マスカレーナを交えたトランプ大会はそれはもう盛り上がった。
普段俺とガラテアの二人だけでやっていた遊びも、もう一人加わればそれはもうほとんどパーティーみたいなものだ。トランプと言う古典的な遊び道具一つとっても三人で話しながらやれば非常に楽しめる。
どれくらい盛り上がったかと言うと、次の日に寝坊をして朝ご飯を食べ損ねるくらいには盛り上がった。
「あ゛ー……眠った時間で考えれば同じなのにどうして夜更かしをした次の日って異様に眠たいんだろうなぁ」
『これくらいで情けないですね~ラッセさんは』
「俺が起きた後もぐーすか寝てたくせに……」
俺はゲーム中に寝落ちしたために床で寝てしまった。それもあって少し身体がダルイし寝不足気味である。一方マスカレーナは俺が寝た後ちゃっかりベッドで横になってぐっすり眠っていたものだからうっかり叩き起こしそうになってしまった。まあ、触れる事は出来ないんだけどね。
それにしても、精霊体の彼女がわざわざベッドで眠る意味はあるのだろうかと思わなくもないが、やはりベッドの上で眠るというシチュエーションが気持ちの上で大事なのだろうか?
ちなみにガラテアは床で寝ている俺の横で座っていた様で、目覚めて最初に見たのは彼女の顔だった。まあ、彼女が何を思ってか俺の寝顔を覗き込んで居る事はよくある事だ。最初の頃は驚いていたが、今では起床して即「おはよう」と言う余裕すらある。
「腹減ったー。あれ?」
階段を下りてリビングに向かうが、家には人の気配がない。
今日は休日の為、オカンは勿論親父も居るはずなのだが?
不思議に思いながらも辺りを見回してみると、テーブルの上に一枚のメモ紙が置かれている。
「『お出かけしてきます』って、飯は……」
『ありゃりゃ、これはご飯はお預けですね』
どうやら両親は俺が寝ている間に外出してしまったようだ。テーブルの上は勿論、冷蔵庫の中にも作り置きの料理などが無いのを見るに、本当に放置された様だ……。
しかし、出かける前に起こしてくれても良いと思うのだが、何で声をかけてくれなかったのだろうか?
だが、俺は部屋の状況を思い浮かべる。
床で爆睡する
あたかも誰かとトランプ遊びをしているかのように床に散らばるトランプ。
ははーん、なるほど。
これは出かける前にちゃんと起こしに来てくれたが、部屋の状況を見て「……そっとしておこう」とでも思われたな?
まあ、昔から似たような事をやらかしているから今更恥ずかしいも何もないのだが、最近オカンの中で俺の評価が一体どうなっているのか少し怖いとは思っている。
「しゃーない。外に食いに行くか」
『ハスキーさんの所ですか?』
「いや、流石にあそこに行くにはまだ貯金が貯まってないからなぁ」
『なんだー』
あれ? そう言えば俺がやった5時間分のバイト代はしっかり支払われるのだろうか? まさかバックレられてりはしないよな? まさかハノイの騎士は数千円ぽっちの給料も渋る訳ないよな???
まあ、バイト先の正体はハノイの騎士だった訳だが、その仕事を募集していた求人サイトは大手でテレビCMもバンバン打ってるちゃんとした所だった。最悪そこに泣きつけば何とかなるかな。
床で寝た所為で盛大についた寝ぐせを直し、眠い目をこすりながら外出の準備を整えた俺は休日の街に繰り出すことにした。
☆
外で軽く何かを食べる時、俺は大抵安くて手軽なCafé Nagiのホットドッグを食いに行くのだが、残念ながら今日は営業していないようだった。本編でも島に「閉まってる時の方が多い」みたいな弄られ方をしていた様に、この店は草薙さんの気分次第でやっていたりやっていなかったりするため、意外とホットドッグを食えない事がある。しかも、営業場所はDenCityの巨大スクリーン前の広場に限らずその時によって違う場所で営業している事があるものだから食える機会は結構貴重だったりする。
そんな訳で、今日は行きつけでも何でもない街歩き中に目に入った適当なカフェのテラス席で食事を取る事にした。
「んー、すきっ腹にホットケーキとコーヒーは効くなぁ」
『いいなー私も食べたいなーずるいなー』
「そんな事言ったって、マスカレーナは人間世界の食い物は食べられないじゃん」
『何とかして下さい』
「無茶言うなよ」
マスカレーナはどうにかパンケーキが掴めないかと苦心しているようだが、残念ながらその努力は実っていない。
パンケーキを四分の一ほどに切り分け、誰も見ていない事を確認してから昼間の太陽によって地面に映し出された俺の影に落とす。すると、パンケーキは地面に落下することなく影の中へと飲み込まれて行く。
しばらく見ていると、俺の影が俺の動きを全く無視した動きを見せ、影の右手がグッドのハンドサインを作り出す。イイ感じっぽいな。
どうやらミドラーシュは新しい表現方法を思いついたらしい。今までは影を蠢かせる程度だったのに随分細かい動きをし始めたものだ。
今となっては見慣れた光景だが、改めて考えると意味不明だなぁと自分でも思う。
『相変わらずミドラーシュさんは凄いですね。彼女の精霊としての力はどれほど強いのでしょうか?』
「さてなぁ」
なんだかんだ言ってミドラーシュは神の力の一部を宿しているモンスターみたいな所があるから精霊としての力は最上級に近いだろう。だからと言ってこんなに人間界で好き放題やれるのかと言われると俺は首をかしげざるを得ないがね。
「うーん、流石にパンケーキだけだとちょっと物足りないな」
本来の時間的には既に昼食を食べている様な時間だ。それなのに朝食抜きでパンケーキ一皿では育ち盛りの高校生である俺の腹を満たすには少し足りない。追加でホットサンドを注文して品が届くまでコーヒーをしばいて待つことにする。
「おやぁ? そこに居るのは」
「え……」
そんな時に声をかけて来たのは予想外の人物だった。
「この間はどうも」
『人間、久方ぶりですね。息災ですか?』
「ああ、いや……まあ」
人と精霊からかけられた言葉に曖昧な返事を返す。
前回と同じように巨大な樹のモンスターの精霊を引き連れた男、スペクターは胡散臭い笑みを浮かべて目の前に立っていた。
ハノイの騎士の幹部スペクター。確か前回もこんな休みの日の昼頃に遭遇してしまった気がするな。もしかして、こいつのルーティンなのだろうか?
「そうだ、丁度君に感謝を伝えようと思っていたんですよ」
「俺に?」
そう言いながらスペクターは何も言わずに対面のイスに座る。
何事も無いかのようにスタッフにコーヒーを一杯注文し、言外にしばらく居座る宣言までしている。
「ええ、そうです。君の言葉を聞いてからこの世界に対する見方が少し変わったんですよね」
「まさか、精霊の姿が!」
「いいえ、残念ながら私には彼女達の姿をこの瞳に映すことは叶いませんでした」
スペクターは懐のデッキケースから
「ですが、「居るかもしれない」、「居たらいいな」と言う希望的観測では無く、「居る」と言う確信を得られた今ならば、その存在を感じ取れるような気がしたんですよ。何となくですがね」
「本当にそんな事が……」
別にスペクターの事を疑う訳では無いが、今まで精霊を見る事が出来る人は勿論、その存在を感じるだけでも出来る人が居るなんて話は聞いた事が無い。
皮肉なことだが、ある意味俺が一番精霊は見えないモノだと決めつけているのかもしれないな。
「ふむ……三、いえ、四人程ですか? 我々の近くに何かを感じますね。君の傍に来てからこの感覚が増えたことを鑑みるに、君はとても精霊に好かれているのでしょう」
あ、当たっている……。
この場に居るのはミドラーシュ、ガラテア、マスカレーナ、そしてドリュアトランティエの四精霊。本当にスペクターは精霊を感知できている!?
『あれ以来、この子が私達に向けて沢山語り掛けてくれるようになったのですよ。素晴らしい事です』
ドリュアトランティエの方に目を向けると、こっちはこっちでスペクターの事を愛する我が子の様な目で見つめている。親バカとはこういう場合にでも適用されるのだろうか?
「おや、ドリュアトランティエはそちらに居るのですか? 羨ましいですねぇ。私にも彼女の姿を見ることが出来たら、声が聞こえたらと何度思った事でしょう」
俺の視線の先を追うようにしてドリュアトランティエを見る。
「もし君を殺してその力が得られるのならば、私は何の躊躇い無く君を殺してしまうでしょうねぇ」
「ヒエッ……」
いや、怖いて。この人突然何言ってんの!?
「……まあ、そんな事は不可能だという事くらいは理解していますよ」
スペクターは丁度今届いたコーヒーに口を付ける。
精霊の存在を感知する事しか出来ないスペクターは何事も無いようにコーヒーを啜っているが、「君を殺して」位のところでガラテアが大鎌を取り出し、ドリュアトランティエが蔓を伸ばして牽制してと、結構ヤバ気な雰囲気を漂わせていたのだが、それを知ることが出来る人間は残念ながら俺だけである。
「そんな戯言は置いておいて、これでも私は君に結構感謝しているんですよ。世良君?」
「ッ!」
こいつ、俺の名前を!
恐れていたことが起こってしまっていたようだ。既にハノイの騎士は俺=ラッセと言う情報も握っている。奴はそう言っているのだ。
「だからね、これだけははっきりさせておかないといけない。君はPlaymakerですか?」
「……」
「現状、我々の強制ログインプログラムを強引に破壊して逃れた君は類稀なるハッカーであるPlaymakerの最有力候補です」
ふぁ!? ち、違うぞ!
あの時の強制ログインを防いだのは俺では無く、ガラテアだ! ……って言って信用してもらえるんだろうか? 精霊を感知できるようになったスペクターなら微妙に信用してくれそうな気もするが、こいつに喋りすぎるのは少々怖い……。
「それで、君はPlaymakerなのですか?」
返答に悩む。
だが、結局の所、答えは「ノー」である。下手に時間を掛けると余計に怪しまれるので、俺はシンプルに答える事にする。
「……俺はPlaymakerじゃない。それに、俺はハッカーの知識は持っていない。あの変な仕事も全部手作業でやったし、あの仕事がハノイの騎士に関連した物だって教えてくれたのは友達の精霊だし、あの強制ログインを防いだのも妹の精霊だ」
「ん? 妹の精霊?」
「そこは聞き流してくれ」
スペクターは俺の言葉を聞き、検討しているのか考え込むような姿勢を見せる。
五秒だろうか、三十秒だろうか。この沈黙の空間は実際よりも長く感じた。
「ふむ……どうやら嘘ではなさそうですね」
ふう……どうやら信じてくれたみたいだ。
ここで「いや、君はPlaymakerだ。私がそう判断した」なんて言われた日にはもうどうしようもなかった。
「うん。それなら構いません。であるならば君は現状ただのサイバース族保有者疑いの人物。今日の所はこれで失礼させて頂きましょう」
スペクターはそれだけ言うと、残ったコーヒーを一気に飲み干し、席から立ちあがる。
「良いのか、ハノイの騎士」
ハノイの騎士は最終目的はイグニスの抹殺。そのためのサイバース族所持者を探していた。そんなハノイの騎士にとって標的である俺を見逃そうとしている事に疑問を持ち、余計なことはしなくても良いのについ声をかけてしまった。
「言ったでしょう? 私はこれでも君に感謝していると。偶然街中で出会った事を無かったことにするくらいにはね。勿論、君が望むのなら私は吝かではありませんが?」
そう言ってスペクターはデュエルディスクが装着された左腕を持ち上げる。
なるほど、別にスペクターからすれば今この場でやり合って俺から
「御免だね」
「そうですか、残念です。ですが、あの方の命令があった場合は逃しませんよ。それでは、今後はお互い出会わない事を願います」
それだけ言うと、スペクターはテーブルから離れて行く。
『それではまた会いましょう』
おい、
「なあ、ドリュアトランティエ。その……前回あのアホ三人娘がアンタの果実を勝手に取って食べてたみたいなんだが、すまなかった。謝って許してもらえれば嬉しいんだが……」
『? ああ、そんな事もありましたね。
「そうか。助かる」
あー良かった。
地味に気にしていたらどうしようと心配だったんだよな。ドリュアトランティエが気にしていないというのなら俺も安心だ。
彼女とはそれだけ言葉を交わすと、スペクター共々人ごみに紛れて見えなくなっていった。
「……………………はぁ~~~~~」
張りつめていた気が一気に抜ける。
ちょっと寝坊しただけなのにどうしてこんな目に遭わなければならないのか。
「何だか余計に腹が減ったな」
緊張で今まで忘れていた空腹感がぶり返して来た様だ。スペクターとの会話中に注文したホットサンドが届いていたからそれを頂くとしよう。
「あれ?」
ホットサンドが無い?
スタッフがテーブルに置いたところまでは確認しているし、俺はまだ食べていないので確実にそこにあるはずの物だ。
おかしいなぁと思いながら横を向くと、そこには俺の影を囲んでガラテアとオレンジ色の犬、いや、『トロイメア・ケルベロス』が何かをモグモグ食っている。
「何してんの?」
『!』
俺が見ている事に気が付いたのか、ガラテアは口元をゴシゴシと手で拭って証拠隠滅を図ろうとしている。
そして、ケルベロスはと言うと、その身体を燈影のジャックナイツのコアへと変化させ、そそくさとガラテアの中へと入って行ってしまった。共犯者に逃げられて焦ったのか、ガラテアはしばらくオロオロした後、俺の影を指差す。
「……」
そんな俺の影は美味い飯にご満悦だったのかサムズアップしていたのだった。
現実世界の食い物もミドラーシュを介せば普通の精霊も食べることが出来る。
「そう言うことも出来るんだなぁ……」
俺は再びホットサンドを注文するのだった。
『ふへー危ない所でした』
「マスカレーナ。静かだと思ったら、どこ行ってたんだよ」
『ふっふっふー……、これを取りに行ってたんです!』
「それは……ドリュアトランティエの果実……お前……」
『本職のキスキルさんやリィラさん程ではありませんが、私の手に掛かれば聖天樹の大母神と言えども訳ないですね~』
「……また謝らなきゃいけないのか、これ?」
『ご飯はいっぱい食べるタイプです( ・´ー・`)』