コード・クラッシュ   作:werkbau

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電脳探偵/5

「それで、実際あなたを雇うにはどれだけのお金が必要なの?

 

 アリサが問う。もっともな質問だ。

 

「まず、電脳探偵を雇うために必要な知識として、ランクって言うものがある」

 

「ランク?」

 

「そうさ、折角だ、ついでにこれに接続して、と」

 

 テックにアクセス、プレゼンテーションアプリを起動。知識があまりない人間用のファイルを開く。わかりやすいように図面が多い。ページ数15、必要知識などを圧縮したため、これでもかなり省かれたものだが、時間がない人間はこの程度すら我慢できない人間が多い。

 

 凶一は一度咳払い、そこから少し長くなると前置きをして、

 

「んー、それじゃ、電脳探偵基礎といこう、そもそも電脳探偵とは何か、わかる?」

 

「え、名前の通り探偵なのよね?」

 

 そう、と肯定してから、しかしと続ける。

 

「実際のあり方は"何でも屋"に近い、探偵業務のほかに、窃盗、破壊工作、それこそ殺人だってなんでもやる…なんでかって言うと…まぁ、前身の電脳傭兵だったころの名残って言うか…一部であまりにもやらかした連中のために、くいっぱぐれたりとかまともだった人間が、自分たちは違うって言うために名前を変えたんだ」

 

「で、でもっ、それって傭兵と何も変わらないんじゃ」

 

「そうなんだよね、実際大して変わっていない…最初は開けようとしたみたいだけど、最終的に看板を張り替えて終わっちゃったんだね、労力に見合わなかったとか色々あるけど」

 

「そうなんだ」

 

「ってなわけだから、探偵的なお仕事…人探し、殺人事件の犯人捜しとかそう言うの以外にも色々やるって言う事が実際なわけだね」

 

「ええ……私の場合だと人探しになるのかしら……?」

 

「イエスだね、業務としてはそうなるよ」

 

 そこで、と、ページを切り替え、

 

「さて、ここからが気になるだろうけど、実際のお支払いについて」

 

「あ、そうよね、私の一番知りたいことだもの」

 

「レートによって変わるけど、大体の探偵は1日一万新圓を支払ってもらうことが多いね」

 

 新圓(ニューエン)は旧円(キュウエン)から刷新された日本の通貨だ。外国からの流入者が混じり、経済に影響が与えられたときに変更されたのだという。教科書をうのみにするのなら、切り替わった当時はかなりの混乱が起きたというが、結局今の通貨として収まっている。なお、レートにしては旧1円は今の価格にして10円相当になる。端数は銭が使われる。一部有識者は、結局通貨の名前を変えただけで実態は何も変わってない、といったようだが、ある意味実際そうだった。名前を変えた混乱だけがあったとも言われている。

 

「えっと、それなら百万新圓あれば……」

 

「まぁ、大体十日程度は雇える……と、言うのが基本だ」

 

 また、ページをめくり、

 

「ここからは各電脳探偵で行っているオプションがあってぇ……」

 

「オプション……悪徳セールス?」

 

「生きるために必死なの!……と、例えば救出サービスだとか、他の仕事のオプションに合わせてのサービスだとかが……今回で言えば、妹さんを発見した後助けるのか、助けないのか、といったオプションを選べるようになっているね」

 

「え……助けないって選択肢があるの?」

 

「んー、例えば、私兵を持っている富豪なんかは、動いてるのがばれないように電脳探偵を動かして証拠を集めてから自分の兵で奪還、なんて言う事をするかな」

 

「私兵……一部企業の重役レベルじゃないの…」

 

「表沙汰にしたくない、されたくない、そんな仕事はごまんとある…」

 

「そ、そうなんだ…初めて知ったし…その、軽い気持ちであなたに声をかけたの…ごめんなさい…」

 

「な、なんで謝るの…?」

 

「だって…事情があるとは言えクラスメイトを危険に合わせるなんて……」

 

「君って言い人だね……」

 

「そ、そう……?」

 

「ああ、本当にそう思う」

 

 自分の住んでいるあばら家……と言うよりはオフィス周りを考えたら本当にそう思う。目のいかれた浮浪者、金を狙う立ちんぼ、カサ増しして何が入っているかわからないような料理を売りつける屋台、擦れて徒党を組んだ悪辣な孤児たち……ほかにもごまんと存在するが、それに対して目の前のアリサは天使のようだとすら思った。教育と言ものが差を生むのか、やはり出生は何にも代えられない天与の運なのかもしれない。自分の境遇を思い、頭を振る。自分自身、特殊な産まれであるから半分孤児のようなものをし、阿漕な稼業を営みながら、なんとかその在り方を脱出せんと勉学にいそしんでいる。

 

 勿論そんな場所に身を置いている凶一自身も精神は擦れた側に存在する。アリサに目を焼かれそうだとすら思う。いつもの依頼者であれば悪辣であるとか、裏でやましいことをしていただとか、それ相応の事情があってそれゆえの依頼が多い。しかし純粋…か、どうかは人の心を推し量れないから別として少なくとも表面上ではそうとしか言えないような理由で依頼されるのは初めてのことだった。クリーンな依頼はクリーンな上澄みの電脳探偵に向かうからだ。

 

 なによりアリサは飛び切りの美少女だった。写真を撮ったり録画すればバレるから網膜撮影は行わないが、記憶に残るほど美しい。異国の血が混じっているのか、童顔と大人びた雰囲気が見事なまでに混じり合い、手入れされた長髪は目を奪う。整った顔立ちは、これが天然の美少女であるとわかろうものなら誰もが脳みそをくりぬいて自分の代替の体に作り変えたいとさえ思うだろう。作り物にはない天然の肉の美しさは、人工物が溢れかえる世界でこそ命の美しさをたたえる。

 

 そんな美少女に頼られていると言う事が、凶一の自尊心を満たした。それがたまたま近くにいた底辺の蛆虫だとしてもそれが頼られると言う事は何よりの優越感を持てる。美と言う魔力に惑わされているのかもしれない。しかしそれでも受けてあげたいと思うから、自分自身がかなり浮かれていると理解してしまう。男と言う性別を持った存在の性だった。しいて言うのなら、これを境にお知り合いになれればなおよいのだが、そうもいかないだろう。相手は企業勤めを親に持つお嬢様、野良犬がまとわりついていい存在じゃない。

 

 だが、それでも野良犬が、少しくらい記憶に残ることがあっても…いいだろう?そんな風に、自らに言い訳。情けない気持ちがあふれる。それを押し隠し、

 

「っと、そんな優しいキミには少しだけ割引するよ…」

 

「そ、そんなの悪いよ」

 

「いいのいいの!こういう割引もまた電脳探偵のセールスのやり方の一つなんだから」

 

 嘘だ、割引はカモになるか自分には自信がないですと誇示し買いたたかれる原因になる上に、依頼量をさらに減額させられる可能性があるから絶対にしない。

 

 ならばなぜそんなことを言ったか…決まっていた。卑怯な心理。少しばかり近づきたいという疚しさが、そんな嘘をつかせた。

 

 われながら単純だ、と内心で己を嘲笑する。感情に流されるのはプロの仕事ではない。感情に流され足元をすくわれて死んでいく人間が業界には当然のように多い。

 

 もしかしたら、次は自分こそがそうなるのかも、と、すら思うほどに、心の浮つきを隠すことができないでいた。感情に、自分自身言語表現をすることができないのはあまりにも滑稽だったが、そんな姿を見られてなくない…まかり間違って見られ、そして笑われたなら、己への失望を抑えることができないだろう。だから、隠す。必死に仮面をかぶって。

 

「ってなわけで、多分この状況なら捕まってる妹さんの救出も必要だし…その分は無料ってことで!」

 

「え、えっと……」

 

「いーって、何よりクラスメイトからそんなに巻き上げらんないし、何より……こういうのは得意中の得意だからさ!」

 

 自らの肉体を思う。凶一自身の手は既に穢れて、落ちぶれて、血すら幻覚に見る程だ。しかし、それゆえに潜った鉄火場は多い。探偵と言う名の人殺し、それが自分自身だと。

 

「ってなわけだから、そろそろ行くところあるからお暇するね」

 

「行くところ……?」

 

 そう、と言って見せてから、

 

「情報屋ってやつさ、探偵っぽいでしょ?」

 

 少しだけいたずらっぽく微笑む。

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