
「それは、どちらなのですかね?」
「このっ!」
電の挑発に触発された春風は、左手の単装砲と凹型フレームの両側の台座の単装砲の3つを使い、一斉砲撃する。
磯風達3人はそれに合わせて、主砲を放ち、電の逃げ道を防ぐ。
特に、右手の長10cm砲ちゃんを模した連装高角砲と左手のピストル型の連装機銃、それに艤装に埋め込まれた長10cm砲ちゃんを持つ磯風の計6発の一斉砲撃は、夾叉弾として有効に機能した。
しかし………。
「忘れたのですか?暁型には、両肩に装甲版があるという事を。」
電は両肩の盾の角度を調整し、自分に飛来する砲弾を全て弾き飛ばして、砲撃を全部防御していた。
そして、おもむろに右肩の連装砲を放ってくる。
狙いは、一番後ろの夏雲。
「ひゃっ!?」
砲撃の硬直直後を狙われた夏雲の右腕の連装砲が、明後日の方向に吹き飛ばされる。
驚く彼女は、反射的に左腕の4連装魚雷を撃とうとするが、これも連射してきた電の砲撃で接続部のベルトが千切れ、遥か彼方に飛んで行ってしまう。
「う、嘘………!?」
「まず1人。」
一斉砲撃を受けたにも関わらず、あっという間にカウンターで夏雲を無力化してしまった電の砲撃の正確性に、思わず磯風達は唖然とする。
「どうしたのですか?遠慮していたら、全滅しますよ?」
「くっ………!」
「みたい………ね!」
春風が尚も砲撃を繰り返しているのを見て、右翼の早霜が横合いから魚雷を撃ち出す。
ベテランの電には、1発では心許なかったので、両ふとももの2発ずつだ。
しかし、電は腰に備わった6発の魚雷で相殺するのではなく、小柄な体を活かし、装甲版を構えながら、素早く左にスライドするように移動しながら回避していく。
外れた魚雷が訓練海域の端で爆発を起こし、ギャラリーの一部から悲鳴が出るが、気にしている余裕は無い。
「少し、電の本気を見せるのです。」
電は装甲版を構えたまま主機を前に加速させて、砲撃を続ける春風に、正面から盾による突撃を喰らわせる。
「きゃっ!?」
「それ、借りるのです。」
盾が攻撃用で無い事が幸いし、春風は少し後退させられるだけで済むが、何と左手で持っていたピストル型の単装砲を奪われてしまう。
電は、磯風に対して牽制砲撃を数発撃って感覚を掴むと、春風が立ち直る前に、左右の台座の単装砲と機銃を素早く撃ちぬいて無力化してしまう。
「ま、まだ………!」
主砲3つが全て失われた事で、基部ユニットの右側に備えていた傘を取り出した春風は、開いてバランスを保ちながら後方を向き、左右計4発の魚雷を放つ。
だが、隙だらけの雷撃が当たる程、電は甘くない。
奪った単装砲を水面下に連射し、浮上してきた魚雷を起爆させると、自身の目の前に派手な水柱を作る。
「何を………えっ!?」
横から回り込もうとした早霜は仰天する。
水柱が収まった時、電は鎖付きの身の丈もある錨を、頭上で振り回していた。
本来は、艤装の背部に備わっているバランサーの役目を果たすものだ。
「行くのです。」
「か、躱せ!?」
後ろに倒れながら磯風が警告する。
最大まで鎖を伸ばして、右から………磯風達からしてみれば左からぶん回して来た電の巨大な錨は、その磯風の真上を通過して、同じく倒れ込んだ春風の傘を弾き飛ばす。
問題は、回り込もうとした早霜。
攻勢に回ろうとした分、対応が遅れてしまい、咄嗟に左腕の小手の役割も果たす連装砲でガードするが、遠心力を最大まで発揮した一撃は、防御越しに彼女を吹き飛ばし、海上を転がして気絶させる。
「夏雲、早霜を頼む!春風も下がって………!」
「まだです!」
何とか起き上がりながら指示を出していく磯風であったが、余裕の無い春風は聞いてくれない。
主砲も魚雷も失った彼女は、懐から爆雷を取り出すと、電の足元に向けて、野球のボールを投げるように、全力で投擲していく。
水圧設定は変更していないので、着水した途端に爆発するわけでは無い。
だが、水深で爆発を起こせば、少なくとも海面の波は荒れてバランスを取りにくくなる。
そうすれば、錨は振り回せないと踏んだのだろう。
実際に、揺れる海面を前に、姿勢を制御する為に電は、錨を仕舞う。
「駆逐艦娘ならば………!」
電はまだ主砲も魚雷も健在であったが、春風は構わず一気に接近をする。
そして、左拳を握ると、その鉄拳を電の顔面に叩き込もうとし………。
「ご………はっ!?」
素早く身を屈めて、奪った単装砲を捨てた電の左ストレートが腹にめり込む。
余程強烈だったのか、春風の口から胃の中の物が吐き出されていく。
それでも何とか足を動かそうとしたが、電は右手で春風の顔を掴むと、そのまま海面に仰向けに押し倒す。
「は、速………!?」
「少し………頭を冷やして貰うのです。」
「が!?あ!?うあ!?」
電は表情を崩さず………しかし、相変わらず冷徹な視線で春風を見下ろすと馬乗りになり、何度も顔を殴りつけていく。
これには流石のギャラリーも、一部から悲鳴が上がった。
「春風!?電、やり過ぎだ!………くっ!」
磯風は援護がしたかったが、春風が密着してしまっている為、魚雷どころか砲撃も出来ない。
彼女は思い切って接近すると、重装備が備わった巨大な艤装を回転させて電にぶつけようとする。
残念ながら飛びのいた彼女には当たらなかったが、春風から引き離す事は出来た。
「春風、しっかりしろ!?」
「わた………くし………は………。」
痛みよりも、手も足も出ない悔しさに涙を流しながら、うわ言を呟く春風の様子を見ながら、磯風は電を睨みつけた。
彼女は、相変わらずの無表情で磯風に語り掛けて来る。
「磯風ちゃん、降参して欲しいのです。」
「………何?」
「流石に磯風ちゃんまで相手をする事になると、魚雷まで使わざるを得ません。そうしたら、大怪我に繋がります。」
「……………。」
磯風は理解をした。
電が主砲や魚雷をなるべく使わないようにしていたのは、磯風達をなめていたからではない。
彼女達が火器の直撃で大怪我をしないように、不殺を心得ていたからなのだ。
だが、重火器を備えた磯風を無力化しようとするとなると、そうはいかない。
「親切に警告してくれているというわけか………。」
「依頼主の春風ちゃんが気絶した時点で、磯風ちゃんが戦う理由はもうありません。」
「確かにそうかもしれないな。」
「もしも、これ以上戦うのならば………大破は覚悟して貰わなければならないのです。」
「大破か………確かにさっきまでの電の戦いぶりを見れば、そうなるのかもしれない。」
激情に支配されながらも、電は同時に冷静さをしっかりと保っていた。
侮辱をされながらも、圧倒的な実力を見せつつ、相手の事を気遣える余裕のある艦娘。
これが初期艦である電の、本当の資質なのだろうと磯風は思った。
だからこそ、今の自身の実力では敵わないと悟る。
しかし、同時に………。
「電、私はバカみたいだ。1対1になったからこそ、君と全力で手合わせをして、何処まで通用するか試したい自分がいる。」
「敢えていいますよ。愚行なのです。」
「分かっている。だが、駆逐艦らしいと言えないか?」
「……………。」
電は黙って、連装砲を動かすと磯風に向ける。
魚雷発射管も動かしている所を見ると、本気であるらしい。
磯風も、手持ちの高角砲と機銃の状態を確認した。
そして、艤装の長10cm砲ちゃんや計8本の魚雷を電に向けると、再び戦闘体勢に入る。
「すまないな。わざわざ警告してくれたのに。」
「いえ………。」
そして、2人は、主機を加速させて主砲を構え………しかし、突如その間に、別の角度から多数の砲弾が降り注ぎ、決闘が止められる。
「新手!?」
「この砲撃は………?」
「危険な実弾を使って、なにやっているのかな~?」
陽気な声に振り向いてみれば、そこには横須賀の提督を連れて来た、軽巡のボスである那珂の姿があった。
どうやら異常事態を前にして、止めに入ったらしい。
提督は、嘆息しながら電に告げる。
「………らしく無いな、電。お前ほどの艦娘ならば、実弾の消耗の重みや危険性は人一倍分かるだろうに。」
「司令官さん………申し訳ないのです。頭に血が上っていました。」
「磯風も闘争心を見せるのはいいが、鎮守府の財源を枯渇させる真似は控えて欲しい。」
「………すまない、司令。そこまで頭が回っていなかったです。」
頭を下げた2人は、わざわざ抜錨してきてくれた那珂と協力して、今回の決闘の負傷者達を抱えるなり背負うなりして、船渠(ドック)へと運んでいく。
提督の登場に、ギャラリーは散っており、訓練海域は静かになっていた。
その中で、磯風は敢えて提督に聞く。
「そう言えば司令。春風は姉妹を助けたいみたいでしたが、直接、司令には相談して来なかったのですか?」
「してきてないな。………そもそも、春風は単冠湾泊地を、無断で飛び出してきた艦娘なんだ。向こうの提督の話によれば、姉妹に異常事態が発生して、焦った彼女が独断で横須賀に出向いてしまったらしい。」
「そうだったのですか………。」
余程、姉妹が大切だったのだろう。
春風の艤装を外し、お姫様抱っこで運んでいた磯風は、涙を浮かべている彼女の姿を見て、悲しさを感じた。
仲間と散り散りになる痛みは、磯風には痛い程分かるのだから。
というわけで、ある意味、電が暴れ回った今回の話。
第2部では、可能な限り後書きも積極的に活用していこうと思っています。
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