「さて……」
レンタルしたカード実体化装置を使ってマスカレーナのカードデータを実体のあるカードに変換してEXデッキに差し込む。
持ち物はデュエルディスク、デッキ、それといくらかの食料をバッグに詰める。部屋の中だが外靴に履き替え、これから移動する場所に備えておく。
これから赴く土地にはそれだけで十分だ。
『準備は出来たかしら?』
「うし!」
ティアラメンツの世界、ペルレイノに行くための準備は整った。
しばらく家に帰れない事も考え、連休を使って部活の合宿に行くと両親には説明している。
『ラッセさんが言っていたのでペルレイノのカードを集めていましたけど、この後はどうするんですか?』
「……」
『え! そこはノープランだったんですか!?』
いや、何となくこうすれば良いという方法は思い浮かんでいるんだけどね? 本当にそれでペルレイノに行くことが出来るのかと改めて聞かれると……。
「そ、そんな事はないさ! ペルレイノをこうやって三枚持ってだな……」
ゴホン、と喉の調子を整えて大きく空気を吸い込む。
三枚のペルレイノを手に持ち、天へと掲げる。
「開け! 壱世壊への扉!」
『……』
『……』
『……』
『……』
「あれ?」
何も起きない。今までの経験から、こう言った意味のあるカードが三枚集まった時点で何かが起こっていたから精霊世界と繋がることが出来ると思っていたのだが……。
『え? 今ので行けると思ってたんですか?』
「うん」
うん。
『バカね』
そんな事言わないで……。
『えーと……あはは』
笑って誤魔化さないで……
『…………』
せめて何か言って!
流石のマスカレーナもフォロー出来ないのか、呆れた表情をしている。
『という事は、まだ何か足りないんじゃないですか?』
「でも、ペルレイノを二枚集めた時点で向こうの世界を覗き見ることが出来たんだよなぁ」
『その時と今とで違う条件を探してみればいいんじゃないですか?』
「なるほど」
確か、二枚目のペルレイノを手に入れた時は部室でトレードして手に入れたんだよな。あと、部長や、島、財前さん等の部活メンバーと共に居た。
その前は部長とデュエル談義をして、さらにその前は手持ちのカードを広げてデッキの調整をしていたはずだ。
『精霊界に向かうためには向こう側の住人の後押しが必要なんじゃないですか? ほら、私がラッセさんをサイバース精霊界に連れて行ってあげたように』
「でも、ここにはペルレイノと関わりがある精霊が三人も居るんだぜ? まだ繋がりが足りないのかな」
ペルレイノへ行くための門は三枚のペルレイノのカードが、ペルレイノに行くための道標は三人娘がその役割を果たしてくれると思っていた。何かまだ足りないものがあるのか……。
『どうでしょうか、今の彼女達はカードと言う肉体に魂が宿った状態です。その状態だとペルレイノとの繋がりが普段より弱くなってしまっているかもしれません。自分が精霊界に帰るだけならともかく、人間を連れて行くとなると……』
「なるほどな……あれ? ……」
二枚目のペルレイノを手に入れた時、デッキ調整のために他のカードと一緒に並べていた一枚のカード。
手に入れた時は精霊が宿っていなかったため、関連テーマカードの一枚としてしか認識していなかった。そのカードに精霊が宿っておらず、その残滓すら感じられなかったことは三人娘に確認済みだ。
しかし……いや、だからこそ、向こうの世界から俺を引っ張ってくれたのかもしれない。
「もしかして……君か?」
俺はEXデッキから引き抜いた『ティアラメンツ・キトカロス』のカードを見つめる。
「うっ!」
『な、何!』
『この光は……』
『……感じる、精霊の力を……』
『どうやら正解のようですよ!』
キトカロスのカードと三枚のペルレイノのカードが集まった時、それらのカードは突然輝き出し、その光はこの部屋に居る全員を包み込んだ。
俺は誰かに優しく手を引かれながら、水中に潜る様な感覚を受ける。
そうして、光に包まれた俺達は人間界から離れた。
☆
「起きて! ねぇ、起きてよ!」
「う、うーん……んん?」
寝ていた俺の身体を揺らして起こしたのはシェイレーンだった。
「ああ、良かった目が覚めたんですね。こっちに来たらいきなり水の中であなたが溺れていた時はどうなるかと思いましたよ……」
「……かなり水を飲み込んでた……」
「そうだったのか……みんなが助けてくれたんだな。ありがとう」
まさかペルレイノに来ていきなり溺れてエンドでは洒落にならない。
俺も別に泳げないという事は無いのだが、普段通りに呼吸をしていたらいきなり水中に移動したために水を飲み込んでしまったようだ。溺れた人間を一人引き上げるとは、人魚の面目躍如と言った所だろうか。
「はぁ……ペルレイノに来て初っ端水浸しとは……ついてないなぁ」
「うう……本当ですよぉ……」
マスカレーナも俺と同じようにびしょ濡れになってしまったのか、手足をピッピッと振って水気を落としていた。普段はサラサラのツインテールも大量の水を吸ってしんなりとしている。
「でも、こうしてペルレイノに来ることは出来たな」
一面に広がる水、水、水。
多少の陸と、風変りな樹の様なものが水中から伸びたこの景色は以前見たペルレイノそのものだ。
樹の様なものからは水が滝の様に流れ落ち、その中に水の煌めきとは違う何かが混ざっている。以前はそれが何かは分からなかったが、見ればそれは真珠だった。
(綺麗な世界……と言って良いのだろうか?)
俺は彼女達の真珠がどう言う意味を持っているのか知っている。
それは彼女達の涙だ。
この真珠の数だけこの世界に居る彼女達の仲間が涙を流しているという事を意味している。そんな景色に対して素直に綺麗だと感想を言うのは、俺には憚られた。
「さて、これからどこに行けば良い?」
この世界には彼女達を虐げる元凶、レイノハートが存在している。そいつをデュエルでぶっ飛ばして止めさせるのが今回の目的となる。だが、俺はそいつがどこに居るのかは知らない。
ここからは三人娘の案内が必要となるだろう。
「あの男の居城は一番大きなペルレイノの樹の下。水中にあるわ」
「水の中か……」
これは困った。
人魚がテーマの精霊世界に来たからと言って、人間が水の中で呼吸をする事は出来ないと言う道理は変わらないということを図らずも先程確認したばかりだ。
こうなると何らかの手段で水中で呼吸をする方法を見つけるか、レイノハートを陸に引きずり出すしかないか。
俺がうんうん悩んでいると、シェイレーンが大きなため息をついたあと、何かを呟き始めた。
「……………………仕方……ない……の……仕方ないことなの!! これは!!」
「どうした、シェイレーン? 何か方法が有るのか?」
「アンタはちょっとそこで待ってなさい」
それだけ言うと、彼女は水辺まで近づき掌に一杯の水を掬う。ここからでは彼女の後ろ姿しか見えないため、何をやっているのか詳しく見ることは出来ない。
掌に溜めた水に顔を近づけて何かをしている様だが……。
「い、良い!? 何も聞かずに! この水をの、のの、飲みなさい! それで水の中も平気になるから!」
「もしかしてシェイレーンちゃん……」
今まで見たことがないくらい顔を赤らめたシェイレーンがすごい勢いで捲し立ててくる。水を掬った腕は重い物を持っているわけではないのにぷるぷると震えていた。
「え、何それ? そんな魔法みたいなのも使えるのか?」
「何も聞かずにって言ったでしょ!!」
「へぶっ!」
シェイレーンは手に溜めた水を俺の顔面に叩きつけるようにして無理矢理飲ませる。あまりの勢いにほとんどの水は溢れてしまったが、いくらかは口の中に入り込み、また掌が顔にぶつかる衝撃に対する驚きのあまり、口の中に入り込んだ少量の水をつい飲み込んでしまった。
「ゲホッ! ゲホッ! な、何するんだよ……」
「これでいいの! これに対する質問は禁止!」
取り付く島もないシェイレーンに何を聞いても教えてはくれなさそうだ。
「……えい……」
「うぷっ!?」
俺の隣ではマスカレーナがハゥフニスによって何故か口の中にハゥフニスの指を突っ込まれていた。
彼女が指をマスカレーナの口に突っ込む直前、自分の指を舐めていたような気がするが、その時丁度俺はシェイレーンに実質顔面ビンタを御見舞いされてしまったのであれは見間違いだったかもしれない。
どう言った原理かは不明だが、シェイレーンが言うにはこれで水の中でも呼吸が出来るようになったらしい。
「貴女達! どうしてここに!?」
そんなことをしていると、一人の女性の声が聞こえてきた。
さっきまでその方向には誰も居なかったはずだ。しかし、その人物は水中から接近して来たために、俺は気が付くことが出来なかった。
水の中から頭だけ出してこちらに話しかけて来た人物は、ティアラメンツのエースモンスター、キトカロスその人だった。
次回からデュエル回に入りそうなので更新遅れます。