装甲空母鬼と深海如月を撤退させてから、勝負の新月の夜まで、気付けば残り3日となっていた。
鹿屋基地の近くでは、その後も、昼でも夜でも様々な艦種の深海棲艦が出現し、偵察艦隊は、いずれも海戦を強いられて来た。
中破や大破をして戻って来る艦娘もチラホラといて、その度に、破損し過ぎた艤装の修理を行う工廠(こうしょう)や艦娘の傷を癒す船渠(ドック)は、大忙しになった。
しかし、幾ら高速修復材(バケツ)という便利な物があるとはいえ、無尽蔵に艦娘の全てを治せるわけでは無い。
それは、当初決戦メンバーに据えられていた、第二十五駆逐隊にも当てはまってしまった。
「艤装が直らない!?どういう事ですか!?」
新月の夜の日の朝、工廠(こうしょう)で夕張に話があると言われた磯風達は、彼女から伝えられた言葉に衝撃を受ける。
何と、装甲空母鬼の砲撃で被弾した初風の艤装が、夜までに直らないというのだ。
「初風ちゃん自身は、そんな大した傷じゃないと思うんだけれど………艤装が、缶をやられてしまっているのよ。これじゃあ、主機の出力が上がらないわ。」
「交換用の缶は無いんですか!?」
「佐世保にある駆逐艦用の缶は、さっきの交換で全部無くなってしまったの。………ごめんなさい、発見が遅れて。」
「い、いえ………それだけ皆さん忙しいですから………。」
本来自分達を鍛える立場である軽巡の夕張に、頭を下げられてしまった事で、初風は思わず自分も頭を下げてしまう。
度重なる海戦が続けば、こういう見落としも出てしまう事はある。
現場だけでは、どうしようもない問題がある事は、予め艦娘達は理解していなければならなかった。
しかし、夕張は更に厄介な事があると告げる。
「実はね………金剛型の4人の缶も全滅したのよ。」
「ええ!?」
「更に、妙高型の4人は疲労が出始めている。………提督はこの8人は決戦メンバーから外そうって考えているらしいわ。」
「ほ、本当に………?」
「だから、今日の朝から最後のひと踏ん張りで、妙高型は4人揃って出撃して貰ってるのよ。」
「……………。」
戦艦と重巡の三式弾による対空砲火は、心強かっただけに、この決定は痛かった。
だが、実は今回の作戦で厄介なのは、攻撃機を飛ばす装甲空母鬼よりも、深海如月の方なのだと夕張は語る。
「比叡さんも羽黒さんも、深海如月の動きに全く追いつけなかったでしょ?それどころか、瑞鳳さんや川内さんまで、対応出来なかった。動きに何とか追いつけたのは、駆逐艦だけ。」
「つ、つまり………。」
「つまり………私は、駆逐艦主体の決戦メンバーを結成しようと考えている。」
『提督!?』
背後から現れた提督の存在に、磯風達は全員振り返る。
その後ろには、帰投してきたばかりの駆逐艦娘が5人。
足元まではあろうかという藤色の髪をポニーテールにした、扇子を持った艦娘。
1本の三つ編みに束ねたピンク髪が特徴の、黒インナーを着た艦娘。
ハネた茶髪のショートヘアに、キリッとした眼差しをしている艦娘。
銀色の髪を足首まで届きそうな長さの1本の三つ編みにしており、その先端を緑色の小さな珠で止めている艦娘。
そして、鮮やかな赤紅色の髪をヘアバンドで抑え、後ろは紅いリボンでおさげ髪にしてある艦娘。
それぞれ、初春、子日、若葉、海風、江風であり、これまで磯風達とは違う艦隊で活躍してくれていた面々だ。
「この5人に、夜間攻撃機を積んだ飛龍と瑞鳳の護衛をさせて、海岸線ギリギリで後衛を担って貰う。これで、前線で戦う艦隊は、後ろの本土を気にせず戦う事が出来るだろう。」
「な、成程………で、前線は?」
「お前達第二十五駆逐隊の6人に加え、川内に、文月と三日月と菊月と白露と時雨、それに巻波を率いて貰う。本当はもう1人、熟練の駆逐艦が欲しいが………。」
「その1人………私を加えてくれないか?」
『!?』
更に文月に支えられて後ろから現れた存在に、今度こそ一同の目が見開かれる。
今まで昏倒していた長月が、目を覚ましてやってきたのだ。
流石に制服はまだ着ていなかったが、その瞳には力が宿っていた。
提督は、静かに問う。
「病み上がりで、大丈夫なのか?」
「むしろ寝すぎて、早く身体を動かしたい所です。それに、駆逐隊主体の21人で戦うなんて、華じゃないですか。この機を逃したくは無いですね。」
「そこまで軽口を叩けるのならば大丈夫か。………だとしたら、川内の艦隊から、1人第二十五駆逐隊に移って貰う必要があるが………。」
「あ、あの………。」
「ん?」
ここで皆の目が、それまで黙っていた如月に集中する。
彼女は、意を決した表情で言った。
「その1人………巻波ちゃんでは、ダメですか?」
如月の心の中に、深海如月に化け物と蔑まれた、巻波の僅かな陰りの表情が焼き付いていた。
――――――――――――――――――――
その夜、抜錨前の時間に、艤装を付けた巻波は、桟橋に座って夜空を眺めていた。
今夜も遠くが見える為、お互い、夜間攻撃機は目視できる状態だ。
きっと、激しい戦いが予想されるだろう。
「……………。」
巻波は、静かに自分の機械化された左腕を眺める。
いざという時の隠し兵器として搭載していたとはいえ、アンカーのように飛ばせる自分の腕を。
「化け物………か。」
「やっぱり気にしているのね。」
「ん?」
振り向いた巻波は、外套を纏った白い肌と髪の、角を付けた姫クラスの深海棲艦が歩いてくるのを見る。
その人物は、艤装以外は深海如月とそっくりで………。
「ああ、成程。それが、如月の「呪われた姿」ってわけね。」
「ええ。………隣に座っても、大丈夫かしら?」
「いいよ。」
如月の姿を見ても、巻波は特に警戒する事はなかった。
その様子に安心感を覚えながらも、如月は彼女を見て言う。
「変に思う事無いわよ。貴女は………化け物じゃないわ。」
「………どうだろうね?奇異の目で見て来る人がいるのは事実だし。それに、深海棲艦からしてみれば、機械の腕は異端じゃん。」
「あんな「化け物」の言葉なんて、気にしなくていいの。」
「自分の写し鏡のような姿の存在を、化け物って言っちゃっていいの?」
「いいの。「本当の私」を分かってくれる人が、ここには沢山いるんだから。」
「本当の私………ね。」
巻波は、少しだけ笑みを浮かべた。
その笑顔の内に抱えている不安等を、完全に解消する事は出来ないだろう。
如月はそれでも、自分の想いを伝えた。
「本物の私は………あなたを化け物だと絶対に思わない。どんな時も、あなたの味方でいるわ。」
「何、告白?睦月が泣くよ?」
「戦友だって言いたいのよ。磯風ちゃんが前にそう表現したの。第二十五駆逐隊に関わる全ての艦娘の事を、そう思っているって。」
「あはは、いい表現だね。でもさ………。」
ここで、巻波は意地悪そうに笑みを浮かべて言う。
「仮の話………もしも、私が突然、佐世保から失踪したらどうするの?」
「追いかけるわ。」
「夕雲型は素早いよー?睦月型で追っかけられるの?」
「可能よ。睦月型は世界一の船だもの。」
「え、そうなの?」
如月は笑って説明する。
嘗て、長月がそう言っていたと。
脆くて性能も良くない睦月型でも、世界一と誇れる部分はあると。
長月は、自身は「模範」となって、その姿を示そうと思っていると言った。
「如月は何なの?」
「世界一の………色仕掛け?」
「成程。」
「もう!冗談だってば。………でも、そうね。こんな姿も経験したから、姿形に囚われないものを大事にしようって思っているわ。」
「それは………?」
「世界一の………「戦友」でありたい。睦月ちゃんや卯月ちゃんとも。磯風ちゃん達とも。そして、巻波ちゃん………あなたとも。」
如月は、呪われた左手を差し出した。
巻波は少しだけ迷ったが、機械化された左手を出した。
静かに握手をした途端………その手に6つの手が重ねられる。
「うわ!?………あ。」
「抜け駆けはずるいぞ。」
「わたくしも、参加させて下さい。」
「うーちゃん、これでも実力はあるぴょん!」
「私は出撃できないけれど………戦う意志はあるわ。」
「あたし達は、駆逐艦仲間だものね。」
「そうそう。頑張ろー!」
磯風、春風、卯月、初風、天津風、時津風の6人であった。
彼女達の想いと温かさを受けて、巻波は穏やかな笑みを浮かべる。
「ありがとね………みんな。」
「心の準備は出来た?それじゃあ、出撃しよっか!」
「はい………!」
第二十五駆逐隊の面々は振り向く。
川内達や瑞鳳達の艦隊は、もう出撃準備を整えていた。
この21人で抜錨し、深海如月と装甲空母鬼との決戦に赴く事になる。
戦艦や重巡はいないが、それでも夜戦に強い面々で構成された強力な艦隊だ。
「行くぞ、第二十五駆逐隊………抜錨だ!」
その先陣を切るように、磯風の言葉で第二十五駆逐隊から順々に艦娘達が抜錨していく。
鹿屋基地近海でのラストダンスが、始まろうとしていた。
――――――――――――――――――――
「行ってしまいましたね………。」
「すまないな………。本当は、全員で出たかっただろうが………。」
桟橋には、提督と、缶の修理が終わっていない初風と金剛型の4人が残っていた。
見送るしかないという立場は、正直辛いものがある。
しかし、仲間を信じるのも1つの戦いであるのだ。
「………聞いてもいいですか?提督。」
「何だ?」
そんな中、初風は提督に対し、気になっている事を話す。
「巻波は自分の過去を、かなり簡略化させて如月に伝えたと聞きました。でも………それは、裏を返せば、彼女は何か隠し事をしているのでは無いのですか?」
「隠し事………か。例えば、どういう事が気になっている?」
「そうですね………トラウマ………とか。」
初風の言葉に、提督は嘆息する。
その様子から、半分当たりで半分外れだと初風は直感で悟る。
しかし………。
「安心しろ。単冠湾泊地に送る程のものじゃない。だが………お前の考えている通り、簡略化する事で、上手く隠している過去はある。」
「爆発の可能性は………。」
「上手く立ち回ればしないさ。………尤も、今回だけに限った話だがな。」
提督は、眉間にしわを寄せると考え込む。
「正直な話、巻波も、心の底から落ち着ける場所があるといいのだが………。」
「……………。」
初風はその言葉を聞いた瞬間、密かに磯風の頼もしい顔が脳裏に浮かんだ。
――――――――――――――――――――
数時間後、鹿屋基地近海では、磯風達の艦隊と川内達の艦隊が待機をしていた。
その遥か後ろでは、瑞鳳達の艦隊が、本土への爆撃に備えている。
「来たか………。」
磯風は呟く。
前から、また羽虫の攻撃機が沢山飛んで来るのが分かった。
そして、装甲空母鬼は、獣のような口を横に開いて下半身を完全に出し、新たなる姿………「装甲空母姫」となって、浮遊要塞を5機従えていた。
更に、その前には焼け焦げた制服を着た深海如月が、不快な表情で深海棲艦を従えている。
今回は、対空迎撃用の2隻のフラッグシップ級軽巡ツ級。
そして、凶悪な力を持つ、立派な角が自慢の3隻の重巡ネ級改である。
「化ケ物共メ………ヨクモ私ヲ汚シテクレタナ!」
「あら?素敵になったじゃないの。………そんなに気に入らないのならば、如月達が楽にしてあげるわ!」
静かに闘志を燃え上がらせながら、艦隊と深海棲艦達は、それぞれ攻撃命令を出す。
「オホホホホ………!」
「沈メナサイ!不快ナ奴ラヲ!」
「この夜戦で終わらせるよ!行けーーー!」
「決着を付ける!始めるぞ!全艦砲撃開始!!」
魚雷が、攻撃機が、そして砲撃が、夜空の下で海上を飛び交い始めた。
睦月型は世界一の船………という言葉は、公式ラノベでの長月の台詞からですね。
「陽炎、抜錨します!」を読んでいる人ならば、ピンとくると思います。
あの台詞はかなり好きなので、自作小説でも使いたかったんですよ。
こういう展開を作れると、自分でもテンションが上がります。
後、巻波の義腕には、コブラのように単装砲を搭載する案もありました。
でも、排熱の関係や装弾数の関係で実用的じゃないと思い、アンカーにしました。