数日後、単冠湾泊地から出向してきていた磯風達は、幌筵泊地から帰路に付こうと、桟橋に立っていた。
見送りには、秘書艦の阿武隈を始めとした様々な種類や国籍の艦娘達に加え、提督も現れていた。
「あの海戦を得て、随分顔が変わったな。」
「提督が私を信じて、作戦を決行してくれたからです。………それに、ここにいる全ての艦娘達のお陰でもあります。」
「俺には女を見る目は無いが………、これだけは言える。これからのお前は、これまでのお前とは確実に違う。取り戻したものを、大切にしろよ。」
「はい!」
提督の敬礼に合わせて、磯風・早霜・春風・如月・電・漣が答礼をした。
そして、磯風は阿武隈達にも順番にお礼を言っていく。
皆、彼女達のこれからの旅路の無事を祈ってくれた。
「磯風ちゃん、何かあったらあたし達を呼んでね。みんな駆け付けるから。」
「みんなって………提督を1人で放っておいていいのですか?」
「ここの提督は博打好きだからね~。」
「言ってくれる。」
「あはは………。」
「まあ、あたしは無理でも、木曾さんとかゴトランドさんとかガングートさんとか、駆け付けられる人はいっぱいいるからね。」
「分かりました。いざという時は、頼りにさせて貰います。」
「仲間を大切にしてね!」
「勿論です!」
そして、まるゆや宗谷、レーベやマックス、タシュケントにも見送られながら、磯風は幌筵泊地を旅立つ。
彼女が得意とする………本来の力を発揮できる、単縦陣で航行しながら。
――――――――――――――――――――
「仲間………か。」
「磯風、どうしたの?私達の事、仲間だと思っていないとか?」
「あ、いや………そうじゃない。少し、沖波達の事を思い出していただけだ。」
単冠湾泊地に帰投する最中、磯風は、訝しげに聞いてきた後ろの早霜に説明する。
あの氷の檻に閉じ込められた際に、脳裏にリンガでの沖波の残留思念が浮かび、そこから彼女との思い出が蘇ったのだと。
「昔、沖波は私や浜風に、仲間の事を「家族」だと思っていると言っていた。その意志は彼女に根付き、最期の誇り高い海戦でも、己を奮い立たせる力になった。」
「そうね………。夕雲型として………いえ、艦娘として、彼女の事は私も誇りに思うわ。」
「その家族としての定義は、岸波率いる第二十六駆逐隊にも引き継がれる事になった。駆逐隊が家族………っていうのは変わっているかもしれないが、あの7人を見ていると間違っていないようにも思える。」
「つまり………何が言いたいの?」
「私にとっての仲間は、何と定義できる存在なのかと………考えてしまってな。」
第二十六駆逐隊の岸波にとって、仲間は家族同然のような存在になった。
では、第二十五駆逐隊の磯風にとって、仲間はどのような存在だろうか?
家族という表現は、何か自分に合わない気がする。
ならば、どういう表現を使うのが、一番適切なのか。
「答えは………出たの?」
「その………何だ?恥ずかしいのだが………「戦友」って呼ぶのはおかしいだろうか?」
頭をかきながら無線で告げた言葉に、5人は静まり返る。
その反応を見て、磯風は思わず赤面してしまう。
「や、やっぱり変か。すまない、忘れて………。」
「いえ、電は素晴らしい表現だと思いますよ?磯風ちゃんらしいです。」
「そ、そうか?」
初期艦の1人である電の言葉を受けて、磯風は思わず嬉しそうに振り向く。
どうやら、幌筵にいる間、ずっと悩んで付けたネーミングであるらしい。
「武勲艦である磯風ちゃんに相応しい言葉なのです。………電達も戦友ですか?」
「も、勿論だ!………第二十五駆逐隊の一員として、私のトラウマ克服に、協力してくれたからな。」
磯風は、本当に心の底から感謝するように、丁寧に話す。
特に電は、強引なやり方とはいえ、トラウマをぶち壊す突破口を作ってくれたのだ。
感謝してもしきれない。
只、そこで漣が腕を組みながら話してくる。
「いい話だけど………磯風ちゃん。夏雲ちゃん含め、漣達は、あくまで一時的な加入だって事、忘れて無いか?」
「う………そうなんだよな。第二十五駆逐隊に、正式加入をしているわけでは無いのが何とも………。」
残念ながら、全員、第二十五駆逐隊に正式に転属しているわけでは無い。
結局の所、磯風は単冠湾泊地に帰投し、横須賀鎮守府に戻ったら、仲間の集め直しである。
それでも………。
「だが、幌筵の阿武隈さん達を含め、皆が戦友だって事には変わりはない。何かあったら、私は駆けつけるし、逆に頼む事もあるが、構わないか?」
「そこは勿論、駆逐艦だからね~。任せて頂戴!………ね、春風ちゃん!」
「あ、はい………。」
フリルのエプロンを振りかざしながら器用に1回転して見せた漣に対し、春風は何かを考えている様子であった。
磯風は、それを気にする事無く、如月に目線を向ける。
「それで、早速なのだが………如月、1つ頼まれてくれないか?」
「何かしら?」
「実は………。」
磯風は、自身の考えている事を説明する。
その内容を受けて、如月は成程と考え込み、頷く。
「やってみる価値はあるわね。いいわよ、貴女のお陰で、いいストレス解消になったもの。」
「感謝する。………と、春風。いつまで俯いているんだ?そろそろ、見えて来るぞ。」
「本当だわ。あの4人、眠っていた姉妹じゃないかしら?」
「え………?」
早霜の言葉に、顔を起こした春風は見る。
桟橋には、彼女と同じような制服を着た4人の艦娘が笑顔で手を振っていた。
毛先が春風と同じくロールに巻かれた栗色の髪の艦娘。
黒のショートヘアにグリーンの瞳の艦娘。
亜麻色のロングヘアーに青い大きなリボンを付けている艦娘。
そして、紅のロングストレートの髪の艦娘。
「旗風さん!松風さん!朝風さん!神風御姉様!」
それぞれ自分の姉妹艦の無事を確認した春風は、艦隊の輪から外れ、1人桟橋へと向かい、神風型艦娘達の輪に入って泣いて喜ぶ。
桟橋には、無事に立てるようになった春雨や、提督の陽炎、残ってカウンセリングをしていた夏雲、それに、浜風・磯風・谷風達もいた。
使う事の出来なかった単縦陣で戻って来た磯風を見て、状況を悟った彼女達は、一斉に笑顔で手を振る。
「おーおー、凱旋じゃん!磯風ちゃんも隅に置けないねー。」
「いや、そこまでの事は………。」
「凱旋なのです。………この泊地の人達に勇気を与える行動を取ったのですから。」
「そうね………。ふふ、磯風ちゃん。もっと喜んでいいのよ?」
「そ、そうか………とりあえず、手を振るか。」
漣や電、如月に急かされ、磯風も大きく手を振って応える。
こうして、過去を克服した1人の艦娘が、単冠湾泊地に戻って来た。
――――――――――――――――――――
「これは………何ですか?磯風。」
艤装を外した磯風は、自分の借りている部屋に、浜風・磯風・谷風を集めた。
陽炎と如月もいる中で、浜風は思わず磯風に疑問を投げかける。
彼女は、静かに腕を組むと如月を見て頷き合い、説明を始める。
「如月は、深海棲艦に呪われていてな。左手が甲殻類のように硬くなっている代わりに、深海棲艦の記憶を読み取る事が出来るんだ。」
「そ、そうなのですか………。」
「ああ。で………少し考えたんだが、その力を応用すれば、私の中に眠る南方棲戦姫の記憶を引き出す事も、可能では無いのかと思ったんだ。」
「ま、待って下さい、磯風!」
突然、磯風から語られた情報量に加え、トラウマの深海棲艦の名前まで出て来た事で、思わず浜風は止める。
磯風のやろうとした事を、悟ったのだろう。
思わず身を震わせながら、浜風は言う。
「まさかとは思いますが………、その記憶を私に見せるつもりですか!?」
「そうだ。」
「何故!?」
「私の口からでは、やはり岸波や沖波達の想いを、完全に伝える事は出来ないと思ったからな。」
「や、止めて下さいよ!?」
思わず浜風は、頭を押さえて座り込む。
やはり、極度の精神不調に悩まされているのだろう。
その姿は、PTSDに陥る前の彼女の姿からは、かけ離れていた。
磯風は浜風と同じ目線まで片膝立ちの状態になると、静かに言う。
「浜風………私が北方で危機に陥った時、最後の最後で助けてくれたのは、やはり沖波の残留思念だった。私達を命懸けで守ってくれた彼女の想いを裏切る事が、どれだけ重罪か改めて知った。だから………。」
「無理です!今の私には………受け入れる覚悟が無い!浦風も谷風も………!」
「ごめん、浜風。うちゃ磯風の案に乗ってみよう思う。」
「え………?」
ビックリしたように顔を起こす浜風に対し、浦風は静かに磯風を見る。
「うちゃ多分、心の奥底では岸波や磯風を、まだ許せとらん。じゃけぇ………沖波がどがいな気持ちじゃったのか、確かめたい。」
沖波が元々沈む原因になったのは、岸波と磯風の甘い戦況判断だ。
だから浦風は、やむを得ないとはいえ、岸波が沖波を捨て艦にする選択を選んだ時、罵倒してしまった。
その時の記憶があるから、磯風に対しても、チグハグな会話しか出来ていないのだと、実感したのだろう。
彼女は進み出ると、強い瞳で磯風を見た。
更に、谷風もふーっと溜息を付くと、浦風と同じように前に出る。
「谷風さんも………結局は、割り切れてないんだろーね。そして、前に進むには、磯風の案に乗るっきゃないんだよ、浜風。」
「谷風まで………。」
「踏み出そうぜ。大丈夫だ、谷風さん達も、一緒にその記憶を辿ってみる。第十七駆逐隊の絆を………取り戻そう。」
「……………。」
谷風の最後の言葉が、後押しになったのだろうか。
浜風は自分の頬を叩くと、唾を飲みながらではあるが、磯風に近づく。
磯風は腕を伸ばすと、自分の右手に3人の手を重ねるように言った。
一方で、如月は自信の手袋を外して呪われた左手を出すと、磯風の左手に重ねる。
「行くわよ………4人共、目を閉じて。」
如月の言葉に、第十七駆逐隊の4人は、言われた通りに目を閉じる。
次の瞬間、浜風は、霧の中で自分の身体を紅蓮の砲火が貫く幻を見た。
「うわ!?」
「浜風!恐れるな!これは、全部磯風の中に眠る記憶だ!逃げないでくれ!」
「あ………くっ………!」
必死に唇を噛み、堪える浜風は見る。
南方棲戦姫が現れ、舌なめずりをしながら重傷を負った浜風自身に近づくのを。
中破状態の岸波が悩みに悩んだ挙句………沖波に単艦で足止めを命じる瞬間を。
沖波が腹の底から叫びながら応戦する中、怒りに満ちた浦風と谷風が、岸波を責めるのを。
その横で、磯風が自分の責任だと後悔するのを。
そして、沖波を置いて5人だけでリンガに帰投するのを。
「この先を………この夏に起こった事を、しっかり見届けて欲しい。」
磯風の言葉に、浜風達は集中して見る。
場面が移り変わって、朝霜や弥生が被弾をする中、岸波が怒りながら南方棲戦姫の前に立ちはだかるのを。
奇妙な行動パターンを見せる姫クラスを前に善戦するが、岸波が轟沈の危機に陥るのを。
しかし、そこで意識が飛び、あの沖波と南方棲戦姫の海戦の場面に切り替わるのを。
沖波が深海棲艦化の誘いを断り、リンガにいる全ての「家族」の良さを語るのを。
そして、その家族達を守る為、左腕が吹き飛んでも、自らが致命傷を負っても、深海棲艦の左の肩口に傷をつけたのを。
更に意識が飛んで、雲の上の光のサークルで、沖波の残留思念が、岸波を許したのを。
それでも罪の意識に囚われる岸波に対し、今の家族………第二十六駆逐隊との歩みを沖波は語り、彼女を縛る楔を解放してあげたのを。
最後に、沖波が付けた古傷から、起死回生の一撃を撃ち込んだ岸波達が、協力して南方棲戦姫を撃沈するのを。
『……………。』
「これで………終わりね。」
能力を発揮し終わった如月が告げた事で、第十七駆逐隊の4人は目を開ける。
磯風はともかく、浜風と浦風、谷風は自然と涙を流していた。
沖波が誇り高い駆逐艦だったという事は、磯風から聞いてはいたが、実際に映像でその覚悟と死闘、そしてその想いを見たら、泣かずにはいられなかった。
「広すぎる………。沖波の心は広すぎるよ………。」
「それだけ………岸波が………いや、うち達家族が大切じゃったんじゃのぉ………。」
「私は………私はどうすればいいのですか、磯風………。」
全ての事実を正確に知った浜風は、懇願するように磯風を見る。
彼女は、静かに少しだけ笑みを見せると答えた。
「簡単では無いって事は分かっている。だが………、切っ掛けになればいいと思った。そうでなくても………いい加減、岸波は許してやってくれ。」
「私達は、磯風に対しても………。」
「時間はあるんだ。陽炎がいるこの泊地で、しばらく考えてくれ。只、岸波も、朝霜も、長波も前に進み始めている。私も………進み始めたつもりだ。」
「……………。」
「無責任な発言で申し訳ないが、信じているからな。浜風ならば、PTSDを克服できると。………如月もありがとう。その左手、役に立った。」
「ふふ、いいのよ。さてと………私はそろそろ、地下室に戻って………。」
その時であった。
磯風のいる部屋に、扉が開け放たれる。
秘書艦の高雄が、不知火を連れて現れたのだ。
「高雄さん!?どうしたんですか!?そんな慌てて!?不知火まで………!?」
「提督、急患よ。深海棲艦の攻撃を受けて倒れた艦娘が、船渠(ドック)入りをしても目を覚まさないって!?」
「今、五月雨と夏雲が診ています。陽炎も早く。」
「え!?待ってください!何でこの泊地に来るんですか!?それなら、まずは明石さんのいる呉鎮守府の方が………!?」
驚く陽炎に対し、高雄と不知火は如月を見た。
視線を浴びた如月は、嫌な物を覚える。
まさか………。
「その急患が………睦月ちゃんだからよ!」
『!?』
高雄の告げた言霊を受け、如月を始めとした艦娘達は衝撃を受けた。
岸波が選んだのが「家族」という言葉ならば、磯風が選んだのは「戦友」という言葉。
トラウマを解消した後は、本来の彼女らしさを表現するように心がけています。
一方で、如月の持っていた能力で、沖波の記憶を共存した第十七駆逐隊の4人。
これで、浜風達もリンガでの記憶が根付く事になります。
無事に解決と思いきや………まだまだ安心は出来ない展開が続きます。