「こんにちは、草薙さん」
「お、世良君じゃないか」
どうやら予想通り、今日はCafé Nagiはオープンしていた様だ。
店で作業をしているのは草薙さんだけであり、遊作は居ない。
こうして草薙さんと名前を交えて軽く挨拶をするくらいの間柄になったのだから随分とこの店の売り上げに貢献している。だが、それ以上にPlaymakerの正体を知っている関係という事が大きいだろう。
「カフェラテとホットドッグ、あとポテトを。二つずつでお願いします」
「了解。今日は君と合わせて二人なんだね」
「ええ、まあ。そう言う事ですね」
そして、俺が草薙さん達の秘密を知っているのとは反対に、二人は俺の秘密を知っている。秘密とは言うが、別に人に知られたところで何も不都合はないので秘密の重さとしては全然釣り合っていないのだが……。
そんな草薙さんなので俺が二人前の料理を頼んでも不思議な顔をせずに用意してくれる。こういう理由もあって俺はCafé Nagiについつい足を運んでしまうのだろう。始めていくカフェで同じメニューを二人前注文すると決まって怪訝な表情をされるのでちょっと面倒なのだ。
Café Nagiの店舗であるキッチンカーの前に設置されているテラス席に座り、注文した品が完成するのを待つことにする。草薙さんは冷蔵庫からソーセージを取り出して鉄板で焼き始める。ソーセージに火が通り、香ばしい良い匂いがここまで漂って来るのに従って俺の空いた小腹がさらに空いていく様だ。
「そう言えば、マスカレーナは迷惑かけていませんか?」
ただ待っているだけでは暇なので、俺は遊作の元へ行ったマスカレーナの様子を聞いてみる事にした。
「ん? 迷惑なんて事はないさ。あの娘はとても賑やかだからAiが居た時の事を思い出すよ。まあ、女の子の扱いに慣れていない遊作は少し困っていたけどな」
「はは、それはちょっと見てみたいですね」
女の子にたじたじになる遊作と言うのは一ファンとして見てみたいのは事実である。
遊作が本編で関った女性は財前葵と
強いて言えば
財前晃がヒロインだなんて冗談を言われるVRAINSは伊達ではない。
まあ、遊作ならマスカレーナをAiにするのと同じ様に雑な対応をする気がしないでもないが、ハノイの塔事件を終わらせた彼なら少しだけ心の余裕も生まれているので少しはマシな対応をしてもらえるだろう。
別に俺だって女の子の扱いに慣れていると言えるほどの経験はしていない。だが、マスカレーナは闇属性だけど光のギャルみたいな性格をしているのでよっぽどの事が無い限りコミュニケーションで問題が起こるとは思っていない。
「はい、お待たせ。注文の品のカフェラテ、ホットドッグ、フライドポテトだ」
「ありがとうございます」
そんなこんなしていると頼んでいた料理を草薙さんが目の前に運んできてくれる。
うんうん。やはり出来立ての料理の匂いと言うのは食欲を誘うものだ。
俺はカフェラテ、ホットドッグ、ポテトをそれぞれ手に取り、一つずつ自分の影の上に置いていく。置いた傍から食べ物を乗せた皿とカップはズズズ……といった感じで影に飲み込まれていく。
「はぁ~、分かってるつもりではあるけど、いつ見てもこの光景は信じがたいな」
「それは俺自身もいつも思ってるんですよね」
この光景を見ていた草薙さんが思わずと言った感じでそう呟いていた。
だけどまあ、それも仕方がない。何と言っても現実味の欠片も無い光景なのだから。
さて、ミドラーシュにホットドッグを渡し終えた所で、自分も食べる事にしよう。
「いただきまーす」
出来立てで湯気が立っているホットドッグを手に持ち、口の中に放り込むために近づけていく。
その時、俺は言いようも無い「熱」を感じた。
「あっっっっっっづ!!!!!!」
「ど、どうした!? 火傷でもしたか!」
確かに手に持ったホットドッグは出来たてでアツアツであるが、俺が感じた熱の発生源はそれではない。その熱は俺の心臓の辺り、正確にはシャツの胸ポケットからであった。
胸ポケットにスマホかモバイルバッテリーでも入れていたか? なんて回っていない頭で考えたが、胸ポケットにそのような電子機器は入れていない。今、俺の胸ポケットに収められているのは先程カードショップで入手したカードだけだ。
熱の発生源を特定した俺は胸ポケットに収めていたカードを取り出し、机の上に置く。
するとどうだろう。
今まで誰も座っていなかったはずの俺の目の前の席に、いつの間にか一人の女性の姿があるではないか。
『こんにちは。おいしそうですね』
「こ、こんにちは。えっと……食べるか?」
『ありがとう。だけれども、それは難しいのではないでしょうか?』
草薙さんが作ってくれたホットドッグを見つめながらそう言った彼女は恐らく、人間界の物に干渉する事が出来ないのだろう。
「あー……ミドラーシュ、ちょっと手伝ってくれるか?」
俺はそう言って自分の分であったホットドッグを皿の上に置き、先程と同じ様に自分の影に置く。すると、俺の意を汲んでくれたのか、ミドラーシュは一度影の中に取り込んだホットドッグを影糸を操って再び取り出してくれる。こういう風にミドラーシュが他の精霊に人間界の食べ物を渡す時は精霊に属する物として外に出してくれるので草薙さんには見えていないだろう。
「どうぞ。これなら食べられるだろ?」
『あら、良いの? それでは、遠慮なく頂きます』
彼女はそう言うと、燃え盛る炎の手でミドラーシュからホットドッグを受けとる。てっきり炭になってしまうんじゃないかと心配したのだが、どうやらそんな悲劇は起こらなさそうだ。
「えーっと、世良君。一体何があったんだい?」
「何と言えば良いのか……。取り合えず、さっきのセットをもう一つお願いします。客が増えたので」
俺は彼女、『賜炎の咎姫』に渡した自分の分のホットドッグを新しく草薙さんに注文するのであった。
☆
「それで、今度はどういう経緯でその……彼女? を引っかけて来たんだ?」
「ちょっと草薙さん、人聞きの悪い言い方はしないで下さいよ」
先程の一悶着から落ち着くことが出来た俺と、店の中から持って来た新しい椅子に座る草薙さんを加えて話をしている。
その間も咎姫はミドラーシュ経由で渡された俺のポテトをもしゃもしゃと食べていた。また、俺も草薙さんが新たに用意してくれたポテトを摘まみながら会話を行っている。
「このカードはさっきショップで買ったパックで当たったんですよ」
「うん? だが、カードの精霊と言うのはデュエリストが長年使いこんだ物に宿るのではなかったかな? よくある伝説ではそう聞いていたけれど」
「ええ、そのパターンがほとんどだと思います。でも、たまーにパックから出たばかりのカードに精霊が宿って居る事もあるんですよ。その場合、カードの精霊が何らかの目的をもって人間界に来ている事が多い様ですが、こいつは……」
俺は草薙さんから視線を外し、対面に座る咎姫をチラッと見る。
『美味しいですね』
カフェラテが入ったカップを器用に指で摘まんで傾けている咎姫の姿がそこにあった。
「草薙さんの作った料理に誘われたんですかね? 分からないですけど」
「ハハ、本当にそうなら光栄な事だね」
そう言って草薙さんは笑っている。
しかし、パックから出たカードから精霊が飛び出してくるなんて言う経験は少ないので、突然現れるとびっくりするのである。それも今回はただ姿を現すだけではなく、火傷したんじゃないかと思うくらいの熱を肌に感じながらの出来事だったのでより一層である。
ちなみに、先程こっそりと服の中を覗き込んで火傷の跡が無いか確認したのだが、そのような物は全くなかった。恐らくあれは魂に直接干渉した、みたいな話なのだろう…………ん? 大丈夫なのかそれは? 闇のゲーム見たいに何かがすり減るんじゃなかろうか?
そんな俺のハート(精神)を焼き尽くしそうとした当の咎姫さんはポテトを食べ終えて手に付いた塩を満足そうに舐めとっている。
「それで、実際の所お前はどんな目的でこっちの世界に来た訳?」
『目的? 目的……』
全てを食べ終えて一服している賜炎の咎姫に俺は率直に話を聞いてみる事にする。
これからどうするにしても一度聞いておく必要があると思ったからだ。
『何やら美味しそうな匂いがしたから、でしょうか』
「本当にそうだったのかよ……」
これまで何だかんだ多くのカードの精霊達と交流を持ってきた俺だが、こんなにフランクな理由でこちらの世界にやって来たのは記憶にある限りでは初めてではないだろうか?
俺は『賜炎の咎姫』と言うカードを知らない。つまり、彼女がカードの裏側にあるストーリーの中でどんな役割を持っていて、どんな力を持っているのかもさっぱり分からない。だが、こんなにもあっさりと、デュエリストと絆を育むこと無く人間界にやって来ることが出来る彼女は精霊として非常に強い力を持っている事が伺える。ミドラーシュならそれくらい出来そうであるが、そこまでの力を持っているのか?
ストーリーの中で重要な役割を担っているカードなのか、それとも公式で何か特別な扱いを受けたカードだったりするのだろうか?
「それじゃあ、もう帰るのか?」
『そうですね……。もう少し、こちらの世界を見てみようと思います。暇なので』
「暇なんだ……」
俺はこの『賜炎の咎姫』というカードの事がさっぱり分からなくなる。
強力な攻撃力と効果を持ちながらも儚げな印象を受けるその女性がしれっとそんな事を言うのである。段々俺の中でおもしれー女判定が強くなってきている。
「じゃあデュエルはするか? デッキはちょっと考える必要があるけど、何とかするぜ?」
『とても魅力的な提案ですが、それは遠慮させて頂きます』
「あ、そうなの……」
俺は少しだけ残念に思った。
炎属性に限定された効果ではあるが、非常に強力な効果を持った『賜炎の咎姫』と言うカードを俺は一人のデュエリストとして使ってみたかったのである。ふとパックから当たったレアカード主軸にしてデッキを考えると言うのもデュエルモンスターズの醍醐味の一つだ。
しかし、カード本人からお断りされてしまえばそれも躊躇われる。
『なんと言いましょうか……端的に申しまして、タイプではありませんので』
俺は普通にへこんだ。
「お前結構言うな」
今の俺は口元を引きつらせながらも筆舌に尽くしがたい微妙な表情をしている事だろう。
「何か言われたのかい?」
「ええ、まあ……。俺は彼女のタイプではないそうです」
「ハハハハハハ! そりゃ盛大に振られたな!」
「そんな笑わないで下さいよ……」
「いや、ごめんごめん」
咎姫に振られた俺を見て盛大に爆笑している草薙さんには一言申したい気持ちではあるが、俺も同じ状況だったら死ぬほど笑っているだろうから何も言わない。
そんな様子を見ていたからか、咎姫は少し慌てた様子で話し始めた。
『えーっと、ごめんなさい? 少し語弊がありますね。私が言いたいのは、きっと私では貴方の力を存分に引き出すことは出来ない、という事です。そして、きっと貴方も同じように考えている』
「んー、まあ、それはー……そうだなぁ……」
咎姫が言っている事はあながち間違いではないと思う。
何より、俺はこれまで炎属性が主体のデッキを使った事が無い。一番好きな炎属性モンスターは? と言われたら『灰流うらら』と答えるだろう。まあ、一番嫌いな炎属性モンスターは? と聞かれても『灰流うらら』と答えるだろうが……。
それはさておき、つまり俺の認識の中で炎属性モンスターの印象が薄いという事である。
『なので、そういう意味で私は「タイプではない」と申し上げたのです』
俺はオカルトにどっぷり腰まで浸かっている人間なので、人間とカードの間に相性みたいな物があり、それの良し悪しによってカードの引き等に少しだけ影響を及ぼすと知っている。彼女が言いたい事はそう言う事であろう。
俺が炎属性のデッキを組んでも120%の力を引き出せないし、炎属性のカード達は俺の力を引き出せないのだ。でも遊びでちょっと使うくらいなら……とも思うが、まあここは彼女の意思を尊重しよう。
それに、こういうタイプは様々な理由ですぐに俺から離れて行く。これまでの人生で学んだ経験則と言う奴だ。むしろ、ここ最近知り合った精霊達が例外だったのである。
『ですので、気楽にこの世界を見て行こうと思っています。……そう言えば、まだお名前を伺っていませんでしたね?』
「確かにそうだったな」
精霊が宿って居るとは微塵も思っていなかったカードから突然現れてから即飯を食い始めたので自己紹介をする事を忘れていた。
「俺は世良。まあ、これからよろしく」
今日は新たな精霊の知り合いが出来た日だった。
『私の事は気軽に「とがちゃん」とでも呼んでください』
いやーそれはちょっと……。
(´・~・)モシャモシャ。まーたやってるよ。