「で、あなたは何をしたいんです? 先に言っておくけど、俺にも出来る事と出来ない事があるぞ」
決闘者に憑く
『構いません。
「何て言えばいい?」
『たまには家に帰って来なさい、と』
「あ~~~……」
滅茶苦茶個人的な事情に踏み込みそうな内容だった。
彼女のマスターがどういった事情で家に帰れていないのかは知らないが、少なくとも何かしらの理由があっての事だろう。それが仕事関係だろうが、家庭の事情だろうが、絶対見ず知らずの人間に突っ込まれるようなモノではない。
「……それを伝えるだけでいいか?」
『ええ』
ふむ……。さて、どう伝えたものか……。
相手は初対面の知らない人。そんな相手に対して「久しぶりに家に帰ってみてください」と角が立たずに済む方法は……。
『さあ、こちらです』
ドリュアトランティエがそう言いながら伸ばしてきた蔓は俺の腕へと絡まり、近くのカフェテラスへと引っ張られる。
「ちょちょちょっ! まだ心の準備が……ん? ……は? ……ていうか、何で精霊が俺に触れられる!?」
精霊に物理的な接触を受けるという生まれて初めての経験。
それは動物にあるような熱は感じず、ひんやりとした冷たさでありながら、生命としての温かみがあった。それは確かな堅さがありながら岩やコンクリートの様に無機物には無い柔らかさがあった。
実際の樹木に触れているような感覚。
『ちょっと! こいつに何かしたら私達が許さないわ!』
『ご心配なさらずとも、乱暴は致しません。では、我々の息子にどうぞよろしくお願い致します』
彼女がそう発言した瞬間、今まで森を形成していたサンアバロンの精霊達は一斉に姿を消した。それによって今まで輪郭くらいしか認識する事が出来なかった
「んん? 君は誰です? 私に何か用でもあるのですか?」
左から盛り上がった銀髪に、白を基調としたスーツを着た男。
口調は丁寧だが、突然自身の前へと飛び出て来た俺に対する警戒心をビリビリと感じる。まあ、当然だよね……。
それはそれとして、俺はこの人物について知っている。
それは何故か。遊戯王VRAINSに出てくる主要キャラだから。しかも、何気に物語の根幹に関わる事件と密接に関係する重要人物。LINK VRAINSでリアルアバターを使うという、一見ネットリテラシーが無いように見えながらも最後まで実名が明かされずに個人情報を保護する事に成功した数少ない人物の一人。
アカウント名、スペクター。
今巷で話題のハノイの騎士の幹部が街中で優雅にコーヒーブレイクをしているとは誰も想定出来ないよ……。
正直、サンアバロンの精霊という時点で嫌な予感はしていた。彼が使うテーマはサンアバロンだし、何よりこの世界では珍しい精霊が憑いていそうな人物だから。
それでもこの広い世界、彼以外にもサンアバロンを熱狂的に愛するデュエリストが居ないとも限らないじゃないか。
……居ないかな……居ないか……。うん、段々自分が迂闊だっただけな気がして来た。
「えー……っと、あー、その……ん゛ん゛! 今から俺が言う事は別に信じてもらわなくていいです。気にしてもらわなくて結構です。変な奴の戯言と思って下さい」
「? 何ですか、本当に。意味が解りませんね」
昼休憩を突然邪魔された形になるスペクターの表情は明らかにイラついている様だった。怖すぎる。
さあ、言うぞ。そして、それだけしゃべったら即バイバイだ。
「
「はぁ?」
俺の意味不明な発言に虚をつかれたのか、彼の眉間に寄っていた皺は無くなり、細められていた目は大きく開かれる。
「それだけです! じゃ、そういう事で! 休憩中お邪魔しましたね!」
『お待ちなさい』
「あ痛たたた!」
「こ、今度は何ですか……」
最大限の予防線を張ったうえで言う事だけ言ってこの場を去ろうと思ったのにドリュアトランティエの蔓によって腕を締めあげられてしまった。その力はさっきの優しいながらも逆らえないぐらいの強さではなく、明確に痛みを感じる程の強さだ。
おーい!
『! この木のみ、意外と美味しいわ』
『甘くて、とってもジューシーです』
『……今まで味わったことのない不思議な味……悪くない……』
駄目だ! なんかいつの間にかドリュアトランティエに実ってる果物食いながら女子会してやがる!
そして、突然痛がる様子を見せる俺に普通に困惑するスペクター。うん、意味不明な状況に放り込んでしまって素直に申し訳なく思ってしまう。
『まさか、それだけですか?』
「言う必要がある事は全部言ったじゃん! 大体、突然そんな事を見ず知らずの人間に言われて「はい、そうですか」と納得する奴なんて居ないんだよ」
『なるほど……確かに、突拍子もなければ真実味もなく、信じるに値しないかもしれませんね』
「おや? もしかして、可哀そうな人でしたか。それならもういいですから、私の前から早く去りなさい」
精霊に腕を締め上げられている様子を普通の人が見たら、俺が一人で変な踊りをしている様にしか見えない。しかも、周りを気にすることなくドリュアトランティエと会話をしてしまったためにスペクターからとんでもない評価を受けている。
その時の俺は彼のあんまりな評価に気が付くことが出来なかったのは幸いだった……のだろうか?
『では、我々の息子にこう伝えなさい。書斎の机の上から二段目の引き出しの二重底の中にしまってある者からの伝言である、と』
なんだそのエロ本の隠し場所みたいなのは。しかも、母親にしっかり把握されてるみたいでなんか可哀そうだな。まあ、そこが彼女の居場所なら知っていて当然か。
腕から彼女の蔓が離れ、ようやく解放される。
「いちち……跡が残りそう……残ってないな。えーっと、何だっけ……ああ、そうそう。これは書斎の机の上から二段目の引き出しの二重底の中にしまってある者からの伝言です」
「!? 君は……本当に何者ですか……」
怖すぎる。
「いいですか! 一度家に帰って、お袋さんに顔見せた方が良いですよ! わかりましたね!」
だが、もう俺はやけくそだった。
「じゃあ! 今度こそ、そういう事で!」
「待ちなさい!」
『あ、待ってよ!』
『置いて行かないでくださーい!』
『……意外と速い……』
スペクターの止める声も振り切って、俺は人ごみの中に紛れるようにしてその場を後にした。
何故
それは俺が精霊界に赴くための一つのヒントになる。
☆
「……行ってしまいましたか。それにしても……精霊……? まさか……いや、しかし……もし、本当に精霊が存在しているというのなら、私は……」
その先の言葉を彼は口には出さなかったが、この後の彼の行き先はここ最近通い詰めている非現実世界ではなく、ただ寝るために借りたアパートの一室だった。
『感謝します。精霊と心を通わす者』
母なる大樹は静かにほほ笑んだ。
『あ、これ。あの樹の女神から。お礼だって』
「なんで、シェイレーンから受け取って俺もさわれるんだ……」
『その木の実、とっても美味しいわよ!』
『あなたも是非食べてみてください!』
『……オススメ……』
「う、うーむ……」
その果実の見た目は人間の俺からするとあまり食欲をそそられるものでは無かったが、味は筆舌に尽くしがたい程の美味だった。
これもまた経験か……。
これは最初から書きたかった話の一つだったりします