自分達の危機を颯爽と救ってくれた、阿武隈を始めとした艦娘達の存在。
その海戦の様子に唖然とする磯風達の前に、彼女達が笑顔でやってくる。
「大丈夫だった?陽炎ちゃんから、妹艦の磯風ちゃん達が来るって聞いて、迎えに来たんだけれど………。」
「い、いえ………助かりました。阿武隈さん、ガングートさん、レーベ、マックス、ゴトランドさん、タシュケント。礼を言わせてください。」
「もう、堅苦しい真似はしなくていいよ!付いて来て!」
思わず敬礼をする磯風達であったが、阿武隈は軽く仲間達と頷き合うと、流氷の間を航行していく。
海戦での身のこなしといい、ここまでの姿は陽炎に念を押された通りであった。
一見すれば軽巡らしくない軽い性格の艦娘だが、その身に秘められた戦闘能力は、水雷戦隊の親玉に相応しいものがある。
正に、鉄砲玉とも言えるような大胆さが、海戦では見て取れた。
しかも、国の違う海外艦とのコミュニケーションも出来ているらしい。
それに比べて………。
「いや………今は幌筵まで付いていこう。」
咄嗟に単縦陣を選択できなかった自分の情けなさを悔いながら、磯風は幌筵泊地まで向かって行った。
――――――――――――――――――――
幌筵泊地に付く頃には、日が暮れようとしていた。
磯風は、北方の小さな泊地だと予想していたが、少なくとも施設はかなり立派な状態であった為、到着して早々、驚かされる羽目になる。
「そう言えば、前に陽炎さん達が教えてくれたわね。幌筵泊地は、2人部屋の寮が広くて伸び伸びと過ごせるって。」
「ほう、それはいいな。呉や横須賀よりも広いのは助かる。」
「という事は、佐世保よりも広いのかしら?あの地下室の鉄格子よりも狭いものねぇ………。」
早霜と磯風の会話を受けて、如月がため息を付く。
鎮守府の駆逐艦寮の2人部屋は、言ったら悪いが牢屋並に狭い。
この泊地は広さに加えて、専用のロッカーもあるとの事だ。
「他にも、装備品保管庫がハイテク化されているとか。自分の手を認証させる事で、衛兵がいなくてもロック出来るんだって。」
「つまり、早霜みたいに衛兵を卒倒させて、暴走する心配も無いという事か。」
「………反省しているんだから、思い出させないで。」
嘗て、自分の所属していた泊地が因縁の深海棲艦に襲われた事で、先走ってしまった事を思い出し、早霜は肩を落とす。
流石にブラックジョークが過ぎたか?と磯風は思ったが、彼女は被りを振って顔を上げると、他にも知っている事を話す。
「これからの鎮守府を変える為のモデルケースで、艤装の自動装着化等も検討しているらしいわよ。………でも、まだまだうまくいかないみたい。」
「阿武隈さん、そうなのですか?」
「うん。前は水中から鎖で艤装を引っ張って装着する方法を考えていたんだけれど………、軽巡以下だと爆雷の起爆が怖いでしょ?重巡以上だと艤装がそもそも重すぎて引っ張れないって。」
「………難航していますね。」
前を歩く阿武隈達に聞いた磯風は、軽く嘆息する。
艤装は艦娘によって、かなり種類や形状が異なる事が多い。
特に駆逐艦だと、初春型や陽炎型等は、かなりややこしい形状をしている。
磯風が所属していた第十七駆逐隊に至っては、個別に艤装の装着設定をしなければならないのだから、難航して当然であった。
とりあえず装備品保管庫で、その近未来の仕組みを体感して、提督のいる庁舎へと歩いていく。
「でも、悪い事ばかりじゃないよ。業者の方が来てくれたから、駆逐艦寮の第一次士官室(ガンルーム)を共同で使う形だけど、料理は作って貰えるようになったし、温泉も本格的に稼働したから。」
「陽炎さんが聞いたら、絶対に幌筵に行く!………って言いそう。」
「前に電話でその事を伝えたら、真っ先にそう言ったよ。」
艦娘は風呂を好む者が多い為、温泉は最高の褒美だ。
早霜曰く、陽炎達第十四駆逐隊が来た時は、冷たいシャワーしか出なかった為、このサービスは本当に有り難いらしい。
実際、如月や漣は、珍しく目を輝かせていた。
「さて、着いたよ。………阿武隈、只今帰投しました。」
そうしている内に、庁舎へと着いた阿武隈は、部屋をノックして中に入る。
机には、中年の男性が座っていた。
背は高くてがっしりとしており、顔の彫りが深く、何処か得体の知れない雰囲気だ。
イメージとしては、ドラマに出て来る私立探偵のような感じだろうか。
机の左には、緑みがかった黒髪の、右目に眼帯を付けた艦娘。
右には、黒いショートヘアの、白い水着を着た潜水艦娘が立っていた。
恐らく、この2人が陽炎の言っていた木曾とまるゆであろう。
「第二十五駆逐隊、嚮導艦………磯風、着任しました。」
「単冠湾泊地の陽炎から話は聞いている。いいタイミングで来てくれたな。」
「いいタイミングとは………?」
「キス島方面に、例の深海棲艦………駆逐古姫と駆逐棲姫が目撃された。………まるゆ。」
「はい。」
まるゆは、スケッチブックに描いた絵を見せる。
どうやらキス島の近くまで偵察をした際に、発見したらしい。
描かれた4隻の左腕が異形な姫と1隻の脚の無い姫は、あまり上手では無かったが、如月の力で見た討伐対象を正確に捉えていた。
「キス島に向かうって事は、羅針盤の影響を受けますね。確か………駆逐艦しか受け付けないのでしたっけ。」
「最近は軽巡1人を盛り込んで抜けるルートも、見つかったけれどな。どちらにしろ、ガングートのような大型艦は使えない。」
「厳しいですね………。」
磯風は眉を潜める。
羅針盤とは、艦娘の航行に影響を及ぼす謎の力だ。
艦種や速力等の力によって影響を受けるらしく、場合によっては目的地にたどり着けない事もあるらしい。
「ガングートさんの火力が使えないのは、正直言って痛いです。」
ガングートの力は、前の海戦で存分に見せて貰っている。
敵艦だけでなく、進路を塞ぐ流氷すら砕く力は、戦力としては欲しかった。
只、その様子を見た幌筵の提督が、少し顔をしかめながら言う。
「そんなにネガティブになるな。そういう時の為にお前達を招集したんだから、もっと胸を張れ。」
「ネガティブには………いえ、申し訳ありません。」
磯風は、その時の海戦の影響で、知らぬ内に弱気になっているのだと痛感する。
気持ちを切り替えなければならない。
だが………。
「………出撃はいつでしょうか?」
「明朝だ。今日は飯を食って風呂に漬かって、ゆっくりと休め。宗谷、部屋を案内してやれ。」
幌筵泊地の提督の言葉に、背後の扉がノックされて開く。
ダークブラウンで三つ編みの、少し垂れ目気味の女性が入って来た。
変わっているのはその服装で、上は白襟の濃茶セーラー服、下は白スカートと白タイツ、その上から、アラートオレンジと白襟のジャケットをまとっている。
一見、磯風達は、彼女が何の艦種なのか分からなかった。
「失礼ながら、君の艦種は………?」
「えっと………私、南極観測船です。」
「な、南極………?」
「はい。海戦はダメですが、流氷の爆破や、大型バルジによる盾役には自信があります。………逆に言えばそれだけしか取り柄が無いので、この泊地にいるのですが。」
「そうなのですか………。とにかく宗谷さん、宜しく頼みます。」
「では、付いて来て下さい。」
変わった艦種の艦娘の案内によって、磯風達は駆逐艦寮へと案内される。
早霜の言った通り、寮の部屋は広く、伸び伸びと過ごせそうであった。
部屋割りは、磯風・早霜、春風・如月、電・漣で決まった。
他にも寮には、レーベ・マックス、タシュケントがいるらしい。
彼女達に挨拶をした磯風達は、夕食と温泉を楽しみ、充実感に包まれたまま眠る事にした。
――――――――――――――――――――
「………ダメだな。」
夜中に、磯風は目を覚ます。
色々娯楽を楽しんだつもりであったが、やはり心はあの流氷の中での海戦に囚われていた。
もっと言えば、更に昔に岸波達と出撃した………あの南の海での霧の中での海戦に囚われていた。
「単縦陣が使えなければ、話にならないと言うのに………。浜風の事をとやかく言えないじゃないか………。」
額に手を当てた磯風は、気分を変える為に、同部屋の早霜を起こさないように寮を出る。
何となくキス島を見ようと、北東の桟橋へと向かった。
だが、そこには先客がいた。
「やあ、磯風………だったね。同志諸君、君も飲むかい?」
「君は、タシュケントだったな………。何を飲んでいるんだ?」
「ウォッカ………と言いたい所だけれど、ウイスキーしか無いんだ、ここ。阿武隈さんがくれたものだけれど、温まるよ?」
「じゃあ、1杯だけ貰おう。」
タシュケントはグラスも持っていてくれたので、それにウイスキーを入れて飲む。
味はともかく、飲むと温まるのは間違いなかった。
だが、悩みがあるせいなのか酔えない。
「何か、重いものを抱えているみたいだね。酔えない位に。」
「ああ………。タシュケント、確か海戦の時、嚮導駆逐艦だと言っていたな。少し聞いてもいいか?」
「相談事かい?何かの縁だ。話してみてよ。」
どうせ、隠せるものではないと思った磯風は、思い切ってタシュケントに問う。
気さくなロシア艦は、磯風の悩みを聞いてくれた。
過去に、自身の軽率な具申によって、艦隊に犠牲を出してしまった事。
それがトラウマになっており、単縦陣が使えないという事。
「一番良い選択肢は、第二十五駆逐隊の旗艦を、熟練者の電や漣に譲る事だろう。だが………曲がりなりにも嚮導艦を務めているのだ。なるべくならば、自分自身で解決したい。」
「中々、難しい悩みだね。単縦陣を使おうとすると、トラウマが呼び起こされるわけだ。………金縛りにあったみたいに、喋れなくなるのかい?」
「それもある。後は、胃の中の物を吐きそうになる。」
「じゃあ、いっそ全部、海の上に吐き出してしまったらどうだい?」
「………真面目に、私は聞いているのだが?」
「だから、あたしは真面目に答えているよ?吐きそうになって喋れないなら、いっそ全部吐き出してしまった方がスッキリする。違うかい?」
タシュケントは、ウイスキーを飲みながらのんびりと喋る。
確かにとんでもない極論ではあるが、吐きそうになって邪魔になる位ならば、全部吐き出した方が楽なのかもしれない。
「………旗艦をするにはね。時には吹っ切れる事も必要だよ。仲間に無様な所を、見せるかもしれない………なんて言っていられないのは、重々承知しているだろう?」
「そうだな………今度、海戦で誰かの命が失われたら、私はもう、艦娘として生きていけない。だからこそ………。」
「おっと、そう自分に負荷を掛け過ぎたらいけないよ。今の君は、自己嫌悪に陥って自滅しそうな感じに見えるからね。」
「そ、そうか………。確かに、この磯風の今までの姿を見ている者達は、そう思っているのかもしれないな………。」
俯く磯風の肩を叩きながら、タシュケントは笑顔で喋る。
酔っているように見せかけて、優しい瞳で。
「大丈夫、才能は有りそうだから………後は覚悟だよ。」
「その意見は、何処から来るんだ?」
「嚮導駆逐艦の勘さ。」
「勘か………。」
その勘が本当に何処から来るのかは、磯風には分からない。
もしかしたら、タシュケントなりの気遣いなのかもしれない。
だが、お世辞でもそういうさっぱりとした言葉を投げかけられた方が、有り難い時があるのかもしれないと磯風は思う。
少なくとも、今この状況では、タシュケントに相談して良かったと思えた。
「ありがとう、タシュケント。残り時間は少ないが、もう少しだけ考えてみるよ。」
磯風はしばらくの間、タシュケントと共に海を見つめていた。
海外艦との交流回。
タシュケントは嚮導駆逐艦という別名を持つので、今回相談役を担って貰いました。
お酒を登場させたのは、あの艦これ公式漫画の影響もあります。
艦これの公式漫画やラノベは、色々と個性的でいいですよね。
皆様が好きな物は、何かありますか?