テレビで流れて来た青葉達の凄惨な様子に、愕然と床に膝を付いていた磯風。
しかし、しばらくして春風が立て膝を付いて、彼女の肩を抱きながら言う。
「磯風さん………嘆いている場合では無いです。まずは、彼女達の安否を確かめに行かなければ。」
「そう………だな。私達も、至急呉に!」
「焦るな。………日向市からならば、恐らく呉鎮守府でなく、近くの佐伯湾泊地の船渠(ドック)に運ばれているだろう。」
佐世保の提督が、説明する。
佐伯湾泊地は、近年出来たばかりの泊地である故に設備が整っているらしく、船渠(ドック)は4つ解放されているとの事だ。
深海棲艦の攻撃で倒れた3人は、そこに収納されただろうと。
「では………わたくし達は最初に、日向市に向かったであろう、巻波さんを追った方が宜しいですね。そこから佐伯湾泊地に向かえばいいはずです。」
「司令、第二十五駆逐隊に、抜錨の許可をくれませんか!?」
「だから、落ち着け。今から海路を頼っていては、夕雲型のアイツには追い付けないだろう。それよりは、陸路で九州半島を横断して、近道をした方が速い。」
「陸路って………。」
「トラックを手配する。これでも、駆逐艦娘では、海風や江風が運転を出来るんだ。佐伯湾の提督には、こちらから話を付けておこう。では………。」
「待て。如月が、磯風達に話があるみたいじゃぞ?」
佐世保の提督が、動こうとした時であった。
初春が、古風な喋りで彼らを制する。
愛用の扇子で指す先を見れば、時雨や文月、三日月や卯月等の前で、如月が磯風達を見ていた。
「如月………?」
「磯風ちゃん、春風ちゃん。………私も行くわ。」
「行くって………?」
「私も………第二十五駆逐隊に入る!」
「何!?」
覚悟を決めたような如月の発言に、磯風は驚く。
そして、慌てたような顔で聞いてきた。
「どうしてだ!?深海如月を倒した事で、単冠湾泊地で眠っている睦月が、目を覚ますだろう?共に第三十駆逐隊で………。」
「睦月ちゃん達とは、佐世保に帰郷すればたっぷりと話せるわ!でも………約束したの!どんな時でも巻波ちゃんの味方でいるって!逃げたら追いかけるって!」
如月は、深海如月との決着を付ける最後の出撃前に、巻波と話をした。
機械の腕を持つ彼女を、絶対に化け物を見る事は無いと。
深海棲艦に片足を突っ込んでしまった如月を………皆に呪いを撒き散らす存在だと自暴自棄になってしまった如月を、優しく導いてくれた巻波の味方で居続けると。
「それに、磯風ちゃんや春風ちゃんにも、恩をたっぷり作っちゃったもの。返す機会を頂戴!」
「そ、そう言って貰えるのは有り難いが………司令、宜しいのでしょうか?」
「その様子だと、卯月達も納得しているとは思うが………。」
「司令官、お願いします!転属の許可を!」
頭を下げる如月を見て、佐世保の提督は軽く肩を竦めると、秘書艦の菊月に命じる。
「菊月、転籍用の書類を至急作ってくれ。如月と巻波の分だ。2人を第二十五駆逐隊へ正式に転属させる。」
「分かりました。」
「待って下さい!?巻波も、転属させていいんですか!?」
更に驚く磯風に対し、今度は提督の方が頭を下げて来た。
「巻波は強がっているが、やはり定住する場所を探して苦労している。………私は、第二十五駆逐隊でならば、彼女の居所が見つかるのではないか?………と思うんだ。」
「それは、買いかぶり過ぎですよ。」
「切っ掛けは、何処から始まるか分からない。これも何かの運命であるのならば、私は賭けてみたい。………お願いできないか?」
磯風は、提督と如月の両方を見る。
両者とも、強がりや嘘を言っているようでは無かった。
だからこそ、彼女は目を伏せ考える。
こんな立て続けに、戦友が加入してくれるとは思っていなかった。
本当に、これは何かの運命によって、導かれているのかもしれない………と。
「第二十六駆逐隊を結成した岸波に言ったら、笑われそうだな………。」
「でも、わたくしの事も含め、ここまでの道のりを作ったのは、磯風さん自身ですよ?………乗ってみたらどうですか?」
「春風………。そうだな………如月、こちらこそ宜しく頼む。」
「ありがとう!世界一の戦友として………宜しくね!」
磯風と如月が固く握手を交わした事で、会場内では、様々な艦娘から拍手が沸き起こった。
――――――――――――――――――――
日向市に向かうトラックの前では、初風・天津風・時津風を始めとした数々の艦娘達が、見送りに来てくれた。
佐伯湾泊地に向かうのは、磯風・春風・如月の第二十五駆逐隊。
運転役も担ってくれる海風・江風。
そして青葉達の艤装の修理役が欲しいと佐伯湾の提督に言われた為、軽巡の夕張が乗り込んだ。
佐世保の提督は言う。
「呉からも佐伯湾泊地に、艦隊が向かっているらしい。協力して乗り切ってくれ。」
「ありがとうございます。初風達も………元気な顔で横須賀に戻って来てくれ。」
「まあ………こうなった以上は、本当に呉の提督次第ね。正直、悔しいんだけれど。」
「本当は、あたし達も加勢をしたかったものね………ごめんなさい。」
「あーあ、本当に悔しいなー。巻波は………あたし達にとっても、戦友なんだからさ。」
三者三様の言葉で悔しがる初風達を見て、トラックの後部から如月が顔を覗かせる。
彼女は、感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
「その気持ちだけで十分よ。………じゃ、後はお願いね。」
「気を付けてね、如月。折角元の姿に戻れたんだから、親友の睦月と再会する前に、沈むんじゃないわよ!」
「勿論!」
最後に如月が笑顔を見せて手を振った事で、トラックの扉が閉まり、海風の運転で発進していく。
その様子を、提督や初風達は、見えなくなるまで見送った。
――――――――――――――――――――
「何なの………これ………。」
一方、佐世保を抜錨してひたすら南下し、鹿屋基地近くをぐるりと迂回して、九州半島東部を北上した巻波は、日向市へと何とか辿り着いていた。
電探をラジオのチャンネルに合わせていた事で、色々な情報を仕入れていた彼女は、電車が爆撃された地点へと辿り着き、海岸から上陸して呆然としていた。
日が沈みそうになる時間ではあったが、車両に付いた火は、まだ完全に消し止められていなかった。
周りでは、マスコミが集まっており、その姿を必死に取材している。
ほとんど原形を留めていないその姿は、どれだけの惨状であったのか、理解するのに十分であった。
「これ………全部、爆撃で………。」
「艦娘ですか!?一言インタビューをお願いします!」
「え!?」
巻波は驚く。
彼女を視認したテレビ局や新聞記者が集まって来て、マイクを向けて来たのだ。
「爆撃は、回避できなかったのでしょうか!?」
「御覧の通り、甚大な被害を被ってしまいましたが、何故守れなかったのでしょうか!?」
「艦娘は、人類の守護者では無かったのですか!?」
「……………。」
容赦なく、テレビの画面やシャッターのフラッシュを向けられるが、巻波は何も答えられない。
確かに、この被害は鎮守府や泊地の失態だ。
だからといって、巻波1人にその責任を追及するのは、問題外であった。
それでも遠慮なくマイクを向けて来るのは、艦娘という異質の存在を前に、興奮状態の記者達の心理が、悪い方向に働いているからである。
「答えて下さい!」
「この惨状を見て、何も思わないのですか!?」
「わ、私は………。」
エスカレートする言葉に、巻波は俯く事しか出来ない。
そして、その顔に突如石が投げつけられた。
「え………?」
周りを見ると、近隣の住民達であろうか。
目を吊り上げた人々が、集まっていた。
「何で、守ってくれなかったんだ!?」
「艦娘は、私達を皆殺しにする気なの!?」
「爆撃で恐怖に陥れるのが、お前らのやり方かよ!?」
「……………。」
深海棲艦に対する恐怖に支配された市民達は、その反動によって、艦娘への怒りが集団心理で膨張していた。
そして、何も言わないのをいいことに、巻波に対し、一斉に石を投げつけてくる。
「……………。」
痛くは無かった。
艤装を付けているから。
でも………心は痛かった。
爆撃を止められなかったのは、本当だから。
そして………、艦娘側が市民に手を振り上げてはいけないという、暗黙の了解があるから。
「人でなし!」
「薄情者!」
「化け物の仲間め!」
言葉の暴力が、心に突き刺さる。
暗い感情の渦の中に呑み込まれているような気がした巻波は、泣く事も出来ずに只々、俯く。
マスコミはその様子を、カメラやテレビにひたすら収めている有様だ。
誰も、巻波に味方をしてくれる存在はいない。
(私は………このまま押しつぶされるのかな?)
悲しさを自覚した巻波は、棒立ちになっているしかなかった。
だが………そこに激しいクラクションと共に、トラックが突っ込んできた。
『!?』
そのトラックは、巻波と、市民やマスコミの間に割り込む。
そして、彼女を荷台の影に隠すと、助手席から銀髪の娘………海風が降りて来る。
同時に、荷台が開き、磯風と夕張が降りて来た。
………重武装の艤装を付けた状態で、目で市民達をけん制しながら。
「な、何だ!?貴様等!?」
「佐世保から、応援に駆け付けた艦娘です。提督からの指示により、今から情報統制が掛けられる事になりました。同時に自宅待機命令も。」
「何だと!?」
冷静な海風の言葉に、マスコミ達は驚愕する。
市民は、海風にも石を投げつけるが、艤装を付けた磯風が射線上に割り込んで防ぎ、睨みつける。
「誠に申し訳ありませんが、マスコミの方々は引いてください。一般市民の方々も、自宅に帰宅願います。」
「ふざけるな!化け物の同胞め!」
「我々を、どうする気だ!?」
「見捨てる気か!?」
様々なライトやシャッター等も浴びせ掛かるが、海風は怯む様子も無く、淡々と告げていく。
そして、その一方的な発言に対し、市民達が暴動を起こしそうになった所で、海風は無表情で告げた。
「では………皆様の信頼を勝ち取る為に、「今この場で」艦娘の能力の高さを披露します。特とその目でご覧下さい。」
『っ!?』
海風が横眼で磯風を見る。
彼女は手持ちの左手の機銃を連射し、軽く足元の海岸の砂を巻き起こす。
………散々、巻波にシャッター等を向けてくれたマスコミ達に降りかかるように。
「ぶわ!?」
「な、何をする!?」
「失礼しました。ですが、皆様を納得させるには、艦娘の武装の力を見せるのが一番だと思いまして。他にも、より強力な主砲を披露する事も出来ますが………。」
「ひ、ひぃ!?」
敢えて感情を出さない海風の言葉に、ヒートアップしていたマスコミ達の頭が冷え、後ずさりを始める。
海風は次に、横で固まっていた、暴動を起こしかけた市民達を見た。
「市民の皆様も、間近で体感してみますか?」
『う、うわーーー!?』
敢えてここで笑顔を向ける事で、恐怖を煽った海風の策は絶大だった。
正気に戻った市民は我先にと逃げ帰り、マスコミ達も車へと引いていく。
その様子を、海風・磯風・夕張の3人は、最後まで眺めていた。
――――――――――――――――――――
「よ、良かったの!?下手したら、問題になるんじゃない!?」
「いいンだよ!こーいうのは、テートクに後処理任しとけば。それに、少し頭冷やさねぇと、巻波、どーなってたか分からねぇぜ?」
トラックの反対側で、海風達のやった行為を問題視していた巻波は、運転席から降りて来た江風に思わず問う。
だが、彼女は、きひひっと笑いながら、痛快そうに歩いてくる。
「それよりも………お前が佐世保から脱走したから、ちゃんとアイツ………「約束を守っちまった」ぞ?」
「え?」
江風が顎で指した方向を見て、巻波は目を見開く。
トラックの荷台から、春風と共に如月が降りて来たのだ。
「何で………。佐世保で睦月を待っているんじゃ………?」
「言ったでしょ?私は、あなたとも世界一の戦友でありたいって。それに、絶対に追いかけるって。」
信じられない光景を見ているような巻波に対し、如月はそっと彼女の身体を抱きしめる。
そして、静かに言った。
「提督は言っていたわ。巻波ちゃんにとって、本土への爆撃はトラウマだって。だから………辛い時は、如月達に甘えていいのよ?」
「で、でも巻波は………勝手に脱走した身だし………。」
「あ、ゴメンなさい。その罰じゃないけれど、私達2人共、第二十五駆逐隊に転属になったから。」
「無茶苦茶だよ………。」
「いいの、無茶苦茶で。今度は如月達に………戦友達に、あなたを助けさせて。」
如月はそう言うと、巻波の顔を自分の肩に付ける。
「………っ!」
巻波は肩を震わせると、如月の肩で静かに涙を流す。
1人で感情の渦に呑まれ、怖い経験をした艦娘を癒しながら………如月は、優しくその身体を抱いていた。
かなり長かったですが、如月と巻波、正式に第二十五駆逐隊に加入です。
人々の負の感情を描く回になりましたが、強ち空想で無いのが厄介な所。
集団心理に呑まれた人々は、何をやるか分からないのだから、恐ろしい物です。
今回の海風達の対応は、かなり過激でしたが、提督への信頼の裏返しでしょうね。
尚、巻波は、前々からメイン艦娘にしたかった想いがありました。
ハーメルンで検索したら、ヒットする件数が当時0件だったので………。
だったら、私が最初にタグを入れてやる!って気持ちでしたね。