「近くで水母棲姫が出現したんですか!?」
「はい。夜偵がその存在を把握しました。只、敵艦に更に近づいた際に撃ち落とされてしまったので、随伴艦の編成は分からなかったですが………。」
急いで艤装を装着してきた磯風達に説明をしながら、天城は攻撃機を次々と発艦させていく。
敵の攻撃機の爆撃を防がなければ、市民に被害が出てしまう。
それはつまり、青葉達の決死の戦いの意味を無くしてしまう事にも繋がるのだ。
隣では、能代が玉波と涼波、それに山汐丸に指示を出しながら言う。
「とにかく私達は、防衛ラインを作るわ。先陣は任せるわね!」
「了解です!………って、初雪はまだ引きこもってるんですか………。」
「仕方ないわ!今戦える面々でどうにかしましょ!」
衣笠の言葉を受け、頷いた磯風達は抜錨していく。
上空に、大量の攻撃機が迫るのが分かる。
(訓練で分かったが、海風も江風も対空砲火はあまり得意ではない………。私が中心になるしかないな。)
磯風の指示で、彼女を中心として輪形陣が作られる。
一方で、衣笠の艦隊は、古鷹も加古も合わせて重巡3人で、対空迎撃用の三式弾を詰めている。
それに加えて、夕張は、12cm30連装噴進砲を2つ大型の艤装に詰め込んでいた為、対空砲火には長けていた。
申し訳ないが、敵機の迎撃は衣笠達に任せるしかない。
「砲撃、開始!!」
「撃てーーー!!」
磯風達の号令で、夜空に様々な砲撃が放たれる。
磯風の派手な対空砲火が鬼火の攻撃機を撃ち落としていき、三式弾による散弾が敵機を纏めて破裂させていき、噴進砲のロケットランチャーが攻撃機を爆散させる。
秋空に広がる花火のような砲火は、こんな生死の間での戦いでなければ、美しくすら感じてしまう程に多種多彩であった。
「よし、迎撃完了!弾薬が無くなる前に、このまま水母棲姫の顔を拝みに行きましょ!」
「分かりました!古鷹さん、探照灯の準備をお願いします!」
「了解!青葉達を痛めつけた敵の親玉の姿、この目に焼き付けてあげる!」
2つの艦隊が、単縦陣になり、増速していく。
古鷹が「目」という表現を使ったのは、彼女の左目その物が探照灯であるから。
実は彼女は、過去の海戦の影響で左目が義眼になっており、艤装を付ける事で、自分の意志で眩く照らす事が出来るのだ。
感覚としては巻波の義腕と同じであるらしく、こちらは呉の明石に整備して貰っているらしい。
「その義眼って………他にも何か出来るんですか?」
「望遠レンズのようにズームにしたり、カーソルを出して狙いを付ける補助をしたり、色々出来るよ。前は夏雲ちゃんが整備してくれた事があったし、今は岸波ちゃんが整備してくれている。巻波ちゃんと同じだね。」
「すっごいですね!整備出来る艦娘達も、素晴らしいです!」
同じく機械の身体を宿している身だからか、巻波が古鷹に興味津々であった。
やはり同じような苦労を知る者同士だからこそ、共感出来る事も多いのだろう。
変わり果てた恩人である、初雪に対するやり切れない感情を、少しは軽減出来ればと磯風は密かに思った。
――――――――――――――――――――
「………まだ、こんな所にいたの?」
一方その頃、佐伯湾泊地の提督は、秘書艦室をノックもせずに開けて足を踏み入れていた。
中にいる初雪は、相変わらずコタツに寝っ転がって、せんべいを食べながらテレビを見ている状態だ。
違う所があるとすれば、深海棲艦警報が鳴った事で、テレビ番組が緊急ニュースに置き換わっている所であろうか。
画面内では、安全な東京のスタジオから、学者達がまた好き勝手に鎮守府や艦娘に対する文句を投げかけて、更なる不安を煽っていた。
「みんな………おかしいよ。人間様は、艦娘にこれっぽっちも感謝の念なんて抱いてない………。むしろ、深海棲艦と同等の存在にしか見ていない………。」
「そうかもしれないわね。でも、その人々を助けようとしない時点で、貴女は本当に深海棲艦と変わらないわ。」
「……………。」
冷徹にハッキリと事実を告げる提督に対し………初雪は無言で寝返りを打ち、彼女を睨む。
しかし、深く溜息を付くと、自暴自棄になる形で告げた。
「もう、それでもいいよ………。私は散々………助けた。私だけじゃない………最初の………磯波も、深雪も、白雪も………。みんな、あの地獄の中で………無理やり………人間様の為に戦った。」
「貴女………。」
「そして、みんな沈んだ………。それなのに、待ってたのは………賛美の声じゃない。何で守ってくれなかったっていう………身勝手な暴言だった………。」
「……………。」
自然と力が入っていったのか、初雪の持っていたせんべいにヒビが入る。
「人間様にとって、艦娘は都合のいい道具だ………!どんな結果になっても………命を落としても………誰も、何も、称賛してくれない!使い捨ての道具を褒める事なんて………無い!みんな無駄に、命を落としたんだ!!」
昔の仲間の事を想ったのだろうか?
叫ぶような言葉と共に、初雪のせんべいが遂に木っ端みじんに割れた。
提督は、嘆く初雪の様子を見て、悲しそうに溜息を付くと、問いかけを変えた。
「分かったわ、貴女に期待するのは止める。でも………1つだけ教えて。何で、巻波を助けたの?人間様に期待しないならば、あの子を見捨てる選択肢だってあった。」
「………気まぐれだよ。」
「じゃあ、何で給料をつぎ込んででも養ったの?貴女は、何だかんだ言っても、艦娘である自分を捨てられていないんじゃないの?」
「だから………気まぐれだって!」
苦しそうに叫ぶ初雪を後目に、提督は秘書艦室を後にしながら言う。
「巻波は、貴女の背中を追って艦娘になったわ。その彼女が沈んだら………貴女は、また後悔するわね。」
「……………。」
それだけを言って、扉が締められる。
初雪は、無言でみかんを取って食べようとして………思わず握りつぶしてしまった。
「何なんだよ………何なんだよ………!」
どうしても、初雪の心にモヤモヤが残ってしまう。
やり切れない感情は、いつまでも続いていた。
――――――――――――――――――――
「水母棲姫、確認!このまま直進!」
「よっしゃ!いっちょ、やってやろうじゃねえか!」
一方の磯風達は、望遠レンズの役割を果たす古鷹の左目が敵の母艦を捉えていた。
そのまま探照灯で照らし、闇夜に黒い半人半獣の女の姿を映し出す。
親玉とようやく対面出来た事で、加古を始め艦娘達の士気も上がる。
だが………。
「待って!周りを囲い込む影多数!これは………「PT小鬼群」!?」
「はぁ!?」
「綾波ちゃん、前方に照明弾投げて!」
「はい!」
古鷹の指示で、綾波が照明弾を投げつけ辺りを照らす。
照らされた範囲を見渡せば、小さな小鬼達が魚雷を抱えながら、高速で磯風達を囲い込むように航行してきている。
「キャハハ!」
「厄介な………!」
「モット黒ク染マル………?」
「不味い!?」
巻波の言葉に前方を再び見渡すと、水母棲姫が鎖を水中に垂らし、再び大量の攻撃機を取り出していた。
そして、それを一斉に発艦させていく。
「ゴメン、磯風以外の駆逐艦のみんなは小鬼達をお願い!衣笠さん達は、対空迎撃!」
『了解!』
対空砲火が自慢の艦娘達だけが、集中的に鬼火の攻撃機を撃ち落としていく。
その間に迫ってくる小鬼達に対して、春風・如月・巻波・海風・江風・綾波・敷波が砲撃を喰らわせていく。
とにかく小さい敵を撃ち落としていく為、手数の多さが役に立つ。
この場合は、春風と如月、綾波と敷波が頼りだ。
「落とします!」
「如月が近寄らせないわよ!」
「よーく狙ってー!」
「悪いけどっ!」
4人を中心に砲撃をばら撒いていった事で、小鬼達は次々と爆発していく。
接近して魚雷を撃った小鬼もいたが、海面にもしっかり目を向けていた古鷹が回避の指示を出す事で、難を逃れる事が出来た。
「キャハハ………ゲハ!?」
「よーし、最後の小鬼撃破!どーだ、水母棲姫!舐めるンじゃねーぞ!」
最後の小鬼を撃ち落とした江風の言葉に対し………しかし、敵の姫クラスは笑って見せる。
そして、磯風達を見下ろし、こう言って見せたのだ。
「掛カッタワネ………罠ニ!」
「何………?」
「っ!?磯風ちゃん!左舷90度に魚雷!!躱してっ!!」
「な!?」
古鷹の警告に、左に目を動かした磯風は見る。
水中から、巨大な魚雷が迫ってきている事に。
「磯風さん!!」
咄嗟に一番近くにいた春風が、マウントしていた日傘を掴み、投げ飛ばした。
魚雷は磯風のほんのすぐ傍で、春風の投げ込んだ傘にぶつかり火柱を起こす。
だが、爆発が近すぎた事と、魚雷と爆雷を投棄する余裕が無かった事が仇となり、磯風の艤装の左半分………アームで繋がれた部分が吹き飛ばされる。
「ぐああっ!?」
「磯風ちゃん!?」
「磯風!?」
如月や巻波が慌てて火が付いた部分に海水を掛けて消火を行う。
艤装と制服を焼かれた磯風は、大破の痛みを堪えながらも状況を整理する。
「こ、これは………まさか!?」
「潜水艦!フラッグシップ級カ級が多数!?」
「何だと!?」
「アハハハハハ!」
艦娘達の中で混乱が巻き起こる。
その状況と痛みに悶える磯風の姿が滑稽に映ったのか、水母棲姫が笑い声をあげる。
攻撃機と小鬼達に構っている間に、潜水艦達が、いつの間にか磯風達を囲い込んでいたのだ。
「罠とは………この事か!?」
艤装の左右の重量バランスが崩れたのもあり、ふらつく磯風を支えるように、左側に春風が付く。
「ごめんなさい………守れませんでした………。」
「いや、轟沈しないだけ助かった………。幸い対空砲台は全部生きている。只………少し艤装に身体を預けさせてくれ………。」
春風の艤装の、凹型フレームにもたれかかった磯風は、内心かなり不味いと思っていた。
夜の潜水艦は視界の確保が難しく、爆雷を使っても撃沈が相当難しい。
ベテランの艦娘ですら、夜の潜水艦はなるべく逃げろと言われているのだ。
その強敵が複数いるのだから、絶望的と言っても過言では無かった。
実際、すぐさま他の駆逐艦娘達が爆雷で迎撃を始めているが、1隻も落とせていない。
水母棲姫は、この罠に掛かった滑稽な艦隊達を落とす事を優先したくなったのか、爆撃でなく魚雷を放ち始めた。
ふらつく磯風は、春風に引っ張られながら、何とか魚雷を躱せている状態だ。
「いい加減に………しなさいよっ!」
「趣味が悪いんだよっ!」
衣笠が加古と共に主砲を構えて水母棲姫を狙うが、射程が僅かに足りない。
近づこうにも、潜水艦に邪魔をされて上手くいかない状態だ。
「姉貴、どーすンだ!?」
「何とか潜水艦を落とすしか………!」
「爆雷足りないぞ!?」
「他に方法が無いでしょ!?」
江風と海風の会話も、聞こえてくる。
このままでは、本当に危ない。
磯風も何とか策を考えるが、頭が回らない。
「春風ちゃん!そっちに魚雷撃たれた!?」
「磯風さん、動き………っ!?」
夕張の警告で魚雷が迫ってきている事を感じた磯風は、春風の動きが止まるのを感じる。
自分の艤装が重すぎたのか?と彼女はぼんやりとした頭で考えたが、実際は違う。
2方向から同時に撃たれた事で、逃げる空間を失ったのだ。
春風は何とか3つの単装砲を連射して浮上してくる魚雷を何とか撃ち落とすが、別方向からの魚雷はどうしようもない。
「こんのーーーっ!!」
咄嗟に巻波が、アンカーになっている義腕を射出した。
その飛ばした腕は、魚雷を殴り飛ばして爆発させて、磯風の轟沈を防ぐ。
だが、その分、今度は巻波に多大な隙が出来てしまった。
「巻波ちゃん、避けてーーー!?」
如月が悲鳴を上げるが、巻波は義腕を失った事による痺れもあって、動けなかった。
更なる魚雷が迫って来て………。
「あ、まず………。」
今度こそ死ぬのかな?と思った巻波は、別方向から伸びて来た手によって思いっきり突き飛ばされる。
「う、わわ!?」
「巻波ちゃん!?」
海面を転がった巻波を如月が助けに行く。
その時、2人は見た。
雷撃による火柱に包まれながらも、冷静な瞳でこちらを見ていた人物を。
気怠そうな顔をしながらも、ふうっと溜息を付けていたその「艦娘」は………。
「初雪………さん?何で………。」
「気まぐれ。後、中破で済んでるから………。魚雷も爆雷も持ってきてないし………。」
風によって炎が消し飛び、焦げた連装砲と主機の調子を確認していた初雪の元に、慌てて敷波と綾波がやってくる。
「ちょ!?大丈夫なの!?」
「だから中破だって………。というか、あんなに怒ってたのに、優しいんだね………。」
「いや、別にそんなんじゃないし………。」
思わず顔を背ける敷波を他所に、初雪は、無線で海風と江風も呼び寄せる。
何事かと思ってやって来た2人も合わせて見た彼女は、順番に問いかけていく。
「まず、綾波と江風………雷撃得意だよね。狙った魚雷を、自分の魚雷で撃ち落とせる………?」
「勿論、出来るけど………?」
「そりゃ、鍛えられてるからな。」
「次、敷波と海風………対潜水艦得意だよね?」
「え、まあ………。」
「一応は………。」
何を言っているんだ?と感じた4人に対し、初雪はシンプルに告げた。
「じゃあ、綾波と敷波、海風と江風………。2人で1組になって………私の真似をして。」
「ん?爆雷無いんじゃ………?」
思わず疑問を抱いた敷波に対し、初雪は自分の連装砲と主機を指さしながら言った。
「昔は、魚雷も爆雷も機銃も無かった………。覚えておいて………主砲と主機だけで、潜水艦倒す方法………。」
彼女はそう言うと、綾波から探照灯を拝借して、正面から向かって来る潜水艦に鋭い視線を向けた。
夜の潜水艦達の恐ろしさを描く回。
艦娘達にしてみれば、夜の複数の潜水艦程、厄介な物はないかもしれません。
ちなみに、初雪が述べている磯波・深雪・白雪は、このシリーズに出ている艦娘では無いです。
では、一体誰の事を指しているのか?
申し訳ありませんが、今後の話をお待ちください。
それにしても、春風の日傘は本当に便利です。