「そう………私達が眠っている間に、そんな事があったんだね。」
数日後………初代深雪、初代初雪、初代磯波が沈んだ海の上で、皆に見守られながら、花束を浮かべる艦娘がいた。
船渠(ドック)でずっと眠っていた磯波………現在、「磯波」という名前を受け継いでいる艦娘である。
水母棲姫を撃沈し、初雪と敷波と海風が大喧嘩を終えて夕方に帰投した際に、丁度、青葉や浦波と共に、目を覚ましたのだ。
意識を回復させた彼女達は、文字通り飛び起きる羽目になった。
何故ならば、敷波を始め、海戦よりも大喧嘩でボロボロになった艦娘達が複数人いたのだから。
とにかく、船渠(ドック)を譲った事で、全員、身体的な傷は癒す事は出来た。
心の傷は………埋まらなかったが。
「磯波は………「私の友達の磯波」の事、どう思った………?」
献花をした磯波の後ろから、その心の傷を一番抱えている艦娘である、初雪が静かに聞いてくる。
振り返った彼女は、正直にこう答えた。
「とても純粋で、勇敢だと思ったよ。」
「本当に………?」
「うん、本当に。勿論、初雪ちゃんの友達の、深雪ちゃんや白雪ちゃんも。」
「………ありがとう。」
嘘偽りの無い言葉を受け、初雪は素直にお礼を言う。
その上で、彼女は後ろに控えていた青葉に聞いた。
「青葉さん………3人の事は、どうなるのでしょうか?」
「青葉達全員、事情聴取は受けるだろうね。でも、機密レベルが高いから、秘匿されるかな。横須賀の共同墓地にあるお墓は撤去されないと思うよ?」
新聞記者としての一面を持つ青葉は、深海棲艦になってしまった3人の扱いが今後どうなってしまうのか、素直に自分の意見を答えた。
幸か不幸か、3人が艦娘の根幹を揺るがすような存在になった為に、一部の提督や上………大本営で隠蔽される事になると、青葉は考えたのだ。
「悲しいけど、世の中、知らない方が得する事も多いからね。そこに駆逐艦並に果敢に挑んでいくのは、マスコミの恐ろしさなんだけど。」
「そうですか………。」
「まあ、まずは目の前の事から解決するべきだよ。初雪ちゃん………青葉達が起きてから、磯風ちゃんとまともに会話してないよね?」
「鋭いですね………。」
実は、今回の献花には、磯風率いる第二十五駆逐隊は同行していない。
彼女達は、今頃、泊地防衛という名目で、岸波率いる第二十六駆逐隊と共に、佐伯湾泊地で留守番をしていた。
初雪と磯風は、あの海戦からまともに会話出来ていない。
両者共に、気まずいのだ。
「一応、新聞記者の側面があるからね。観察眼は、少しは持ってるつもりだよ。で………さっきの話を聞く限りだと、一方的に殴っちゃった為に、会わせる顔が無いわけだ。」
「はい………。」
海戦が終わった後、感情のコントロールが出来なくなった初雪は、滅茶苦茶に磯風を殴りまくった。
敷波と海風のお陰で、最悪の事態だけは避けられたが、それでも引きずってしまっているのだ。
「助けに来てくれたのに………八つ当たりして………一応、謝ったけれど………怒っているのか………逃げて行って………。」
「あー、それは、多分怒ってるんじゃなくて、磯風も初雪に会わせる顔が無いと思っているんだ。」
「どういう事………?」
初雪は、声の主………敷波を見る。
彼女は、少し悩まし気に腕を組んで曖昧に答える。
「磯風にもさ………トラウマとかあるから………。」
「もしかして………それって………。」
周りの目を気にした初雪は、そっと敷波に近寄り、耳打ちをする。
あの海戦の時に、磯風が初雪に打ち明けた内容を。
過去に犯してしまった業を。
「うん………多分、それで合ってる。」
「……………。」
本来、磯風の罪は、今泊地にいる艦娘の中だと、第二十五駆逐隊で同部屋である春風や、第二十六駆逐隊の面々しか知らないはずだ。
しかし、敷波は以前、呉で岸波からその罪の内容を聞いていた。
だから彼女は、沖波関連の事を、全て把握していたのだ。
「まあ………ぶん殴られる覚悟で、思い切って話しかけてみたら?大喧嘩になったら、また気のすむまで加わってあげるからさ。」
「そう………だね………。ありがとう、敷波………。」
「何か随分、素直になったなぁ………。」
海風と共に大喧嘩をした影響なのか?と考える敷波に対し、初雪は静かに顔を上げて泊地を見据えた。
――――――――――――――――――――
「はぁ………。」
一方、磯風はというと、ここ数日、ずっと海岸に座り込み溜息を付いていた。
明らかに、いつものような覇気が無い。
これでは、横須賀に来た当初のような状態に逆戻りであった。
「磯風………貴女の気持ちは痛い程分かるけれど、過去は戻ってこないわよ。初雪先輩の事は………。」
「分かっている、分かっているんだ………!だが………私は………私の力では結局………!」
岸波がやって来て、隣に座って話しかけるが、磯風は頭を抱えて呻いてしまう。
どうしても、あの泣きながら殴り掛かって来た初雪の顔が、思い出されるのだ。
やり切れない表情をした、あの顔が。
「私は悔しい………!初雪を救えなかった事が!あの4人の想いは………これでは………!」
「やっぱり………優しいんだね………。こんな艦娘の為に………苦しんでくれるなんて………。」
前から掛かって来た声に、磯風はハッとなって顔を上げる。
そこにはいつの間にか、敷波に背中を押される形で、優しい顔をした初雪が戻ってきていた。
「うわっ!?」
「ストップ。」
思わず、反射的に磯風は逃げ出そうとしてしまうが、色々悟った岸波が、強引に肩を押さえつけてその場に押し留める。
結果的に腰を抜かす形になった磯風の前に、初雪が片膝を付いて視線を合わせる。
「まず、ゴメン………詳しい経緯は、敷波から聞いた………。」
「………だったら分かるだろう?磯風が………只の口先だけの艦娘だった事。」
「ううん………そうは思わない………。磯風のお陰で………あの3人は………最期に艦娘に戻れたから………。」
磯風の身を挺する行動があったからこそ、初雪の友である3人は、最期に本当の姿に戻れた。
自身を犠牲にしてでも、初雪を生かしたいと願った、あの誇り高い姿に。
「磯風………3人は、私に答えを教えてくれたよ………私に前を向いて欲しいから生かしたって………。だから………アレが最善だったんだよ………。」
「……………。」
「磯風は………満足しないかもしれないけれど………これだけは言わせて………。本当にありがとう………。」
「私………は………。」
磯風は膝を抱えて、顔を埋める。
初雪の言葉を聞いて、磯風はようやく理解する。
納得していないのは、結局の所、自分なのだと。
嘗て、岸波が沖波の残留思念と邂逅した時と同じで、自分自身への許せなさが、尾を引いているのだと。
「私は………迷ってばかりだな。」
「私もだよ………。艦娘って………難しいね………。」
「じゃあ、その艦娘がどう思われているか、再確認してみる?」
泊地の方から聞こえて来た声に、磯風や初雪達は立ち上がる。
見れば、佐伯湾の提督が、1組の親子3人を連れて来ていた。
「すみません………。この子が、どうしても艦娘に会って、言いたい事があるそうで。」
頭を下げた父親が、息子である子供の背中を押す。
子供は、物珍しそうに艦娘を見ていたが、やがて輪の中心にいた初雪達の元へとやってくる。
「ねーねー、おねえちゃんが、わるいしんかいせいかんをやっつけてくれたの?」
「私………?それは………。」
言いよどむ初雪の反応を待つ事無く、子供はニンマリと笑って、言葉を発する。
「ありがとう!ぼくたちをまもってくれて!ぼく、しょうらい、つよいかんむすのてつだいをしたいんだ!」
「そう………そうだね………。」
初雪は、なるべく優しい顔をすると、子供の傍に行き、身を屈め、視線を合わせる。
そして、静かにこう告げた。
「じゃあ………覚えてあげて………。君達を守る為に………とても強い艦娘達が、居たという事を………。」
「おねえちゃんたちのほかにも?」
「うん………。ずっと昔から………私達はそうやって協力して………皆を守って来たから………。」
「わかったよ!おぼえておく!」
本当の意味は、多分理解していないだろう。
それでも、初雪は少しだけ笑みを浮かべると子供の頭を撫でた。
子供は親の元に戻って行き、親は初雪達に頭を下げて、提督に連れられて戻っていく。
その姿を見送りながら、初雪は呟いた。
「意味………あったんだよね………。青葉さん達の奮闘も………磯風達の戦いも………私の友達の犠牲も………全て………。」
「初雪………。」
「私………もう少しだけ………本当にもう少しだけど………人間に希望を持っていいかな………?艦娘として生かしてくれた、みんなの為にも………前に進んでも………いいよね。」
「ああ………。私も………そうしたいな。」
初雪と磯風は、沖合を見る。
静かに波が打ち寄せる青い海は、艦娘達を、優しく見守っているようであった。
――――――――――――――――――――
その夜、執務室には明かりが灯っていた。
中では提督が、今回の襲撃に関する資料を纏めていた。
いつも手伝いをしてくれている玉波や涼波は、もう休んでいる時間だ。
その部屋が、ノックされた。
「どうぞ。」
「失礼します………。」
中に入って来たのは、初雪。
秘書艦である彼女は、静かに提督を見た。
その目線を受け、佐伯湾の提督も書類仕事を止めて、初雪を見る。
「………決めたのね。」
「まだ………何も言ってないけど………。」
「一応、それなりに長い付き合いだから、言わなくても分かるわよ。みんなには言ったの?」
「能代さん達には、もう伝えた………。迷惑ばかり………掛けていたけれど………みんな、送りだしてくれた………。」
「そう、なら私からは何も文句は無いわ。」
佐伯湾提督は、初雪の元に行くと敬礼をする。
初雪も答礼をした。
「今までありがとう。つまみ出されたら、戻って来なさい。」
「こちらこそ………ありがとうございます、司令官。行ってきます………。」
初雪はそう言うと、「最後の仕事」として、提督の書類仕事を手伝いだした。
――――――――――――――――――――
翌日、磯風達は共に戦った仲間達に、別れを告げようとしていた。
岸波、舞風、望月、山風、薄雲、朧、初霜の第二十六駆逐隊の7人は、近海警備も兼ねて、海路で呉まで戻る事になった。
一方で、衣笠、青葉、古鷹、加古、綾波、敷波、磯波、浦波は、病み上がりの青葉達の都合もあり、海風、江風、夕張が運転してきたトラックで呉まで送られる事になっていた。
3人は、その後に佐世保まで戻るらしい。
見送りには、提督を始め、能代、天城、山汐丸、玉波、涼波が出てきてくれていた。
だが………。
「ん?見送りに、初雪の姿が居ないな?寝坊か?」
「初雪ならば、もう来るわ。」
振り向いた能代の視線の先を見て、磯風達は驚く。
彼女は、荷物を海風達に渡して、トラックに詰め込んでいた。
「何だ?佐世保に転籍になったのか?」
「んー………。転籍はするけれど、佐世保じゃなくて横須賀かな………?どうせ、如月や巻波の荷物も移すんでしょ?だったら、ついでにって………。」
「そうか。横須賀………ん!?」
そこまで来て、磯風は思わず固まる。
まさかとは思うが………。
「お、おい………初雪………!?」
「私なりに色々考えたけどさ………、第二十五駆逐隊に厄介になろうって思ってさ………。司令官には転籍の手続き、もう済ませて貰ってるから………。」
「待て待て!?嚮導艦の知らない所で、勝手に移って来るのは、欠番の駆逐隊の伝統行事か!?」
思わず身を引いた磯風に対し、トラックに乗っている敷波や海風はクスクスと笑っており、その伝統行事を何度も味わっている岸波は、思わず大袈裟に溜息を付いていた。
一方、トラックに荷物を詰めた初雪は、磯風の元に行くと真剣な顔で告げる。
「磯風はさ………トラウマを抱えている自分の事、弱い艦娘だって思ってるんだろ………?」
「ま、まあ、違わないが………。」
「だったら、支える仲間………多い方がいいじゃん。恩返し………させてよ。」
「……………。」
最後の言葉が本音だと理解した磯風は、思わず後ろを振り返り、艦隊の戦友達を見る。
春風は優しく笑みを浮かべており、如月はいたずらっぽく含み笑いを浮かべており、巻波は目を輝かせている。
この短期間に、一気に4人も戦友が増えるとは思っていなかった。
だが………。
「責任は………取らなければならないか。」
「そういう事………じゃあ、宜しく。」
初雪は、グータッチをしてくる。
彼女と拳を合わせた磯風に、自然と笑みを浮かんだ。
絆とは、こうやって培っていくのだと。
戦友とは、こうやって増えていくのだと。
自身はトラウマを克服しきれない弱さを抱えた艦娘ではあるが………、それでも、皆と一緒に前に進んでいこうと、改めて思った。
そうやって生きて覚えてくれる者がいる限り………居なくなった者達の想いも、ずっと消えはしないのだから。
初雪が、正式に第二十五駆逐隊に加入です。
これで、艦隊が5人になって、ようやく輪形陣が使えるようになりましたね。
6人目のメンバーは既に決めていますが、それが誰かなのかは、まだ秘密です。
この話を書いている時は、丁度艦これアニメの2期の5話を見ていた頃になります。
ですので、最後の文章は、アニメの磯風と浜風の会話を元に書き上げました。
生きている者と失われた者との死生観を描く上では、大切な事ですよね。
余談ですが、書いてるとより好きになる艦娘が出て来るって、執筆者あるあるかも。