夕方に佐世保に着いた磯風達は、ホームが騒がしいのに気づく。
「何があったんだ………?」
その異様な雰囲気を感じた磯風は、周りの一般市民の声を聞く。
「………鹿屋に深海棲艦が出たそうよ?」
「深海棲艦警報が出て、避難指示が………。」
「また、爆撃されるんじゃ………?」
「まさか………!?」
その内容を聞いて、磯風は最悪のシナリオを考えてしまう。
昔、艦娘が少なかった頃は、よく地上は爆撃をされたものだ。
その度に被害が出て、深海棲艦は市民の恐怖心を煽ってきた。
佐世保も例外ではなく、あの陽炎が秘書艦を務めている時に、空母棲姫が攻撃をしてきている。
今回も、あの深海如月が………。
「落ち着け。「本命」はまだ確認されていない。只、鹿屋基地近辺で警戒任務に当たっていた姉貴達が、鬼クラスに遭遇してしまったらしい。」
「君は………?」
動揺する磯風達に対し、ホームで白銀の長髪に赤みを帯びた茶色の瞳の娘が話しかけて来る。
睦月型の制服を着ているので、艦娘であろう。
卯月が真っ先に反応した。
「菊月、何があったぴょん?佐世保は厳戒態勢なのかぴょん?」
「簡潔に言えばそうだ。………後は、庁舎で話をする。」
何というか、寡黙な軍人である様子の菊月の案内で、磯風達は足早に佐世保鎮守府の庁舎へと向かう。
鎮守府内では、艦娘達が慌ただしく動いていた。
艤装を装着している者もいる所を見ると、これから出撃をする艦娘もいるのだろう。
庁舎に入った菊月は、磯風達に状況を説明していく。
「長月率いる艦隊が、鹿屋基地近辺で装甲空母鬼と遭遇した。」
「攻撃機、砲撃、雷撃とバランス良く駆使する敵だな………。深海如月はいないのか?」
「まだ、身を隠しているみたいだ。只、再生能力を持つ上に、本土を爆撃されてはいけないから、姉貴達は不退転の覚悟で海戦に挑んだらしい。」
「ぶ、無事なの………?」
「白露率いる、金剛型主体の支援艦隊が向かった。だが、現時点では全員帰投していない。………執務室だ、開けるぞ。」
豪華な扉の前に辿り着いた菊月は、第二十五駆逐隊が来た事を報告する。
間もなく扉が開かれ、提督が入って来るように言った。
「秘書艦は………?」
「ああ、私だ。緊急事態だったから、私自らが直接迎えに行った。艦隊の指揮や管理の方は、軽巡の川内さんが回してくれている。」
菊月はそう言うと、提督の傍に歩いていく。
佐世保の提督は精悍な顔つきであったが、所々髪に白い物が混じっていた。
「よく来てくれた。私が、佐世保の提督をしている。」
「磯風、以下7名着任しました。深海如月でなく、装甲空母鬼が出たと聞きましたが………。」
「どうやら、敵もバカでは無いらしい。こちらが大規模攻勢に出る前に、先手を打って来た。」
「すみません………私の計算違いでした。」
「いや、本格的に動くのが、新月の夜という有益な情報をもたらしてくれただけでも、有難い。」
佐世保の提督はそう言うと、磯風達を一通り見渡す。
そして、静かに告げた。
「すまないが、明日の夜………一度出撃をして貰う。7人の遊撃部隊に、慣れてはいないだろう?そのテストも兼ねてだ。」
「分かりました。その………長月達の艦隊は………?」
無事なのか?と確認を取ろうとしたところで、失礼します………という声と共に、茶髪のセミロングをツーサイドアップにした髪の艦娘が、艤装を背負って入って来る。
彼女が軽巡洋艦であり、第三水雷戦隊の長である川内だ。
磯風達は、反射的に敬礼をする。
「あ、今はいいよ。………っと、提督。支援艦隊の白露から、無線が届きました。装甲空母鬼を、撤退させる事に成功したと。」
「鹿屋で警戒体勢に当たっていた長月達は?」
「轟沈した艦はいません。只………全員大破しています。特に旗艦の長月は、意識不明の状態に陥っており、早期の船渠(ドック)入りが必要とされます。」
その言葉に、磯風達の目が思わず開かれる。
応援が来るまで無茶な海戦をして、本土への被害を防いでいたのだろう。
特に如月は、自身がこの状況に影響している為か、青ざめており、心配をした時津風に手を握られていた。
その様子を、提督も察したのだろう。
素早く指示を出す。
「菊月、船渠(ドック)と高速修復材(バケツ)の手配を。川内、夜間偵察を任せる。那智や駆逐艦娘を連れて、抜錨準備を。」
「了解しました!」
川内が素早く下がると共に、提督が立ち上がる。
「桟橋へと向かうぞ。状況を、確かめないといけない。」
「はい………。」
磯風は、以前、共に戦った仲間の事を心配しながら、提督に付いていった。
――――――――――――――――――――
磯風達が桟橋に付いた時、丁度艦隊が戻って来るのが分かった。
提督は、予め呼んでおいた救急隊員に、担架の用意をさせる。
先頭では、ショートヘアの巫女服の艦娘………比叡が、金剛を曳航していた。
金剛の艤装は爆撃や砲撃を受けた影響か、砲身が曲がり、所々艤装が欠落して火を噴いていた。
その後ろで、腰まで伸びる灰色がかった黒髪ロングの艦娘………榛名が、金剛と似たように、艤装からバチバチと音を立てている妙高を支えている。
更に、黒髪のボブカットに、フレームが緑色のオーバル型の眼鏡を付けた艦娘………霧島が、艤装がほぼ破壊され、血を流しながら気絶している長月を抱えて戻って来た。
4列目には、何とか自力で航行出来たのか、三日月がふらつきながら付いて来ている。
5列目は、小柄な文月が艦載機をほぼ失った瑞鳳を、危ない足取りで引っ張ってきていた。
そして、6列目では………。
『!?』
磯風達全員が、驚愕してしまう。
明るい茶髪のロングヘアーの艦娘………白露型ネームシップの白露が曳航してきた巻波は、左腕が半分無くなっていた。
深海棲艦の攻撃を受けて、吹き飛んだのかと思ったが………。
「安心しろ、アイツは元からああいう腕だ。」
「え………?」
「義手………いや、「義腕」なんだ。詳しい事は、後でアイツ自身から聞いた方が早いだろう。」
提督はそう言うと、最後に、背後から来る敵に備えて最後尾に付いていた、外ハネのあるセミロングの黒髪を後ろで一つ三つ編みにした艦娘………時雨を見る。
桟橋に、順次艦娘達が帰投してくるのを確認すると、提督は真っ先に彼女と三日月に聞いた。
「帰投早々辛いと思うが、報告してくれ。まず、三日月………長月の代わりに頼む。」
「思ったより避難に時間が掛かったから、魚雷も弾薬も、ほとんど使い切りました………。」
「相当激しい戦いを、強いてしまったみたいだな………。」
「防御を捨てて切り込んでいった長月は………見ての通りです。金剛さん達も………同じく。私だけ………。」
三日月からは、痛みや疲労による辛さよりも、自分だけ曳航なしで帰れるだけの体力が残っていた事に対する許せなさがある様子であった。
………と言っても、彼女も防御用の装甲版はボロボロだし、制服や艤装も見る影もない姿であったから、とてもじゃないが、誰も責める事は出来ない。
それでも鉄砲玉を担う駆逐艦にしてみれば、己を責めたくなる気持ちだったのだ。
提督は、落ち込む三日月の頭にポンと手を置くと、時雨にも聞く。
「時雨達が来た時までは、しっかり鹿屋周辺を守れていたのだな。」
「はい。ボロボロになっていた金剛達を見て、頭に血が上った比叡達が、弾薬を惜しまずに一斉に撃ち込んだ事で、状況を悟った装甲空母鬼は撤退しました。しかし、それを確認した途端、長月が倒れて………。」
「旗艦として、気力だけで持ちこたえていたのか………。昔、佐世保にいる駆逐艦の模範になれとは言ったが、本当に無茶をする………。」
「ところで提督………後ろにいる如月は大丈夫ですか?」
時雨の言葉で、磯風達は振り返る。
如月が荒く息を吐きながら、左胸を押さえていた。
あまりに凄惨な艦隊の現状を見て、過呼吸症候群に陥ってしまったらしい。
「私の………せいで………。」
「落ち着いてー。大丈夫だからー。」
「でも………!」
時津風が背中をさするが、如月は首をブンブンと振ってしまう。
その様子を見た初風が、正面に回り、彼女の首を押さえて自分の目を合わせた。
「目を背けちゃダメよ。この光景自体が深海如月による、あなたを苦しめる為のものなんだから。負けちゃダメ。」
「初風ちゃん………。」
「あたし達も途中で逃げだすつもりは無いから、怖くなったら頼りなさい。」
「そーそー、我慢は体に毒だからねー。」
「天津風ちゃん、時津風ちゃん………。」
第十六駆逐隊の3人が如月を労わる中、卯月が軽く三日月と時雨に事情を説明してくれた。
それを聞いた2人は、敵深海棲艦の陰湿さに深く溜息を付く。
「そうなんだ………どうやら、一筋縄ではいかない敵みたいだね。」
「精神的に追い込むなんて………最低だわ。」
「直接出てきたら、うーちゃんが、ギッタンギッタンのバッキバキにしてやるぴょん!」
「色々と迷惑を掛ける。私達も出撃する時は、最大限援護するからよろしく頼む。」
「こちらこそ、よろしく頼むわね………っと。」
磯風が頭を下げた所で、三日月がふらつく。
一番軽傷とはいえ、それでも大破している身だ。
早い内に、船渠(ドック)入りさせるべきではあった。
「順番待ちになるけれど、とりあえず船渠(ドック)に向かおうか。高速修復材(バケツ)の使用許可が出ているから、そんな時間は掛からないはずだし。」
時雨の提案で、磯風達は、4つ備えられている佐世保の船渠(ドック)へ向かう。
如月の足取りは重かったが、それでも初風達に支えられながら、ふらふらと歩んでいく。
目を背けないように………逃げないように………そう、何とか意識をしながら。
しかし、幾らベテランでも、心の許容量には限界があった。
――――――――――――――――――――
船渠(ドック)では、先に高速修復材(バケツ)を使った金剛達と、彼女達を曳航してきた比叡達が、話し合っていた。
提督は、三日月に船渠(ドック)入りをして高速修復材(バケツ)を使うように促すと、彼女達の会話に混じる。
「何があった?」
「ヘイ、提督!………長月が、まだ目を覚ましません。」
「高速修復材(バケツ)は使ったのですが、昏倒したままなんです。」
「………誰か、似た前例を知っているか?」
「ハイ!」
提督の言葉に真っ先に手を上げたのは白露。
彼女は昔、ここで秘書艦を務めた事もある陽炎から、似たような事例を聞いたことがあると説明した。
何でも、彼女はリンガや幌筵で轟沈に近いダメージを受けた際、長時間昏倒していた事があるとか。
「もしかしたら長月も、今日の海戦の無茶がたたってしまったのかも………。」
「だとしたら、しばらくは目を覚まさないかもしれんな………。」
「し、しばらくって………どの位!?」
考え込む提督に、心配そうな顔で覗き込んできたのは文月。
彼女は、長月と同じ第二十二駆逐隊だ。
それ故に、一番に長月を心配するのは、当然と言えた。
「嫌だよ………!?皐月ちゃんも水無月ちゃんも南の泊地に出向しているのに、長月ちゃんまでいなくなっちゃうなんて!?」
「落ち着くんだ、文月。永遠に、目を覚まさないわけでは無い。しばらくすれば………。」
「ごめん………なさい………。」
「え………?」
震える声に全員が振り向けば、如月が涙を流していた。
ここに来る前、彼女は自分にとって呪われているのは、左手や新月の時の姿だと思っていた。
だから、列車内で皆を信頼していいと気づいた時、心の底から安堵し大丈夫だと感じた。
だが………その考えは甘かった。
呪われているのは、自分自身の存在そのもの。
自分の不注意で生み出された陰湿な深海棲艦が、この大切な佐世保の艦娘達を、あらゆる手段で苦しめている。
それに気付いた瞬間、如月は本当に全てが怖くなってしまった。
信頼の目を向けてくれる艦娘達まで………自身の放つ呪い故に、苦しめてしまうのが。
「ごめんなさい!ごめんなさいっ!!」
「如月!?」
錯乱した如月は、完全に余裕を無くしてしまい、逃げ出してしまう。
磯風達は慌てて追いかけようとするが、彼女は想像以上に素早かった。
辺りが夕闇に包まれている事もあり、完全に見失ってしまう。
「ど、どうしよう………あたし………!?」
「文月のせいではない………!手分けして………!」
「待て。下手に分散しては迷うだけだ。鎮守府内で見つけたら、私に伝えて貰うように各所に頼む。探しに行くのは、それからだ。」
「くっ………!」
磯風は、思わず近くの壁を叩く。
もっと、気を配るべきであったと。
仲間達が皆、やり場のない感情を覚える中、日は完全に沈んでいった。
――――――――――――――――――――
「ハアッ!ハアッ!」
如月は走った。
とにかく無我夢中で。
完全に混乱した彼女は、あの場から逃げる事しか出来なかった。
「う………うう………。」
如月は思う。
呪われた自分はやっぱり「化け物」だと。
皆に不幸をもたらす存在だと。
睦月もそう、三日月もそう、長月もそう、文月もそう………他の艦娘達だってそう。
「結局、私………!私ぃ………!」
「うわ!?」
「きゃっ!?」
やがて、泣きながら前を見ずに走り続けていた如月は、ある建物の前で人影とぶつかる。
「ご、ごめんなさい!」
「ん~、何?うわわ!?どうしたの!?泣いちゃって!?」
ぶつかったのは、比較的高い声を出す艦娘であった。
顔を起こした如月は、思わずその全身を見て青ざめる。
その艦娘の艤装は煙を吹いていて、制服はボロボロであった。
そして、その左腕は半分無くなっていた。
「ぁ………ああ!?」
「おっと、逃走禁止!………成程、あんたが如月だね。捜索依頼が、提督から出ているよ。」
咄嗟に逃げようとした如月の襟を、右手で掴んだ艦娘………巻波は、首を動かして、近くの建物………佐世保の工廠(こうしょう)を見た。
「とりあえず、ちょっと休んで落ち着こっか。………私も左腕を「直したい」からね。」
巻波は如月に対し、ニカっと笑って見せた。
如月にとっての試練回。
人生を生きていれば、自分自身が疫病神に思える事はありますよね。
今回の如月の感情は、それに近い物だと感じて描きました。
艦娘達それぞれの心情を表現するのは苦労しますが、同時にやりがいも感じます。
創作者としての、性なのかもしれませんね。