科学技術全盛時代に精霊の居場所は   作:はなみつき

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「新たなサイバースとその所持者が見つかった。カード名は『I:Pマスカレーナ』。データの出どころは不明。しかし、ダウンロード先の情報を一部手に入れることが出来た。直前で接続を切られたため、個人データまでは閲覧できなかったが、アバターの画像は入手できた。Playmakerとの関連があるかどうかも含め、調査する必要があるだろう。ハノイの騎士各位にこの者のアバターの画像データも含めて通達をしておけ」



ハノイの騎士(表)

 

 

 人の噂も七十五日。

 

 時間という万能薬が今回の件も特別自分から行動して否定して周らなくても、しっかり解決してくれるだろうと気楽に考える事にした。だが、「妹萌らしい」という噂が「妹が好きらしい」という噂に変質し、最終的に「妹が好き過ぎてデュエルディスクに縛り付けて拘束したらしい」という、もはや根も葉もなければ草が生える土壌すらなさそうな意味不明な噂にすり替わっていた事だけは解せない。

 

 しかし、その件だけ強く否定すると逆に真実味が出て来そうで否定しようにも出来ない……。何とももどかしい限りである。

 

 そんな噂が広がった所で面白がるのは結局俺とほとんど関係が無い他人だ。気にする意味もないし、わざわざそんな奴らの為に否定して周るだけ無駄だろう。

 

 

 

 それはそれとして、今日は暇な休日の時間を潰すためにLINK VRAINSに遊びに来ている。そして、LINK VRAINSにログインしてからある事に気が付いた。

 デュエルディスクはLINK VRAINSにログインする時に肉体とアバターを紐付けるデバイスとしての側面も持ち合わせている。そんなデュエルディスクの機能に組み込まれていると言っても過言ではないガラテアがLINK VRAINSでどうなるのか……

 

『……♪』

 

 俺と一緒にしっかりLINK VRAINSに入り込んでいる。

 見慣れない景色だからか、辺りを見まわしては楽しそうにニコニコとしている……まあ、ガラテアは普段からニコニコしているけど、雰囲気がニコニコしているとでも言った方が良いだろうか。

 

 そして、そんなガラテアだが現実世界とLINK VRAINSとで一つ違いがある。

 現実世界ではスピーカーとソリッドビジョンというデュエルディスクの機能を使って疑似的に実体化していた。

 

 だが、ここは仮想世界LINK VRAINS。仮想世界にある物は現実世界から見ればデータでしかないため触れず、熱も感じられず、重みすら無い幻の様な物だ。それが仮想世界の中で見るならば、そこにある物は触れて、熱を感じられ、重みもある。

 この世界ではこれが本物なのだ。

 

 では、そんな世界でガラテアはどうなるのかと言うと……

 

『お兄ちゃん!』

「おっとっと」

 

 実体がある。

 

 俺は肩に乗る様に飛び込んできたガラテアが滑り落ちない様に手で受け止める。

 そう、受け止めることが出来る。

 

 デュエルは現実世界でもやれるが、それでも敢えてLINK VRAINSでデュエルを行う事が大流行している一番の理由はやはり迫力だろう。仮想世界の中ではあらゆることが現実として実感出来る。

 モンスターの息遣いも、攻撃された時の衝撃もだ。それらは仮想世界の中だからこそ実現できるリアリティだろう。ガラテアに触る事が出来るのもこの世界の恩恵であると言える。

 

 それと、LINK VRAINSならサポートAIを3Dモデルに搭載して連れ歩いている人も少なくはないので、俺もそう言った人物として周りから認識されるのも恩恵の一つだな。ここなら現実世界程変な目では見られる事は無い。さらにさらに、例え俺が本当に妹萌だったとして、それをカミングアウトしたところでもっとえげつない趣味嗜好をした人間が練り歩いているのがネットワーク世界と言うものだ。勿論、公序良俗に反しない範囲でだが。

 これならガラテアに「お兄ちゃん」と呼ばれているのを聞かれたとしても噂にすらならないだろう。

 

 

 本来のガラテアはカードイラストから少女一人分くらいの大きさだと思うのだが、今はデュエルディスクから上半身を出していた時と同じくらいのサイズ感。まるで『星遺物トークン』として描かれていたガラテアの様だった。

 

 ガラテアも自分から物に触る事が出来るという感覚が楽しいのか、俺の身体をペタペタと触っていたと思ったらフラフラとどこかへ飛んで行っては近くにある木や地面、ベンチや柵など色々な物をペタペタを触れている。

 

「おーい、あんまり遠くには行っちゃダメだぞー」

『~♪』

 

 また何か新しいものを見つけたのか、ガラテアは少し離れた茂みの奥へとフラフラと飛んでいく。

 少し心配ではあるが、彼女ならちゃんとすぐに戻って来るだろう。

 

「よっこらせ」

 

 さっきまでガラテアが触れていた近くのベンチに腰を降ろし、少し休憩を取る事にする。

 

 LINK VRAINSは今日も快晴。

 たまにはカードショップを冷やかしに行くのではなく、こうしてゆっくりと休日を過ごすのも良いものだ。

 ここは人通りも少なく、騒がしくない。一息つくのにピッタリな場所だ。瞼を閉じれば小鳥の囀りさえ聞こえてきそうである。

 

 ほ~ら、こうして瞼を閉じれば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギギャアアオアアアア!!!!」

 

 世界が割れるかのような甲高い音と共に聞こえる怪獣の鳴き声。

 

「な、何事!?」

 

 慌てて目を開けた俺が見たのは上空を飛ぶ黒く、鋭角なデザインが特徴のドラゴンだった。

 

「あれは……」

 

 あのドラゴンは知っている。

『クラッキング・ドラゴン』。ハノイの騎士を象徴するカードの一枚だ。

 そして、その僕たるドラゴンの頭部に立っている白いマントの男こそハノイの騎士。LINK VRAINSを脅かすクラッカー集団の一人。

 

 最近Playmakerの噂をちらほら耳にするようになって来たから間もなくネットワーク世界を揺るがす大事件が起きる頃だろうとは思っていたが……。まさか休日にまで出張って来るとは面倒な奴らだ! 

 あいつらが出て来たという事は、狙いは遊戯王VRAINSの主人公であるPlaymakerか? いや、そうでなくともあいつらは一般人にデュエルを挑んでサイバース狩りをしていたな。

 

 ここに居るのは危険だ。

 確かクラッキング・ドラゴンが吐く炎に焼かれたアバターはアカウントが消滅していた記憶がある。アカウントが消えるだけならSOLテクノロジーに申請して再登録すれば良い。それに、カードはデータでは無く、紙で持つ主義だから例えアカウントが消えても所持カードが消滅するなんて事もない。

 

 しかし、あのアバターの消滅の仕方は現実世界にある俺の身体に悪影響がありそうなフィードバックを食らう可能性が高い。ていうか、どう考えてもあるだろ、あれは。

 進んで痛い思いをする変わった趣味は無い。さっさとログアウトした方が良いだろう。

 

「ん? お前」

「えっ」

 

 何故かこちらを見て来るハノイの騎士。

 奴らに因縁を付けられる覚えがない俺は困惑する。

 

「ふむ。リボルバー様が下さった情報通り……ターゲットだな」

「何言ってるんだ? 俺はアンタらに用は無いぞ」

「お前には無くとも、我々にはあるのだ。お前の持つサイバース、『I:P マスカレーナ』……だったか。そいつを狩らせてもらう!」

「な、何でその事を!」

「我々ハノイの騎士はネットワークの監視者。この程度の情報を得ることなど容易い」

 

 マスカレーナだって!? 

 だけど、俺はこういう状況になりたくなかったからLINK VRAINSで『I:P マスカレーナ』のカードを使ってこなかった。

 それなのにハノイの騎士がマスカレーナの事を把握している? どういう事だ……どうしてバレたんだ……。

 

 いや、今はそんな事を考えている暇はない。さっさとログアウトを……ガラテアは何処だ!? ……って、よく考えればガラテアは俺のデュエルディスクと繋がっている。それなら俺がログアウト処理すれば一緒にログアウトするから大丈夫か? 

 

 思考時間は一瞬の物だったが、それが不味かった。

 

「消え去れ、サイバース!」

「っ!!」

 

 ハノイの騎士の号令と共にクラッキング・ドラゴンが炎のブレスを吐く。

 まるでお伽話のドラゴンと対峙しているかのようなワンシーン。残念ながら、俺はドラゴンを討伐できる勇者では無く、成す術もなく焼き殺される一般村人の立場だという事だろう。

 

「くそっ!」

 

 何とかログアウト処理を行おうとするが、このままではログアウトが完了するよりもクラッキング・ドラゴンの炎が俺のアバターを焼き尽くす方が早い。

 

『お兄ちゃん!!』

 

 炎が目の前まで迫って来ていたその時、こちらに飛び込んで俺の身体を押すガラテアの姿を見た。

 

 

 

 




※2話前の話でガラテアに取り込まれた黄華のジャックナイツのコアをディヴェルの形にしてから取り込ませたんですけど、変更してコアのまま取り込んだ事にしました。

あんまり気にしなくていいです。

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