「あ………ああ………あ………!」
自身のやらかした事と、それによって招いた結果に、電は混乱する。
睦月の言う通り、電の行った事は仲間殺しだ。
明確な理由があったとはいえ、電は大潮に、大怪我を負わせてしまったのだから。
そして、自分の手で自分が欲していた友情を、粉々に破壊してしまったという事実に、彼女は耐えきれるほど、まだ強くは無かった。
電の顔は蒼白になり、歯をガチガチと鳴らす。
そんな彼女の顔に、右手で睦月の単装砲が突きつけられる。
「答えて!どうして大潮ちゃんを撃ったの!?どうして、そんな真似したの!?」
「ひ………いい………!?」
怒りに燃えた睦月の目を受けて、電は正常な判断が出来なくなる。
只、目の前の存在に、死の恐怖を突き付けられていると考えてしまう。
「だ、駄目です、睦月!?今の電を、刺激してはいけません!落ち着いて下さい!」
遠目でも、今の電の精神状態を理解できたのだろう。
被弾して血をダラダラと垂らす大潮が、必死に睦月を止めようとする。
「大潮は………大丈夫です!まだ、死んでいません!とにかく睦月は離れて!頼みますから!!」
今の状態ならば、まだ関係の修復は出来る。
大潮は、そう思ったのだろう。
だが、派手に血を流す大潮自身の状態が、皮肉にも、時雨からも、睦月からも、何より電からも、真面な思考を奪っていってしまう。
(電は………死ぬ!?)
自身の死生観に対して達観出来る程、電はまだ長くは生きていなかった。
凶器を突き付けられて、平然としていられるほど、彼女はやはり強くは無かった。
(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!?)
混乱していた電の思考は、もう睦月を友として見ることが出来なかった。
同じく、激昂していた睦月の思考も、もう電を友として見ることが出来なかった。
だから………。
「電ちゃんが今やった事は………!?」
「っ!?睦月!離れてっ!!」
「え………?」
ドゴンッ!
大潮の警告と共に、派手な砲撃音が響き渡る。
電は最初、何が起こったのか分からなかった。
只、睦月がビクリと震えると、派手に何かの液体が彼女に掛かった。
続いて、睦月は電の顔に向けていた単装砲を取り落とす。
(……………。)
只、歯を震わせながら、電は自分の右肩を見た。
そうであっては欲しく無いと、必死に願った。
だが………次の瞬間、絶望する。
右肩の連装砲は、また煙を発していた。
今度は………睦月の胸を貫く形で。
「睦月………死ぬの………?い………やだ………よ………。」
最後に電が耳にしたのは、睦月の弱々しい声。
彼女の吐血は電の頬を濡らし、そして………仰向けに倒れていく。
反射的に、電は手を伸ばした。
だが、届かなかった。
睦月はそのまま海面に音を立てて、沈んでいく。
轟沈。
いや………違う。
電が撃沈したのだ。
電が………殺してしまったのだ。
「う………ぁ………ああああ………。」
「む、睦月………うわああああああああ!?」
「時雨!?」
この決定的な事実が、電の人格を壊し、時雨の人格も壊す。
大潮は、まだ正常な判断を保っていたが、左腕を痛めていた故に、自身を庇うように立っていた時雨を、もう止める事が出来ない。
「睦月ぃーーーっ!!」
「止めろ、時雨ーーー!?」
大潮が懸命にしがみつこうとする事で、反射的に電に向かって放たれた魚雷は、逸れていく。
だが、その雷撃は、電に更なる恐怖を植え付けるには十分であり、彼女は錯乱したまま魚雷を時雨に向かって放ってしまう。
「あああああああああああ!?」
「電!?」
「くっ!?」
大潮は、咄嗟に時雨を突き飛ばした。
それによって、彼女は海面を転がり直撃コースから免れるが、大潮はどうしようもない。
彼女は、そのまま魚雷の火に包まれて、海に消えていく。
また1人、電は撃沈してしまった。
「睦月………!?大潮………!?何で!?何でこうなるんだよ!?」
錯乱した時雨は、電に向けて、背中の連装砲を取り出し、砲撃をしていく。
「ひ………い………い!」
大潮も沈んだ事で、この惨事を止められる者はもういなくなった。
電はしゃっくりを上げながら、時雨に向けて砲撃を放って行く。
艦娘同士による実弾を使った応酬。
だが、熟練の艦娘による訓練では無く、未熟な艦娘同士による生死を賭けた争いだ。
その砲撃戦は、時雨の方に分があった。
彼女の砲撃が、電の右肩の連装砲を破壊したのだ。
「あ………ああ!?」
「電………!沈めっ!!」
だが、時雨はここで止まる事が出来なかった。
大切な仲間を2人も殺した電を、もう友とは認められなかったから。
そして、悲しい事に、電もまだ止まれなかった。
彼女には、もう1つ武器があったから。
そう………叢雲から借りた、鹵獲用のマスト型の槍が。
「う………ああああああああああああ!!」
「!?」
電は槍を取り出すと、構えながら、一直線に時雨に向かって突進する。
もう、頭の中はグチャグチャで、只、生きたいとしか思っていなかった。
時雨は、連装砲を何度も放ち、電を沈めようとするが、彼女の両肩の装甲板が正常に作動する。
その板は、電への迎撃を止めてしまう。
「く、来るなぁ!?」
「いやああああああああああああ!?」
もはや悲鳴と雄たけびが入り混じったような声で、電は槍を思いっきり時雨の胸に突き刺す。
電は、また全身に、派手に返り血を浴びる事になった。
深海棲艦の黒ではなく、艦娘の赤い血を。
「電………。」
時雨は血を吐き出しながらも、槍を掴みながら、電を睨みつけた。
荒い息を吐く電は、もうその殺意を躱す気力も無い。
「君は………後悔する………よ。僕………達を殺………して………のうのうと………生き………られると、思う………な………。」
その怨嗟の声と共に力を失った電は、槍を離す。
時雨は仰向けに倒れて、海に沈んでいく。
電は生き残った。
3人の仲間を犠牲にして。
クーデターも阻止した。
3人の友との絆を………自ら破壊して。
「う………ああああああああああああああああああああああ!?」
自身のやった取り返しのつかない事を思い出した電は、目を押さえ涙を流し、とにかく叫んだ。
――――――――――――――――――――
流石に不自然に思ったのだろう。
軍のタンカーが、電の元にやって来た。
いつもその艦橋の上で大仰に艦娘に指示を出す、大本営から派遣された将校は、今は腰を抜かしていた。
何故ならば、電の全身は、真っ赤な返り血で染まっており、その瞳からは光が失われていたからだ。
海を彷徨う幽霊の類では無いか?と言われても、不思議ではない。
そんな将校に対し………電は笑いかけた。
「クーデターを………未然に防いだのです。褒めて………欲しいのです。」
「ひ、人殺しーーーっ!?」
その姿が凄惨に映ったのか、将校は素っ頓狂な声を上げて艦内へと逃げていく。
やがて、タンカーも反転し、電の元から去って行った。
「……………。」
虚ろな瞳で海の上に浮かんでいた電は、ふと横須賀の港を見る。
彼女は、静かに鎮守府へと帰って行った。
人殺しの汚名を受けながら………。
――――――――――――――――――――
鎮守府の桟橋では、艦娘達がざわついていた。
真っ赤な返り血を浴びた電の姿は、艦娘達にとっても奇異な存在であり、とてもでは無いが、近寄れるものでは無かったからだ。
それは、吹雪、叢雲、漣、五月雨にも言える事で、彼女達にしてみれば、時雨達の姿が見当たらない事が、最悪の想像を掻き立てた。
電は桟橋に立った状態で、只々俯いている。
そんな彼女の元に………提督と鳳翔がやって来た。
「……………。」
「駆逐艦、電………。軍上層部へのクーデターを………未然に防いだのです。」
何とか敬礼しようとした電に対し、提督は鳳翔からタオルを受け取ると、自分の白い服が真っ赤に染まるのも構わず、彼女の全身の血を拭いていく。
もう力を半ば失っていた電は、呆然とした表情で提督を見上げると、笑いかけようとする。
「司令官さん………電は………市民の皆さんを守ったのです。だから………褒めて欲しいのです………。」
「すまなかった。」
だが、褒めて欲しいと願った電に対して、返って来た回答は謝罪。
事情を察した提督は、申し訳なさそうに彼女に告げたが、それが彼女の逆鱗に触った。
「だから、褒めてほしいのです。………褒めてよ!褒めてって!!何で………何で誰も褒めてくれないの!?電は………!電は!!」
「本当に、すまなかった………。」
電は思わず提督に叫んでしまう。
勿論、彼女のやった事を褒めてはいけない。
褒められる事では無いのだ。
どんな理由があるとはいえ、人を殺す事なんて。
しかし………もう電は壊れてしまっていた。
只、誰かに自分のした事を、認めて欲しかったのだ。
「嫌だよう………もう、艦娘なんて………電は………もう………!」
「ごめんなさいね………電ちゃん。」
代わりに、鳳翔が優しく抱き留めた。
その胸の温かさを受けて、電は赤子のように泣きじゃくる。
周りの艦娘達は、誰も何も言えなかった。
この日から、電は「味方殺し」という言葉を背負って生きていく事になる。
ずっとずっと………今もずっと………。
――――――――――――――――――――
『……………。』
「以上が………電とあの3隻の深海棲艦との過去なのです。」
雪化粧に染まりながら、淡々と告げた電の言葉に、いつしか磯風達は閉口していた。
頭や肩に降り積もった雪は、たまに五月雨が払ってあげるが、電の瞳からは光が完全に失われていた。
何か声を掛けてあげればいいのだろうが、事態が事態故に、何て言えばいいのか分からない。
互いの純粋な善意が狂わされ、殺し合いに発展したなんて、前代未聞だからだ。
只、だからこそ、その中で………、磯風は気になった事が出来たので、電に告げてみた。
「変な事を聞く。電は………あの3隻に沈められたいとは、思っていないだろうな?」
彼女がそう聞いたのは、前に初雪が、間違った道を選びかけたからだ。
嘗ての仲間である友と一緒に、深海棲艦の仲間になった方がいいという考えに。
しかし、電は静かに首を横に振った。
「思っていませんよ。電の罪は………そんな事で償える物では無いのですから。」
電の言葉を受けて、磯風は何とも言えない気持ちになる。
間違えた考えを抱いていないのは有り難いが、それが前向きな思考による物では無い事が、気に掛かった。
彼女は、贖罪の気持ちだけで、あの3隻と戦おうとしている。
それが気がかりであった。
しかし、そこに提督代理である陽炎が出て来て告げる。
「とりあえず、次からは電にも出て貰うわ。」
「まだ万全の状態とは思えんが………。」
「それでも、敵の気が電に向いている以上は、積極的に前に出て貰わないと困るのよ。敵も言っていたでしょ?電をおびき寄せる為ならば、爆撃もするって。」
確かに、初雪達が遭遇した時に、深海初代睦月と深海初代時雨が、そんな事を告げていた気がした。
佐世保を危険に晒すわけにはいかない以上、陽炎の判断は妥当だと言えた。
「電………覚悟はいい?」
「もう、大丈夫なのです。電の手で………決着を付けます。」
「………あんまり、気負い過ぎたら危ないわよ。とにかく、次の夜に向けて艦隊を組むからね。」
陽炎の言葉と共に、艦娘達は解散していく。
去ろうとした磯風に対して、初雪が耳打ちをしてきた。
「磯風………。」
「何だ、初雪?」
「電は………、あの後、積極的に前線に出る事が多かった………。前に見せた対潜水艦への素潜りも、元々は彼女が考えた術だよ………。」
「まさか………死に場所を求めているって言うんじゃ無いだろうな?」
「そこまでは分からないよ………。只、本当の電の気持ちは、電にも分からないんじゃないのかなって………。あの時の私みたいに………。」
「……………。」
磯風は振り返って、電の様子を見る。
彼女は、未だに陽炎と何か念入りに打ち合わせをしていた。
何かに没頭する事で、自身の迷いを振り払おうとするみたいに。
電の過去編その3。
互いを思いやっていたはずの善意は、最悪の結末を生み出す事に………。
電達が好きだからこそ、軍の待遇改善の為のクーデターを起こそうとした時雨達。
時雨達が好きだからこそ、小さな幸せでもいいから、一緒にいたかった電。
その4人の想いが、こんな形で狂ってしまうのは悲劇の一言で片づけていいのか?
只、初期の頃の、初期艦達の待遇を考えれば、こんな可能性もあった気がしました。
分かっていたとはいえ、書いてて辛いのは、事実ですよね。