科学技術全盛時代に精霊の居場所は   作:はなみつき

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ドラゴンメイド喫茶

 島が貰って来た割引券が一枚で三名様まで有効との事だったので、俺と島に加えて遊作もドラゴンメイド喫茶に行くこととなった。なんで? 

 

「いや~まさかお前もこういう趣味があったなんて意外だったなぁ~」

「俺は別に……」

「解ってるって! 別に今時どんな趣味だろうが恥ずかしがる事は無いっての!」

「……」

 

 俺にとってもそうだが、遊作がメイド喫茶と言う余りにも似合わない場所へ赴くことを自分から希望した事を一番意外に思っていたのは島だったのだろう。島は喫茶店に着くまでの道すがらひたすら遊作にダル絡みし続けていた。そのお陰と言うべきか、そのせいでと言うべきか、俺と遊作は最初の自己紹介以降全く会話をしていない。

 ていうか、共通の知人を間に挟んでとは言え、初対面で一緒にメイド喫茶に行くとか意味不明過ぎて笑えて来る。

 

 それにしても、どうして遊作は「一緒に行く」なんて事を言い出したのだろうか? あの遊作がまさか本当にメイドさんに興味があるとは思えない。

 例え知り合いの島に直接誘われたとしても無言でその場を去るくらいの事はしそうだが、そんな男が自分からメイド喫茶に行くと申し出るだろうか? 

 

『メイド喫茶ですか~楽しみですね~。ね! ガラテアちゃん!』

『?』

 

 そして、そんな面白そうなことに食いついてきた人物はもう一人。マスカレーナである。

 俺はレイノハートとのデュエルの後にマスカレーナのカードデータを本人に返却(というか、サイバース精霊界に置いてきた)しているため、カードとして所有はしていない。なぜなら、現時点でサイバース族は持っているだけで面倒事に巻き込まれる厄ネタに近いものだからだ。まあ、結論から言えばマスカレーナのカードデータを受け取った時の事を察知されていたから無意味だったんだけどね……。

 そのため、彼女は常に現実世界に居る訳では無い。それでも何をどうやってかは知らないが、俺のデュエルディスクを通して好きな時にこちらに来たり精霊界へ帰ったりしているのが現状だ。

 

 さっきから遊作が振り返ってこちらを見ているような気がするが、ずっと島に絡まれ続けている。

 

 ……ああ! もしかして、島と遊作が二人で話してるから俺だけ孤立している状態なのを気にしているのか? それなら気にしなくていいから、島の相手を続けていてくれ。こっちはこっちで意外とにぎやかだから別に寂しくないんだ。他人からはそう見えないかもしれないけどな。

 それにしても、復讐で頭が一杯で余裕がなく、草薙さん以外には常にピリピリした態度をしていたこの時期の遊作にあれだけ気兼ねなく話しかけられる島はもしかして凄い奴なのだろうか? 何も考えてないだけかもしれないけど。

 

『いいですか? メイドさんと言うのはですね~』

『ドラゴン。メイド。ドラゴン、メイド……?』

 

 そんな事を考えていると、マスカレーナがガラテアに何やら余計なことを教え込もうとしている。あまり変なことは教えないで欲しい所だ。

 ガラテアはガラテアでドラゴンとメイドと言うそれぞれの言葉の意味は理解できるが、何故その二つが繋がっているのかが理解できない様子。

 

『……ドラゴンメイド?』

「うん、ドラゴンメイド」

『ドラゴンメイド……』

 

 ガラテアがこちらを見つめて来る。

 

 

 

 はっ、もしかして遊作が俺達についてきた理由って……

 

 

 

 今から行くメイド喫茶とハノイの騎士との関係を疑っているのか! 

 ドラゴンと言えばハノイの騎士を代表するモンスター、クラッキングドラゴンが居る。もしかしたら既に遊作はリボルバーがドラゴンデッキの使い手だという事を知っているのかもしれない。

 件のドラゴンメイド喫茶がハノイの騎士の資金獲得のためのフロント企業だと、遊作は疑っているんだ! 

 

 理由は三つある。

 一つ。ドラゴンと言うハノイの騎士との共通点。

 二つ。ハノイの騎士が表立って行動し始めた時期と同時期に喫茶店がオープンしたという事。

 三つ……いや、三つも思いつかないわ。

 

 流石にそんな馬鹿なことは無いか。

 

 

 

「お! ここだ!」

「見た目は普通の喫茶店っぽいな」

 

 そんなこんなで俺達は目的地へと到着する。

 Den Cityの広場から少し歩いて二つほど裏道に入った所に「ドラゴンメイド喫茶」と書かれた看板が掲げられた真新しい建物があった。

 外見はいたって普通の喫茶店。思っていたよりシックな外装でイメージしていたメイド喫茶より随分落ちついた雰囲気を醸し出している。それに、メイド喫茶と言えばメイドさんが道端で強烈な客引きをしている印象があるが、店の前にすらスタッフが出ていないところを見るに、おおっぴらに宣伝している訳では無いのだろう。

 

「よ、よし! じゃあ入るぞ」

「おー」

「……」

 

 島が扉を押して開けると、その向こう側には……

 

「「「「『「「お帰りなさいませ、旦那様」」』」」」

「おお!」

「ほえー完成度たっかいなぁ」

「……」

 

 カードの中から飛び出て来たみたいなドラゴンメイドがそこに居た。

 ハスキー、チェイム、ティルル、ナサリー、ハスキー、パルラ、ラドリーに扮したスタッフが動きを止めて、入店した俺達に息の合った挨拶をしてくれる。

 喫茶店と言う事で、本来はチェインバーメイドのチェイムからランドリーメイドのラドリーまで全員がホールスタッフとして働いていたり、何故かハスキー役のスタッフだけ二人いたりと妙な違和感があるが、ここは喫茶店だ。客の服を洗うサービスが無ければラドリーの仕事も無いだろうし、ある程度の人数が居ないと客を捌ききれないだろうから役が被ることもあるだろう。

 

「三名様でございますね。席へご案内致します」

「は、はい!」

 

 ハスキー役のスタッフに声をかけられ、島は緊張で上ずった声で返事をしている。彼女の先導に従い、この店で一番数が多い四人掛けのテーブルへと案内される。 

 

『それでは、お嬢様方はこちらの席へ』

『え! 私達も良いんですか!』

『勿論でございます』

『行きましょう! ガラテアちゃん!』

『? はい』

「ん?」

 

 俺、島、そして入店時からずっと無表情の遊作が席に着くと、その隣の空いている席にこれまたマスカレーナと精霊状態のガラテアがハスキー役のスタッフに連れられて……って! あれ、精霊じゃないか! 

 不自然にハスキーだけ役が被っているなと思ったら、二人目のハスキーは人間では無く、『ドラゴンメイド・ハスキー』その人の精霊であった。

 そう思って彼女の事をよく見れば、その角や尻尾は作り物特有の安っぽさは全く無く、有機的で生物的な質感をしている。

 

『ごゆっくりどうぞ』

「ど、どうも」

「世良は誰と話してるんだ?」

「ああ、いや……ははは……」

 

 思わず彼女達の方を見つめてしまっていたためなのか、ハスキーは俺の視線に気が付いたようで、挨拶と共に深々と会釈をしてくれた。そんな彼女にうっかり素で返事をしたために島に怪しまれてしまった。

 

(あのハスキーは野良精霊……じゃないな)

 

 彼女はメイドとしての所作が前面に出ているため少し分かりにくいが、あれは明らかに野良精霊の有り方ではない。店内を見回してみると、一番目立つところにドラゴンメイド全員のカードが額縁に納められている。額縁のガラスには指紋はもちろん埃一つ付いていない様子。デュエリスト、と言うよりはコレクターなのだろうか? いや、カードに精霊が宿るくらいなのだから、ハスキーを相棒としたデュエリストだったのは間違いないだろう。

 彼女のマスターはどうやら本気でドラゴンメイドが好きで、カードに精霊が宿るくらい大切にしている事が伺える。居るところには居るもんだなぁ……。

 

 

 

 

 個人的にちょっとした混乱はあったものの、俺達はメニューから飲み物と軽食を注文する事にした。

 ちなみに俺が頼んだ物は「ティルル特製ショートケーキ」と「チェイムが寝る前に淹れてくれるホットココア」である。

 流石に「ラドリーが洗濯で使った水(無料)」を注文する勇気は俺には無かったのは余談である。多分普通の水だと思うけどね。

 

 各々が注文を終わった後、突然モゾモゾし始めた島が俺に向かってアイコンタクトを取ってくる。何かあるのかと島に顔を向けてみるとあいつは耳打ちでこう言った。

 

「……すまん、ちょっとウンコ行ってくる」

「ばかやろう、そんな事耳打ちで伝えてくんな。はよ行け」

「がはは」

 

 普通に嫌な気分になったわ。

 

 

 

「……」

「……」

 

 そんなこんなで島が離席すると、この場に居るのは俺と遊作だけになる。

 彼と繋がりが一切無い俺は特に話すような話題も無く、無言の空間となってしまう。

 俺も遊作も、島の様に自分からドンドン話題を振っていくタイプではないので、こうなるのも仕方が無いだろう。

 

 だが、そんな沈黙の空間を最初に破ったのは意外にも遊作の方だった。

 

「単刀直入に聞く。世良、お前も意思を持ったAIを連れているのか?」

「…………?」

 

 ? 

 

『ほぉら~、お前の事を「お兄ちゃん♡」って呼ぶ子の事だよ』

「黙っていろ」

『へーい』

 

 遊作が左腕に装着しているデュエルディスクから聞こえてくる第三者の声。ギョロっとした目玉の様なそれはまさしく物語の重要人物である闇のイグニス、Ai(アイ)の物だ。

 

「っ!」

「アンタのデュエルディスクに居る奇妙なAIの姿は学校でも確認している。確か、ガラテアと呼んでいるそうだな。どうなんだ?」

『彫像から人間になった女の名前をAIに付けるとは、良い趣味してるねぇ』

 

 あ、そっかぁ……。

 遊作が興味があるのはドラゴンでもメイドでもなく、ガラテア()かぁ……。

 

「……」

「……」

 

 今度は先ほどまでとは違う意味の無言が周囲を包む。

 

 そんな事はお構いなしと言わんばかりに、隣でマスカレーナはハスキー(精霊)が淹れてくれたのであろう紅茶を飲んで『うまい!』なんて言っているのが聞こえてくる。た、たすけてぇ……。

 

「ガラテアは……」

 

 困ったことになった。

 変に誤魔化しても余計に怪しまれるだけだろう。ガラテアという証拠を握られている以上、最悪ハノイの騎士の一味扱いされる可能性も否定できない。

 しかし、正直に話すにしてもどこまで信じてくれるだろうか。ガラテアの事を全て話すには精霊の事も話さなければならない。

 今代の主人公はそう言った方面には疎そうだからそんな事を言っても「ふざけるなぁ!」と怒り出しかねない。

 

『お兄ちゃん?』

「あ」

「ッ!」

『お! 出た出た。よ! 新人! 調子はどうよ?』

『……? 誰?』

『ふぅ~ん……』

 

 さっきまでマスカレーナと一緒に精霊の姿でハスキーのお茶を楽しんでいたのだが、ガラテアは俺が呼んだと思ってソリッドビジョンで実体化して現れてしまった。

 

 はぁ……こうなっては仕方ない。

 相手は主人公(遊作)だ。下手に誤魔化すより、ある程度正直に事情を話した方が無難だろう。せめて精霊関連の話題は省いて話すことにしよう。

 

「ガラテアは友人の……友人? 知り合いの妹だ」

「なんで言い直したんだ?」

「いや、友人と言うほどの関係では無いからな。本当に」

 

 俺は精霊関係の話題に若干のフェイクを混ぜながら遊作に説明する。

 ガラテアは知人の妹の様な存在である事。

 俺は彼女をその知人から預かっているという事。

 その知人はガラテアを預けてどこかに行ってしまったという事。

 俺が彼女に色々な事を見せるために連れているという事。

 そんな感じだろうか。

 

「……」

 

 話し終えた後、遊作はしばらく考え込む。

 

『お帰りなさいませ! 旦那様!』

『そうです。背筋は伸ばして、手を前で組むときは左手を上にするのですよ』

『はい! 先生! ところで、どうしてご主人様では無く旦那様なんですか?』

『私達にとってご主人様と呼ぶ方はマスターだけですからね。ここにいらっしゃる皆様はご主人様のお客人と言う事になります』

『なるほど~』

 

 そして、隣ではいつの間にかハスキーによるメイド講習が始まっている。

 マスカレーナは一体何をやっているんだ。

 

「そうか……。それじゃあ……その人物は草薙さんと同じ様に妹を……」

「え? な、何?」

「いや、こっちの話だ」

 

 小声で独り言を呟きながら何かを納得したような遊作は質問を続ける。

 

「ちなみに、ロスト事件については何か知っているか?」

「ロスト事件? 昔に大規模な子供の誘拐事件があったという事くらいしか」

「そうか」

 

 本当の事を言えばロスト事件の背景も犯人も全て知っている。しかし、それは遊作がストーリーを通して知っていくべき事柄だ。それに、俺がその事件について詳しく知っているとおかしな事になるので、ここは素直に黙っておくこととする。

 

「……わかった。ありがとう。聞きたかったことは全部聞けた。俺はこれで失礼する」

「え? 注文した料理は?」

「すまない。代金は置いて行くから、二人で食べてくれ」

 

 それだけ言い残して遊作は席を立ち、店を出て行こうとする。

 だが、少し歩いた所で立ち止まり、さらにこう言い残した。

 

「これ以上悲しみは増やさせはしない。世良はその娘を全力で守れ。ハノイの騎士は必ず俺が潰す」

『行ってらっしゃいませ、旦那様』

『素晴らしいです。貴女、筋が良いですよ』

『ありがとうございます!』

「あ、うん」

 

 それだけ言うと、遊作は今度こそ店を出て行く。

 左右からの情報量の多さに押しつぶされそうになりながらもなんとか遊作に返事を返すことが出来た俺を誰か褒めて欲しい。

 

『あ、ラッセさん……じゃなかった。ご主人様? さっきあのAIにデュエルディスクをハッキングされてましたよ? 中々手癖の悪いAIですね』

「……マジ?」

『でもまあ、大丈夫でしょう。精霊という概念を解さないAIには理解出来ない情報がちょろっとあるとバレたくらいですから』

「……それってまた別の疑念を持たれないか?」

『へーきですよ、ご主人様!』

「……そのご主人様って何となくむず痒いからいつも通りに呼んでくれ……」

『お兄……様?』

 

 ほらぁ! ガラテアも変な事覚えちゃったでしょうがぁ。

 

 

 こうして遊作とのファーストコンタクトは終わりを告げた。

 

 

 


 

 

「どう思う?」

『う~ん、ありゃ俺達とはまた別口の存在だな。同じと言えば同じだが、確実に違うとも言える。何より、あのガラテアって言うAIの事を俺は知らないぜ』

「……まさか……まだどこかであんな悲劇が続いているのか」

(しかし、あいつのデュエルディスクにあった謎のデータは……?)

 

 

 





島「あれ?藤木は?なにぃ!もう帰った!?それじゃあメイドさんにお出迎えされただけじゃ……ハッ、もしかしてあいつ……「お帰りなさいませフェチ」なのか……!」
世良(……しーらね)

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