「何ていうか………厳しいなりにも、幸せな空間は見つけていたんだな。」
「はい………電は間違いなく幸せ者でした。」
初期艦8人の独特の絆を聞いた磯風は、電が紡ぐ偽りの無い話を受けて、疑問に思う。
それだけの絆を持った艦娘が、深海棲艦になったとはいえ、電を憎悪する理由が。
初雪の時も、敵になった初代艦娘達は、仲間意識は失っていなかったというのも、磯風の頭にあったからだろう。
純粋な想い故に歪められる可能性………それが、磯風には分からなかった。
「でも、どういう事なんだ………?電達が疑わなかった………その、ヤバい可能性っていうのは。」
同じ事を想ったのだろう。
深雪が電に対して、聞いてくる。
彼女は、軽く被りを振ると、深雪の方を見て、寂しげに呟く。
「1つの起爆剤になったのは、他ならぬ初代深雪ちゃん達の事なのです。」
「初代の深雪さまの事って………初雪が話していた轟沈話?」
深雪が言っているのは、初雪が以前、極度の人間不信になった出来事の事である。
吹雪の元で修業していた同期の仲間達を、強力な深海棲艦の猛攻によって失った初雪は、本土への爆撃を阻止できなかった。
そのせいで、不甲斐ない鎮守府の艦娘に対して溜まっていた市民の不満が爆発し、暴徒となって押し寄せて来たのだ。
当然ながら、命を賭けて戦った大切な仲間達の事を想った初雪にしてみれば、人間の醜さを再確認するには十分だった。
「あの暴動は、衛兵達が発砲した為に鎮圧されましたが、市民に犠牲が出て、艦娘達の心に影を落としたのです。」
電は、そう言うと、空からひらひらと落下してきた雪の結晶を手の上に乗せ………溶けていくそれを眺めながら、続きを話し出した。
――――――――――――――――――――
「あ………吹雪、お疲れ様。………どうだった?」
朝になり、暴徒となって暴れた市民達の後始末をしている鎮守府の秘書艦室に、初期艦達は集まっていた。
と言っても、鳳翔はいない。
提督と共に、後始末の状況を確認しているのだ。
そんな中、秘書艦室に戻ってきた吹雪は、目の下にクマを作りながら疲労が溜まっている様子であった。
心配する時雨の言葉が耳に入っているのか、いないのか………少しだけ笑みを浮かべると全員に告げる。
「司令官にも、鳳翔さんにも、大本営の人にも、全員に告げて来たよ?魚雷は扱いに気を付けないと、諸刃の剣だね。新しい艦種は潜水艦って名付けるって。専用の装備も開発するって………。」
そこまで言うと、吹雪は睦月に差し出された椅子に座る。
そして………やがて、静かに俯くと………涙を流し出した。
「沈んじゃったよ………。深雪ちゃんも、白雪ちゃんも、磯波ちゃんも………!初雪ちゃんも壊れちゃったし………!私の指導がダメだったんだっ!!」
「お、落ち着いて下さい吹雪!貴女が悪いわけでは!?」
「違う!私がしっかりしていなかったから!?魚雷を身に着けた時点で、もう一度、一緒に近海警備に出るべきだったんだ!私のせいで………私の………っ!!」
一度泣いたら、止まらなかったらしい。
そのまま感情が爆発するままに暴れそうになり、慌てて大潮が止めようとする。
しかし、思った以上に吹雪は力があった為、素早く叢雲が後ろから後頭部に手刀を入れて、気絶させる。
「や、やりすぎじゃない!?叢雲ちゃん!?」
「これ位が丁度いいの、漣。………しばらく、ここで眠らせてあげた方がいいわ。五月雨、額におしぼりお願い。」
「うん………分かったよ。ちょっと待ってね、吹雪ちゃん。」
五月雨が優しく笑みを浮かべると、洗面所へとタオルを持って行く。
その間に、鳳翔を連れた提督が部屋をノックして入って来て、状況を悟る。
「………すまなかった。どうやら、ひと悶着あったみたいだな。」
「だったら、少しは吹雪ちゃんを休ませて上げて欲しいにゃ。」
「そう言っていられない事態だったからな。………上は、魚雷の信用度を確かめる為に、これから初期艦による近海警備を行いたいそうだ。」
「待ってよ、提督!?この状況なのに、まだ艦娘達を酷使する気なの!?」
「………疲労した艦娘への休暇を具申したが、聞き入れて貰えなかった。」
頭を下げる提督の姿を見て、時雨は歯を食いしばる。
ここで提督に当たった所で、事態は何も変わりはしない。
それに、轟沈した艦娘が出た以上、艦隊の再編をしないといけないのも事実であった。
「………どーする?吹雪は流石に今の状態じゃ出せないぞ?漣がご主人様達に取り入って来ようか?」
「漣が色仕掛けを使った所で、初期艦以外の他の艦隊がこき使われるだけですよ。下手したら更なる轟沈に繋がります。」
「じゃあ、どうするのよ、大潮!?だったら誰が………!?」
「電が………出るのです。」
「え?」
皆がざわつく中で、それまで黙っていた電が挙手をする。
「電が抜錨するのです。叢雲ちゃん達は、ここで吹雪ちゃんを診ていてほしいのです。」
電は少しだけ笑みを浮かべると艤装を取りに向かおうとする。
その背中を見て、慌てて時雨、睦月、大潮が追った。
「待って、電!僕らも向かう!」
「1人で行かせられないにゃ!」
「大潮達も抜錨します!」
提督達や残された艦娘達は、何も言えないまま静かに黙っていた。
だが、今思えば、この4人をこのまま抜錨させてはいけなかったのだ。
4人がこの後招いてしまう事を、想ってしまえば………。
――――――――――――――――――――
「4人が招いた事って………轟沈と関係あるの?」
雪が深々と降って来る中、今度質問をしたのは曙。
電は頭に積もり始めて来た雪を、振り払おうともせず、俯きがちになる。
余程辛い経験を体験したのかと磯風達は思ったが、電の反応は違った。
「繰り返しますが………電は、3人に恨まれて然るべき事をしてしまったのです。少なくとも、3隻の深海棲艦となって復讐をしに来るくらいには。」
「どういう事………電に非があるの?」
「はい。………あの時ほど、電は自分の未熟さを呪った事はありませんでした。」
「未熟さを………?」
「電は………自分が思っていた以上に、醜く我儘で………そして生きる事に執着していました。それが………罪だったのです。」
電は、そう言うと………極寒の中、息を吸い核心部分を話し始めた。
――――――――――――――――――――
潜水艦の生態を調べるには、潜水艦の鹵獲をしなければならない。
その為、電達4人に課せられた任務は、潜水艦を何としてでも探し出す事であった。
電の手には、叢雲から借りた、スペアのマスト型の槍が握られている。
また、新装備である魚雷も、全員に取り付けられており、火力は増強されていた。
しかし………。
「吹雪の話だと、潜水艦は魚雷の下を航行しているらしいね。………どうやって武装を当てるんだろう?」
「素潜りで海上に引っ張って来て、主砲で撃てばいいのでは無いのでしょうか。」
「電ちゃん………自分で言っている事の難易度の高さ、分かっているのかにゃ?」
「難易度が高くても、やらなければ艦娘に被害が出ます。航行している一般の船舶も。下手したら、一般市民の方々にも。」
「………電、ちょっと話があるのですが、宜しいでしょうか?」
「はい?」
後ろから付いてくる艦娘達の言葉に答えていた電は、大潮に呼び止められて減速する。
すると、時雨を始めとした3人が、注意深く周りを見渡す。
何事かと思った電に対し、時雨達は顔を見合わせると、彼女に告げる。
「電………率直に言うよ。僕らは、傍若無人な大本営を止めないといけない。」
「………え?」
時雨の言葉を、最初、電は理解出来なかった。
そんな彼女に、睦月と大潮も話し出す。
「大本営は、艦娘を使い捨ての手駒としか考えてないにゃ。このままだと、艦娘は使い潰されて轟沈が加速するよ?」
「それだけではありません。昨日の暴徒達を見たでしょう?彼らは、艦娘が深海棲艦を倒せることをいいことに、役に立たなければガラクタ扱いです。大本営は助けてくれません。」
「大本営は、僕らを都合のいいデコイに使っている。命懸けで戦っている艦娘を、市民の不満の捌け口にして、自分達はその罪からうまく逃げているんだ。」
「えっと………まさか………。」
次々と投げかけられる言葉を受けて、電は寒気がしてきた。
自分と苦楽を共にした初期艦の仲間達。
彼女達が考えている事は………。
「し、時雨ちゃん達は………軍にクーデターを起こす気なのですか!?」
「そうだね………その考えで間違ってないよ。」
あっさりと認めた時雨の言葉を受けて、電に衝撃が走った。
艦娘のクーデターというのは、一番やってはいけない行為だ。
何故ならば、艦娘が戦いを放棄して、指揮系統の一番上を破壊してしまっては、海戦その物が成り立たなくなる。
つまり、人類を深海棲艦から守る存在が居なくなってしまうのだ。
「だ、ダメなのです!そんな事をしたら、他の艦娘のみんなに迷惑が掛かるのです!」
「逆だよ、電ちゃん。睦月達、さっき吹雪ちゃんを見て来たばかりだよね?誰かが沈む度に、あんな風に苦しんで、自分を壊しそうになる艦娘が出て来るんだよ?」
「そ、それは………。」
真剣な顔をする睦月の言葉を受けて、電は即座に答えられない。
確かに、大切な仲間である吹雪は、自分の指導している艦娘達が失われ、生き残った初雪もおかしくなってしまった事で、心に多大な傷を受けてしまった。
このまま大本営の言いなりになって、轟沈を繰り返せば、次に傷つくのは誰になるか分からない。
だが、電は何とか言葉を出す。
「し、司令官さんと鳳翔さんの立場が危ないのです!」
「だから、大潮達は、司令官達に黙って行動を起こそうと決めたのですよ。この話を知っているのは、ここにいる4人だけです。司令官も、鳳翔さんも、吹雪も、叢雲も、漣も、五月雨も巻き込みません。」
「で、でも………そんな博打をしなくても、司令官さんに言えば………。」
「………悲しい話ですが、今の司令官に大本営を止める力はありません。このままでは、将来的に鳳翔さんも辛い目に合うでしょう。」
「あ、う………。」
冷静に正論を述べる大潮に、電は閉口していく。
確かに今の提督は、上の言いなりだ。
艦娘を気遣うだけの優しさは持ち合わせているが、上に逆らうだけの権力は持ち合わせていない。
このままでは、将来的に鳳翔も、空母の指導を行う際に、轟沈の悲しみを背負ってしまうだろう。
それでも、電は3人の暴走を止めようと必死になる。
「か、考え直して欲しいのです!艦娘が大本営に逆らったら、一般市民が深海棲艦によって、酷い目に合うのです!死者が沢山出て、悲しみが広まるのです!」
「電………君は、艦娘に全ての罪を押し付ける人々を、助けたいと思うのかい?」
「へ………?」
「彼らは暴徒となって鎮守府を襲い、提督や艦娘を襲った。深海棲艦から、命を賭けて守っている艦娘達を………だよ?」
「でも、でも………。」
時雨の、全てに失望したような言葉に、電は恐怖する。
先日の暴徒達の襲撃は、艦娘達の心を挫くには、十分過ぎる出来事であった。
只でさえ、死と隣り合わせの過酷な日々を送っているというのに、生きていたら人々にガラクタ扱いされるのでは、たまったものではない。
その感情が分かる………いや、少なからず同情している部分があるからこそ、電は反論が出来なくなる。
気が付けば、涙を流して彼女は懇願していた。
「嫌………だよ。」
「電………。」
「睦月ちゃんも、大潮ちゃんも、時雨ちゃんも仲間だから………そんな危ない事………して欲しくないよ………。」
泣けば何か変わるわけでは無い。
でも、電はそうするしか出来なかった。
そんな彼女の傍に、睦月がやって来て、優しく両肩を押さえる。
「ゴメンね、電ちゃん。無理に巻き込もうとしちゃって………。ここから先は、睦月達が勝手にやるにゃ!」
「そ、そんな!?3人だけじゃ………!?」
「大丈夫、僕らは艦娘だから簡単には死なないよ。大本営に乗り込んで、電達の待遇改善を絶対に約束させるから!」
時雨も頷きながら電に笑みを見せる。
そして、大潮がポケットから信号弾を取り出す。
「手始めに軍のタンカーに砲撃をして、あの大本営の高官を人質に取ります。電は無関係で………只、見ているだけでいいですから。」
「い、嫌………!」
電は青ざめる。
大潮が信号弾で合図を取ってしまったら、もう戻れない。
彼女を凝視した電の脳裏に、8人の初期艦と提督と鳳翔と共に、苦楽を共にした日々が思い浮かばれる。
ここで3人を止められなければ、もう、電が幸せだと思えた空間はバラバラに壊れてしまうだろう。
彼女の脳裏に、時雨と、大潮と、睦月と、吹雪と、叢雲と、漣と、五月雨の笑顔が浮かぶ。
(やだ…………。)
もしも、時雨達の行動を認めてしまえば、彼女達は確実に帰ってはこない。
仲間を守りたいと思う故に………不退転の決意をしているのだ、あの3人は。
(やだやだやだやだやだ………!)
クーデターを、起こして欲しくない。
守るべき人々を、傷つける立場になって欲しくない。
何より………電達初期艦の小さな幸せを奪って欲しくない。
そんな我儘な思考が、電を支配した瞬間………彼女は思わず叫んでしまった。
「やめてーーーーーーーっ!!」
ドゴンッ!!
「うあああああああああっ!?」
「………え?」
一瞬、何が起こったのか、電は分からなかった。
気付けば、視線の先にいた大潮は、左肩からおびただしい血を流して、信号弾を海に落としていた。
砲撃された………というのは、誰にでも分かった。
では、何者に?
近くに、深海棲艦の反応はない。
時雨の主砲は背中に背負われており、必死に大潮に、応急処置を施そうとしている。
睦月は、両手を電の肩に置いている為、主砲を構えようが無い。
(ま、まさか………。)
電は、恐る恐る自分の右肩を見てみる。
その連装砲の砲門からは、煙が出ていた。
「な、何で………!?何で、大潮ちゃんを撃ったの!?電ちゃん!?」
睦月の怒号が、近くで響き渡る。
その言葉が、決定打であった。
大潮を撃ったのは………電自身であった。
(なん………で………!?)
電の思考が、今度は、自身の行った行為への恐怖に縛られ始める。
基本、暁型の主砲は右肩に備わっている。
その為、他の駆逐艦のような手持ちタイプの主砲とは異なり、艤装と連動している。
だから、砲門は、電の思考………脳による考えとシンクロしてしまったのだ。
何が何でも大潮を止めたいという………純粋で我儘な思考に。
3人に幸せを壊されたくないと願った電は………皮肉にも、自分でその幸せを壊してしまったのだ。
「電ちゃんの………!仲間殺しっ!!」
4人の友情が、この瞬間………バラバラに砕け散った。
電の過去編その2です。
時系列としては、初雪の過去話である85話の翌日になりますね。
暁型の武装は、主砲が艤装と連動しているという設定が、この小説にはあります。
その為、まだ未熟だった電は、感情を制御出来ずに、砲撃をしてしまったと………。
仕方ないとはいえ、流石に今回の話は、書いていて気持ちが沈んでしまいました。
時雨達も、電も、善意で行おうとした行為である為、猶更ですね。
確かなのは、色んな意味で、まだみんな、弱かったという事なのかもしれません。