朝起きて、高校に行き、部活に顔を出さなければ放課後にカードショップの品揃えが何か変わっていないか確認しに行く。
それが俺の毎日のルーティンと言っても過言ではない。おそらく既に絶版になっているであろうティアラメンツカードを手に入れるためには結局のところ小まめに足を使うのが一番早いのだ。知らんけど。
『今日も特に収穫は無かったわね』
「いや、そうでもないさ。地味に今まで持ってなかった『簡易融合』が180円で手に入ったのはデカいぞ」
簡易融合はライフを1000払ってレベル5以下の融合モンスター1体を融合召喚扱いで特殊召喚出来る超有能カードだ。前世で子供の頃は攻撃も出来なければターン終了時に破壊されるのに意味あるのか? なんて思っていたものだが、遊戯王をよく知れば知る程こんな有能カードはそうそうない事が分かる。
召喚権を使わずに場にモンスターを供給出来るのはリンク召喚が実装されたこの時代ではそれだけで偉いし、融合召喚扱いで特殊召喚するという事は蘇生制限も満たすという訳で、後で死者蘇生なり何なりで墓地から蘇生して使う事も出来る。それがたったのライフ1000で使えるというのだから破格と言っても良いだろう。
有能カードでありながらそこそこ安価な値段で手に入る事を考えると、ライフポイントが4000のこの世界では1000のライフコストの重みがそれほど大きいという事だろう。
そして、このレベル5というのが絶妙でキトカロスやミドラーシュの特殊召喚に対応しているのである。この二枚のカードは効果で墓地に送られることをトリガーに効果を発動させることが出来るカードであり、本来デメリットであるターン終了時の破壊効果を有効に使う事が出来る。デメリットをメリットへと変えて活用していくのがやはり遊戯王の醍醐味と言えよう。
『ところで、今日はどこのカフェに行くのかしら?』
『この前のケーキはとても美味しかったです!』
『……ラーメン食べたい……』
「うーん……」
俺の身体を使えば色々と楽しい事が出来ると分かった
シェイレーンとメイルゥは特に甘いものが好みなようで出かける度にスイーツが食べられるカフェに行くように言ってくる。一方でハゥフニスは甘いものよりも濃い味付けの物が好きなようでラーメンだとか焼肉だとか主に主食になるようなものを要求してくることが多い。まあ、甘いものが嫌いな訳ではないようだが。
「最近は結構外食してるから金がなぁ……」
『そんなぁ……』
『シュン……』
『……今日はお預け……か……』
バイトでもしようかしらねぇ……。
彼女達のしょんぼりした顔を見てしまうと何とかしてあげたいと思ってしまうのは俺の悪い癖なのだろうか。
でも一応うちの高校はバイト禁止だから、それがバレでもしたら面倒なことになる。それは勘弁願いたいものだ。
どこかに素性がバレずに簡単お手軽で高収入なバイトは無いものだろうか? まあ、そんなものが本当にあったら怪しいお仕事一択な訳だが。
『ね、ねえ。あれ見てあれ』
『わぁ……』
『……森……』
「何?」
頭の中で良いバイトは無いものかと考えては却下を繰り返しながら歩いていた所、三人娘が何かを見つけたらしい。
「え? 何……えぇ……その、何?」
彼女達が見つめる方向に目を向けてみる。そこに見えたのはもはや森としか言いようのない景色。
こんなビル群の真っただ中で森なんてある訳がない。しかし、確かに俺の眼には森としか形容出来ない物が映っている。であるのに、周りの通行人は何の違和感も持っていないかのように普段通りの日常を過ごしている。そのちぐはぐが俺にとっては果てしない違和感だった。
「ん? ありゃ……
うっそうと茂った樹木にしか見えなかったそれだが、よくよく見てみると全部知っている樹だった。というか、デュエルモンスターズのモンスターだった。
「精霊か。それも野良精霊じゃなくて、しっかり人に憑いてるな。珍しい」
『ふーん、確かにあの精霊達は全員そこの男を意識しているわね』
「あ、
『随分愛されているみたいですね。お互いに』
『……幸せならおっけー……』
野良精霊と絆を育んで人に憑いている精霊というのはその精霊の雰囲気や何気ない行動を見ることである程度判別することが出来る。
精霊が極端に少ないこの世界でも野良精霊の宿ったカードを偶然手に入れる人間は居る。しかし、その精霊は持ち主に対して基本何の感情も抱いていないため、持ち主ではなく物珍しい人間界の景色を見まわしていたり、持ち主から離れてフラフラしている事が多い。
一方で人に憑いた精霊というのは
そう言えば、島のグリーン・バブーンも今はまだカードに宿った野良精霊みたいなものだが、もう少し時間が経って共に過ごしていけば
そのうちサイバー流みたいに初手でグリーン・バブーンが三枚引けるようになるだろう。それがデュエルに有効かどうかは置いておくものとする。
『そこの人間』
(やべ、ちょっと見すぎたな。目を付けられたか……)
何度も言うがこの世界には精霊が少ない。そして、精霊を認識できる人間というのはもっと少ない。
この世界でカードの精霊というものにちょいちょい出会って来た俺が、精霊を見ることが出来る人間には出会った事が無い事を考えると、本当に少ない。もしかしたら俺以外居ないのかもしれない。
そんな状況で
それは、何らかのアクションを取ってくるという事だ。
精霊とコミュニケーションをとるという事自体には当然忌避感はないのだが、人に憑いている精霊はちょっと拙い。
俺と精霊だけの関り合いなら別に良いんだ。例えば、相手が野良精霊なら彼・彼女らの望みを出来る範囲で聞いてあげるだけで良い。人間界を見てみたいというのなら、その精霊としばらく行動を共にして色々な物を見せてあげればいい。
だが、人に憑いている精霊となると、俺と精霊に加えてその精霊が憑いている
で、結果出来上がる空間は精霊が見える俺と精霊が見えない
話が噛み合う訳もなく、俺がどれだけカードの精霊について熱弁しようがそんなものの存在を信じる者は居ない。表面上は「信じる」と言っても心の底では何を考えているやら……。
精霊の存在を話して心から信じてくれるのは、強いて言えばまだ何色にも染まっていない子供くらいだろう。
そしてその空間の結末は、「カードの精霊が~」とか言う変な人間(俺)とひたすら困惑する
そんな誰も得しない空間を俺はもう作り出したくはない。(二敗)
今までの経験からその地獄空間を作り出さないようにする方法は決まっている。
(無視だ、無視。俺は何も見えていないし、聞こえていないぞ)
『あんた、声かけられてるわよ』
『うわぁ……見てください! 綺麗なお花が満開ですよ』
『……花粉が凄そうね……』
『人間、あなたが私達を認識できている事はすでに分かっています。なぜなら、あなたの傍に居る精霊達の反応はあなたが精霊を見ることが出来ている前提の物だからです』
(……くぅあ~~~、こんのアホ娘達が~~~)
俺が意図して『
はぁ……
気付かれているなら仕方ない。
俺はまた地獄空間が形成されるのを覚悟のうえで母なる神の樹の話を聞くことにした。
????ー「ん? おやおや? 私の心の扉を開いたら……あと1枚、カードが残っていましたよ」