あれは今から10年位前だっただろうか。
当時の俺はお小遣いが貯まったらカードショップに赴く平均的な小学生だった。いや、ネットショッピングが主流のこの時代にわざわざ店舗に足を運んでカードを買いに行っていたという点では珍しい子供だったかもしれないな。
行きつけのカードショップに行った俺が目にしたのはやや高額なカードが並べられたガラスケースに納められた『エルシャドール・ミドラーシュ』のカードとそのケースに腰かけるように佇む彼女だった。
「こんにちは」
『……』
「君は誰かを待って居るのかい?」
『……』
「それともここが気に入っている?」
『……』
俺が声を掛けても彼女が返事をするどころか身じろぎすらしなかった。
ミドラーシュと言うモンスターはその出生というか成り立ちからおしゃべりな娘だとは思っていなかったが、今までカードの精霊に何らかのアクションを仕掛けて無反応だったのは初めてだったので少し驚いたのを今でもよく覚えている。
色々あって少し大人びていた子供時代の俺は精霊の承諾なしにその精霊が付いているカードを買うような事はしていなかったのだが、ミドラーシュを購入したい理由はいくつかあった。
一つ目は単純にその効果が強力だから。特殊召喚を制限する能力はリンク召喚が重要な位置を占めているこの世界では有用だ。実際、ミドラーシュは人気のない融合カテゴリーでありながらも汎用的に使うことが出来るという事で高額カードとして扱われていた。
二つ目は一つ目の理由と大分被るが、その時シャドールデッキを作ろうとしていたから。シャドールデッキを作るならやはりミドラーシュは必須だ。リンクモンスター全盛の時代にわざわざシャドールデッキを作ろうと思った理由は単純に前世で使い慣れたデッキだったからなのだが、この情報はティアラメンツ達に話す必要はないな。
そして、三つ目。それは、なんだか彼女がつまらなさそうにしていたからと言った所だろうか。カードショップにそのまま居たいのか、どこか別の所に行きたいのかは分からなかったが、少なくとも表情の変化が乏しい事を踏まえても彼女が現状に満足しているとは思えなかったんだ。
「でも残念だ。今日の手持ちじゃ君を仲間にすることは出来ないね」
『……』
シングルカードで800円という金額はバイトをしている高校生や大学生、社会人なら少し躊躇うが手が出ないような金額では全くない。しかし、小学生にとって四桁に届きそうなその金額は大金だ。
「またね」
『……』
そうやって俺が一方的に彼女に話しかけ続ける日々がしばらく続いた。
その店はレンタルデュエルディスクがあって親にデュエルディスクを買って貰えない子供たちの溜まり場にもなっていた。当然俺も友達を引き連れて放課後はよくそこで遊んでいたものだ。
もうその頃になると俺はミドラーシュを購入する事は若干諦め気味になっていた(30円ストレージでもちょくちょく漁っていたら貯金なんて貯まらないからな)し、個人的にはその店の看板娘くらいに思うようになっていた。
「やあ、こんにちは」
『……』
友達に不審がられないように自分から注意が外れているうちに彼女に声を掛けるのがルーチンみたいになっていたな。
「今日はデュエルをするから、気になるなら見てみると良いよ」
『……』
それまでも同じように誘っていたし、これまで一度もその誘いに乗ってデュエルを見に来ることも無ければ、彼女の定位置と化しているガラスケースの上から腰を上げることは無かった。
☆
「っしゃあああ! 俺の新しい最強モンスターを見せてやるぜ! 魔法カード『
「ええ!? そんなカード持ってたっけ?」
「ふふん、お年玉を前借りしてこの間買ったのさ」
「お年玉の前借りとは???」
俺の相手をしていた友人の新しい切り札。その威容に慄きながらもワクワクしていた。
「行け! F・G・D!! 世良の裏守備モンスターに攻撃だ!」
「セットモンスターは『シャドール・ヘッジホッグ』。このカードがリバースした場合、デッキからシャドール魔法・罠カード1枚を手札に加える。俺は
「へっ! 何をしたって無駄だぜ。お前の手札は次のドローを合わせても二枚だけ。融合カードを手札に加えたみたいだけど、それじゃあ融合素材が足りなくて融合すら出来ないぜ」
「さ~どうだろうな~」
「まあいいさ。俺はターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー! ……俺も新しい切り札を見せてやるよ」
「ほー、そいつは俺のF・G・Dを超えられるのか?」
ドローフェイズでデッキからカードを一枚加えながら、俺はニヤリとほくそ笑む。
「魔法カード『
「え? でもお前の場にも手札にもモンスターは……そうか! 『龍の鏡』みたいに墓地のモンスターを素材にする気か!」
「いいや、俺が融合素材を供給する場所は……デッキさ! 『影依融合』は相手のフィールドにEXデッキから特殊召喚されたモンスターが存在する場合、自分のデッキのモンスターも融合素材とする事ができる」
「は? なんだそのインチキカード」
友人のそんな言葉と冷めた顔は、まあとても理解できるものだったが、許してほしいとは今でも思っていない。
「俺はデッキの『シャドール・ドラゴン』と『超電磁タートル』を墓地に……どわああ!!」
「ん? どうした?」
シャドールデッキのキーカード、『影依融合』を発動してエースモンスターを召喚しようとした時、ふとずれた視線が目にしたのは俺のすぐ横に佇むミドラーシュだった。
今まで彼女の前でシャドールデッキを使った事はあったが、それでも無反応だった。それなのにその日に限っては動きを見せた。今思えばきっとそれは俺が直前に手に入れた新しいエースモンスターが原因だったのだろう。そのカードには別に精霊が付いていた訳では無いのだが、彼女を動かす理由としては十分だった様だ。
「い、いや。何でもないよ!……興味あるのか?」
『……』
「……まあ、いいか」
彼女がこちらに興味を示した理由を小声で問うてみたのだが、やはり返事は返っては来なかった。
「続けるぞ。俺は二体のモンスターを墓地に送り、『エルシャドール・ネフィリム』を融合召喚!」
現れるのは巨大な人形の天使。
影の軍団の司令塔の姿は悍ましくも美しかった。
「な、なんか不気味なモンスターだな……」
「そうか? カワイイだろ」
「え? あ、うん……」
カワイイだろ?
「融合素材として墓地に送られた『シャドール・ドラゴン』の効果発動! お前の魔法・罠カードを一枚破壊する!」
「げげ! 俺の聖バリが!?」
「さらに、ネフィリムの効果でデッキから
「いやいやいや、お前のネフィリムの攻撃力は2800だろ? F・G・Dには全然……ん、ちょっと待て、何だこの効果!」
友人がデュエルディスクの対戦相手の場のカード効果を見る機能を使ったらしい。そう、ネフィリムの前では特殊召喚されたモンスターは(ほとんど)無力なのだ!
「ネフィリムの第二の効果を発動! このカードが特殊召喚されたモンスターと戦闘を行うダメージステップ開始時にそのモンスターを破壊する!」
「うわあああああああ!! 俺のF・G・Dがああああああああああ」
F・G・Dは限定的な戦闘破壊耐性を有しているが、効果による破壊に対しては無力である。
ネフィリムから伸びた影糸がF・G・Dを縛って身動きを取れなくしたと思ったら弾けて消滅していった。
「『シャドール・ハウンド 』でダイレクトアタック!」
「あー!! 負けた!!」
こうして新たなエースカードであるネフィリムの初陣は勝利で終わった。
「デュエル、どうだった?」
そして、俺にしか見えない観客へと声を掛ける。
『……』
「は、ははは……。やっぱり返事は返してくれないか……」
ミドラーシュが初めて見せた反応に少しだけ期待した俺だったが、それと同時にやはりダメかという諦めもあった。
そうしてその日は後何戦かデュエルをして、ストレージのカードをしばらく漁ったらお開きの時間になる。いつもの様にミドラーシュへと別れの言葉を告げる。
「それじゃあ、またね」
『……ねぇ』
カードショップから出る間際。聞き覚えの無い少女の声に驚いて振り向く。その声の主はミドラーシュだった。
「な、何? どうした?」
まさか今になって声を掛けられるとは思っていなかった俺はあり得ないくらい挙動不審な返答をした気がする。
『私に、私の事を教えてくれる?』
それが彼女との
1話で終わらせるつもりだったミドラーシュ編が何故か終わらなかったっていう、ね。
ちょっとしたどうでもいいデュエルでも意外と文字数食うな……