魔力を杖に貯蔵して魔術を使える?
なら問題無いじゃない。
そう思ってた時期が少女にはありました。
少女は馬鹿です。大馬鹿です。
原型概念を含む血液で等価交換を行うことは、先ほど錬金術を"価値"の天秤と例えましたが、その片方の皿に、何千倍も大きな鉄鋼を乗っけるようなものです。通常は、世界がその天秤を正すベクトルを誘導し、目的の上位物質へ変換するのですが、彼女には誘導をする気がありません。というかそれほどまでに莫大な"価値"のエネルギーを誘導できる技量がありません。
下手をすれば、実験室一つが丸ごと魔力汚染に沈みます。
また、錬金術とは"完全なるもの"を目指す学問です。
遥か昔、この学問は金の探求に力が注がれていましたが、それは金が価値のあるもの、完全に近いもの*1だったからです。
少女の肉体、その一部である血液には、人類種としての原型概念が完成しています。謂わば"人類が生きるこの世界では異常性を示さない人類という神秘"そのものです。一つの究極、そう錬金術を通して出力されるであろう彼女の血液の
その危機を、学園全体に敷かれた仮定未来観測望遠器が発見、
危険過ぎる思いつきを抱えた少女を止めるために、近隣の先生に観測された未来演算の内容を望遠器に内蔵された自律思考魔が送信します。
『原型概念が含まれた血液を使用した方向性が制御されていない等価交換を阻止せよ。』
近隣の先生、それは少女が受けるニ時限目の講師でした。
原型概念を等価交換するというトンデモ厄ネタに顔面蒼白する基礎錬金学の講師は、講義の準備を助手にほっぽりだし、準備室の隣の講義兼実験室に駆け込みます。未だ休み時間のことでした。
「その自主実験は止めたまえッ!」
実験室の奥、自主実験をするために休み時間を削って早めに入室していた少女はその声に驚き、採血術式*2の採血量の決定を司る最重要出力設定にミスが生じます。簡単に言うと魔力注入を停止する適切なタイミングを逃しました。
「あ、やべ。」
咄嗟に演算領域に格納した連動術式を破棄し強制中断を少女は狙いましたが....駄目。透明な結界膜に覆われた血液球が想定を越えた大きさに膨れ上がります。
約3L。致死量とはいかずとも十分出血性ショックが起こりうる量です。
通常の魔術師は、逐一魔力消費量分を生産しながら魔術を扱いうため、このようなミスは発生せず、故に術式にも予防策が講じられていません。
しかし、少女は元々魔力を楠の杖に保存してから魔術を使用するため、時々このようなミスが発生します。過剰魔力の注入による術式の暴走です。
「なんとかなりますでしょうか!?」
「その血液球を少しずつ血管内に戻すとか無理に決まってるでしょう!?可能としても時間が足りない!」
万事休す。
少女の不調はもう始まっています。
足に力が入らなくなり、倒れます。呼吸は軽くなります。
目の焦点がぶれ始めてもいました。典型的な出血性ショックの症状です。
しかし、希望は残っています。
仮定未来観測望遠器の自律思考魔はその顛末を過去に観測していました。
その結果が発生したので、さっさと解決する魔術式を講師の端末に送信します。
使う要素は、少女の杖と血液球と、術式、それと基礎錬金学講師の実力のみ。
魔術式を把握した講師は、こんなもん使うの!? ああもうなるようになれと、冷静かつ大胆に魔術を起動します。
「受信データ解凍、展開。全過程委託を申請!」
自律思考魔は"ずっこける"という精神活動を学習しました。
あろうことか、一時的に授けた魔術式の制御を頼まれたのです。
それでも講師か? という意味のない一瞬の思考の後、
"仕方がないなあ"と言うように演算領域を数%割り振ります。
『承認。第三種並行時空間軸限定反転術式群、
起動プロトコルの補助を開始します。
第二演算総合処理システムへ接続。
時空間制御、空間保護プログラム、データリンク、開始。』
「カノン式神秘論を展開。
TM宇宙内第一級惑星陣を因果参照。
原理解析、原理化情報処理を開始。
第三種連動システム、接続準備。」
『第三種連動システム、接続。
リソースチェック、問題なし。
時空間安定度数、クリア。
短期未来観測情報、オールグリーン。
統合判断機能を実行。判定、問題なし。
反転作用制御術式部位、出力上昇中。
通常回線、第六領域まで完全解放。
最終シーケンス、強制移行。』
「了解。サブ回路、魔力充填率98%を突破。臨界まであと2秒。
メイン回路直通、最終安全弁を解除を申請。
エルトライヤ亜格特異網をZ-2軸境界面へ展開。」
『承認。アンチボーダー起動。全メイン回路完全接続。』
「コードバレル、チェック。
急速に血液球が縮み始め、内部の血液が少女の血管内へと再転移されていきます。
所謂、限定領域における結果の巻き戻しです。
学園内に限り、全ての可能性を捕捉している仮定未来観測望遠器の完全補佐によって成立する超抜術式。"過ぎ去った過去は変えれぬが、現在を差し替えることは安易である。"というとち狂った迷言を残した開発者の代名詞です。
効果に価する凄まじい量の魔力が消費されていきますが、そこが基礎錬金学講師の出番です。縮み続ける少女の血液球から少しづつ血液を拝借し、純粋な魔力へと等価交換を開始します。
途端、講師の魔術端末から吹き上がる高濃度魔力。なんせ原型概念入りの血液ですから、変換される量と質は殺人級です。一瞬にして魔術端末が崩壊していく様子に、錬金学講師の顔は真っ青です。
魔術端末という緩衝材もとい中継機を失った過剰魔力は、
錬金学講師の全身の毛細血管が弾け飛ばせ、皮膚の内側が真っ赤に染まらせます。
細いホースに何トンもの激流が無理矢理通されるようなイメージでしょうか。錬金学講師が可能な限りの強化と祝福をしていなければ即死でした。
形容しがたい痛みに呻きます。急いで痛覚をシャットアウトし、拾い上げた少女の楠の杖を第二の中継機に仕立て上げます。
何せ少女に与えられたこの楠の杖は名機の中の名機。
あの仮定未来観測望遠器と、それに搭載された自律思考魔。並行時空間軸限定反転術式を含む多元宇宙干渉魔術論を開発したスターライツがデザイン、作成した『
それ故に、其処らの杖では一発でお釈迦になるレベルの魔力をしっかりと受け止め、超抜術式へと魔力を伝達させていきます。
突然見知らぬ魔術師に扱われた挙げ句、大量の魔力を流し込まれた楠の杖は大変御立腹でしたが、データリンクしている
錬金学講師の肉体を荒らした高濃度魔力の嵐はついに去りました。
楠の杖がその細長き巨体を震わしながらヴぉんヴぉん鳴いていますが、高濃度魔力による負荷とかではなく中の人が不機嫌なだけです。わざと壊れそうな音を出して錬金学講師をビビらせています。
錬金学講師の視界は、自分の血液で零になっていましたが、なんとか起動した探査術式で周囲の情報を探ります。魔力汚染、時空間異常は発生していないか。惑星陣は破却されていないか。超抜術式は正常に終了したか。少女の容態はどうか。
緊張の一瞬です。
一般的な過剰出血は単純な治癒術式で解決するものです。
しかし、例の自律思考魔が超抜術式を持ち出したということは、
治癒術式の効かない体質?それともそこら辺の魔術式全般に耐性を持つ?
講師は理由を考察しながら(どうせ例の自律思考魔はもう解答してくれないでしょうから)、少女の容態を確認します。
少女は気絶、いえ眠りに落ちていました。
呼吸器系正常。脈拍低下。血圧低下。生体反応に異常は確認できず。
オールコンプリート。これにて解決です。
ため息を一つ。急いで保健室に向かいます。
錬金学講師自身も、長く痛覚を遮断していると悪影響が出ることを知っています。
駄目元で例の自律思考魔に空間転移を依頼してみますが、応答なし。
予想通りです。やれやれと首を振り、少女を抱えて走ります。
今暫く生体回線を用いた魔術式の試行は厳禁です。何せ全身の回線が先程の探査術式でエラーを吐き出し始めているのです。
対策をしない状態での過剰魔力の恐ろしさを改めて体感する講師でした。
また、後で少女に追加課題を出そうと思う講師でした。
一種の事故と言えるものとはいえ、魔術制御のミスが生んだこの騒動。
当然の罰といえば聴こえは良いでしょう。
幾らか情報処理して後は"学園の研究資料"として売り出す予定だ。
超抜術式の一つにして、中でも最も新しいもの。
第三種コードバレルに登録されている、因果干渉術式群。
今回は原型概念契約の大規模漏洩を防ぐ為に使用された。_本が好きな、よく笑う娘でした。