『ラッセさん! 無事ですか!?』
「あれ、マスカレーナじゃん。こんな時間にどうしたんだよ」
『……こんばん、は?』
『こんばんは、ガラテアちゃん……それで、貴方は何をやっているんですか?』
「何って、神経衰弱だが?」
ガラテアのお陰でLINK VRAINSに強制ログインさせられるところを辛くも逃れることが出来た俺は虚無作業で疲れた精神力を回復させるため、そのままガラテアと一緒にカード遊びに興じていた。神経衰弱ならガラテアがカードを選んだ後に俺が代わりにそのカードを捲れば良いから一緒に遊ぶことが出来るのだ。
記憶力が異様に良い彼女を相手に神経衰弱を挑むとほぼ毎回俺の負けになってつまらないと思うのだが、それでも彼女は満足らしい。
そんな感じでいつもと同じ様に俺の三連敗目を喫した時に左腕に装着したデュエルディスクからヌルっとマスカレーナはやって来た。
『……はぁ……。ラッセさんのデュエルディスクに誰かが攻撃を仕掛けて来たのを感知したから急いで来てあげたというのに……』
「あー……。悪いな。ちょっと問題が発生したはしたんだが、ガラテアが助けてくれたんだ」
『ムフゥー』
俺がガラテアの方に目を向けると、それに気が付いた彼女は胸を張って鼻息を荒くしていた。
『ガラテアちゃん、貴女は本当に良く出来た子ですねぇ……。それに比べてラッセさんは迂闊すぎですよ!』
「え……。そんな事言ったってあれは不可抗力だし」
何故か説教モードに入ったマスカレーナは両手を腰に当てて口を尖らす。気のせいかもしれないがいつも垂れている彼女のツインテールも今は重力に抗って逆立っているように見える。
まあ、確かにアナザー事件の標的にされたのは俺がハッカーっぽい仕事(ハッカーの知識不要)をしていたからかもしれないけどさ。
マスカレーナは叱られてしょんぼりとした俺を尻目にパソコンへと向き直り、それに向かって手を翳す。
『……やっぱり……』
「何かあったか?」
虚無作業の画面のままになって居るパソコンに俺も近づき、マスカレーナにそう問いかけた。
『このラッセさんが請け負ったバイトですけど、あのハノイの騎士とかいう集団が募集した物ですよ』
「え? マジ?」
『大マジです。まあ、巧妙に偽装はされていますが』
なんと、俺が選んだバイトはハノイの騎士がSOLテクノロジーの下請け企業に偽装して発注していた物だったのか!
『なるほど……知識を持った人間ならプログラムを組んで自動でやれるような仕事……。これでハッカーとしての知識を持っているであろう人間を探していた訳ですね』
「ん? つまり、その作業を自動でやれるプログラムを作れる人間を篩にかける為って事か?」
『そう言う事です。時給が安いとはいえ、知識があればこんな作業最初にプログラムを組んでしまえば後は放置しているだけでお金が貰えますから良い餌になるでしょうね』
「でも俺はプログラムなんて組んでないぞ?」
『それはラッセさんが馬鹿正直に長時間同じペースで作業をし続けていたからBOT判定されたんですよ……うわ! 5時間もやってたんですか!? うへぇ……良くも飽きずにやれましたねぇ……感心しますよ』
えぇ……。
確かにほとんど気絶したみたいな状態で時間も忘れて作業をしていたが、まさか俺の温もりを感じる手作業がプログラムによるものだと見なされて、ある程度の技術を持ったハッカーとして判定されたとか……。
だが、アナザー事件の標的にされる人間は決闘者力が高くて旧型デュエルディスクの所持も条件に含まれる。確かに俺はその条件に当てはまらなくもないが、ハノイの騎士がその情報を知っているはずが……あっ、そう言えば応募する時にLINK VRAINSのアカウント情報を登録したんだった。そこから身辺情報と機器の登録情報を調べればそれらの情報を得ることも出来る……。
あれ? もしかして、全部自分の所為か?
『状況を理解出来ましたか?』
「はい、ごめんなさい」
『まったく……これじゃあセキュリティ意識ゆるゆるのラッセさんが心配で目が離せませんよ』
「……バイトはちゃんとした所でやるべきだな……」
最近は両親や先生に怒られるという経験を全くしていないから人からこうやって言われると少し来るものがあるね……。
よし、これからは反省して次のバイトは身元がしっかりしている実店舗のバイトをしよう。
『……本当に分かってるんですかね……?』
疑いの感情がこもったジト目でこちらを見つめて来るマスカレーナ。
大丈夫大丈夫。要するに気を付けてやれって事だよな!
『……まあ、良いです。それより、これから少し面倒な事になるかもしれませんよ』
「ああ。あのバイト先がハノイの騎士だったなら、提出したLINK VRAINSのアカウント情報……ラッセの情報から俺の事まで知られていると考えて良いだろうな」
SOLテクノロジーは一応表向きはちゃんとした企業だ。一応な。個人情報の取り扱いは社会の目を考えれば気を遣う分野だろう。しかし、相手は凄腕ハッカー集団ハノイの騎士。イグニスの様な超特級の極秘情報なら兎も角、LINK VRAINS登録者の個人情報なんてハノイの騎士なら簡単に丸裸に出来るくらいにしか守っていないと思われる。
しかも、ただのサイバース族保有者疑いの人物からPlaymaker疑いまでかけられたら躍起になって情報を探ってくるはずだ。
『そう言う事です。これから一層注意が必要ですよ』
マスカレーナは出来の悪い生徒に言い聞かせるように人差し指を立てて念を押してくる。
「やっぱまだしばらくはLINK VRAINSにはログインしない方が良いな」
『それに関しては私が居れば精霊界に避難することが出来ますから、ログインする際は私が居る時にして下さいね。流石に奴らも精霊界までは追っては来れないでしょうし』
「ん。ありがと」
リアルの個人情報が知られた可能性がある以上、ハノイの騎士がこっちの世界で何らかのアクションを仕掛けてくる可能性もあるが、そうなったら即ポリスメンに通報出来るように心得ておこう。あ、でも通信遮断のジャミングとかされたら通報も出来ないな。
そうなると大事なのは逃げ脚か、敵に対抗するための腕力。やはりフィジカルパワーが最適解か……。
『そう言えば、ガラテアちゃんはどうやってハノイの騎士の攻撃を撃退したんですか?』
「ああ、それがな」
俺はガラテアが行った一連の行動を説明した。
シームレスにガラテアとの遊びに移行したためすっかり忘れていたが、あの時示したガラテアの力はどう考えても彼女自身が持つ物では無かった。ついこの間遭遇した『トロイメア・フェニックス』に由来する物だという想像は容易につく。
それに、思い返してみればハノイの騎士(おじさん)を撃退した時も違和感があった。確かにLINK VRAINSでアバターが尋常じゃないダメージを受けた場合、肉体にフィードバックダメージが行かない様に迅速に強制ログアウト処理が行われる。それこそ、身体が上下に分かれるようなダメージを受けるとするならば、身体が二つに分かれるよりも早くログアウトさせられるだろう。
え? 頭から落ちたブルーエンジェル? システムが大丈夫と判断したから大丈夫だったんでしょ。彼女は真のデュエリストだし……。
例外の話は横に置くとして、一般人の場合は普通そうなのである。しかし、あの時身体を真っ二つにされたハノイの騎士はそれどころか捨て台詞を吐く余裕すらあった。
それを考慮に入れると、ハノイの騎士が消えたのはフィードバックダメージ防止の強制ログアウトでは無く、別の要因でログアウトさせられたと考えられる。そして、あの時は見間違いかと思っていたが、ガラテアの大鎌にはめ込まれたジャックナイツのコアが黄華の輝きを放っていたという事。
黄華のコアを受け継ぐトロイメアモンスターは皆ご存知『トロイメア・ユニコーン』。そんなユニコーンのモンスター効果はフィールドのカード一枚をデッキに戻すと言うもの。
つまり、
どちらもガラテアがこれまで出会ってその身にコアを宿したモンスターたちの持つ効果だ。もしかしたら『トロイメア・グリフォン』の力も扱う事が出来るのだろう。そして、これから同じように出会うであろうトロイメアモンスターの力もこれから使えるようになるかもしれない。
『なるほどなるほど。それならラッセさんはガラテアちゃんにも守ってもらうべきですね』
「……そうだな」
妹に守ってもらうお兄ちゃんか……。
少し情けなく感じるが、ガラテアの方が強そうだから仕方ないね……。ギルスには「ガラテアを守れ」と言われた訳では無いから許してくれるはずだ。
『お兄ちゃん』
「ん?」
マスカレーナとの会話に集中していた所にガラテアが声をかけてくる。
『カードを、捲って?』
三連敗を喫して四戦目に入ろうとしていた時にマスカレーナが乱入して来たので、並べられたトランプはそのままである。
ガラテアが捲るカードを選んでもいつまで経ってもマスカレーナとの会話から戻ってこない俺に業を煮やして声をかけてきたようだ。
「ああ、ごめん。そんじゃ直ぐに……って、なんか居る!!」
『わ!何ですか?あのThe・ゴブリンって感じの』
『?』
『?』
さっきまで俺が座っていた位置。並べられたトランプを挟んだガラテアの対面。そこに俺の代わりに座っていたのは『トロイメア・ゴブリン』だった。OCGではその強力な効果から禁止カードに指定されたが、この世界ではそう言う話は聞いていない。
どうやらゴブリンは俺が席を外した後にガラテアの対面に現れて彼女とゲームをしようとしていたみたいだ。
ゴブリンは俺と目が合うと、これまでのトロイメアモンスターと同じく、その身体を翠色の結晶、翠嵐のジャックナイツのコアへと変化させていく。ガラテアはその翠嵐のコアを両手で包み込むようにして受け止め、その身に取り込む。
遊び相手が居なくなってしまったからか、ガラテアの表情は心なしか少し悲しそうだ。
『ガラテアちゃん! 私とも遊びましょうか! それに、今度ゆっくりサイバース精霊界を案内してあげますよ!』
『!』
マスカレーナもそんなガラテアの表情に気付いたのか、気に掛けている様子。
「俺も!」
何にせよ、ハノイの騎士に対する警戒は必要だが警戒し過ぎてもどうしようもない。今はとりあえずこの
フィードバック云々の話を書いていて「あ……ブルーエンジェル……」と一瞬頭を悩ませたのは余談