「んん……ん?」
アラームの音によって覚醒した意識の中で、ぼんやりとした視界がクリアになっていく。そこにはこちらを見つめている咎姫の顔が映った。
『おはようございます』
「うおっ……おはよう」
Café Nagiで『賜炎の咎姫』との出会いを果たした日、あの後は特に問題も無く無事自分の分のホットドッグとポテトにありつくことが出来た。そうして腹を満たした俺は家を出た時よりも同伴者を一人増やして帰宅したのだった。
まあそれは良いのだが、家で夜ご飯を食べる時も風呂に入る時も、果てはトイレに行こうとする時まで咎姫が付いて来ようとしたのは少しだけ困った。誰かと離れるのが嫌なのか、あるいは人間と言うものに興味があるのか。
それにしても、ガラテアもそうだったが、精霊は人の寝顔を見るのが好きなのか?
彼女の真意は分からないが、あれから数日一緒に過ごして少なくとも人に害意を持っている様子はなさそうだという事は分かった。これなら俺以外の
そろそろ夏休みが終わろうとしている今日この頃。
夏の太陽はまだまだ元気だが、この世界の夏の暑さは実はそこまで酷ではない。学生は衣替えをすることなく一年中過ごせるし、草薙さんなんて私服の時にはパーカーにジャケットを羽織っている。地球温暖化を克服したのかとも思えるこの世界のこの国は生活するうえでとても過ごし易い。
のだが……。
「あの、ちょっと熱いんだけど」
『あら? ごめんなさい。気を抜いてしまうとちょっと漏れてしまうのかしら』
夏の暑さは大したことないのだが、新しい炎属性の同居人が傍に居るとまるで心(精神)を燃やす様な熱さを感じる事がたまにある。その熱が彼女の燃え盛る手から発せられているのか、あるいは彼女の両脇に居る蛇の様な何かの口から時折漏れている炎が原因なのか。
ちなみに、彼女が人間界に現れた時の強烈な熱を感じる事はあれ以降無い。恐らくあれはこの世界に現れた時のエネルギーみたいなものも合わさった故の事象だったのだろう。
今の所体調に異常は無いから良いのだが、もしこれがスリップダメージの様に精神を蝕む的な事があるとしたら目も当てられない。また、俺であれば原因が分かるので対処のしようもあるが、彼女を精霊のことが認識出来ない一般人に渡した後、その人が人として生きる事が出来ない様な事態になったとしたら……考えたくないな。
この世界は様々なことが科学として説明できる世界ではあるのだが、それでも非科学的な現象がいくらでも起こり得る遊戯王の世界である事もまた事実。精霊として力の強い彼女を渡す相手は慎重に選ばなければならない。
とはいえ、カードが人を選ぶ。
その言葉通り、カードに宿った精霊は自身に相応しい決闘者を見つけたら自然と惹かれるものであり、そうなった決闘者であれば問題が起きる事も無い。
『昨日行った遊園地はとても気に入りました。特に観覧車? という乗り物がとても良かったです』
「そうか? そう言ってくれると連れて行ったかいがあったな」
人間界を全く知らない咎姫に人間界と言う物を知ってもらうために、ここ数日は色々な場所へ遊びに行っていた。夏休みだからこそ出来るツアーという訳だ。
カードショップ、レストラン、デパート、遊園地等。
昨日は遊園地に行った訳だが、どうも彼女はジェットコースターの様なスリリングな乗り物よりもゆったりと非日常を味わえる様なアトラクションの方が好みのようだった。狭いゴンドラの中に納まった咎姫だが、彼女の両脇に控える二頭の蛇? はゴンドラからはみ出ていたのには少し笑ってしまった。
もし、俺が外からそのゴンドラを見ていたとしたら、二頭の化け物がゴンドラの両側から生えている異様な光景を見ることが出来ただろう。そこでさらに炎でも吐かれたら吹き出す自信がある。
え? 傍から見たら高校生男子が一人で観覧車に乗っている様に見える姿の方が笑える? やめてよね……。
『今日もどこかにお出かけでしょうか?』
「そうだなぁ……。取り合えず朝飯を食ってからだけど、今日は適当に街を歩いてみようと思う」
この数日間で咎姫には人間界の最低限の知識は伝えて来た。
そろそろマスター探しも兼ねて色んな人に会わせるのも良いだろう。街を歩いている中で咎姫の感性にピンと来る人間に出会えるかもしれないしな。
☆
朝食を取った後、俺達はDec Cityのストリートを歩いていた。
様々な店が立ちならぶストリートには、人々の目を引き付けるために煌びやかな看板商品がディスプレイされている。そして、それらの商品は人の目だけではなく、カードの精霊の目にも止まる物の様だった。
『世良、あれは何ですか?』
「ん? ああ。あれはな」
こんな感じに咎姫が興味を持って質問してきたものに答えを返していく。このストリートには様々なジャンルの店が立ち並んでいるので、彼女の興味が尽きる事は無い。
そんなやり取りを続けていると、後ろから声を掛けられた。
「おーい、世良くーん!」
「やっほー」
「ん? お、キスキルとリィラじゃん」
それは一週間ほど前にSOLtiSを利用していつも通り人間界に出て行ったまましばらく帰ってこなかった二人だった。二人はもう大人なので特に門限だとか、毎日帰って来いだとか厳しい事は何も言っていないので実質野放し状態である。
カードの精霊が未発売の人工知能搭載可能なアンドロイドでその辺をうろついているのはあまり良くないのではないかと一瞬思い悩んだ事もあったが、あまり深く考えない事に決めたのも今は昔の話だ。俺はもう色々と諦めた。
「やあやあ、君はまーた知らない子を連れてるねぇ」
「この、プレイボーイさんめっ」
「ちょっ、人聞きの悪い言い方するなよ……」
リィラなんかは俺の事を「プレイボーイ」なんて表しながら肘で脇腹をつついてくる。
二人もカードの精霊なので、当然精霊である咎姫の事が見えている。しかし、咎姫からしたら人間界に実体を持つ存在である彼女達に自分の事が認識されている事に驚いている様子。
『あの、お二人は私の事が……?』
「勿論、私達も君のお仲間だよ」
「そう言う事」
二人はカバンから取り出した『Evil★Twinキスキル』と『Evil★Twinリィラ』のカードを咎姫に見せる事で事情を伝える。
『ほう……。人間界にはこの様に活動している精霊も居るのですね』
「いや、二人はかなり特殊だからあまり参考にしなくていいよ」
出所不明の大企業の未発売商品を乗り回している精霊なんてこれ以上現れられても俺が困ると言う物だ。
その後、咎姫の自己紹介も交えながらしばらく話をしていたが、キスキルとリィラの二人はこの後用事があるらしい。
「あ、そうそう。もう数日くらいしたらこの身体を戻しに行くから、またよろしくね」
「ちゃんと管理しておいてね?」
「はいよ。と言っても、管理はミドラーシュに任せてあるから俺が言う事でもないか」
最近は倉庫としての役割を持ち始めた俺の影の中の謎空間。
そこに色々な物を放り込んでも今の所ミドラーシュは何事も無く対応してくれているので俺もつい便利に使ってしまっているのである。
「それじゃ、シーユー!」
「バーイ」
「ん、またな」
『失礼いたします』
二人が離れていくので手を振って見送る。
そして、よく見たら俺の動きと少しだけずれた動きで俺の影も手を振っている。ミドラーシュもさよならの挨拶をしている様だ。
☆
来週から始まる新学期に備えて買っておくべき物もあったので、雑貨を細々買い集めながら俺は咎姫に適当な話を振ってみる事にした。
「そう言えば、とがちゃんの求めるタイプってのはどういうのなんだ?」
結局咎姫の事は「とがちゃん」と呼んでいるのには理由がある。と言うのも、最初彼女の事を「咎姫」と呼んでいたのだが、彼女は口には出さないものの、不満そうな表情をしていたので「とがちゃん」と呼ぶ事にした。
それだけと言えばそれだけの理由なのだが、普段から女性を愛称で呼ぶ事なんて無かったので初めは非常に緊張した。なんなら今の年になって男の友人ですら下の名前で呼ぶ事は無いので俺としては異例だと言えるだろう。
『そうですね……』
彼女は顎に手を当てて少し考える様な仕草をしながら答えてくれる。
『芯がしっかりしていて、熱い心を持っている……そんな人が好きです』
「お、おう。結構しっかりした理想があるんだな」
咎姫は大人しい女性といった見た目をしているが、硬派な理想像があるようだ。
あれ? そうなると、彼女のタイプでは無い判定をされた俺は芯が弱く、冷めた男だと思われたという事だろうか?
俺は少しへこんだ。
なまじ『賜炎の咎姫』というモンスターが人型の女性モンスターという事もあり普通にへこんだ。
まあ、自分でも決して芯が強い方だとは思っていないし、物事に熱く当たる人間かと聞かれれば「NO」と答えるだろうから彼女の認識は間違いではない。
しかし、そういう見た目からじゃ分からないタイプの話となると、本当に咎姫の感性を信じるしかないな。
そんな感じで少しだけしょんぼりしながら店を回っていると、俺は知っている後ろ姿を見つけて思わず目を見張る。
いや、正確にはお互いに面識もない他人同士の相手だ。
しかし、俺は知っている。彼の辛い過去も、決意を以てこの街へやって来た現在も、そして、最後までPlaymakerと共にあってくれた未来も。
穂村尊。
遊戯王VRAINS二期において突如Playmakerの前に現れる謎のデュエリスト、Soulburnerの正体。登場当初からPlaymakerに対して友好的な対応をしており、またハノイの塔事件の解決に尽力したブルーエンジェル、GO鬼塚に対してもリスペクトを示した好青年として描かれた。そして、VRAINSの前作に登場したあるキャラクターの影響でいつか裏切るとずーっと言われた風評被害者。かわいそ。
彼もまた遊作と同じロスト事件の被害者であり、その実験成果とも言える不霊夢こと炎のイグニスを相棒とし、共に行動することになる。
そう言えば、彼は夏休み明けの学期からの転校生として現実世界では登場するのだったな。
となれば、この時期に新学期・新生活の準備のために街で物資調達をしているのは不思議でも何でもないが……これも運命と言うものだろうか。
彼が内に秘める芯の強さ、燃える魂、熱い心は一視聴者であった俺もファンの一人だ。そんな魅力あふれる人間が穂村尊だ。この街にやって来るにあたってイメチェンをしたのか、見た目こそふにゃふにゃしているが、その内に秘める熱は本物である。
ていうか、地元に居た頃の尊は見た目が怖すぎるので余りお近づきになりたくない系の男だったのだが、Dec Cityに引っ越して来るにあたって一体どういう心境の変化があったのか一度本人から聞いてみたいものである。
いや、やっぱりちょっと怖いので聞けない。
そんな彼ならばと、俺はそう思い視線を咎姫へと移す。
すると、咎姫も何かを感じ取ったのか、彼女の視線は尊へと固定されている。
『彼は……』
俺は思わず笑ってしまう。
「どうだ? 行くか?」
『……もし、許して頂けるのであれば、私は、彼と共に歩んでみたい』
やはり、カードが人を選ぶ。
その言葉に嘘偽りは無い。
「うん、そうか。俺もあいつならとがちゃんを託しても良いと思える」
『お知り合いですか?』
「いや。だけど、分かるのさ」
俺は咎姫から尊との関係性を聞かれるが、事情を話すのもややこしいので適当に誤魔化す。
そうと決まれば話は早い。俺はカバンの中からキャップを取り出し、目深に被る。
これは精霊付きのカードを新たなマスターに渡す時に、知らない人に突然話しかける不審者になるのが余りにも辛すぎてせめて顔を認識されない様にと常に持ち運ぶようになった悲しきアイテムである。
俺は棚に陳列されている品を吟味している尊を出来るだけ刺激しない様に、慎重に声を掛ける。
「失礼、そこの人」
「はい? なんですか?」
尊はこちらに振り向き、訝しむような視線をぶつけて来る。
「ラッキーカードだ。こいつが君のところに行きたがっている」
「え?」
だが、そんな事を気にすることも無く、尊の胸にカードを押し付ける。そうすれば相手は反射で押し付けられたものをつい手で取ってしまうものだ。
尊が『賜炎の咎姫』を手にした事を確認した俺はすぐに踵を返し、この場を離れる。うかうかしていると突き返されてしまう恐れもあるからな。
ああ、言い忘れていた事があった。
「そうそう、彼女は観覧車が好きだ。たまにで良いから連れて行ってあげて欲しい」
「はぁ? え、ちょっと!」
尊が俺を呼び止めようとする声が聞こえるが、聞かずに歩き続ける。
さよなら、咎姫。
だが、尊が、Soulburnerが熱き魂を持ち続ける限り、咎姫が彼に失望を覚える事は無いだろう。
それはつまり、何も心配は要らないという事だ。
「行っちゃった……って! これ、レアカードじゃないか! こんなの受け取れないよ」
『どうした、尊』
「今、知らない人にこのカードを渡されたんだ」
『ふぅん、良くないカードなのか?』
「いや、その逆さ」
『なら良かったじゃないか。有効に使わせてもらおう』
「そういう訳には……」
『それにこのカード、お前のデッキにぴったりだ』
第四章第一弾、という事でね。
世良君が精霊付きのカードを手に入れた時には大体いつもこんな感じの事をやっていましたと言う話。
咎姫のターン短くて申し訳ないんですが、リハビリと言うことで。
ソウルバーナーのデッキにバージョンアップデートパッチが適用されました。
まあ、結末は変わらないんですけどね……本当に変わらないか?ワンチャン咎姫一枚の追加でLINKVRAINSの英雄にならんか?
まあ、変わらないという事で。
今回はここまで。