初春や長月達が攻撃機を発見する少し前、佐世保鎮守府の庁舎にある食堂では、提督が4人の艦娘を招いて食事を行っていた。
秘書艦の菊月、睦月、如月、そして巻波である。
義腕を動かす関係で、巻波は特別に艤装を背負っていたが、睦月型の3人は勿論生身だ。
豪華な昼食を前に、如月は礼儀正しく食べているつもりであったが、上手くいっているかは不安である。
また、菊月は秘書艦でありながらも未だに慣れない感じであり、睦月はいつもの砕けた調子でありながらも手が震えており、巻波に至っては、おっかなびっくりと言った様子であった。
「そんなに緊張するな。折角の食事だ。しっかりと味わうと良い。」
「司令官………多分、みんな、今の気分は金塊の山を目にして、震えている冒険者のような感じですよ?」
「素直に喜べないのか?」
「喜べたら苦労しません。」
人も艦娘も、とんでもない物を目撃すると、思考が狂ってしまう。
今はそんな状態であった。
「まあ………確かに、真面目な話をする時に食べる食事では無いのかもしれないな。」
佐世保の提督は、軽く溜息を付いた。
4人が招かれているのは、この秋に起こった事件を纏める為だ。
深海初代艦娘等、様々な言葉が出た為に、詳しい事柄を提督が知りたかったのである。
既に、海風や江風は食事会という事情聴取を受けており、二重の意味で苦しかったという感想を貰っている。
「提督………睦月、そろそろリタイアしてもいいですか?秋はほとんど寝ていたから、話せる事が無いんだけどぉ………。」
「あ、睦月ちゃんずるい!司令官、如月も悪いけれど………。」
「わ、私も!もうお腹いっぱい!」
睦月、如月、巻波がそろそろ限界に近づいてきているのを見て、提督は執務室に移ろうかと、ベルを鳴らそうとした時であった。
「………何だ?この音は?」
その提督の声に、全員が椅子から立ち上がる。
何かが飛んで来る音が大きくなって………食堂に………破壊しそこなった、深海棲艦の攻撃機が着弾し、爆発を起こした。
――――――――――――――――――――
「う………うう………。」
「大丈夫、如月!?」
瓦礫の山に埋もれていた如月は、左腕を痛めながらも、何とか巻波に引っ張り出されていた。
不幸中の幸いと言えばいいのか、巻波が艤装を装着していたので、即座に怪力を発揮し、瓦礫の撤去を行う事が出来て、救出が可能になったのだ。
「み、みんなは………?」
「大小傷を負ってるけれど、船渠(ドック)入りすれば治るレベル!………艦娘は。」
「司令官!?」
如月は腕を抑えながらも起き上がると、部屋の中央で倒れている者を見る。
そこには、睦月や菊月、それに扉の外にいた事で難を逃れた給仕達に囲まれている、佐世保の提督がいた。
菊月は、右腕をだらんと下げている所を見ると、どうやら折れている感じだ。
睦月は、比較的軽傷で、提督の傷を注意深く眺めている。
「左腕と右足に骨折の跡あり!火傷の跡多数!救急車、急いで!!」
「は、はい!」
睦月の声に、給仕達が連絡を取り合い、すぐさま救急隊員の手配が行われていく。
提督は、何処か呆然とした顔で上を見上げていた。
「やれやれ………愛人を作り過ぎたツケが今頃来たか?」
「冗談、言ってる場合じゃ無いにゃぁ!安静にして!」
「………私よりも、佐世保と街を守れ。」
「え………?」
「聞こえないのか?まだ攻撃機は飛んでいる。」
提督の言葉の通り、周囲に耳を向けると、確かに攻撃機と対空砲火がぶつかり合う音が聞こえていた。
「こんな大規模な攻撃機の数、何処から………!?」
「巻波ちゃん!提督を見ていて!攻撃機が来たら、機銃や主砲も使っていいから!」
「わ、分かった!任せて!」
「如月ちゃんと菊月ちゃんは、港に行くよ!涼月ちゃん達がどうなってるか、確認しないと!」
「確かに艤装を付けない事には、何も出来ないな………。行こう!」
その場を巻波に任せた如月達3人は、庁舎を飛び出す。
すると、空には多数の攻撃機が今も海の向こうから迫っていた。
「あ!居た!睦月ちゃん達も早く艤装を!」
「夕張さん!?」
如月達は驚く。
艤装を付けた夕張が噴進砲を撃ちながら、前線の討ち漏らしを片付けていた。
近くには、工廠(こうしょう)の人達が、3人の艤装を準備して運搬して来ていた。
すかさず、如月と睦月は装備をして単装砲と連装高角砲を空に向けて、夕張の援護に入る。
だが、菊月は右腕を骨折している関係か、艤装を付けて貰う事は出来ても、単装砲の狙いが定まらない。
「くっ………これでは、足手まといでは無いか!?」
「落ち着いて、菊月ちゃん!………夕張さん、前線の様子を見に行ってもいいですか!?」
「分かったわ、睦月ちゃん。菊月ちゃんはここで一緒にいましょう!2人は涼月ちゃん達をお願いね!」
「すまん………佐世保を頼む!」
夕張に菊月を任せた如月と睦月は、更に前へと進んで桟橋へと向かう。
そして、その光景を見て、また驚く事となった。
抜錨していたはずのセミロングの銀髪に青灰色の瞳を持つ艦娘………涼月達が、桟橋の上にまで後退していたのだ。
近くでは、時雨や海風達がとにかく空に向かって機銃等を乱射しており、金剛達や妙高達が、三式弾を何度も放っている。
それだけ圧倒的な攻撃機の前に、前線が押し戻されていたのだ。
如月は睦月に続き、涼月の元に行き、対空砲火に加勢する。
「睦月さん、如月さん!街は!?鎮守府はどうなっていますか!?」
「街はまだ無事だよ!でも、提督が重傷を負って………!」
「くっ………守れなかったとは!」
「救急車は呼んだから、これ以上の侵攻は防いで!とにかく、睦月の目が黒いうちは、街も鎮守府もやらせない!如月ちゃんも!」
「ええ!」
睦月は、睦月型ネームシップだけあって、リーダーシップに優れていた。
だからこそ、こういう時の励まし方もしっかり心得ている。
その激励を受けて、如月も負傷した左腕は痛んだが、それでもとにかく高角砲を撃ちまくった。
佐世保の艦娘達の、長い戦いが続いた。
――――――――――――――――――――
約1時間後、何とか攻撃機の山を全て迎撃した艦娘達は、その場にへたり込んでいた。
皆、疲労困憊であり、冬空の中、砲身からは熱気で煙が出ていた。
「い、一体、沖合で何があったのかしら………?」
「初春ちゃんや長月ちゃんの艦隊が戻ってこない限りは分からないにゃ………。菊月ちゃん、街や鎮守府は?」
電探を使って、後方に控えている菊月と連絡を取った睦月は、彼女の答えを待つ。
菊月は、静かにこう答えた。
「街に被害はない。鎮守府も無事だ。提督も無事に病院に搬送された。」
その言葉を受け、涼月を始めとした艦娘達に僅かながらホッとした表情が見られた。
とりあえず、一般市民に被害が出るという最悪の事態だけは避けられた。
だが………。
「そうか………ならば、電話も使えるのじゃな?至急、横須賀に繋げてくれ。」
『!?』
その電探に乗った初春の声に、皆が沖合を見て驚く。
近海警備に出かけた7人の艦娘達は、皆大破や中破をして帰って来ていた。
前回の長月のように意識不明の艦娘は居なかったが、改二艦の初春や文月、皐月も、かなりの傷を負っていた。
「菊月ちゃん!至急、船渠(ドック)入りと高速修復材(バケツ)の手配を!」
「構わん、睦月。それより電話じゃ。………わらわ達は、即座に横須賀の提督に、この目で見た事と、耳で聞いた事を伝えんといかん。………緊急事態じゃ。」
初春の真剣な言葉と負傷した様子に、如月は、思わず息を呑んだ。
――――――――――――――――――――
その30分後、横須賀の執務室には、かなりの数の艦娘が集められていた。
と言っても、重巡の摩耶と鳥海意外は、全員、駆逐艦娘だ。
まず、暁・ヴェールヌイ・雷・電の第六駆逐隊。
朝潮・大潮・荒潮・満潮の第八駆逐隊。
若干、人数が欠けていたが、曙・漣の第七駆逐隊。
更には、吹雪・初雪・深雪・叢雲の第十一駆逐隊が居た。
(何が始まるんだろう………?)
その中で初雪は、深刻な顔をする横須賀の提督と大淀を見て、只事では無いと思っていた。
やがて、静かに提督は話し出した。
「簡潔に言う。佐世保が爆撃を受けて、ピンポイントで提督が負傷して病院に搬送された。」
『っ!?』
静粛にしないといけないと思いながらも、その衝撃に思わずその場にいた全員が驚かされる。
そして、提督は更にこう加えた。
「近海警備に赴いていた初春によると、その攻撃機を飛ばしている艦隊に遭遇したそうだ。」
「………空母ヲ級ですか?」
朝潮の質問に、提督は首を振る。
「航空戦艦レ級だ。エリート級が、複数確認されたらしい。」
「数倍厄介ですねぇ………。」
荒潮が思わず考え込む中、提督は………何故か大潮を見た。
目を向けられた大潮は、首を傾げながら聞く。
「大潮の顔に、何か付いていますか?」
「いや………もう1隻、空母を飛ばしていたのは、大潮に瓜二つだったらしい。」
「え………?」
大潮はどういう事なのだろう?と考え込む。
その上で、提督は更に言う。
「そして、それを護衛する駆逐艦が2隻いたが………佐世保の睦月と時雨にそっくりだったらしい。」
ガタンッ!
誰かが膝から崩れる音が響いた。
初雪達が振り返ると、それは電であった。
彼女は、急にガクガクと手足を震わせながら、青ざめた顔で床を見ている。
慌てて暁や雷が支えながら、提督に聞く。
「し、司令官!?それって………!?」
「………「彼女達」は、初春達にこう言って去って行ったそうだ。自分達は、「初期艦」だと。」
「初期艦!?じゃ、じゃあまさか………!?」
何か思い当たる節のある雷が、電を見る。
電は冷や汗を床に垂らしながら、恐怖に満ちた表情をしている。
こんな電の姿は、誰も見た事が無かった。
そんな中、提督は最後にこう告げた。
「自分達は、電に復讐しに来たと。電の大切にしている物全てを………滅茶苦茶に破壊してやると………初春達をメッセンジャーにして、見逃したらしい。」
――――――――――――――――――――
体調不良に陥った電を、暁と雷が、執務室から連れだした後に、提督は立ち上がり、初雪達に告げる。
「今からここに集った面々は、予備を含めた艤装を持参し、羽田空港に向かって貰う。そこで、佐世保の攻勢作戦を管理して貰う代理提督と合流して、戦力として即座に働いて欲しい。」
「ひ、飛行機に乗るんですか!?」
「それだけ、時間が惜しいという事だ。」
思わぬ待遇に驚く深雪に対し、提督は静かに話す。
どうやら、想像以上に、かなり切羽詰まった状況であるらしい。
その提督に、叢雲が聞いてきた。
「………その「代理提督」は誰ですか?実績のある人でしょうか?」
「今回の奇襲を受けて、上は生存能力を重視する時が来たと言っていた。よって、本作戦では、初めて「艦娘提督」を起用する選択を取った。」
「え………まさか?」
曙が、驚いた顔をする。
提督は頷くと、静かに告げた。
「代理提督は、単冠湾泊地を収める………駆逐艦娘陽炎だ。」
その言葉に、思わず艦娘達からどよめきが起こった。
――――――――――――――――――――
「佐世保の提督が負傷して、陽炎が代理だと!?」
単冠湾泊地では、突然の事態を受けて、磯風が仰天していた。
陽炎は、秘書艦の高雄や不知火に色々と引継ぎをしながら、対応をしている。
「あそこには、今、如月や巻波がいるでしょ?だから、磯風と春風も連れてくわ。補佐は五月雨ね。本土まで抜錨して、4人で飛行機に乗って東京に向かうわよ。」
「だ、大丈夫なのか!?」
磯風は、思わず心配になって聞いてしまう。
泊地を管理している陽炎だが、いきなり鎮守府で攻勢作戦を行うのは、勝手が違うだろう。
秘書艦の経験が無い磯風でも、それだけは十分に分かった。
だが、それに対して陽炎はこう答える。
「不安が無いと言えば嘘よ。でもね………佐世保の人達は優しいわ。その場所を、深海棲艦に壊されるわけにはいかないの。」
「だ、だが………その深海棲艦は………。」
「十中八九、電の知り合いね。だけど、身勝手な主張と爆撃から街を守りたいって想いは、艦娘みんな一緒のはずよ。………違う?」
「陽炎………。」
磯風は電に恨みを持っている深海棲艦の話を聞いた時、初雪の友であった初代艦娘達を思い出した。
陽炎も提督なのだから、そこら辺の事情は知っているだろう。
だが、それを踏まえた上でも、彼女は立ち止まるわけにはいかない。
今、佐世保を統べられる者は、陽炎しかいないのだから。
「陽炎、私は………。」
「磯風、この手を見て。」
陽炎は、自分の手を差し出して言った。
その手は………細かく震えていた。
「ハッキリ言って怖いわ。私の手腕で街の運命が掛かってる!投げ出せる物ならば投げ出したい!」
「………そうだな。」
「だけど、私が投げだしたら、それで佐世保はお終いよ!みんなが火に包まれる未来しか見えない!だから、お願い………。」
最後は消え入るような声で、陽炎は妹艦に言う。
磯風は、静かにその手を………震える手を握った。
「すまない、陽炎。………私は提督がどういう物かを、理解しきれていないみたいだ。」
「ええ、全くね。」
「それでも………この緊急事態を乗り切るために………、私達で良ければ協力する。遠慮なく言ってくれ!」
その手を力強く温めるように両手で包んだ事で、陽炎の震えが僅かながら落ち着く。
彼女は、ふうと溜息を付き、心を落ち着かせると、磯風に告げた。
「………ありがと、磯風。食事以外は、頼りにさせて貰うわ!行くわよ!」
「一言余計だ!………付いていくぞ、佐世保に!」
2人は執務室の外に出て艤装を付けると、先に抜錨準備をしていた春風と五月雨と合流する。
そして、泊地の皆に見送られながら、南下していった。
というわけで、事態が大きく動き出しました。
前回の話と照らし合わせて考えると、謎の敵の正体が少し分かるかもしれません。
この小説では、艤装を背負っていると筋力等に補正が掛かる設定があります。
そのお陰で、あの食堂の面々では、巻波だけは即座に動けたわけです。
さて………皆様の応援のお陰でこの話も90話です。
まだまだ話は続きますが、お付き合いして貰えると有り難いです。