その夜、磯風達は、川内達の艦隊と共に、佐世保鎮守府を抜錨した。
7人構成の遊撃部隊を2つ送りだしたのだから、それなりに艦隊全体の規模が大きい。
数だけで言えば、連合艦隊よりも立派であった。
「改めて言うけれど、こんな大人数で夜戦が出来るなんて、思ってもみなかったよ。」
「川内さん、比叡さん、羽黒さん、瑞鳳さん、力をお借りします。」
「磯風………そんなかしこまらなくても大丈夫だって。正直に言うと、私達も心の中ではメラメラと炎がくすぶってるんだ。」
「そうそう、川内の言う通り、金剛お姉様達をボロボロにした深海棲艦を、ぶっ飛ばしてやりたいって気持ちがね!」
「私も比叡さん達も、砲門も魚雷もしっかりと整えてきました。いざとなったら、この羽黒、全部ぶっ放しますから、躊躇わず言って下さい!」
「装甲空母鬼の特徴が知りたくなったら、私か巻波ちゃんに聞いてね。………今度は簡単にはいかないんだから!」
南下するに伴って、気合を入れ直す川内達の姿を見て、磯風は頼もしさを感じた。
仲間をやられて黙っていられないのは、艦娘共通の仲間意識故だ。
だからこそ、今回は絶対に負けないという意気込みがあった。
「白露、時雨、巻波………。川内さん達の護衛、宜しく頼む。」
「任せて!白露型ネームシップとして、腕が鳴るわ!」
「僕達も頼ってくれて嬉しいよ。眠っている長月にも吉報をもたらさないとね。」
「私は1戦慣れてるから、動きとかも参考にしてくれると嬉しいかな。」
夜に強い駆逐艦娘達も、みんな強気だ。
水雷戦隊に組み込まれている以上は、鉄砲玉になって敵艦に突撃する覚悟があった。
もしかしたら佐世保の提督は、そういう士気向上の意味も含めて、戦艦である比叡でなく、軽巡である川内を旗艦に据えたのかもしれない。
ここら辺の采配は、見事だと思った。
「もうすぐ例の地点ですね。………足柄姉さん達が見えてきました。」
羽黒の言葉に前を見ると、昼に偵察をしていた足柄達が、合図を出しているのが分かった。
艦隊は、彼女の前で止まると状況を確認する。
「正直、何も無かったわね。つまんない位に静かだったわ。」
「姉さん達に恐れをなしたか、単純にまだ傷が癒えて無いのか………。」
「前者だと嬉しいけれど、確実に後者でしょうね。………気を付けてね。敵の考えが分からないから。」
「はい。」
羽黒と数回会話をした後、足柄の艦隊は佐世保へと戻っていく。
その様子を確認した後、磯風の艦隊と川内の艦隊は、夜間の当直に入る。
明朝に、那智の艦隊がまた来てくれる予定だから、それまでの辛抱だ。
瑞鳳が偵察機を飛ばした後は、ひたすら警戒に当たる事になった。
「敵艦がいないと暇だねー。磯風、今の内に聞いておきたい事はある?」
「内陸の情勢はどうなっていますか?」
「やっぱり不満は出ているよ。インタビューに答える人の中には、「佐世保の提督は、鹿屋の人々を見殺しにする気なのか?」という声もあったみたいだし。」
「………え?インタビュー?それは、鎮守府お抱えの記者からの情報ですか?」
「何言ってるの?こういう時、呉の青葉さんが市民に紛れ込んで取材をしてるんだよ?磯風、知らないの?」
「青葉さんが!?」
磯風は思わず驚いて、初風達を見る。
呉出身の磯風や初風達は、重巡の青葉の事を知っている。
彼女は取材をする事が好きで、よく戦艦から海防艦まで、様々な艦娘達にインタビューをしているのだ。
そして、新聞にその記事を纏めて、「艦隊新聞」という名で、呉の鎮守府に掲載しているという変わった一面があった。
しかし、だからといって、そんな彼女が緊急事態の時に、本当に新聞記者として紛れ込んでいるなんて、思ってもみなかったのだ。
川内の説明は続く。
「青葉さんって、艦娘になる前の職業は、新聞記者だったんだよ。だから、艦娘になった後は、こういう情報が欲しい時に、市民に成りすまして集めているってわけ。………ほら、艤装さえ外せば、区別付かないじゃん。」
「か、カメラマンとかは………って、磯波か!?」
「そうそう、撮り鉄マニアの磯波………というか、第十九駆逐隊ごと借りて、取材に赴くんだよ。綾波と浦波は楽しそうだったけれど、敷波は愚痴が多いって話だったっけ。」
「し、知らなかったです………。」
「最近になって、各鎮守府の提督が許可を出して本格的に始めた事だから、無理も無いよ。」
肩を落とす磯風の背中を、ポンポンと叩きながら川内は笑う。
艦娘は艤装を付けて海戦を行うのがメインだと思っていたが、そうやって内陸で別の戦いを繰り広げている者もいるのだ。
武人気質の磯風は、そういう情報には疎かった。
「今は、青葉さん達5人は避難民の近くで取材を行って、情報を送ってくれてるよ。………私達がやられて、空爆が行われてしまった時の最後の砦も兼ねてね。」
「人的被害が出てしまったら、取返しが付かないですからね………。」
ここで後ろにいた如月が、そっと巻波を見た。
常に明るさを保っている彼女にしては、珍しく目に影があった。
「巻波ちゃん………。」
「あ、何?如月。」
「無理しなくていいのよ?」
「何言ってんの!大丈夫だって!」
「そう………。」
過去に深海棲艦の爆撃で片腕を失った彼女にしてみたら、やはり内陸にもたらされる被害は、気がかりであろう。
如月も、錯乱した自分を落ち着かせ、諭してくれた彼女の事は、気になってしまった。
だから、敢えて如月は聞いた。
「川内さん………。青葉さんと連絡って取れませんか?」
「取れるよ?というか、私に無線で報告してくれてるよ。」
『え!?』
意外な言葉に、全員が驚かされる。
どうやら、逐一で青葉から連絡が来ているらしい。
「チャンネルを教えるから、繋いでみてよ。」
川内の言われた通り、磯風達は無線のチャンネルを繋いでみた。
――――――――――――――――――――
鹿屋基地から少し離れた、避難所の学校。
その近くにトラックが数台止まっており、その内の1台の前では、コートを着た見張りの敷波と浦波が会話をしている。
一見何の変哲もないトラックであるが、荷台の中では、グレイッシュピンクの短いポニーテールの髪の艦娘がいた。
襟と袖が青いセーラー服を身に着け、胸には黄色のスカーフを締めているのが特徴で、重巡らしい重そうな艤装の前で胡坐をかいている。
彼女が、青葉型1番艦である青葉だ。
周りでは、綾波と磯波が覗き込むように、その電探を眺めている。
「………ジジ………青葉さんですか?磯風です!」
「あ、磯風達とも繋がりましたよ、青葉さん~。」
「その声は、綾波か!?避難所はどうなっている!?市民は無事か!?」
「磯風ちゃん、そんな焦らなくても大丈夫だよ?長月ちゃん達のお陰で、敵はまだここまでやって来て無いんだしさ。」
「そ、そうですか………。」
思わず早口になってしまった磯風を落ち着かせるように、青葉は笑顔で喋る。
一見、その陽気な性格から呑気そうに思われる事もある彼女だが、取材をする上では、人を安心させる事は重要である。
ある意味、この喋り方と言い回しは、職業病とも言えた。
「避難民達は、今の所はまだ落ち着いているよ。只、別のテレビの取材局が、ちょっとしつこく取材しようとして、もめそうになった事はあるかな。」
「もう………心情的にデリケートなんだから、もっと気を付けないといけないのに………。」
「まあまあ、初風ちゃん。マスコミっていうのは、こういう時に駆逐艦並に突撃するものだからね。」
あくまでマイペースさを保つ青葉であるが、無線の向こうの磯風達の心配は尽きないらしい。
実際に市民の声を届けられればいいのだが、主砲の付いた艤装を背負って、電探で声を届けるわけにもいかないのだ。
だから、青葉達は焦る事なく質問に応じていく。
「他にも、困っている事は何かありますか?」
「沿線の鉄道や飛行機が止まっているみたい。道路も軒並み封鎖されていて、交通が不便になっているから、そういう不満も出ているみたいだよ?」
「この声は磯波だな。………仕方ないとはいえ、これは問題だろうな。食料などの物資は?」
「さっき、配給用の車が届いていたから、大丈夫だよ。只、長期戦になると良くないのは、確かかな。」
少しだけ声のトーンを落として、青葉は言った。
深海棲艦との戦いは、時間との戦いでもある。
敵側が意識しているか分からないが、如何に一般市民の恐怖や不満を煽るかで、鎮守府や泊地に対する信頼の落ち具合が変わる。
パニックに陥った人間が何を起こすかは、自分自身も予測が出来ない。
仮に鎮守府等への暴動に発展してしまえば、艦娘達へのモチベーションの低下にも繋がるのだ。
「………敵の第一波は長月達が封じてくれた。だが………このまま第二波以降が本格的に続けば………。」
「安心してよ、その為の青葉達なんだからさ。少なくともそれとなく、避難民達の不安や不満は解消するように努めるし………最悪、この避難所になってる学校だけでも守るよ。」
「青葉さん………。」
最後の………少しだけ力を込めた青葉の言葉に、磯風達は悟る。
青葉達は川内の言った通り、最後の砦だ。
逆に言えば、それは逃げる事が許されない立ち位置なのだ。
そうでなくても、不安や不満を抱く市民と直接対応する立ち位置なのだから、自分のモチベーションの管理が難しい。
そんな難しい戦いを、青葉や第十九駆逐隊の4人は担ってくれているのだ。
佐世保管轄の戦いであるにも関わらず、呉出身の5人が………。
「………ありがとうございます、青葉さん。でも、青葉さん達の手は煩わせませんよ。」
「そうしてくれると、助かるかな。取り越し苦労が丁度いいし。」
「はい………引き続き、お願いします。………どうやら瑞鳳さんの偵察機が、艦影を捉えたみたいですので、失礼します。」
「健闘を祈るよ。ちゃんと、生きてね。」
最後まで明るい声を保った状態で、青葉は電探に喋るのを止める。
遠くで深海棲艦警報が鳴り響くのを感じた。
――――――――――――――――――――
2つの輪形陣を作った磯風達と川内達は、それぞれ磯風と比叡を中心にして、対空砲火に備える。
今日は珍しく雲がほとんど無く、遠くが良く見えた。
これは逆に言えば、深海棲艦側にとっても、こちら側がよく見えるという事だ。
やがて、羽虫を模した攻撃機が、幾つも飛んで来る。
「瑞鳳航空隊、発艦します!」
「比叡、三式弾装填完了!………磯風!」
「こちらは、対空砲火用意完了です!」
「じゃあ、夜戦始めよっか!………撃てーーー!!」
瑞鳳が弓につがえて、どんどん矢を飛ばす。
それは攻撃機に変化して、敵の攻撃機と空中戦を繰り広げる。
更に、比叡と羽黒が赤い三式弾を撃ち出し、磯風や川内達が一斉に対空砲火を放つ。
夜空に複数の爆発が起き、羽虫の攻撃機が墜落していく。
だが………。
「!?」
夜空に映る巨大なシルエット………装甲空母鬼の前で、一斉に爆発が起きたかと思うと、瑞鳳の攻撃機が、複数爆発する。
「軽巡ツ級ですか!?」
「いいえ………それだけじゃないみたい………。」
春風の質問に応じた瑞鳳は、冷や汗を流しながら如月を見る。
それで、一同は理解してしまった。
この夜空に映える海を、滑るようにやってきたもう1つの敵艦隊の長を………。
「フフ………。」
「あれは………!?」
如月を始め、艦娘達は戦慄する。
2隻のフラッグシップ級軽巡ツ級と3隻のフラッグシップ級戦艦タ級を引き連れ、装甲空母鬼の前を滑走する深海棲艦が目に入ったのだ。
白い髪をなびかせながら、まるで、その振る舞い1つ1つを楽しむようにやってくる敵の親玉を。
そう、あれは………。
「深海如月………!?」
「アラ?面白イ名前、付ケルノネ?」
如月の声を模して、鬼の姿をした深海如月が、彼女と全く同じ笑みを浮かべながら現れた。
青葉と第十九駆逐隊の、密かな活躍?を描いた回です。
記者である青葉の「戦い」って何なのだろうか?と考えた結果が今回の話。
取材をして現場の声を届けつつ、いざという時は艦娘として内陸で戦う。
そんな変わった姿を持つ艦娘も、居ていいとは思うんですよね。
むしろ、情報統制をされる中では、一番重要かもしれません。
ちなみに私は、劇場版青葉の戦闘シーン、カッコよくて好きです。