LINK VRAINSは大企業SOLテクノロジー社が作り上げたVR空間。
何故か島はこの場所をやたら神聖視して実力のあるデュエリストしか足を踏み入れてはいけないみたいに考えているが、実際の所そんなことは無い。
このネットワーク上の土地にはデュエルモンスターズをやっていない人がリモートワークの場として使っていたり、田舎住みの若者が都会気分を手軽に味わうためにショッピングを楽しんだりと、様々な人が利用している。
そしてもちろんデュエリストもその中の一人と言う事になる。
もはや社会インフラとして機能しているLINK VRAINSもそうやって考えてみれば超巨大なソーシャルネットワークサービスなのだ。
と言う訳で、今日俺は巷で話題のLINK VRAINSに来ている。
「おっとっと……相変わらず慣れないなぁ」
自分じゃない自分になるという感覚。俺はリアルの身体からそこまで身長等の身体的特徴を弄っているわけではないのだが、それでも違和感と言うものは拭えない。中にはもはや人型をしていないアバターを使いこなしている人たちもいるのだが、正直あれは凄いと思う。鳥のアバターで空を飛ぶってどういう感覚なんだろうか。
「さーてと、何か面白い事でもあるかな」
俺は前世で生きてきた分、VRネイティブと言う訳ではないため未だにこの空間に対してしっくりこないことも多い。だからと言って、この世界で最も便利なツールを使わない手はない。
ここにはあらゆる物が集まって来る。デュエルモンスターズだけではなく、音楽、アイドル、ゲーム、イラスト、そして情報。
この場所で手に入らない物はほとんど無いと言っても過言ではないだろう。
「お、あのゲームの新作出るんだ。後で予約しておくかな」
あてもなくふらふらと歩くだけでどんどん情報が流れ込んでくる。
もはや情報を取捨選択するのも難しくなるくらいに情報が溢れたこの空間は少し苦手だが、嫌いじゃない。
「ん?」
そんな時、向こうから手を振りながらこちらに向かってくる人影が見える。
『おーい、ラッセさーん! なんだかお久しぶりですねぇ!』
「そうかもな。ここには毎日来るわけじゃないから」
あ、ラッセていうのは俺のアカウントネームね。
俺はその人物が誰かを確認すると同時に一定範囲内にしか俺の声が聞こえないようにする特殊なミュートモードへと切り替える。
ローラースケートを巧みに操りながら俺の目の前で急停止した彼女は『I:Pマスカレーナ』。そう、カードの精霊だ。
データの世界であるLINK VRAINSに精霊が居る事を不思議に思うだろう。普通のカードの精霊はこの空間には居ない。最近は雛鳥のようにいつでもどこに行っても俺のあとについて来るティアラメンツ達がこの場に居ないのが一つの証拠だ。
だが、例外となる種族が一つある。ネットワーク空間で生まれ、ネットワーク空間に生きる者達と絆を育み、ネットワーク空間に適合した種族。
サイバース族。
そんな彼女ももちろんサイバース族だ。
実はこのLINK VRAINSには意外と精霊が存在している。きっと彼ら・彼女らは純粋に絆を育んできたのだろう。サイバース族を生み出したAI達と。
現実世界よりも仮想世界の方が絆を育んでこっちの世界にやって来た精霊の数が多いというのはいっそ皮肉的とも言える。
『ところで……あのお話、考えてくれましたか?』
「魅力的な提案だけどな、それは少し問題があるから無理なんだわ」
『えー! そんな事言わずに~。どうか私を使ってくれませんかねぇ』
「そう焦らずとも、俺以外にもっと相応しいマスターが現れるさ」
『:(』
マスカレーナとは少し前に知り合ったわけだが、その時に『I:Pマスカレーナ』を使ってくれと頼まれたことがある。初めてコミュニケーションが出来る人間と触れ合えて嬉しかったのだろう。それに、彼女も好奇心旺盛そうな精霊だし、人間界に興味があるのかもしれない。
その申し出が嬉しくなかったと言えばウソになる。
彼女の能力は非常に強力で一人のデュエリストとして垂涎ものだし、精霊側から求めて来てくれたというのも大きい。
ただ、一つ問題があるとしたら彼女がサイバース族と言う事である。
サイバース族は特別な種族だ。
遊戯王VRAINSのストーリーの根幹を成す自我を持ったAI達が作り出したデュエルモンスターズの新たな種族がサイバース族。そして、そのサイバース族を所持しているのは創造主であるAI達と主人公を始めとした主要キャラの数人のみ。
そんな特殊な種族のカードを一般人の俺が使っているのを誰かに見られでもしたらとんでもない事件に巻き込まれる事間違いなしである。
「そんな顔するなよ。こうやってちょくちょく話すくらいしてやるって」
『約束ですからね!』
×Dってな感じの顔をしながらローラースケートで器用にピョンピョンと跳ねるマスカレーナ。
やはり絆を育んで宿るタイプの精霊達はこういった触れ合いや関わり合いのような関係を求める質の様だ。
『あ、そうだ。ラッセさんは知ってますか? Playmakerって人の事』
「Playmaker?」
ああ! それって藤木遊作?
って答えても良いんだが、速攻で話の腰を折るのも申し訳ないので少しだけ聞いてあげることにした。
「確か、最近話題になってるヒーローだよな」
『そうですそうです! 彼はクラッカー集団であるハノイの騎士達をデュエルでちぎっては投げ、ちぎっては投げしているそうですよ』
「ほー、そいつは相当強いんだな」
『それはもう! 彼が私の姿を見ることが出来ていたら即売り込みに行っていましたよ』
残念だったな主人公。君がいつも通りの遊戯王主人公としての能力を有していたなら、強力な仲間を得ることが出来ていただろうに……。
『そんな彼に関するビッグな情報があるんですよぉ』
「ほーん」
『今なら私をデッキに入れるだけでこの情報をゲット出来ますよ? メリットしかないですよ?』
「いや、別にPlaymakerの情報とか必要ないし……」
全部知ってるからな。
『えー。そんな態度で良いんですか? 彼がラッセさんと同じ高校の生徒だって言ったら……どうですか?』
「藤木遊作でしょ」
だって俺の通ってる高校に島直樹が居たし、そうなると藤木遊作ももちろんいるよね。別に彼らと同じ高校を目指そうと思って目指した訳では無いんだけどなぁ。偶然って言うのは恐ろしいね。
『な、なんで知ってるんですか……実は超凄腕のハッカーだったりします? 情報屋だったりします?』
「まあ、色々あってね」
『うぐぅ……このネタならきっと食いついてくると思ったんですが……ますますラッセさんに興味が湧いてきましたよ』
「そりゃどうも」
そんな感じで色々な話題を話しているうちにいつの間にか結構長い時間ログインしていたみたいだ。
「っと。んじゃ、俺はそろそろ落ちるわ」
『ありゃ? もうそんな時間なんですか? もういっそのこと、ここで一生過ごしませんか?』
マスカレーナが手を叩いてさも名案かのように地味に恐ろしい事を言う。
「そりゃ勘弁だな」
『そうですか、残念です。あ、そうそう。ラッセさんの家から西に二駅行った場所の駅前のカードショップにお探しのモノがあるかもしれませんよ? この情報はサービスです』
「ん、サンキュ。次の休みにでも行ってみることにするよ。それじゃあな」
『さよなら~』
俺がログアウトする直前に見たの笑顔で手をブンブンと振るマスカレーナの姿だった。
☆
意識が浮上する。
現実世界から仮想空間へ移動するときの感覚に慣れていないと来れば、その逆もまた未だに慣れない物である。
「……ん、んん……ん?」
『……』
『……』
『……』
現実にログインした瞬間に見たのは無言で涙をボロボロと流しながらお通夜みたいな雰囲気になっている
まだ話数もそんなに無いのにこんなに評価を貰ったのは初めてで結構震えます。