「轟沈………嵐は自分のミスって言っていたわね。」
「曙さんが第四駆逐隊の嚮導になる前に、4人で任務に赴いた際に近海の任務で潜水艦の群れと遭遇したの。その時旗艦だった嵐は爆雷の使い方が上手で次々と撃沈していったんだけれど………慢心から1隻落としそこなったのよ………。」
「それで………残った深海棲艦の魚雷が萩風を直撃して………。」
俯いた舞風の言葉に、岸波は事情を察する。
その萩風という艦娘は恐らく嵐と仲が良かったのだろう。
だからこそ、嵐は罪の意識に呑まれ、同時に現実を受け入れられなくなってしまった。
「………ぼの先輩、萩風の艤装の適正者は?」
「まだ見つかって無いわ。だから嵐はまだ萩風が生きていると思い込んでいる。もう理解していると思うけれど、岸波………アンタが来る前に嵐の同部屋だったのが萩風なのよ。」
「だから怠惰艦である私が来た時に苛立っていたし、強さを求める為に何か秘訣を聞き出そうとしていたのですね………。」
岸波は日が沈みかけ、薄暗くなってきた墓地で嘆息する。
トラウマになるような過去を経験した艦娘。
そういう意味では嵐は自分と似ているとも岸波は思ってしまう。
問題は萩風が沈んだという現実をどうやって受け入れさせるかであるが………。
「思い浮かばないでしょ?」
「はい………そもそも私が言った所で説得力があるかどうか分かりませんし。」
「とりあえずあたしが言いたいのは、それぞれの艦娘にそれぞれの事情があるって事よ。」
「……………。」
「曙、差し出がましいですが、アレは言わなくていいのですか?」
「アレ?」
後ろの大潮が告げた言葉に岸波はまた疑問を抱く。
まだ、曙は何か重要な事を抱えているのだろうか?
だが、彼女は静かに首を振るとこう告げる。
「アレはあたしが何とかするべき問題よ。とりあえず、暗くなってきたから早く鳳翔さんの所に魚を持って行きましょ。」
「そうだな。………野分と舞風は来るかい?今なら美味しい海鮮パーティが楽しめる。」
「いえ、ヴェールヌイ先輩………お誘いは嬉しいですが、私達は遠慮しておきます。」
「嵐が心配だから………ごめんなさい。」
それだけ言うと、野分と舞風は曙達に頭を下げて去って行く。
流石にあの様子では、他人に無関心を貫いてきた岸波も心配になってしまう。
(らしく無いわね………。)
変に曙達の影響が出てきたのだろうか?と思った岸波は、溜息を付きながら墓地を後にした。
――――――――――――――――――――
鳳翔はダルグレーの瞳とポニーテールを持つ母親のような艦娘だ。
彼女の所に魚を持って行った事で上手に捌いて貰い、噂を聞きつけて集まった戦艦娘や重巡洋艦娘達等と一緒に海鮮パーティを楽しんだ。
意外にも料理が得意であった岸波は、曙と共に忙しそうな鳳翔を手伝う事になり、ばらちらし等を作って披露する事になった。
(ぼの先輩と出会ってから、色んな艦娘と繋がりが出来てきたわね………。)
パーティが終わった後、後片付けを手伝った岸波は、鳳翔のお店のテーブルで1人サイダーを飲み、今日何度目かの溜息を付いていた。
他人と関わりを持ちたくなかったのに何故かその意図に反して関わりを持つ事になってしまっている。
もしかしたら、曙が自分を舎弟にしたのは、そうした友好関係の中で怠惰艦としての振る舞いを卒業して欲しかったからなのかもしれない。
彼女は自分の過去を知っているのだから………。
「岸波さん、今日はありがとう。」
「………いえ、鳳翔さんが忙しそうだったので。」
「うふふ、あんなばらちらしが作れるなんて、良いお嫁さんになれそうね。」
「私は艦娘だから嫁とは関係無いと思いますが………。」
「あら、世の中にはケッコンカッコカリという言葉もあるわよ?」
「それは本当に一部の艦娘だけに適用される言葉ですよね?」
ケッコンカッコカリとは、艦娘が提督と永遠の契りを結ぶ事だ。
基本、艦娘は世の中では異端の存在と思われがちなので、人間である提督と契りを交わす事は異端と思われている。
だから、岸波もその言葉には特に興味は湧かなかった。
鳳翔はしみじみと昔を思い出した様子でカウンターに肘をつき顎に手を当てる。
「私も昔、提督と色々あったっけ………。」
「あの提督とですか?」
「今の提督では無いわ。………うふふ、この話は曙さんにもしたわね。」
「ぼの先輩はここで悩みを相談していたんですか?」
「そうよ。だから、岸波さんも何かあったらここに来てもいいから。」
「………覚えておきます。」
思わず顔を背ける岸波の様子を特に気にする事無く、鳳翔は冷蔵庫からサイダーを2本取り出すと彼女に渡す。
「曙さんに渡しそこなったのを思い出したわ。悪いけれど、駆逐艦寮の彼女の部屋に持って行ってくれないかしら?」
「2本あるのは………?」
「同部屋の子の分よ。不公平でしょ?」
「分かりました。」
岸波は鳳翔の店を後にすると駆逐艦寮に戻り、曙のいる部屋へと向かう。
(そう言えば同部屋の人は誰かしら?)
確か第十四駆逐隊にも入っていた潮が荒れていた時期の曙の面倒を見ていた………という話を彼女はしていた。
だから、今も曙と潮が同部屋で過ごしているのだろうか?と思い、岸波はその部屋の前に立ち、扉を叩く。
「すみません、ぼの先輩。宜しいでしょうか?」
「あ、ごめんなさい。曙ちゃんは今、お風呂に入りに行っているんです。」
扉が開かれ出てきた人物を見て、岸波は首を傾げる。
その人物は銀灰色の髪色の少女であり、岸波の知る潮の特徴とは異なっていた。
「失礼ですが貴女は………?」
「もしかして、貴女が岸波さん?私は薄雲って言うの。一応、吹雪型7番艦………ね。」
「薄雲………?」
墓地での事を思い出した岸波は、彼女が2代目艦娘の薄雲だという事を知る。
どうやら潮は別の鎮守府か泊地に出張中であるらしく、代わりに彼女が曙と同部屋になっているらしい。
「それで、曙ちゃんに何か用かな?」
「あ、サイダー………。鳳翔さんからぼの先輩と貴女の分です。」
「まあ、嬉しい!ありがとう、岸波さん。あ、曙ちゃんが戻ってくるまで部屋でゆっくりする?」
「いえ………私も風呂に入ってきますので。失礼します。」
「また遊びに来てね。」
薄雲に見送られて岸波は部屋を去って行く。
まさか曙の先輩だった薄雲の艤装を受け継ぐ艦娘が、その同部屋の住人だったとは思わなかったのだ。
(何でぼの先輩、話題にしなかったのかしら………?)
明日聞いてみるべきかもしれないと思い、自室へと戻っていく。
昼間荒れていた嵐は先に風呂を済ませたのか、もう寝間着に着替えて布団に潜りこんでいた。
寝息を立てていたので、邪魔しないようにする。
「………萩………。」
「……………。」
寝言が聞こえてきたが、自分にはどうしようもない事だと岸波は割り切り、着替えを持って風呂場へと向かった。
――――――――――――――――――――
翌朝、早起きをした岸波は、近海警備の出撃に備え復習をしようと思ったが、その前に沖波の墓石に花を添えておこうと思い、岬へと向かった。
そして、献花をして自分の用を終わらせると………どうしても気になってしまったので、萩風の墓石へと向かう。
嵐はまだ起きていなかったので、人はいないと思ったが………そこには金髪の短いポニーテールの艦娘が立っていた。
「舞風?」
「うわ!?な、何だ………岸波か~。」
「昨日からそうだけれど………あまり注意力散漫なのは良く無いわよ?」
「う………だよね~………。」
岸波の指摘に第四駆逐隊の舞風は肩を落とす。
野分と違って、舞風は嵐に気を取られてしまい、岸波や曙達には気付いていなかった。
どうもそういう部分では抜けた所があるのでは無いのかと思ってしまう。
「今日の出撃では気を付けて。………で、野分を連れずに1人で何を祈っていたの?」
「え?あ~う~んと………我ながら恥ずかしい事ではありますが………。」
両人差し指をツンツンと突き合わせながら、舞風はボソボソと言う。
「萩風に、どうか沈まないように見守って下さいってお願いしてたんだよね………。」
「沈む………?轟沈の事?確かに、私の指揮で艦隊行動をするのは不安だとは思うけれど………。」
「ああ!そうじゃないの!只………その、沈むのがトラウマで………。」
「………どういう事?」
注意力が散漫になっているのは、それが原因なのかもしれない。
そう感じた岸波は、次の言葉を促す。
旗艦として振る舞う以上、出撃前に問題点は出来る限り解消しておきたかったのだ。
「ほら、艦娘って元となった「船」の記憶も背負うじゃん。私………あんまり良い記憶無いんだよね………。」
艦娘は艤装を装備する事で、その名となった艦の記憶を少なからず引き継いでしまう。
勿論、艦娘としての生は死活問題である以上、気にするだけ無駄だと割り切る者が大多数ではあるのだが、中にはデリケートな娘もいる。
舞風は恐らくその部類で、トラウマとなっているのだろう。
「………答えられる範囲で話して貰ってもいい?」
「わ、笑わない?」
「笑わないわ。」
「えっとね………。」
舞風は答えていく。
空母赤城の雷撃処分を担当した事。
同じく空母加賀の壮絶な最期を見た事。
練習巡洋艦香取から脱出した乗組員達が全員戦闘機の機銃斉射で戦死した事。
舞風自身も戦艦や重巡等の集中砲火を受け船体が真っ二つになり轟沈して、乗組員も全員戦死した事。
「……………。」
「今の舞風自身には関係の無い事だって思うかもしれないけど………たまに夢でフラッシュバックしちゃってさ。今日も………目が覚めてしまったからここに来て………。弱い艦娘だよね………。」
「………弱く無いわ。」
「無理に言わなくても………。」
「本当よ。貴女は私と違って、海から逃げていない。それだけでも十分強いわ。」
岸波はそう言うと、舞風に近づき自分の肩に彼女の額を当てる。
「岸波………?」
「只でさえ怖い中で萩風が実際に沈んだ。次は自分の番かもしれない。そう思うのは、おかしい事では無いわ。」
「………そうだよ。私………次は私がもしかしたら………もしかしたらぁ………!」
泣いていいという岸波のサインに、舞風は今まで堪えていたものを吐き出す。
萩風の轟沈により、嵐も野分も余裕の無い状態だったのだ。
甘える事も控えていたのだろう。
もしかしたら、普段踊りが好きだというのも、そんな本心を隠すための鎧だったのかもしれない。
わんわん泣く舞風の頭を撫でながら、しばらくの間、岸波は彼女を支えていた。
「………ゴメンね。何か情けない所見せちゃってさ。」
「気にする必要は無いわ。実戦でおかしくなったら困る。そう思っただけだから。」
ひとしきり泣いてようやく離れた舞風に対し、岸波は軽く肩をすくめる。
そんな岸波を覗き込むようにして舞風は意外そうに言ってくる。
「でも………岸波にこんな母性………って言えばいいのかな?優しい所があるなんて思って無かったな。」
「母性が欲しいならば、次からは鳳翔さんの所に行けばいいわ。………というか、ぼの先輩だって、正直に言えば甘えさせてくれたんじゃないの?」
「曙さんは、薄雲の事で手一杯だからさ。岸波のような強い舎弟が出来る前は、あんな楽しそうな姿、舞風達もあんまり見た事無かったんだよね。」
「………それ、どういう事?」
昨日出会ったばかり薄雲の名前が出てきた事で、岸波は怪訝な顔をする。
「あ!そうだ、知らなかったんだ!………ご、ゴメン。だったら、私の口から詳細は言えないかも………。」
「多分、大潮先輩が気にかけていた事ね………。まあ、いいわ。舞風、そろそろ朝食の時間だから栄養を取ってきなさい。」
「うん!ありがとね、岸波!貴女、思った以上に優しい艦娘よ!」
笑顔でお礼を言った舞風は走り去っていく。
その様子を見送りながら岸波は嘆息した。
「………やっぱり注意力はもう少し補った方がいいわね。貴女もそう思うでしょ?」
岸波は振り返ると墓石の影に話しかける。
その後ろから銀髪の娘………野分が出てくる。
「ゴメン………。舞風が迷惑を掛けて。」
「別にいいわよ。甘やかし方は夕雲から教わっているし。………貴女も泣く?」
「………ううん、流石に2人分は重いだろうから遠慮しておくわ。」
野分はそうかぶりを振ると真剣な目で岸波を見る。
「お願いをしてもいいかしら?岸波。」
「出来る範囲でいいならば………という制約は付くわよ。」
「それでもいいわ。………舞風を守ってあげて。」
「………だったら貴女も沈まないように気を付けて。」
岸波は静かに言うと萩風の墓石の方を見る。
残された第四駆逐隊の3人は、誰もが不器用ながらももがいている。
自分はどうだろうか?
過去の出来事故に、同じ夕雲型姉妹達と一方的に縁を切ろうとしている自分は………。
(ぼの先輩が本当に見せたかったのは………この姿かもしれない。)
そう思った岸波は心に痛みを感じていた。