もう暗くなってきた海岸でカレーを食べつくしていた磯風達は、初雪を含む、初代艦娘達の武勇伝を聞いて、不思議な気持ちになっていた。
武装も陣形も不十分な中で、ほとんど個人プレーだけで、どうにかしようとする艦娘達は、今とは全く違う戦術を見つけていた。
もしかしたら、初雪の対夜間の潜水艦との戦い方も、そうした経験の中で見つけざるを得なかったのかもしれない。
「初雪さん………昔はそんな大変な状況だったんだね………。」
「ん?まあ、生きようと思えば生きられたよ。只………私達は、実際はそこまでは恵まれて無かったのかな………。」
巻波の言葉を受けて、初雪自嘲気味に語りながら、過去を振り返る。
少しずつ彼女の瞳から、光が消え失せてきていた。
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「どうだ!このカッコいい装備は!」
ある日の事、装備品保管庫で新装備を受理された深雪は、カッコよくクルクルと回りながら、初雪・白雪・磯波の3人に見せびらかしていた。
彼女達4人が手に入れる事が出来たのは、「魚雷」。
深海棲艦が使っていた兵器を参考に、新しく作られたのだ。
「これが有れば、今まで以上に活躍できる事、間違いなしだな!」
「う、うん………でも、他の艦隊の話を聞いていると、轟沈だっけ………。やられて沈む艦娘も多いって聞くよ?」
「何だよ、怖気づいたのか?弱肉強食………だっけ?白雪が言っていた言葉。あたし達は、強いから生き残ってるんだ!弱気になったら自分が沈むぜ!」
「そうだけど………。」
磯波が不安そうにしながら言うが、深雪は聞く耳を持たない。
実際、深雪自身の言う事は尤もなのだが、磯波の言う通り、艦隊の轟沈率に付いて、少しは考えるべきであったのかもしれない。
しかし、次の言葉には、流石に深雪も驚くことになる。
何故ならば………。
「私、聞いたんだ………。何か市民の艦娘に対する不満が、最近、爆発しそうになっているって。」
「ん?何でだ?艦娘のお陰で深海棲艦を潰せているんだろ?むしろ、感謝されて当然なんじゃないのか?………白雪、何か分かるか?」
すっかり艦隊の補佐………というより、頭脳として気を配る事になった白雪に、深雪は問う。
彼女は、珍しく腕を組みながら答えていく。
「艦娘がいるから………だと思う。今までは、対抗手段が無かったから、政府とかに八つ当たりをするしかなかったわ。でも、艦娘という対応できる存在が生まれた事によって、どんな敵からも、彼女達が守ってくれると考えるようになったのかも。」
「つまり………艦娘は市民を守って………当然って事………?」
「そうなるわね。」
初雪の言葉に、白雪は頷く。
その2人の様子を見た深雪は、納得がいかないように地面を蹴る。
「何だよ!だったら、自分達も艦娘になればいいだろ!?自分勝手だな!」
「み、深雪ちゃん………市民の半分は男の人だから………。」
思わず磯波が諫めようとするが、彼女自身も納得はいって無かった。
勿論、初雪や白雪も。
思わず下を向いた3人を見て、深雪は溜息を付きながら、腰に腕を当てて言う。
「まあいいや。とにかくその文句も、あたし達が活躍すれば収まるんだろ?今夜の抜錨もやってやろうぜ!」
「そうだね………まだ、足りない物!」
「単純だけど、深雪のいい所だわ。」
「私も………ついていく………。」
リーダーシップに優れる深雪を筆頭に、新しい武装の感覚を確かめながら、4人は抜錨していく。
彼女達は、危険な状態だった。
もはや自分達にとって、深海棲艦は怖くない。
少なからず、全員そう考えていたのだから………。
――――――――――――――――――――
「………よーし、敵影発見!全員付いて来い!」
抜錨して早速、敵艦の群れを発見した深雪の号令で、4人は主砲と同時に魚雷が動くかを確認する。
基本、魚雷も確実に当てるには接近しないといけない。
だから、1人計6本ある魚雷を上手く駆使しようと試みていた。
ところが………。
「ん?何だ?」
深雪は違和感に気付く。
敵影は5隻であったが、いつもと違っていた。
重巡リ級が2隻、空母ヲ級が3隻。
それだけでもかなり強力なのだが、5隻とも、その身体が黄色く光っていたのだ。
「おかしいわ。あんな個体見た事無い。」
「どうなって………え!?」
白雪と磯波が会話をしていた所で、皆が驚かされる。
こちらに気付いたヲ級が見た事も無い、黒い攻撃機を飛ばして来たのだ。
更に、その数がいつもの倍くらいあるのだ。
「主砲で弾幕を張って!?」
白雪の言葉は滅茶苦茶のように思えたが、機銃が無い以上、主砲に頼るしかない。
しかし、元々の数に加え、後にフラッグシップ級と呼ばれる強化されたヲ級の力の前には、1人1機落とすのがやっとだ。
更に厄介な事に、攻撃機は初雪達を狙っていなかった。
一斉に鎮守府方面に………横須賀への爆撃を行おうとしていたのだ。
「おい、行ってしまったぞ!?どうするんだ!?」
「どうしようも………!」
「白雪ちゃん!避けて!?」
「え………!?」
珍しく言いよどむ白雪に、磯波の警告の悲鳴が響き渡る。
何処から敵が来たのかと思ったら………その手は水中から伸びて来た。
後にカ級と呼ばれる新しい敵………潜水艦が、その爪で、彼女の腹部を斬り裂いたのだ。
「が………っ!?」
「白雪………!?」
深く斬り裂かれた事で、白雪が口から血を吐き出し倒れる。
慌てて初雪が、彼女を曳航しようと起こすが、その顔は真っ青に染まっていた。
斬り裂かれた腹部からは、血が大量に滴り落ちており、危ない状態だ。
「深雪………!白雪が………!?」
「くそっ!?新手かよ!?あんなの見た事も聞いた事も無いぞ!?磯波、魚雷だ!」
「この………当たって!」
磯波が魚雷発射管を操作し、カ級に向けて6発一斉に放つ。
だが、潜水したカ級に魚雷は届かず、逆に相手が大量の魚雷を放ってくる。
「駄目だよ………!このままじゃ………!」
「くっ………逃げろ………磯波、初雪!」
「え!?」
「あたしが何とかする!先に逃げろ!!白雪を早く鎮守府へ!」
深雪が、磯波と初雪に叫びながら、主砲を乱射しまくる。
重巡リ級2隻と潜水艦カ級が迫ってくる中、深雪は敢えて突撃していった。
「白雪を頼むぞ!早………うわあああああああ!?」
初代深雪の最期はあっけなかった。
接近しすぎた故に、リ級とカ級の魚雷を避けられず、自分の魚雷の引火と合わせて、派手に火柱に包まれて、絶叫と共に轟沈したのだ。
その凄まじい最期を見た初雪は、固まる。
「み、深雪………。」
「逃げよう、初雪ちゃん!!」
しかし、そこに磯波が駆け付けると、反対側から初雪と一緒に瀕死の白雪を曳航していく。
リ級が砲撃を仕掛けてくる中、とにかく磯波は初雪ごと白雪を引っ張っていく。
「に、逃げるって………深雪が………!?」
「逃げないと………!逃げないと深雪ちゃんの死が無駄になるよ!!魚雷を捨てて!白雪ちゃんを庇って!!」
いつもの気弱な姿がウソのような剣幕で、初雪に命令をする。
そして、元々機械に強い能力を活かし、白雪の魚雷発射管も解体して海に捨てる。
「死………深雪が………。」
「ボーっとしないで!早………ぐっ!?」
「磯波………!?」
磯波が痛みに呻く。
リ級の砲撃が、足の主機を掠めて血が出たのだ。
それを見た初雪は、我に返り、無我夢中で進みだす。
だが、砲撃は彼女にも襲い掛かる。
背中の艤装に砲弾が当たったと思ったら、嫌な音と共に、煙が噴き出す。
「か、艤装の缶が………く………!」
磯波と初雪は、それでも白雪を曳航しながら進んでいく。
敵艦はもう、砲撃も雷撃もしなかった。
目的は達成していたし、それに………どの道、3人に待つのは死しか無かったのだから。
――――――――――――――――――――
夜の海を、必死に鎮守府に向けて進んでいた磯波・初雪・白雪の3人は、どんどんスピードダウンしていた。
速く鎮守府に付かないと白雪が危ないのに、どうしようもない。
磯波は主機がダメになってきているし、初雪は艤装その物がダメになって来ているのだ。
「あ………。」
やがて、初雪が海面にうつ伏せで倒れる。
艤装に限界が来て、力を失い始めていたのだ。
このままでは、やがて彼女も沈むだろう。
「もう………駄目だ………ごめん、磯波………白雪を………。」
「………私も、もうダメみたい。」
磯波の方を見たら、彼女の脚が沈み始めていた。
曳航している白雪の主機が無事だったので、彼女にしがみ付く形で持っているが、もう進む事は出来ない。
彼女もまた、暗い海の上で最期を迎えようとしていた。
「じゃあ………このままじゃ………3人共………。」
「深雪ちゃんと同じ運命だね………はは………。」
「磯波………?」
少しずつ沈んでいっているのに、磯波は笑っていた。
笑うしか無かった………とも言えたのかもしれない。
「何か………もう悲しさや悔しさを通り越して、自分が馬鹿みたいだよ。お父さんとお母さんの仇、討ちたかったのに………出来た事なんて、深海棲艦をちょっと沈めただけ。」
「そう………だね。華やかな生活………待っているなんて………甘い考えだった………。」
「どこで道を間違えたのかな?艦娘になろうとした事?違うよね………深海棲艦さえ出なければ………私達はもっと………!」
呪詛の言葉を吐く事しか出来ない磯波であったが、その行為すらも、人生の敗者である事を痛感させてしまう。
初雪に至っては、もうどうでも良くなっていた。
只、艦娘になる前からのこれまでの人生全てに、疲れてしまっていた。
このまま目を閉じたら、安らかに眠れるのだろうか?
そう思った時であった。
「じゃあ………少しだけでも………運命に逆らって………みる………?」
「白雪ちゃん!?」
もう膝まで海水に浸かっていた磯波は、見た。
棒立ちになりながら、腹から血を流していた白雪が、血を吐きながらであったが、喋り出したのだ。
彼女は、ゆっくりとだが………話し出す。
「以前………資料で見たの………。吹雪型の………艤装は………吹雪型で………替えが効くって………。」
「それって………。」
「磯波ちゃん………機械直すの………得意でしょ………?私………もう助からないから………。だから、私の主機………磯波ちゃんに………渡せば………。」
「生きられるって事!?」
一瞬だが、磯波の顔に光が差した。
だが、すぐに彼女は考え込む。
そして、何かを白雪に耳打ちする。
彼女は………しばらく迷ったが、頷いた。
(何の話をしているんだろう………?)
艤装の力を失っている事で、意識が朦朧としていた初雪は、まどろみに包まれる。
いよいよ自分の最期が迫っているのだろうな………と思った。
「いいよ………「選択権」は………磯波ちゃんに………あるから………。」
それが、意識を失う前に、最後に初雪が聞こえた言葉であった。
――――――――――――――――――――
「………ちゃん!初雪ちゃん!」
「ん………?」
揺り起こされる感覚と共に、初雪は目を覚ます。
彼女は、夜の海上に突っ伏していた。
顔を上げれば、そこには吹雪が必死になって彼女を起こそうとしていた。
「吹雪………?」
「良かった!目を覚ましたんだね、初雪ちゃん!」
「何で吹雪が………?吹雪も沈んだの………?」
「え?何を………。」
首を傾げる吹雪を見て、初雪は起き上がって周りを見渡す。
そこには、初雪と吹雪の2人しかいなかった。
白雪も、磯波もいない。
「ねえ、初雪ちゃん。今鎮守府が大変な事になっていて………。何があったの?深雪ちゃんは?磯波ちゃんは?白雪ちゃんは?」
「えっと………。」
訳が分からなかった初雪は、吹雪に事情を話した。
一通りの説明を受けた吹雪は、しばらく黙り込んだ。
そして、初雪の両肩を掴むと説明を始める。
「初雪ちゃん………落ち着いて聞いて。多分、白雪ちゃんも磯波ちゃんも………もう、轟沈している。」
「え………?何で………?だって………磯波は、白雪の主機で………。」
呆然とした初雪の言葉に、吹雪は目を閉じて首を振って背中の艤装を指す。
「缶が直っている感覚があるよね?その缶は………多分、白雪ちゃんの物だよ。」
「どういう………。」
「磯波ちゃんは………白雪ちゃんの缶と、初雪ちゃんの壊れた缶を交換したんだよ………。」
「缶を………!?でも、だったら磯波だって………!?」
「沈んでいく磯波ちゃんに………2人分の艤装を交換している余裕は無かったんだよ………。」
「……………。」
選択権。
気絶する前に、そう白雪が言っていたのを初雪は思い出す。
仮に磯波が、自分の主機から交換しようとしたら、その間に白雪は海の底に沈んで、缶を取り出す事は出来なかっただろう。
そして、初雪の缶から交換した場合、壊れた缶を移された白雪も沈む運命なので、主機を交換している余裕なんて無い。
つまり磯波は、あの瞬間に天秤に掛けたのだ。
自分の主機を直して、自分が生き残るか。
或いは、初雪の缶を直して、初雪を生かすか。
彼女が選び取った道は………後者であった。
「何………で………。」
初雪の目から、涙が出て来る。
初代白雪と初代磯波は、初雪を生き永らえさせて、共に初代深雪の元に沈んでいった。
3人共、結果的に初雪だけは沈めまいとして、自ら犠牲になったのだ。
それを自覚した瞬間、初雪は顔を掻きむしる。
「うわあああああああああああ!!」
「は、初雪ちゃん!?」
制止しようとする吹雪の声も聞かず、初雪は海の上で暴れる。
そして、寡黙な彼女としては、信じられない位の大声で、叫んだ。
「深雪っ!白雪っ!磯波っ!………何で!!私を!!生き残らせたんだよおおおおおおっ!!」
その言葉に答えてくれる友は………もういなかった。
変に思うかもしれませんが、小説を書いていると筆が勝手にひとりでに動く事があります。
その結果、自分の想像以上の展開に、無意識に持ち込む事も有り得るんですよね。
今回の話は、最初から想定していた内容でしたが、あまりの話に自分で涙が出ました。
初雪にしてみれば、3人の初代艦娘達の犠牲の上で生きている事になります。
どうも自分は、生死を分かつ要素や、死生観を描く事が多いみたいですね。
過去話は、後ちょっとだけお付き合い下さい。