嵐・野分・舞風の3人は霧の中、夜の海を航行していた。
当然、命令違反での無断出撃である事は把握している。
だからこそ………野分は言った。
「嵐………やっぱり戻ろう。こんなのは良く無いよ。」
「ダメだ。昼間の萩の言葉、のわっちも聞いただろ?アイツは、俺達を沈めたがっている。だからこそ、俺達が………俺が何とかしないといけない。」
「だったら、みんなの力を借りよう。岸波とか曙さんとか、横須賀のみんなとか………。」
「他の艦娘に頼んだら萩を沈めてしまうだろ!?萩は助けを求めてるんだ!萩を………救わないと!」
頑なに首を振って撤退を拒む嵐の姿を見て、野分は溜息を付く。
その様子を見ながら舞風は思う。
今の嵐は狂っていると。
でも、それを止められない自分達もいる。
何故ならば、舞風や野分にとっても萩風は大事な第四駆逐隊の仲間だから。
望みは薄くても助けたいと願っている自分達が心の何処かにいる。
(私達も………狂ってるのかな………。)
こんな姿を嚮導艦になってくれている曙に知られたら握り拳でぶっ飛ばされるだろう。
いや、帰還したら確実にぶっ飛ばされる。
それでも………。
(止められないよ………私達………嵐を………。)
心の中で泣きたくなった舞風は、電探に何かの反応を察知する。
「フフ………フフフフ………。」
『!?』
深海の底から響き渡る声と共に重巡ネ級が2隻、エリート級戦艦ル級が2隻、そして萩風………いや、駆逐水鬼が現れる。
その顔は何処か滑稽な物を見るように嵐達を嘲笑っていた。
「は、萩………悪かった。俺の不注意でお前をこんな姿にしてしまって………。」
「嵐………反省シテクレテイルノ?」
「当然だ!だから戻ろう、萩!もうこんな事をする必要は無いんだ!」
手持ち武器の高角砲を降ろし、両腕を広げて必死に説得をする嵐に対し、駆逐水鬼は笑顔を浮かべ………艤装の右腕に付いた連装砲を嵐に向けた。
「ダッタラ………オ前ガ沈メ、嵐!」
ドゴンッ!
しかし、その右腕に砲弾が当たり、嵐に向けた砲撃が邪魔をされる。
駆逐水鬼はその主を燃えるような瞳で睨みつけた。
「の、のわっち………?」
「ゴメン、嵐。流石にこれ以上はもう許容出来ないわ。そこにいるのは萩風じゃない。」
「野分………オ前ハ私ヲ沈メルノカ!?」
「お前はもう深海棲艦だ。仲間を沈めようとするのならば………やってやる!」
手持ちの高角砲だけでなく、右のアームの高角砲と左のアームの魚雷を向ける野分に、嵐だけでなく舞風も動揺する。
「だ、ダメだ!のわ………!」
「お前のせいで嵐は狂った!第四駆逐隊はおかしくなった!その償い、してもらう!!」
止めようとする嵐を無視して野分は主機を唸らせる。
周りの護衛は強力だが、旗艦である萩風もどきを沈めればチャンスがあると考えたのだろう。
しかし、そこでパチンと駆逐水鬼は指を鳴らす。
すると、野分の右方から何かが波を立てて来る。
「のわっち!魚雷!?」
「な!?」
舞風の警告に咄嗟に反応したのか、野分は魚雷を破棄するがそれが精一杯だった。
魚雷は野分の主機に当たり、火柱が彼女を包む。
大破させられた彼女はアームをボロボロにして片膝を付く。
「のわっち!?」
「せ、潜水艦………!?昼間から増援を呼んでいたなんて………。」
舞風が咄嗟にソナーで調べると、エリート級カ級が潜んでいた。
索敵ミスに落ち込む前に、駆逐水鬼の笑い声が響き渡る。
「アハハハハハ!暗イデショ!?見エナイデショ!?怖イデショ!?」
「止めてくれ!萩!………頼むから!頼むからっ!」
「嵐………オ前ハ最後ニシテアゲル。マズハ………。」
「………ひっ!?」
懇願する嵐を無視して駆逐水鬼は舞風の元に向かう。
恐怖で棒立ちになった彼女に対し、敵艦はゆっくりと傍まで進んでくる。
「に………逃げて、舞風!」
動けなくなった野分が必死に叫ぶが、舞風は蛇に睨まれた蛙のように動けない。
駆逐水鬼は左腕の魚雷発射管を舞風に向ける。
もしもそれを喰らったら………。
(わ、私………!)
舞風の頭の中に「艦」としての………トラウマになっている記憶がフラッシュバックする。
轟沈という名の恐怖。
それが………舞風を呑み込んだ。
「い………いやあああああああああ!?」
「ギャアアアーーーーーーーーーッ!?」
「え………?」
我に返った時、舞風は呆然としていた。
駆逐水鬼は、魚雷が誘爆して炎上する左腕を振り回して、必死に火を消そうとしている。
舞風は悟った。
死にたくないという本能から、彼女は咄嗟に手持ちの高角砲で駆逐水鬼の魚雷発射管を撃ちぬいてしまったのだと。
「あ………ああ………。」
舞風には嵐のように何が何でも萩風を救おうという想いは無かった。
野分のように何が何でも萩風を沈めようという覚悟も無かった。
中途半端な気持ち故に………次の行動が取れなかった。
「舞風ーーーーーッ!!」
怒りに燃える駆逐水鬼の巨大な右腕が振りかぶられる。
それは、舞風の顔面に炸裂しそうになり………。
ゴキッ!!
「ぐ………ああああああっ!?」
「!?」
その鉛のような拳は、割って入った影の咄嗟に防御用にかざした左腕に当たり、あらぬ方向にへし折ってしまう。
舞風を咄嗟に庇ったのは………岸波であった。
「き、岸波!?」
「こ………攻撃開始!撃てーーーっ!!」
焼けつくような痛みを堪える岸波の叫びに、様々な砲が駆逐水鬼に炸裂する。
見れば、岸波の後方から吹雪・初霜・那珂の3人が一斉に砲撃を開始していた。
「間に合った!?」
「今から加勢に入ります!」
「3人とも、後でお仕置きだからねー!」
「ジャマヲスルナーーーッ!!」
煙を上げながら怒りに燃えた駆逐水鬼の指示で、5隻の随伴艦が一斉に動き出す。
岸波が動けなくなってしまった為に陣形を保てなくなってしまったが、3人共臆する様子は無かった。
水中からカ級が先制で魚雷を放つが、3人のベテランの艦娘達は夜の海に発生した高波を利用して華麗にジャンプ。
魚雷を飛び越えて回避し、潜水艦の上を通り過ぎていく。
「爆雷、投下します!」
そして吹雪だけが反転すると、背中の艤装から爆雷を撃ち上げ水中へと落としていく。
たちまち、派手な爆発が起き、潜望鏡や髪の毛が浮き上がって来た。
「さー、握手の為にも整列してね!」
那珂は左腕の4門の単装砲から、動きを制限させる夾叉弾を重巡ネ級2隻に放ち、真っ直ぐに整列させて動きを止めると、電光石火の如く接近して、先頭の巡洋艦の顔面に、零距離から右肩の高角砲を炸裂させて沈めていく。
「覚悟は………出来ていますね!」
初霜は戦艦ル級から繰り出される砲撃を蛇行して回避しながら1隻に肉薄し、両手に持った高角砲を交差させて至近距離から盾のような腕を砲弾で弾き飛ばすと、下がりざまに右腰の3門の魚雷を無防備になった急所に叩きこんでいった。
あっという間に減っていく僚艦の姿に、駆逐水鬼から完全に余裕が消える。
敵旗艦は、舞風の前でうずくまる岸波を睨みつけて叫んだ。
「貴様、貴様、貴様ーーーッ!!」
「………悪いわね。舞風を守ってくれって、野分と約束したのよ。」
「岸波………!?」
脂汗を滲ませながらも不敵な笑みを浮かべた岸波は痛みを堪え立ち上がる。
駆逐水鬼は左の魚雷発射管を再生させながら、もう一度右の巨大な拳を振るおうとする。
岸波は、今度は右手に備えた連装砲で迎撃しようとするが………。
「ッ!?アアアアアアーーーッ!?」
「何………?」
だが、ここで駆逐水鬼に変化が起きた。
敵艦は生身の両手で頭を抑え込むとぶんぶんと左右に振る。
そして、その手が離れると………その吊り上がった目が下がり、見る見るうちに悲しみに満ちる。
「………シテ。」
「え?」
「………私ヲ殺シテ。」
「!?」
岸波は見る。
その駆逐水鬼の表情は、写真で見た萩風の優しい顔にそっくりだったのだ。
何処か奥手で困ったような………しかし、今は涙を流し悔恨に満ちている表情。
それは嵐も野分も、そして舞風も分かったのだろうか?
呆然とした顔で各々が呟く。
「萩………風………?」
「私………モウ殺シタクナイ。デモ、モウ戻レナイ………。」
「貴女………。」
「オ願イ………私ヲ殺シテ………。私、大切ナミンナヲ殺シタクナイ………。舞風ヲ………野分ヲ………嵐ヲ………殺シタクナイ………!」
「……………。」
「オ願………ウァァァアアアーーーッ!?」
「萩!?萩ーーーっ!?」
嵐が思わず涙を流しながら叫ぶが、再び萩風は………駆逐水鬼は苦しみだす。
その姿を見た岸波は、右手の連装砲のグリップを口に銜えると、右手で骨が折れた左腕を掴み引っ張る。
「ちょ!?岸波!?」
ベキッ!!
「ーーーーーっ!!」
岸波は何と、折れた左腕の骨を無理やり「直して」くっつけたのだ。
あまりに無茶苦茶な即興の治療方法に、傍で見ていた舞風は思わず腰を抜かして尻餅を付いてしまう。
「沈メ!沈メーーーッ!!」
「っ!!」
また目を吊り上げ狂気の顔をさらけ出した駆逐水鬼は、今度は再生した艤装の左腕の魚雷発射管で殴りかかろうとする。
それに対し、岸波は咄嗟に直した左腕で、後ろの舞風の魚雷発射管のアームを艦娘の怪力でへし折ると、ハンマーのように振り回し相手の艤装の左腕に叩きつける。
「ギャアアアアアーーーッ!?」
舞風の4発分の魚雷と自身の魚雷発射管の魚雷の爆発を一度に受ける事になった駆逐水鬼はまた腕が吹き飛び、接続部から激しい黒煙を噴き上げる。
岸波はゆっくりと舌を噛まないように銜えていたグリップを右手に再び持ち直すと静かに駆逐水鬼に………萩風に告げた。
「萩風………貴女は私が沈めてあげるわ。この………「姉殺し」の岸波が!!」
そう叫ぶと岸波は主機を全開にして駆逐水鬼に突っ込む。
駆逐水鬼は下がりながら艤装の右腕の連装砲を撃ってくるが、岸波はジグザグに回避をすると左膝にセットされた魚雷発射管を左手で掴み、敵艦の右腕に投げつける。
そして、即座に連装砲を叩きこんで起爆させる。
「ガァァァーーーッ!?」
右腕が吹っ飛んだ駆逐水鬼は絶叫しながらも左腕の魚雷発射管を再生させようとする。
だが、その発射管は中途半端にしか再生しなかった。
度重なるダメージで再生能力が失われていたのだ。
「喰らえっ!」
岸波は右膝の魚雷発射管も左手で掴み、中途半端に再生した駆逐水鬼の左腕に投げつけると同じように連装砲で起爆させる。
再び絶叫が起こり、駆逐水鬼の艤装の腕が完全に吹き飛んだ。
「もう………もう、止めてくれ!岸波!萩はもう………!」
「ダメだよ!時間が経てば再生能力は復活する!みんなを………何よりも萩風ちゃんの心を守る為にも、ここで終わりにしないといけないよ!」
思わず高角砲で止めに入ろうとする嵐を、吹雪が背後から羽交い絞めにして動きを封じる。
那珂と初霜は残りのネ級とル級を撃沈させており、舞風や野分のカバーに入っていた。
岸波は逃げようとする駆逐水鬼に対し爆雷を投げつけ、機銃を乱射して空中で起爆させて動きを止める。
そして、飛び掛かるように左手でその頭を掴むと、右手に持った連装砲を心臓に突き付けた。
「ア………!?」
「終わりに………してあげる。」
一瞬だけ………ほんの一瞬だけ悲しい顔を見せた岸波は、唇を噛みながら心臓に向けて連装砲を乱射する。
「グァアアアーーーーーッ!?」
黒い血が派手に岸波に掛かるが、彼女はトリガーを引く事を止めない。
そして、弾を撃ち尽くした所で………ようやく駆逐水鬼の頭から手を放す。
敵艦の顔は力尽きたのか、何処か呆然としたものになっていたが、やがてゆっくりと微笑み岸波を見た。
「あ………りがとう………岸波………。私………貴女のお陰で………大切な………みんなを………守れて………。」
「……………。」
「ゴメンね………舞風………野分………嵐………。みんな………大好きよ………。」
「萩………。」
最後に涙を流す嵐の姿が視界に入ったのか、身体が沈んでいく中で駆逐水鬼………萩風は彼女に微笑み………水底へと消えていく。
「萩ーーーーーっ!!」
撃沈という現実を認識した嵐の絶叫が、夜の海にこだました。