「東方においての言霊。つまり音と言語に由来する神秘性の定着と意味化は、魔術と呼ばれる西洋の神秘論においてもしばしば活用される。詠や踊り、発音それぞれを儀式系統の魔術として形容、既存術式に移植し、最適化と簡易化を大幅に進めたんだ。例えば、詠唱が負担している現実干渉度数を術式基盤ごとにグラフ分けすると___________
等々、授業は進んでいきます。
ノートに先生が話すこと書くこと示すことを書き取りながら、少女は自分の使用する魔術式について考えていました。
少女の魔力特性は"光"であり、それに縁のある魔術式を好んで使用しています。
火や電気、宝石などの関連術式にも光系統ほどではありませんが、親和性が高いと言えるでしょう。
彼女が今抱える問題は、魔術式の構築、起動、維持中に限り、内臓器官の一種である魔力の生成所、変換炉が正常に機能しないことです。
学園の医療部が言うに、『未知の危険への対処に、長年眠り続けていた変換炉を緊急稼働させた挙げ句、上限以上の魔力を引き出したためであろう。馬鹿じゃないの?』とのこと。少女は辛辣過ぎる言葉に涙目になったものです。
_______また自己暗示に使用しやすいのも音や言語であり、そこから発展した自己改造は魔術師において常用手段の一つと言えるだろう。例えば、根岸先生は特異空間を体内に保有する"異界飼い"に該当し、体内の現実空間の改変と固定化を、魔力特性を利用した体内回線の術式化で実行し、薄皮一枚向こう側の現実を体内に投射している。自己暗示の究極的発展系の術式と言えるだろう。気になる子は後で根岸先生を訪ねなさい。快く体内を見せてくれると思う。続いて、他者に対する暗示、所謂精神干渉についてだが_________
半年前、少女は普通でした。
神秘を知らず、魔力を持たず、変換炉を宿していない、普通の人間でした。
しかし、そこからとある事件をきっかけに、魔術師として目覚め、家族と別れてこんな辺境に叩き込まれることになるのですが。
その事件、少女には残念ながら記憶はありません。
ですが記録はありました。見せてもらった書類には隕石が人体に直撃と簡潔に書かれていました。被害は半径20mのクレーターによる道路と建築物の崩壊。軽傷者数名。死亡一名。
きれいにバラバラと吹っ飛んだようです。
ボンッと木っ端微塵だったようです。
奇跡的に、足の中指だけが残っていたようです。
状態保存術式をかけられて、今もトランクにそれは入っています。
記憶はありません。しかし、記録だけでも寒気に襲われて、無意識に体を抱え込んでしまいます。どういう理由で私が生きているのかは、その時に聞けませんでした。
だから、この前、決心つけて、恐る恐る私をここに連れてきたアンナ先生に聞きに訪ねました。さて、回答は如何に。
「んー、超奇跡的な魔術再現事象だね。隕石の落下。破損する肉体。飛び散って広がる血液。身体の動き。強すぎた思念。空間の捻れ。魔力の撓み。大地の悲鳴。神秘性の増幅。衝突した瞬間という縛りによって発生する強力なリターン。時刻。星の位置。方角。事象の形容。私がいたと言う結果。等々から自然発生した高等儀式魔術による蘇生、いや復元....も正しくないか、
再構成。
アンナ先生は類似事象が無いわけではないと続けます。
ですが、その場で再現される魔術はその場の状態に依存し、
人を完全に生き返らせる.....再構成する魔術を引き当てるのは運が良すぎるとかそういう問題じゃないらしいです。
「多分、君はあそこで死ななきゃいけなかったんだよ。まあ、一度高位に至った魂を引きずり落として肉体を再現してそれに叩き込むには自然魔力が足りなすぎて君自身が覚醒した魔力も無理矢理拝借して実行したようだけど。」
いやー突然ある地点に魔力が吸われ始めた時は何事かと思ったよー。まあ、事態が収束して急いで向かってみれば裸の君が爆心地で倒れていたわけだけど。と先生は笑います。
「あともう一つ、先ほど言った再現された再構成魔術は元々不完全な代物だ。どんな天才が起動したって、せいぜいが半生半死....ゾンビ擬きの化け物に成り下がる。そういう、魔術倫理委員会によって禁忌指定されたものだ。しかし......君の場合、肉体の信仰霊装化によって、魂の零落を防いだ。再構成によってのマイナスが偶像と化すことで打ち消され、君はまともな人間のまま復活した、と私はみている。素晴らしい奇跡だ。これだからこの世界はわくわくする!!」
少女は置いてけぼりです。
説明になってない説明を早口にたれ流し始めたと思ったら、興奮し始めました。
少女はドン引きです。
「残念ながら君の
少女は、一度だけ出会った、元老院の13人の優しそうなおじいさん、おばあさんに感謝を捧げます。ありがとうありがとう。私は、解剖されずに済んでいます。
ジリジリと扉に下がり、悔しさで発狂しているアンナ先生から逃げようとして_____
「まあ、君は今のところ
少女は、その忠告のような言葉に、不安を覚えることとなりました。当たり前ですね。
______今まで精神干渉と大雑把に括って解説してきたが、実際には三つほど系統が分かれている。一つ、生体電気、電気信号そのもののへの干渉だ。次に、脳細胞そのものへの干渉、これにはウィッチクラフト、魔女術式を代表する薬剤での干渉も含まれる。最も手軽で有名な手段だな。最期に、認識操作だ。謂わば常識変換。異常を異常と認識させないようにする。青色を青色と視覚上ではわかっても、それは赤色だとしか認識できないようにする。限定的で、だからこそ強力だ。一種の魔術的信仰論に関わる精神干渉系統だな。」
魔術的信仰論______信仰礼装化した肉体。
アンナ先生が口走っていたワードを思い出して、自分の身体を見下ろしてみます。
........普通です。思い付いて眼に力を込めて見ても、変換炉の不調しかわかりません。
今は気にすることでもないか、と自分に言い聞かせ、考え込んでいたせいで止まっていた変換炉を再起動させます。息を吸い、吐く。生体回線、神経と血管、ついでに筋肉にも魔力を流し、こんなことがリハビリになっているのか不安になりながら楠の杖に魔力を蓄えます。はやく自律的に動いてくださいと願いながら変換炉に向けていた意識を講義に戻せば、いつの間にか杖の冠から光が消えていて、ため息を吐いてしみます。
先生達はこの身体は凄いと言うけれど、私としては面倒このうえないなあなんて裏で愚痴りながら、再度魔力を廻し始めます。講義にも意識を向けながら、くるりくるりと。意識を二分し、それぞれに注意を向け続けるのは辛いリハビリだけど。いつか、実を結ぶことを信じて。
パキリ。
「あ。」
身体に、主に生体回線を含むあらゆる魔力導線に魔力を巡らせることは、最も原始的で手頃な身体強化魔術らしいのです。そのせいで力加減をミスり、シャープペンシルのガラス質に罅がはしります。余計な出費です。自分で錬成して作り直すのもありですが、適性外故に手間です。仕方がないので幾らか修復材料と報酬を用意して、れんに頼むしかないかー。と、筆入れから別のペンを取り出して書き取り再開。
「魔術的信仰、謂わば人類の認識が、現実に及ぼす影響。これは魔術にとって基盤とも言える重要な要素だ。神話、伝承を基にした魔術において、これが支柱であり、エネルギー源、世界を騙す仮想根拠となっている。魔術とは謂わば現実改変、世界の騙し合いだ。無理矢理根拠を作り出し、果ては無茶苦茶な結果を打ち立て、これこそ!と証明し、現実世界に限定的に具現化する。仮想空想幻想夢想の無法地帯。それを実行する魔術師の頭の中はそれぞれが
ああ、始まったなと少女は考えます。
いつも先生は解説がヒートアップすると持論を展開し出すのです。
教科書にも近いことは書かれてはいますが、途中半分ほどから内容が飛躍し始めていました。まあそれでも試験などでボーナス問題とかあったときに役立つかもとメモは怠りません。なんと模範的でしょうか。
しかし、脳の三割*1は二時限目の講義内容に寄っていました。余所見ならぬ余所思考は学生ならではです。
次の授業は......基礎錬金学。
錬金術の代名詞、等価交換を軸に、物質の変換法則を主に学ぶ講義です。実技あり。
基本的、変換予定の下位物質に魔力やら宝石やら血液やらでコストをプラスして、上位物質に変換したりします。その計算は少々めんどくさく、"価値"の天秤が正確に釣り合うようにしなければ、目的の上位物質に変換しない可能性もあります。全ての物質の"価値"を数値化し、その法則に従いながらも、都合の良い物質を探し当てる、そういった学問なのですが.......少女は危険な疑問を抱いてしまいました。
私の血液、等価交換したら何になるんだろう。
まじでただの人間なんですって。信じて。