科学技術全盛時代に精霊の居場所は   作:はなみつき

28 / 70
世壊を渡る者

「終わったな……」

 

 シェイレーンの攻撃によってレイノハートのライフポイントを削りきり、デュエルは終了となる。

 それによってデュエルの中のモンスターとして存在していたシェイレーンやマスカレーナ、ハゥフニスにメイルゥも実体化して姿を見せてくれる。

 

「やりましたよ! シェイレーンちゃん!」

「……勝ったね……」

「……え? ホントに? ……終わったの?」

 

 圧倒的な支配者だったレイノハートに勝利したという実感が未だに無いのか、シェイレーンは困惑しっぱなしのようだ。

 三人娘にキトカロスが合流したことで彼女も状況を改めて理解したのか、そこでようやく今まで張りつめていた気を緩める。

 

「くっ……まさか人間にこの私がデュエルで敗れるとは……」

「約束だ。みんなを自由にしてもらう」

「ふっ、心配せずとも、そう時間も経たないうちに私は消えるだろう」

 

 シェイレーンのダイレクトアタックを受けた衝撃によって膝をつくレイノハート。デュエルに負けた直後からどんどんその力が抜けて行っているのか、今まで有った威圧感や存在感というものが薄れてきている。

 

「だが…………貴様はせめて道連れにする!!」

「なっ!」

 

 力なく項垂れていたレイノハートは突然立ち上がり、左腕にデュエルディスクとして装着していた柄を手に取り、そこから伸びた鞭を俺に向かって振るってくる。

 先が尖った穂先が一直線に俺に向かってくる光景がえらくゆっくり見えた。

 

「危ない!」

「避けて!」

 

 それに気が付いたシェイレーンとマスカレーナが俺に注意を飛ばしてくるが、自分の身体能力では避けきれない事を悟ってしまう。

 

「……?」

 

 反射的に防御しようと腕を前に構え、思わず目を瞑っていた。しかし、いつまで経っても予想していた痛みに襲われることは無かった。何が起こっているのか、それを確かめるためにゆっくりと目を開く。

 そこには自分の顔の目の前にまで迫ったレイノハートの鞭の穂先が見えた。しかし、その穂先にさっきまでの速度は無く、目の前で止まっている。

 

「あ……」

 

 さらによく見ると、鞭の部分に絡まる黒い糸のようなものが足元の俺の影から伸びている事が分かった。

 それはデュエル中によく見たシャドールモンスターの影糸によく似ている。ほとんどのシャドールモンスターは影糸によって繋がれているだけであり、それを操作することは無い。

 影糸を操ることが出来るモンスターはシャドールの中でも限られている。

 

 影の軍団の司令塔であるネフィリム。

 あったかもしれない存在のアプカローネ。

 後は、エグリスタもそうかもしれない。

 そして……

 

「ミドラーシュ……?」

 

 シャドールの中でも特殊な立ち位置に居るエルシャドール・ミドラーシュ。

 

 俺が知り合ったシャドールの精霊は彼女だけであり、今こうして俺を助けてくれたであろう存在の心当たりは彼女だけだった。

 ずっと消えてしまったと思っていたミドラーシュだけ。

 

「なんだ……ずっと、傍に居てくれたんだな」

「……私の……マスター……」

「!」

 

 十年ぶりに聞いた少女の声は忘れようがないミドラーシュの物。彼女は俺の事を『マスター』と呼んだ。それはつまり、自身をカードの精霊のミドラーシュとして認めることが出来たという事だ。

 今思えば、精霊の気配に鈍感なシェイレーンがミドラーシュのカードだけは精霊付きと見破れていたのも、ミドラーシュはずっとここに居てくれていたからだろう。

 

「ああ……ああ! ミドラーシュ……ありがとう」

 

 見えるのは自身の影から伸びる影糸だけで姿こそ現してくれないが、彼女がそこに居るという事を確信する。顔を見せてくれないのは残念だが、その事実だけで俺は嬉しかった。

 

 鞭を掴んだ影糸が勢いよく引かれると、レイノハートの鞭は切断され俺の目の前にあった穂先は重力に従って地面へと落ちて行く。

 

「ぐはっ!」

「勝負がついた後も油断するな」

「!?」

 

 突然聞こえて来た男の声。

 俺に攻撃を仕掛けて来たレイノハートを地面に張り倒し、いつの間にかその後ろに立つ人物。

 

 だが、俺にはその人物の声に聞き覚えがあった。

 

「デュエル中に声をかけて来たのはアンタだな、ヴィサス=スタフロスト」

「俺の名前を知っているか。まあ、それも当然か」

「お前も有名に成ったもんだな!」

 

 この世壊の主人公。

 本来シェイレーン達ティアラメンツと協力してレイノハートを打倒したであろう人物。前髪の一部に青色のメッシュが入り、宇宙の様な右腕が特徴的だ。

 そんな彼に付き従うSDキャラみたいなのは……誰? そう言えばティアラメンツカードにヴィサスと一緒に描かれていた気がする。

 

「貴様は……そうか……私の力が弱まったから……」

「どういう事だ?」

 

 ヴィサスを見て一瞬驚愕の表情をしたレイノハート。しかし、何かに納得したのか、全てを諦めたかのような表情へと変わる。

 奴は一人で納得しているようだが、俺には何のことかさっぱり分からない。

 

「俺はある目的のために世壊を巡っている。だが、こいつが張った結界の所為でこの壱世壊に入ることが出来なかった。そこで、偶然見つけたティアラメンツと言葉を交わす君に賭けてみることにした。キトカロスのカードを渡したのはそのためだ」

「キトカロスのカードって……あ! あの時の店員!?」

 

 キトカロスのカードを手に入れたカードショップ。そこで働いていた不思議な店員の事はよく覚えている。しかし、その時の恰好はいたって普通であり、目立つ青色のメッシュも無ければ右腕も普通の人間と変わらない物だった。服装だって今の様なファンタジーな物では無く、店の名前が入ったエプロンを着ていた。

 

「だぁーはっはぁ! あの時のヴィサスのエプロン姿は傑作だったな!」

「黙っていろ」

「はい」

 

 SDキャラの彼(名前はライトハートというらしい)が店員の真似事をしていたヴィサスの事を思い出して笑っていたが、一言で一蹴されている。彼らの関係というものが見えた気がする。

 

「君を利用した形になってしまった事、素直に謝罪しよう」

 

 綺麗な姿勢で頭を下げるヴィサス。その姿が意外だったのか、ライトハートは目を大きく開いてそんなヴィサスを見つめている。

 

「いいよ。ここに来ることを決めたのは俺だ」

「……そうか」

 

 確かに大きな切っ掛けとなったのはあの時ヴィサスからキトカロスのカードを受け取った事だろう。だが、俺は彼からカードを受け取っただけで何かをしろと言われた覚えはない。

 三人娘の事情を知って、協力しようと思ったのは俺自身の考えだ。ちょっと死ぬほど痛い思いをしたりはしたが、自業自得だしもう終わった事だ。

 

「それより、何でヴィサスはこの世壊に来ることが出来なかったんだ?」

 

 ティアラメンツのカードには決まって彼も一緒に描写されていた。それは本来であれば彼がこの世壊に訪れてティアラメンツと関わるはずだったたという事。

 

「おそらく、これが原因だろう」

「これは……」

 

 ヴィサスが俺に手渡してきたのは辺りに散らばったレイノハートのデッキのカード。

 そのカードは『壱世壊に澄み渡る残響(ティアラメンツ・クライム)』と『壱世壊に渦巻く反響(ティアラメンツ・グリーフ)』。先のデュエルでは見えなかったイラストが今ははっきりと見ることが出来る。

 それにはヴィサスとカレイドハートの対峙、キトカロスに後ろから刺されるカレイドハート、そして、レイノハートの力がヴィサスとキトカロスの持つナイフに宿るシーンが描かれていた。

 

「そうか……じゃあこれも……」

 

 俺はいつの間にかデッキに紛れ込んでいた『壱世壊を揺るがす鼓動(ティアラメンツ・ハートビート)』のカードを見る。

 このカードの時系列はクライムとグリーフの間、二人の勝負に決着がついたシーンであろうことが予想できる。

 

「奴はどういう手段でかは分からないが未来を知ったのだろう。そして、脅威になり得る俺がこの世壊に侵入出来ないよう結界を施した」

「……ああ、そうさ。まさかあいつらが人間を連れて来るとは思わなかったがな……」

 

 ペルレイノは『壱』世壊。となれば、弐や参の世壊がある事が予想できる。レイノハートは別の世壊から来る人物を警戒していた訳だ。だが、まさか人間界から侵入者が来るとは予想していなかった。

 キトカロスが言っていた、奴が最近イラついていた原因もこの未来を知っていたからだろう。

 

「クク……そろそろ私も終わりか……。まあ、いい。お前たちはこの私を消したことを必ず後悔する……これは餞別だ」

 

 そう言ってレイノハートは一枚のカードを投げ渡してくる。

 

「ッ! これは……」

 

 受け取ったカードの名前は『壱世壊を劈く弦声(ティアラメンツ・スクリーム)』。

 そこには鎧武者の様な何かとルルカロスが鍔ぜり合うイラストが描かれている。それは新たな脅威がこの壱世壊に訪れることを意味していた。

 もしかしたらレイノハートの結界は新たな脅威の侵入も防いでいたのかもしれない。

 

「だが、未来は変わる」

 

 そうだ。ヴィサスが言うように、未来は誰にも分からない。

 ヴィサスに打倒されるレイノハートというこの世壊の確かな未来の一つは今変わったばかり。

 皆が力を合わせればきっと光が見えるはずだ。

 

「ふっ……精々足掻くが良い……」

 

 それだけを言い残すと、レイノハートは消え去り、力の残滓はグリーフのイラストの様にヴィサスの右腕とキトカロスのナイフへと流れ込んでいく。

 そして、俺の手には一枚のカード、『ティアラメンツ・レイノハート』が残った。

 

「全てを失う……か」

 

 俺はデュエル前のレイノハートの言葉を思い出していた。




次回、終話。

『ちょっと落ち込んじゃったけど三日くらいで気持ちも落ち着いたから顔出そうと思ったらなんかすんごい私の事で悩んでて顔合わせづらい(/ω\)』
『でも何故だろう……そんな彼の事を見ていると気持ちが昂る。もうちょっとこのまま見ていることにしよう(´▽`*)』(十年前)
『複雑な顔をしながら私を使う……彼……いや、マスター!良い……(*´ω`)』(十年前から三年後くらい)
『わ!マスターがこっち側に繋がっちゃった!ダメダメ!返してあげなきゃ!ここは私の特等席だから(=゚ω゚)ノ』(さっき)
『ふぁ!?マスターが危ない目に!助けなきゃ!( ゚Д゚)』
『はぁ……十年ぶりに「私の」存在に気が付いてくれた「マスター」ほんと可愛い……あ、ちょっと声出ちゃった(´艸`*)』(今)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。