提督は、船渠(ドック)入りこそ許可をしてくれたが、高速修復材(バケツ)の使用は、流石に今回は許可をしてくれなかった。
また、結果的に3人の艦娘を無力化して艤装をダメにした電には、罰として自身の艤装を背負っての鎮守府3週が言い渡された。
磯風は、不公平だから自分も罰を受けると言ったが、それよりも船渠(ドック)で早霜や春風の面倒を見て欲しいと提督は告げてきた。
そんなわけで彼女は今、夏雲と共に、気絶している2人の前に座っている。
「うーん………。」
「こ、ここは………?」
やがて、夕方になり日が傾いた所で、気絶していた2人が覚醒する。
磯風が軽く状況を説明すると、特に春風は下を向いて、何とも言えない顔になった。
「わたくし………怒りに染まる余り、電さんを侮辱してしまって………。それだけでなく………。」
「電の性格だから、そこまで気にしてはいないだろう。………それよりも、冷静になってくれたのならば、次は逆鱗に触れないように気を付けてくれ。」
「はい………申し訳ありません。」
磯風は、とりあえず春風の暴走は収まりそうか………と思い心の中で嘆息する。
そこに、2人の艦娘がやって来た。
先程磯風達を止めた軽巡那珂と、初期艦の1人である漣である。
「那珂さん、先程は申し訳ありませんでした。」
「あー、いいよ。休みの日位は、敬礼しなくても。」
咄嗟に………というか反射的に敬礼をしてしまった4人を止めながら、那珂は磯風達に真剣な顔を見せる。
「暁ちゃん達から聞いたけれど………春風ちゃん、初期艦の称号を持つ艦娘である、電ちゃんを侮辱しちゃったんだって?」
「はい………後で、電さんに謝りませんと………。」
「そうだね。でも、謝る前に、何で電ちゃんがキレちゃったか、少し知っておいた方がいいかなって思って漣ちゃんを連れて来たんだ。」
「確かに………そもそも私達は初期艦の事を余り知らないですからね。」
磯風が考え込む。
初期艦というからには、最古の艦娘であるのだろう。
艦娘がどういった経緯で誕生したのかについては、正確な話が伝わっていない。
とりあえず、巨大な軍船では、突如現れた深海棲艦に全く歯が立たなかったので、生み出されたのが艦娘………という事が一般的な常識だ。
「まず、春風ちゃんに聞きたいけれど………単冠湾泊地には、確か五月雨ちゃんがいるよね?彼女は何も話してくれなかったの?」
「いえ………過去に付いては全く伺っておりません。その………そんなに聞くと不味い物なのでしょうか?」
恐る恐る聞いた春風の言葉に、那珂は肩を竦め、隣の漣を見る。
漣は困ったように右の人差し指で頭を押さえると、話し出す。
「うーんと………まず、最古の艦娘は吹雪ちゃんなんだけれど………深海棲艦に対抗するために、人のサイズに合わせた船の装備を付ければ、どうにかなるかもしれないって、半ばヤケクソでやってみた事が成功したのが艦娘。」
「え………?ヤケクソって、そんな適当な感覚で………?」
「まあ、最初はそんな物だよ。それで、その実験を繰り返している内に、何故か人間の女に適性があると分かったから、次々と採用していって………、それで成功したのが初期艦。」
「ま、待って下さい!実験と成功って今、言いましたよね?まさか………。」
早霜の問いに漣はコクリと答えると、きっぱりと言う。
「そりゃ、昔は何も無かったからね。老若男女関係無しに、様々な人間が艤装を付ける形になって、適性が無ければ最悪廃人。人間様を救う為に、マジヤバい検査とか沢山あったんだから。」
「じ、人道とか無いじゃないですか!?そんなのに進んで参加する人なんて………!?」
「ほとんどいないよ。だって、世間から溢れた人間なんて山ほどいるじゃん。若いのが欲しければ、孤児や捨て子を連れてくれば良かったんだからさ。………というか、夏雲ちゃんや春風ちゃんは「あそこ見てるから」まだ分かるよね?」
「……………。」
何か意味深な発言をする漣の言葉を受け、夏雲は押し黙る。
磯風にとっては「あそこ」の意味も気になったが、今は初期艦の過去話の方が気にはなった。
「つまり………そうした非人道的な試験を乗り越えて、晴れて艦娘になったのが、吹雪・叢雲・漣・電・五月雨の5人なのか。」
「いやー、それも間違い。最初は、5、6倍はいたよ?」
「何?じゃあ、何で今は5人しか………。」
「みんな沈んじゃったからね。」
『っ!?』
少しトーンを落とした漣の瞳には、影が掛かっていた。
初期に生まれた艦娘は沢山いた。
それなのに、ほとんどが沈んでいった理由は………。
「今は陣形とか武装とか敵の知識とか色々あるけどさ………昔は、ホント手探り状態だったわけよ。その度に犠牲になる艦娘がどんどん出てきて………轟沈率って言えばいいのかな?今の比じゃなかったんだよね。」
「あの………当時、退役は許されなかったのですか?」
「そりゃ、人間様を守る為だもん。許されるわけがないよ。………この際だから、電ちゃんの為に言うよ。あの頃は、文字通り生きた心地がしなかった。常に艦娘というモルモットにされている状況で………明日沈むのは自分かもしれないもん。」
「………………。」
漣の言葉に、熱がこもってくるのを感じた春風は、俯き悟る。
艦娘にされたからって、強靭な精神を手に入れられるわけでは無い。
それなのに、日々無理やり戦場に送られて身近な仲間が沈んでいくのを見せられて、心が正常でいられるわけも無い。
只々、抜錨という恐怖に縛り付けられながら、何日も何十日も何百日も耐えなければならなかったのだ。
途中で、精神が崩壊した艦娘が出ても、おかしくないだろう。
「その………漣はどうやって耐えていたんだ?」
「漣はずるい艦娘だからね。御覧の通りメイドになりすまして、お偉いさんの機嫌取りに従事したの。そして、特別扱いして貰ってたんだ。」
「電は………。」
「うーん、真面目だったからねぇ………。誰かが沈む度に泣いて、お墓を作ってたっけ………。ここだけの話、横須賀の共同墓地の礎になったのは、電ちゃんのお手製のお墓なんだよ。」
「そうか………。」
最後まで質問をしていた磯風も、黙り込む。
春風は自身の状態の焦りもあって、怒りに任せて電達初期艦を、何の苦しみも悲しみも知らないと言ってしまった。
仲間想いの電にとっては、沈んだ者達の事も含め、最悪の侮辱であったのだろう。
故に、冷静さを保とうとしながらも、ぶち切れてしまったのだ。
「わたくしは………本当に………何て事を………。」
「まあ、春風ちゃんには春風ちゃんの事情があるんだろうけどね。只、この機会に初期艦ってどんな艦娘なのか、覚えておいて貰えると漣は嬉しいかな?」
「はい………ありがとうございます。漣さん。」
正座をして深く頭を下げる春風の姿を見て、磯風はようやく少し落ち着けたのだろうと思い、安堵する。
………と、そこに罰で鎮守府外周を1人で走って来て、頭を冷やした電が戻って来た。
「あ、夏雲ちゃん、早霜ちゃん、春風ちゃん、大丈夫なのですか?先程は、ごめんなさい。頭に血が上ってやり過ぎてしまって………。」
「そ、そんな!?わたくしが元々はいけなかったのです!電さんが謝る必要はありません!」
即行で頭を下げて来る電に、春風が戸惑ってしまう。
彼女らしい行動ではあるが、そうされると春風は土下座をしても立場がなくなってしまう。
早霜と夏雲も合わせて、何とか電の頭を上げさせて、春風が仲直りをして欲しいとお願いする事で、挑発からの決闘で続いていた悪い空気を、改善する事が出来た。
「電も春風も、芯は強いみたいだな。それ故に、何とかしてあげたい物だが………。」
「それに付いて提督から、今いる全員が揃ったら、執務室に来るように言われてるよ?」
「そうなのですか?分かりました。」
那珂の言葉を受け、磯風は互いに交互に頭を下げている電や春風の元に歩んでいった。
――――――――――――――――――――
「単冠湾泊地に出向………?」
「向こうの提督が、春風の無茶ぶりを考慮してくれたみたいだな。正式に横須賀へ、協力の電話を掛けてきてくれた。」
「正直、最初は良いイメージは無かったですが、柔軟に艦娘の事を考えてくれる方みたいですね。良かったです。」
磯風は、後ろを向いて穏やかな笑顔を見せる。
自分の願いが思わぬ形で叶った春風は、手を口に当てて驚いていた。
「それで………誰が出向するのですか?私がこうして応じているという事は、少なくともこの磯風は含まれているみたいですが………。」
「状況がまだ不透明である以上、流石に各駆逐隊丸ごとというわけにはいかない。そこで、今回の決闘………というか、乱闘に関わった艦娘達を第二十五駆逐隊に一時的に転属させる。」
「つまり………私と春風・早霜・夏雲・電、後は………。」
「漣にお任せ!」
ここぞと言わんばかりに明るく申し出た漣の申し出を受け、磯風は怪訝な顔をする。
「何、漣の事が嫌なの?」
「い、いや………そうではない!只、いきなり第二十五駆逐隊が一時的な転属とはいえ6人の艦隊になったから驚いただけだ。それに………同じ形式が1人もいないし………。」
「岸波ちゃんは、全員バラバラの形式で遊撃部隊作ってたじゃん。」
「確かにな………。」
今更ながらに岸波が嚮導艦を務める第二十六駆逐隊の異常性を実感させられる。
夕雲型の岸波・陽炎型の舞風・睦月型の望月・改白露型の山風・吹雪型の薄雲・綾波型の朧・初春型の初霜。
これだけ違った形式の艦娘達をまとめ上げた岸波は、脳筋とか仲間達に言われているが、あの第十四駆逐隊の陽炎並のカリスマは備えているのかもしれない。
(私はどうだろうな………。)
歩みを進めた事で、過去の楔から解き放たれた彼女と比べ、少しだけ磯風は自嘲してしまう。
磯風は未だに過去を引きずっている。
実戦ではなるべく単縦陣を使おうとしているが、過去にやらかした恐怖のあまり、未だに上手くいかず悩まされる。
それだけでなく、第十七駆逐隊の仲間達とは引き離されてしまい、彼女達が何処にいるのかも分からない。
こんな自分が嚮導艦で本当にいいのかと感じる事もまだあるのだ。
「情けない………。沖波は、私の事を勇ましいと褒めてくれたのに………。」
「おーい、口から感情が駄々洩れだぞー。………で、ご主人様。あの事は言わなくていいんですか?」
「夏雲、説明してやってくれ。」
「?」
漣と提督の会話の意味が分からず、磯風は夏雲を見る。
夏雲は、意を決したような顔で頷くと、真剣な顔で磯風を見た。
「磯風さん。実は………単冠湾泊地には今、貴女の姉妹艦………浜風さん、浦風さん、谷風さんがいます。」
「何!?第十七駆逐隊の仲間が揃っているのか!?」
磯風は思わず春風も見るが、彼女も首を縦に振った。
間違いない。
離れ離れになってしまった仲間達が、そこにいる。
だが………。
「待て、夏雲。という事は………だ。今まで私に会う度に不自然な仕草があったのは、そういった隠し事があったからか。何故、言えなかったのだ?司令の命令か?」
「それもあります。只、前の状態の磯風さんに、会いに行かせるのは危険だと判断したので………。」
「それはどういう………?」
「磯風さんは、「PTSD」という言葉はご存じですか?」
PTSD。
別名、心的外傷後ストレス障害は、死の危険に直面した後、その体験の記憶が自分の意志とは関係なくフラッシュバックのように思い出されたり、悪夢に見たりすることが続き、不安や緊張が高まったり、辛さのあまり現実感がなくなったりする状態の事だ。
磯風も艦娘とはいえ、海戦の中に身を置く為に知っている用語である。
だが、まさか………。
「私は呉で、明石さんの元で修業している頃、敷波さん達、第十九駆逐隊に連れられて単冠湾泊地へと赴きました。そして、第十七駆逐隊の3人にも会ったんです。」
「……………。」
「そこで………浜風さんが重度のPTSDに掛かっている事を知りました。あの泊地には、そういった悩みを持つ艦娘達が、極秘に集められているんです。」
工作艦として診察をするかのように、冷静に言葉を紡ぐ夏雲。
その内容は、磯風に衝撃を与えるには十分すぎた。
この作品内での初期艦が、どんな感じで生まれたのかを語る回です。
最初は、本当に何も無い所から艦娘という存在が生み出されたと思うんです。
その際の犠牲も、半端無かったのでは無いのかなぁと。
きっと、漣も電も、他の初期艦達も生きた心地はしなかったでしょうね。
ちなみに、漣はまだ語っていない事があります。
それが明らかになるのは、ずっと後になりますが………お待ちください。