コード・クラッシュ   作:werkbau

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電脳探偵/1

 教室の一角、3-Aと記載されたプレートの室内に男女がいる。既に日は落ちかけ、夕暮れの茜が窓から差し込んでいる。窓の眼下にはグラウンド、部活に励む生徒はおらず、閑散とした雰囲気。さらに奥には崩れたビル、崩壊した都市、そこに似つかわしくない喧騒。既に戦争から100年を超す歴史を過ごしてもいまだ傷跡は残っていた。

 

 男が眺めていた窓から視線を戻した、対峙するのは女。黒い髪は長く、整った目鼻はやや鋭く射貫く、美少女と称してもいい。口を開こうとしたのを制するように、女が声を上げた。

 

「あなたがえっと…凶一くん?」

 

「名前で呼ぶのはやめてくれないかな?」

 

 嫌いだから、と付け加えて頭を抱えた。なんで音は普通なのに、字面が最低なんだ、それだけでむなしくなるだろう…人間、どれだけの歴史を重ねても脳みその出来は変わりようがない。DQNネームともキラキラネームとも、そう呼ばれるものは延々と受け継がれるものだったようだ。

 

「呼ぶなら苗字でいい、苗字にしてくれ……」

 

「そう?なら、迅くん?」

 

 考えてみたら迅って苗字も大概だな、と脳に浮かんだが直ぐに振り払った、雑念は不要だ。それでいいと凶一は答えて、

 

「んで、俺に何の用ですかね、お嬢さん」

 

「………同年代の男子にお嬢さんって呼ばれるのはなんか変な感じ」

 

 いや、それは今考える事じゃないから早く本題に入って欲しい…と、それは贅沢な悩みか…自分自身が妙な雑念を脳に浮かべていたのだから。

 

「それはいいんだけどさ、実際なんの為に呼び出したのかそろそろ聞きたいな…ムードはいい、夕暮れの教室なんて一昔前のフィクションにありがちだ…だからって、愛の告白ってわけじゃないんだろう?」

 

「あぁ、ええ、その通り………なら、そろそろ本題に入ろうかな…」

 

 女がバッグから物を取りだし、それを凶一に手渡した。四角い形状、掌で握り込める程度のモノだ。

 

「USBフラッシュメモリ…数世代も前の骨董品…良くもこんなものを持ち出せた、絶滅したかと思ってたけど」

 

「間に合って言うのは存在するのね、私の父もそれ」

 

「ふぅん」

 

「そして、それがあなたを呼び出した理由でもある」

 

 一息して、再度何か覚悟を決めたように、言う。

 

「電脳探偵のあなたに、正式に依頼したい、受けて頂ける?」

 

 沈黙が流れた。空気が張り詰める。凶一が口を開いた。

 

「それ、どこで知った……?」

 

「たまたまだったけどね…ちょっとしたコミュニティサイトで」

 

「足がつかないように気を付けたつもりだったんだけど」

 

「人間、必ず痕跡を残すものよ、それが人とかかわることであるなら尚更」

 

 凶一は即座に脳内でそろばんをはじいた。メリットとデメリットを天秤にかける。まず受けるのであれば、依頼である以上収入が入る、事務所のメンバーに給料を払えるし、弾丸やいくつかの物資が補充できる、受けなければそれがなくなる上に眼前の女に自分の立場をばらされる可能性が有る。受けないという選択肢がそもそも存在しないことを悟った。

 

「分かった、受けるよ」

 

「そう言ってもらえて良かった………口頭での説明は必要?」

 

「あぁ、と、言ってもまずはコイツを覗かせてもらう」

 

 握っていたフラッシュメモリを手の中で弄る。キャップを外し接続部を露出させた、古い形式だから接続できるか一瞬迷い、とりあえずは試すことを選択。ナノマシン起動、非接触での接続を開始、ファイル形式を確認、副脳から適切なアプリを選択、確認、読み取れる。

 

「……へぇ、こんな古いのでも読み取れるのね」

 

「最新式の素子(デバイス)にしてくれてたら、手間もなかったんだけど」

 

「それは出来ないかな、こっちにも事情があってね」

 

「まぁ、そう言うのにはなれてるよ…依頼人は依頼人で見せたくない札があるのは事実だし」

 

 一通りのファイルを読み取って、思考。収められていたのは文書ファイル、骨董品でありながら収められていたのは最新式ファイルであることに少し肩を落としつつ、すぐに読み取った。文書とそれに写真が添付。写真には女性の画像、その姿は目の前の女とよく似ていた。しいて言うなら、目元がやや優しいくらいだが、それ以外は瓜二つともいえた。文書はその女のプロフィールだった。

 

 『椿=エレナ』年齢17、身長体重などはシークレット指定、住所は荻窪に居住、家族関係は父、そして目の前にいる姉、母親は死去している。交友関係は同クラスの中に数人、特に不和はなく良好な関係性を築いている。数日前から失踪、連絡が取れない。

 

「ふぅん…失踪事件ね」

 

「そ…改めて依頼、失踪した妹を探して連れ戻して欲しい…心配なのよ」

 

「ふぅん…単なる青春の麻疹ってやつじゃないの?」

 

「比喩は今されても困るんだけど」

 

「男作って、そこに家出してるんじゃないの?」

 

「下世話ね…最低」

 

「わるぅございました、でもありがちなんだよ、そう言うの」

 

 失踪事件と思われて単に恋人の家に入り浸っていただけ、と言うのは極めてオーソドックスな結末だ。無論、それを事件と言えば事件と言うのは間違ってはいない。ただ、最終的に肩すかしで終わることは多く、そして大体の場合最悪な値切りが起きることも少なくない。ただ、恋人の家に行っていただけを確認したのなら事件でも何でもないから、料金を減額させろ、と。一番最悪なのは、事件じゃないなら金は払わなくていいな、とされるような事も多い。所詮フリーの電脳探偵ならば、適当に使っても文句はないだろうという思想がありありと見える。

 

「まぁ、俺なんかに頼まなくても警察でいいことじゃないの、それ」

 

「警察?市警も民警も頼れると思ってる?」

 

 戦争が終わった後、いくつかの年数を経て小さな安寧を取り戻してから幾ばくか、日本は比較的戦争被害は軽微だったことが幸いし、復興は早く終わった。しかしそれが良いことであるかどうかは限らない。外国人、とかつて呼ばれた存在の流入が起きたのだ。

 

 北、北海道から東北にかけては大陸の北、東欧を主とした民族、アラスカから北米の人間が、

 

 南、沖縄から九州、そして四国中国にかけては地域に限らずアジア、オーストラリア系の人間が、

 

 それぞれ山のように押し寄せてきた。

 

 大陸の情勢は複雑だった。まずは戦争の余波とそれによる民族の紛争、そこに宗教と人種間の問題が加わり地獄の様相を呈している。中世も真っ青な、それこそ電脳魔女狩りなどと言った最新式のオカルトがまかり通ることも少なくない。疲れ果て、ある程度の理性がある人々が比較的安定していた日本に寄ってきた訳だが、当然何らかのアイデアは、複数地域で大体似たような事を考える人間が出るのは当然で、それは世界で起き…一斉に押し寄せたがゆえに結局日本の安寧はどぶに捨てられたといっていい。それでも比較的マシな治安を維持てきているのは、宗教と人種の問題をギリギリ見ないことに出来ていることがあるだろう。地獄よりはマシ、それが大陸から入ってきた人間の総意だった。

 

 だが、それでも治安が悪化したのは事実であり、当時の警察での対処が不可能になるほどの犯罪が起きたのはまた事実。

 

 民警は正式に民間委託警察と呼ばれるが、それは元々自警団が発端だった。異なるコミュニティへの排除欲求が時に暴力になるのは歴史が証明しているから、それに対して防衛意識が芽生えるのは当然の流れだった。そこに目を付けた資本が、金を流し込み、本来、かつてはまっとうな能力を持っていた警察組織に対し政治的説得を加えた結果、団体としての民警が発足したという流れになる。法律上逮捕する権利を民警は有していないが、もしも民警に逮捕(と便宜上される行為)された場合は、冷静になる時間を設ける為の部屋に送り込まれる。見晴らしがよく、シンプルでトイレも丸見えな素敵なお部屋だ。

 

 市警は旧警察組織が形態を変えたものだった。増加する犯罪に大しての措置、などと言われ徐々に蚕食された結果、まともなお巡りさんは姿を消し、残ったのは形骸化した組織だけ、勿論まともに業務をするようなことはない。何かをさせるなら賄賂が必須だ。

 

 そんな二つの組織が日本の治安維持組織であり、そんな組織がまともに業務を行うかと言えば、誰もが苦笑いをしながら首を横に振る。

 

「……聞いた俺が悪かった」

 

「ええ…まぁ、だからこそあなたみたいな職業がいるわけでしょう?」

 

 電脳探偵はそんな狭間に出来たニッチな職業とも、時流に沿って出来た存在ともいえる。源流は日本に外国人が入り込み、定住し、コミュニティがそれなりの権利を有し、そしてもはや『外国人』という言葉が取り払われた時。

 

 コミュニティの中から巨大な資本を持つ存在、大陸からの財産を使い根付いた企業立ち、それらが利害の果てに戦争とも言えぬ戦争を東京、大阪で起こしたときに電子戦闘を行える人間が出自問わずに企業に雇われ、使われた即席の私兵たちは電脳傭兵と呼ばれ、そして戦争が終わる頃に解体され、市井に戻っていった。だが、生きているのであれば食い扶持がいる…かつての傭兵は電子の世界に居場所を求めたのである。電脳傭兵は名前を電脳探偵と変えていまだに生き続けているのだった。

 だから電脳探偵は探偵とは名ばかりの何でも屋と見られることも多い。そしてそれは事実だったから、探偵たちは今日も便利に使われている。警察の様な一応は公共の存在とされる役職に世話になれないもの、信頼してないもの、さまざまいるが、そう言った人間は電脳探偵に世話になる。身分の大小問わずにだ。

 

「んー、とりあえずは分かったかな…」

 

「なら依頼は」

 

「受けるよ…それじゃ、いくつか書類を作るからオフィスに来てもらえる?」

 

「オフィスなんて持ってるのね…」

 

「まぁ、こんな稼業してると…ソロでやるならなくてもいいんだけどさ」

 

「従業員雇ってるって言ってたし、ある意味社長ってこと?」

 

「零細の社長なんて、社長って言っていいか分からないけどさ…」

 

「重さの違いは有れど、社長は社長…さ、行きましょう」

 

「あぁ、わかった………あ、いや、待ってくれ」

 

「何………?」

 

「名前だ依頼人、あんたの名前、聞いてなかった」

 

 ああ、と女は一息置いてから、

 

「私はアリサ……椿=アリサ」

 

 笑み、朗らかではない、むしろ氷を感じるような笑み、しかし目を引く。

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