「ど、どういう事なの………?」
勝手に目を背けて逃げ出した事を謝った如月は、磯風の発言に混乱する。
それはそうだろう。
彼女は突拍子に、正式に第二十五駆逐隊に入ってくれと言って来たのだから。
「勝手に、第三十駆逐隊から引き抜く形になる事は謝る。只、私がどんな時でも如月の味方であるという事を示すには、どうすればいいかを考えたんだ。」
「だ、だから………自分の駆逐隊に正式に転属させようと?」
「そうだ。………しかし、困った事があってな。その私の考えを提示したら、待ったが掛かった。」
「それはそうでしょ!?勝手な転属は………。」
「ああ。どうせ転属させるならば、初風や文月、三日月や時雨が、自分達の所に欲しいと言い始めた。」
「え!?」
更に、如月が驚かされる。
磯風は苦笑しながら話す。
彼女や春風が所属する欠番の第二十五駆逐隊。
初風達が所属する第十六駆逐隊。
文月達が所属する第二十二駆逐隊。
三日月や菊月の所属する第二十三駆逐隊。
そして、白露や時雨のいる第二十七駆逐隊。
そこで、如月の取り合いが発生したのだと。
「勿論、卯月も第三十駆逐隊に、まだ居て欲しいって言っているし、出撃していった初春達の第二十一駆逐隊や海風達の第二十四駆逐隊にもこの事を話したら、確実にスカウトが来るだろうという話だ。」
「え?え?おかしくない!?何で私のいない所で、勝手に私の取り合いが発生しているの!?」
動揺する如月に対し、皆が顔を見合わせながら言う。
「あら、おかしい事かしら?どの駆逐隊も、強い艦娘は欲しいわよ?特に、あなたのように鍛えがいもある艦娘はね。だから如月、私達の第十六駆逐隊に来なさい!」
「あー、ずるーい!さっきも言ったけれど、あたし達の第二十二駆逐隊は、皐月ちゃんと水無月ちゃんが南に出向しているから、寂しいんだよ?如月ちゃんが来るなら、こっち!」
「それなら、私達の第二十三駆逐隊だって、もっちが第二十六駆逐隊に行っちゃったから、如月のような艦娘は欲しいわ!譲ってくれない?」
「第二十七駆逐隊だって、今佐世保にいるのは僕と白露の2人だけなんだから、如月に是非とも転属して欲しいんだけどなぁ………。」
「むむむ………みんな、如月を何だと思っているぴょん!大体、卯月達が、如月を渡すわけ無いぴょん!如月は第三十駆逐隊で、これからも仲良くするぴょん!」
そのまま、ワーワーギャーギャーと、初風と文月と三日月と時雨と卯月で、もめ始める。
ポカンとしながら、ケンカまでし始めた面々を見ていた如月は、我に返ると思わず叫ぶ。
「み、みんな!私を何だと思ってるの!?私は市場で叩き売りされる魚じゃないのよ!?」
「そうだな、申し訳ない。だが………これが、「私達の総意」だ。」
「あ………。」
最後に頭を下げた磯風の言葉に、如月はハッとする。
そう、駆逐隊に勧誘したいという事はつまり………どの艦娘達も、彼女の事を邪険に思ってはいないのだ。
「そんな………私はだって、呪いをみんなに………苦しめて………。」
「では、今回はこの磯風が代表して言わせてくれ。………そんなの知った事か!」
敢えて磯風は、言い切って見せる。
そして、結構派手にもめていた5人を止めると、6人全員で、真剣な顔になって彼女に言う。
「深海如月は、私達が如月に苦しめられていると思わせて、仲間割れを狙っているつもりだろうが………だとしたら、認識が甘いな。」
「そもそも駆逐艦の絆って、そう簡単に崩れるものじゃないでしょ?電車内でも言ったけれど、あなたが最初に罠にはまってどうするの?」
「さっきは、傷つけちゃってごめんね。でも………きっと眠っている長月ちゃんも、如月ちゃんの事、全然怒って無いと思うよ。」
「如月は如月らしく、余裕を持っていつも通り、みんなをおちょくっていればいいのよ。………辛い時だからこそ、マイペースにね。」
「僕達は、佐世保の仲間である睦月を目覚めさせる為に、戦おうとしている。それだけで、運命共同体になるには、十分な理由だよ。」
「勿論、うーちゃん達にとって、如月も絶対不可欠な仲間だぴょん!………それでも怖くなったのならば、この中の誰かに抱き着いて、思いっきり泣けばいいぴょん!」
磯風、初風、文月、三日月、時雨、そして卯月の言葉を受けて、如月は辺りを見渡す。
状況を見守っていた春風も、天津風も、時津風も、菊月も、白露も、金剛達も。
全員、如月に恐怖は抱いていなかった。
勿論、怒りの感情も。
彼女を共に戦う1人の駆逐艦娘として、受け入れる覚悟が全員にあった。
「……………。」
最後に、提督が前に出ると如月に手を出した。
敢えて、左手の方を………。
「皆の中に混じるのが、怖いのは分かる………と言えば嘘になるだろう。だが、私達には、お前が必要だ。戦力として、仲間として。こちらこそ、協力してくれないか?」
如月は震える左手で、提督の手を握る。
彼が、硬くその手を握ってくれた。
「ずるいですよ………。」
もう何と罵倒されても泣かないと決めていた如月の目から、雫が落ちる。
ここまで呪いを放っている自分が必要とされているなんて、思っていなかったからだ。
いや………本当は単冠湾泊地で、磯風が力になると言った時点で、気付くべきだったのかもしれない。
駆逐艦娘達の………いや、艦娘達の絆は、こんな陰湿な深海棲艦の嫌がらせでは、揺らぎはしないと。
艦娘だけではない。
横須賀の提督だって、色々言いながらもこうやって佐世保に導いてくれた。
そして、佐世保の提督は、こうして認めてくれている………。
みんな、みんな………。
「私………本当に馬鹿じゃないですか………。本当………に………。」
結局、如月は、手を握ってくれた提督に泣きついてしまう。
彼は、父親のように如月の頭を撫でてくれた。
「うわあああああああああん!」
その様子を、磯風は他の面々と共に優しく見守る。
そして、こっそりと彼女は頭を下げた。
如月の後押しをしてくれたであろう、夕張と巻波に。
これを機に如月は、前を向く事になる。
呪いによる恐怖を言い訳にせず、信頼できる艦娘達と共に進んでいく事を誓って。
――――――――――――――――――――
佐世保鎮守府は、装甲空母鬼の再出現や深海如月の出没に備え、その日の夜も次の日の日中も慌ただしかった。
提督は、鹿屋基地周辺に偵察艦隊を交互に入れ替わりで送り出したが、2隻の深海棲艦は、残念ながら見受けられなかった。
只、本土に爆撃等の攻撃がされたという報告も無い。
その代わり、皆、様々な艦種の深海棲艦に遭遇して海戦をしてきていた。
「明らかに、私達を待ち伏せしている感じだったね。」
そう磯風達に話すのは、夜間偵察に赴いた軽巡の川内。
彼女は、重巡の足柄率いる艦隊と入れ替わりで戻って来た時に、提督に報告をした。
そして、船渠(ドック)入りをする前に、磯風達の所に寄って、情報を教えてくれたのだ。
「防衛に回らないといけないこちらを、嘲笑っている感じでしょうか………?」
「というより、装甲空母鬼が傷を癒して力を蓄える時間を確保しているんじゃない?」
「え!?そうなの………ですか?」
「本土を積極的に攻めるならば、長月達が佐世保に引き返してから私達が到着するまでに、好き勝手にやっているはずだよ。」
「確かに………。つまり、それが出来ないのは、想像以上に装甲空母鬼が追い込まれているから………。」
「長月達の奮戦は、意味があったって事だよ。」
川内が、磯風に対して笑みを浮かべる。
まだ近くに装甲空母鬼がいる以上、鹿屋基地近くの住民は家に戻る事は出来ない。
だが、人々の帰る場所がしっかりと守られているのは、艦娘達にとっては何よりの戦果であった。
同時に、その艦隊の旗艦を務め、気力を振り絞って戦った長月は、駆逐艦娘達にとっては誇りである。
「ありがとう………長月ちゃん。」
「でも、その傷もそろそろ癒える頃だからね。敵艦が復活するなら、私の予測だと今夜になると思う。」
「彼女達の戦いを………無駄にしたらいけませんね。」
「そういうこと!だから、こっちもしっかりと準備しないとね。」
静かに長月に感謝をした如月が、力強く頷きながら、川内を見る。
今夜の戦いには、磯風達7人以外にも、川内率いる艦隊が一緒に出撃する予定となっていた。
「私も、遊撃部隊を結成する事を許可されたからね。14人みんなで夜戦だよ!」
「ちなみに編成は………?」
「私以外は、比叡さん、羽黒さん、瑞鳳さん、白露、時雨、巻波。」
「戦艦、重巡、夜偵を積んだ軽空母………それに夜戦に強い駆逐艦………。かなり本格的ですね。」
「これでも提督は、編成を結構悩んだみたいだよ?仲間をやられて黙っていない艦娘はいないからね。立候補制度にしたら、多分、全員手を上げただろうし。」
川内はそう言うと、真剣な顔で頷く7人を順に見渡す。
「そういうわけだから、まずはしっかり休む事!夜の海は、思った以上に危険だからね。眠くて轟沈なんてシャレにならないから。」
「分かりました!」
敬礼をして去って行く川内を見て、磯風達は答礼をした。
こうして、各自が夜に備えて、仮眠を取る事になった。
――――――――――――――――――――
第二十五駆逐隊が、佐世保の部屋で仮眠を取る時の部屋割りは、提督によって決められていた。
故郷であり情勢に詳しい卯月は、各所への情報収集に回って貰う事にした為、彼女が1人部屋だ。
残りは、色々と考えた結果、磯風・春風、初風・天津風、時津風・如月になった。
如月と同じ部屋に時津風が入る事になったのは、この面々の中だと一番新天地に対する適応能力が高そうだと、初風が言ったからである。
後は、犬っぽいというのもあって、如月が逃走してもすぐに追いかけられそうだから………という冗談のような理由もある。
………後で初風が如月に、自由奔放なのは、実は時津風の方だから、面倒を見てくれとこっそり彼女の方にお願いをしていたが。
そういうわけで、如月の部屋では、二段ベッドの上で時津風が自由に過ごしていた。
「呉も横須賀もそうだったけれど、佐世保は狭いねー。駆逐艦寮も、もっと広々と出来ればいいのにー。」
「寝室があるだけでも、有り難いわよ。それに、眠る前に談笑するのも楽しいわよ?」
「ふーん。………もしかして佐世保時代は、そうやって、睦月と過ごしていたの?」
「そうね………。週番がいるから、あんまり騒がしくは出来なかったけれど、睦月ちゃんとのお喋りは楽しかったわよ?」
ベッドから身を乗り出し、逆さまに顔を覗かせて如月を見て来た時津風は、興味津々であった。
如月はその様子を微笑ましく思いながら、身支度を整えつつ話す。
「睦月ちゃんとは、同期なの。改二になれるようになったのも同じタイミングだったから、2人で相談して改装して貰ったわ。」
「へー。じゃあ、息もピッタリだったんだねー。」
「ええ。………だからかしら。如月ちゃんが倒れてしまった時、余裕を失ってしまって。それをずっと、引きずってしまう事になって。」
今思えば、あの時から完全に余裕を無くしてしまっていた。
卯月に当たってしまったし、磯風の言葉も半分しか耳に入っていなかった。
単冠湾泊地での事を、時津風に話すと、彼女は途端に不快感を露わにした。
「あたし、深海如月は嫌いだな。駆逐艦の絆をおちょくるような真似をするんだもの。見つけたら、魚雷をたっぷり撃ち込んでやる。」
「ふふ、ありがとう。………いいものよね、駆逐艦って。」
「今更、何言ってるのー?」
「改めて、実感しただけよ。そろそろ眠りましょ?」
「はーい!」
時津風は逆さまの姿勢から、身軽に二段ベッドの上に自分の体を持ち上げると、そのまま布団を被る。
如月も、ゆっくりと布団を被ると眠りに付こうとするが………。
「ねえ、もう1つだけ聞いていい?」
「何かしら?」
時津風の声が聞こえて来た事で、如月は答える。
少し悩んだ挙句、彼女は聞いてきた。
「如月の心は、今は第三十駆逐隊なの?」
「そうね………まだそうかしら?」
工廠(こうしょう)での事を言っているのだと気付いた如月は敢えてぼかす。
実は、熱いアピール合戦を受けて、彼女自身も心は揺れていた。
「睦月ちゃんが目覚めたら、彼女とも相談するわ。」
「むー。それじゃあ、第三十駆逐隊決定じゃん。」
「ふふ、そうかもね。お休み、時津風ちゃん。」
「お休みー。」
声と共に、すぐに寝息が聞こえてくる。
その適応能力の高さに如月は苦笑しながら、自身も眠りに付いた。
如月のトラウマ克服回です。
このような熱いドラマも、駆逐艦の物語ならではかな?と個人的には思っています。
今回の話の中だと、最後の如月と時津風の会話が、実はお気に入りかなと。
一見自由奔放な時津風ですが、その心は仲間を気遣える優しい艦娘。
その性格を、少しでも表せたのならば、嬉しいですね。