科学技術全盛時代に精霊の居場所は   作:はなみつき

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ドラゴンメイド喫茶をいつまで擦るんだって?本来やりたかった話を前回やれなかったから仕方ないね。
年内最後の更新です。来年も何か書いていくと思います。


迷いフェニックス

 

 

「「「「『「「お帰りなさいませ、旦那様」」』」」」

「どうも」

 

 再びやって来たのはドラゴンメイド喫茶。

 ……いや、違うんだよ。別に前回のでどっぷり嵌まってしまったとか、病み付きになっちゃったとかそういう訳では無い。

 

 まず一番の理由は放課後にやる事が無いという事。いつも通りカードショップを冷やかしに行っても良いのだが、毎日通ってもラインナップがそう頻繁に変わるわけではない。もちろん毎日通う事で新しい発見がある時もあるが、無い時の方が多いのだ。

 次に遊ぶ場所の候補として挙げられるLINK VRAINSは最近ハノイの騎士がうろついているから近寄りたくない。しかもハノイの騎士に俺がロックオンされているとなれば猶更だ。だから、しばらくLINK VRAINSにはログインしない事に決めているのだ。

 

『セラ様、またいらして下さったのですね』

「まあね。前回は色々あってじっくり料理を味わえなかったからさ」

『メイドさん……ドラゴン……さん??』

『ガラテア様もようこそいらっしゃいました』

 

『ドラゴンメイド・パルラ』に扮したスタッフに案内されたテーブルに座ると、俺の入店に気が付いたハスキーが声をかけて来た。

 落ち着いた雰囲気の店とは言え、店内はそれなりに賑やかなので、普通の声量で話す分にはおかしな目で見られない。深く気にすることなく彼女と会話を続ける。

 

『おや、それはとてももったいないですね。ここのケーキはティルルが作る物に負けないくらい洗練されていますので』

「うんうん、だよねぇ。あんな予想外の連れが居なければ俺もゆっくり味わってたんだけどねぇ……」

 

 島はともかく、俺とガラテアの事を探りに来た遊作との一件。あの時は冷静に対処出来ていたと思ったが、家に帰ってからケーキとココアの味をほとんど覚えていない事に気が付いたのだ。

 決して安くない料金を払って頼んだ料理の味をいまいち覚えていないというのはもったいないし、何より申し訳ない。そう言う意味もあってまたドラゴンメイド喫茶に来させてもらった訳だ。

 

『そう言えば、今日はマスカレーナ様はいらっしゃらないのですか?』

「彼女は俺の所に居たり居なかったりするからね。今日は精霊界で仕事でもしてるんじゃないかな」

『そうなのですか? それでは、彼女とはまた次の機会を楽しみにしましょう』

 

 ……うん。近いうちに今度はマスカレーナも連れてドラゴンメイド喫茶に来ることが決まったな。いやー、ハスキーがマスカレーナに会うのを楽しみにしているというのなら、またここに来るのも吝かでは無いな。うん。

 

「ご注文は如何なさいますか?」

「え? あ、えーと……」

 

 ハスキーとの会話に夢中になって居た為にいつまで経っても料理の注文をしない俺に気を遣ってか、チェイム役のスタッフに声をかけられてしまった。

 

「それじゃあ、この「パルラも摘まみ食いしちゃうチョコケーキ」と「ハスキーの至福の紅茶」をお願いします。あ、紅茶はミルクで」

「かしこまりました、旦那様」

 

 注文を聞いたチェイムの人は厨房へと向かっていく。

 本来は寝室や客室の整備を専門とするチェインバーメイドの彼女が客対応をやっているのは何だか可笑しくて少し面白いが、デュエルと同じで大事なのは正確な設定では無くその場のシチュエーションなので問題なしだ。いやまあ、設定を大事にしたデュエルも盤面とか展開の流れに美しさがあったりするから全部否定する訳でないけどね。

 

『それでは、ガラテア様には私が』

 

 ハスキーに誘われてガラテアは前回と同じテーブルへと着く。

 ハスキーはいつの間にか現れたワゴンに載ったケーキをガラテアの前に置くと、ティーポットを慣れた手付きで取り扱い、音も立てずに紅茶を淹れていく。

 カップに注がれるストレートティー。その横にミルクピッチャーと角砂糖が置かれる。

 

『……』

「ん? どうした?」

 

 ケーキと紅茶を前に座ったガラテアは困った様子で俺の方を見つめて来る。

 ああ、そう言えば前回は対面に座ってたマスカレーナが世話を焼いていたな。きっと、彼女は自分でどうすれば良いのか分からないのだろう。

 

「まずは少しだけ飲んでみな」

 

 俺の言葉を聞いてガラテアは何も淹れていない紅茶を少しだけ口に付ける。

 ……今更気になったが、彼女の機械の身体は味を感じたりすることが出来るのだろうか? 飲むこと自体は前回もやっていたから出来るのは知っているが、果たして彼女は甘さや辛さ、苦みや酸味などを感じることが出来るのか? 

 

『………………』

 

 俺のそんな考えは杞憂だったようで、紅茶を一口飲んだガラテアは少しだけ眉を顰めて渋そうにしている。兄さん驚異のメカニズムの面目躍如と言った所か。

 

「渋いなら、ミルクを入れてまろやかにする。甘みが欲しいなら砂糖を一個入れて甘くするんだぞ」

『……』

 

 コクコクと頷いたガラテアはミルクピッチャーの中身を半分程と角砂糖を一個加えてからもう一度一口。

 

『……』

 

 少し悩んだ後、彼女はさらにもう一個角砂糖を加える。

 

『……ホカァ……』

 

 両手で大事そうに抱えたカップを置いて満足そうに一息ついている様子を見るに、満足できる味に調整する事が出来たようだ。

 そんなガラテアをハスキーと一緒に見ていると、俺の所にも注文の品がやって来る。

 目の前に置かれたケーキのクリームが少しえぐれているのはパルラが摘まみ食いをしたという表現なのだろうか? 芸が細かいな。

 

「旨い……」

 

 う~ん……、濃厚なチョコレートの味がたまらなく美味である。

 

『……うまい? ……うまい!』

『ふふ……』

 

 俺がケーキを食べる様子を真似するようにガラテアは横に置かれているフォークを手に取ってケーキの欠片を口の中へ入れる。紅茶の味とはまた違ったケーキの甘さに嵌まったのかパクパクと続けて食べていくのを見るに、とても満足している様だ。

 

 俺もガラテアに負けじとケーキをつついていると、サイズが小さいという事もあってすぐに無くなってしまう。締めにミルクティーを一口飲むと、口の中で暴れまわっていた甘味が洗い流される。しかし、それは全く違う味で消し去るのではなく、程よい甘みと紅茶の風味でとても穏やかな気分にさせてくれる。

 

「ふぅ……満足満足……あっ」

 

 カップをソーサーの上に戻そうとした時に、先ほどまでケーキを食べるのに使っていたフォークにうっかり手を当ててしまった。

 このままだと店の雰囲気をぶち壊すような甲高い音を立ててしまう! 

 

「……」

 

 と、思いきや、フォークの落下地点には不自然に動いた俺の影が待ち構えており、音も無く「ズズッ……」って感じにフォークが飲み込まれて行く。

 しばらく無言で見ていると、影の上にそっとフォークが現れる。少しだけフォークに残っていたチョコレートクリームが綺麗さっぱり無くなっている様な気がするのは気のせいだろうか? 

 

『あの……もう一つ同じものをご用意いたしましょうか?』

「……いや、こっちで頼むからいいよ」

 

 ハスキーからのありがたい提案を断り、俺が頼んだ物と同じものをもう一回注文する。このままだと俺はケーキとお茶を二人分頼んだただの高血糖野郎だが、届いたケーキと紅茶は誰も見ていないうちに自分の影の上に置く。するとこれまた先ほどと同じように音も無く影の中へと消えて行く。

 そのまま自分の影をじっと見つめていると、ゆらゆら揺れているので、きっと満足しているのだろう。

 

『……すき……』

『おやおや、セラ様は随分愛されている様ですね』

「そうなのかな……ん? そうかなぁ??? 何かちょっと違う様な……? まあ、今度からは美味しいものを食べる時は共有してあげるか」

 

 もはやミドラーシュが人間界の物質に対して普通に干渉しているという事実には目を瞑りつつ、これから彼女と共有できる思い出の幅が増えたなぁ、なんてぼんやり考えていたのだった。

 

 

 ☆

 

 

 

 ずっと気になって居た「ラドリーが洗濯で使った水(無料)」を頼んで(ちなみに、水自体は何となく濁ってる気がする普通の水だった)ハスキーとぽつぽつ会話をしながら時間を潰していると、床の方から「カチャリ」と陶器が擦れる音が聞こえる。そこに目をやると中身が綺麗さっぱり無くなった皿とカップが影の上に置かれていた。

 何事も無くミドラーシュも食べ終わったようなので、ハスキーに伝えるために声をあげる。

 

「さてと、そろそろ帰るとするかね」

『おや、もうお帰りになられるのですね』

「ああ、随分ゆっくりさせてもらったよ」

『またのお越しをお待ちしております』

「次はマスカレーナも連れて来るよ。ガラテアー、帰るぞー……ってなんか居る!」

『……鳥さん』

 

 ガラテアが座っているテーブルに目を向けると、そこにはガラテアだけでは無く、紅い鳥、『トロイメア・フェニックス』がテーブルの上に座り込んでいる。

 

『おや? 今日も来たのですね』

「こいつはよくここに来るのか?」

『ええ。この子は以前から時々この店にやって来るのですよ。迷いインコの様な物だと思うのですが』

「インコにしては……」

 

 禍々し過ぎんだろという言葉は飲み込んでおく。

 フェニックスは頭をガラテアの顔に擦り付けてまるで甘えているみたいに見える。

 ガラテアがフェニックスの頭を一撫ですると、フェニックスはその身体を紅色の結晶、紅蓮のジャックナイツのコアへと変化させていく。紅蓮のコアもやはりこれまでの黄華、紫宵と同様にガラテアへと取り込まれる。

 

『どうやらあの子は帰るべき場所を見つけられたようですね。あんなに嬉しそうな表情は初めて見ました』

 

 そう言うハスキーの表情は嬉しそうで、少し寂しそうだ。

 この世界で数少ない精霊の知り合いとして、彼女にとってフェニックスの存在は意外と大きかったのかもしれない。そんな知り合いが突然どこかに行ってしまうのは、寂しいもんな。

 

「また来るよ」

 

 次はいつ来ようか。

 流石に今の頻度で通い続けるのは財布がもたないので来週か、再来週か。それとも校則で禁止されているバイトでもしようか。

 

 

 




『ペロペロ……うみゃい……ψ(๑´ڡ`๑)』
『わ!なんかいっぱい来た! ( '༥' )ŧ‹”ŧ‹”』
『これ「すき」ぃ……(´艸`*)』


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