立ち並ぶビル群は、見上げると立体的な迷路の様だ。
人の為に造られた、しかして翼無き人には辿り着くことが出来ない無機質な灰色の迷路。
けれど今、そんな中空の迷路を人影が跳び回っていた。
人影────そう、人影だ。
コンクリの壁を重力を無視するかの如く高速で駆け上がり、ビルの屋上から屋上へと瞬く間に跳び移り、そうかと思えば壁を蹴る事で加速し急降下する。
明らかに人間には不可能な動きをする人影は、その数4つ。
光が3に闇が1。
闇を纏う人影と光を放つ3色の人影は敵対している様子で、幾度も衝突し、その度に閃光を散らしている。その戦いは既に半時にも及んでおり────そして今、決着の時を迎えようとしていた。
「喰らえっ!! ティア! アップルブレェェッド!!!!!」
「っ! ぐああああっ!!?」
透き通るようでいて力強い少女の声と共に放たれたのは、真紅の光を纏う右拳。その一撃は闇を纏う人影の腹部へと捻じ込まれ、勢いのままその身体をビル下の公園へと叩きつけた。
轟音と共に、地面がすり鉢状に陥没し、砂埃が舞い上がる。
常識で考えれば、生命体が高所から地面が陥没する程の威力で大地へと叩きつけられた場合、絶命は免れないだろう。しかし……それは逆に言えば
「ガハッ! ゴホッ! っ……ぐ、ぐぐ……ぅ!」
常識の外に居る生命体であれば、絶命を免れ得るという事でもある。
「あ……ありえない……! 僕はメリーバッド帝国の四幹部、タイダロスだぞ!? その僕がマジティア如きに……!」
身体から瓦礫と砂埃を落とし、傷めた右腕を抑えながら立ち上がるのは、一人の少年。
黒い宝石の付いた軍帽。勲章が幾つも付けられた、マント付きの軍服。
金髪と深紅の瞳こそ特徴的ではあるものの、ここまで挙げた身体的特徴だけを見れば、この少年は地球人類に見えるかもしれない。
だがしかし、少年には明確に地球人類と異なる点が2つあった。
1つは、その身体に揺らめく暗黒の霧のようなものを纏っているという事。
そしてもう1つは──その背中から蝙蝠のような巨大な羽を生やしているという事だ。
そう、この少年は人ではない。彼は地球とは別の世界からやって来た魔人の1人。
人間の利己的な心をエネルギーとし、その為に世界から他人を思いやる心────『愛』を消し去る事を目的とする集団。多世界侵蝕国家【メリーバッド帝国】の支配者エゴーレ大帝が率いる、4人の最高幹部が1人。
『怠惰』のタイダロス。
それこそが少年の正体であった。
本来、軍隊であろうと容易く捻じ伏せる力を持つタイダロスにとって、この日本と言う国家を制圧する事は、芋虫を踏み潰す程度に容易い仕事だった。それこそ1週間もあれば片は付いたであろうし、そうするべく配下の魔獣である『バッドン』を使役して精力的に活動をしてきた。
だがしかし……侵攻開始から2か月経ったにも関わらず、現在、タイダロスは街の1つすら制圧出来ていない。
今、光の軌跡を描きながらタイダロスの前に着地した3人の少女。
彼女達の存在が、タイダロスに悪行の完遂を許さなかった。
「とうとう追いつめた! 観念しろ、タイダロス!!」
膝まで届く長い真っ赤な髪を紅い宝石が嵌められたティアラで整え、纏うは薄桃色と白を中心としたミニスカートのドレス。強い意志を秘めた瞳は、タイダロスの淀んだ赤の瞳とは異なる炎の様な真紅。両腕に武装である宝石付きのガントレットを嵌めた、可憐さと快活さを併せ持つ少女。
────名を『ティアアップル』。
「ここが貴方の年貢の納め時ですわ!」
自信に満ちた声で告げるのは、ティアアップルの右側に立つ少女。
腰までの長さの金色の髪をツインテールで纏め、右の薬指にはトパーズの様な黄色の宝石が嵌められた指輪。黄色を中心としたドレスを纏い、右腕に持ったハルバードを構え、その金色の瞳を真っ直ぐにタイダロスへと向ける少女。
────名を『ティアメープル』
「……君が重ねてきた罪は、ここで償って貰う」
ティアメープルと反対側に立つ少女。
肩口までの長さの海を思わせる深い青色の髪。右目をサファイアの様な青の宝石が付いた眼帯で覆い、左目は迷いを覚悟で抑え付けたかのような凄絶さを秘めた蒼の瞳。水晶のような物質で出来た弓と矢を携え、静かに言葉を告げた少女。
────名を『ティアドロップ』。
綺羅星の様な輝きを纏う3人の少女。
メリーバッド帝国の侵攻から地球を守るため、妖精世界グッドラス王国の大妖精から力を与えられた希望の戦士。
人類の未来の守護者、愛の化身、未来を夢見る乙女達。
その名を────光の魔法少女『マジティア』
「ぐっ……ぐぐうっ……悔しい! 悔しい! 悔しいッッ!! 僕が! この『怠惰』のタイダロスが! こんな小娘達の力に劣るなんてっ!!!!」
眼前に立つマジティア達を、憎々しげに睨み付けるタイダロス。
だが、幾合もの激突により闇の力が削られ、肉体的にも満身創痍である彼には、もはや碌な抵抗は出来ない
……その筈だった。
「悔しい、けど……そうだね。これだけ悔しいんだから、認めざるを得ない。僕は君達を侮っていた。君達マジティアは……強い!」
タイダロス。彼の目は未だ死んでいなかった。
大きく息を吐き、不敵な笑みを浮かべたその直後────タイダロスは、その全身から膨大な闇のエネルギーを噴出させた。
「ああ、そうだ────だからこそ! 僕の命を賭して、打ち滅ぼしてやる!!!!」
噴出した膨大なエネルギーはタイダロスの周囲を渦巻き、やがてその掌に集約されていく。
それはまさしく渾身の力。タイダロス──彼は、その命を削りエネルギーに変換することで、必殺の一撃を放とうとしているのだ。
その様子に、圧倒的優勢であった筈のマジティア達は警戒を強め距離を取る。
「っ、やめなよ! もう決着は付いてるって事くらい、お前にも判るだろ!?」
「……いいや判らないね! 生きてる内は負けじゃない! 決着が付くとしたら、君達が死ぬか! 僕が死ぬか! それだけだ!」
ティアアップルの言葉を否定し、口から血を零しながらも更に力を増していくタイダロス。
利己をエネルギーとし、愛を否定するメリーバッド帝国の魔人にとって、戦いの決着とは相手の存在を否定する事である。故に、どれだけ力の差を見せられようと、取れる手段がある限り諦める事はしない。
それにどの道……この任務が失敗すれば、度重なる失敗の責を問われ、タイダロスはエゴーレ大帝により処分されてしまう。なれば、ここで命を削る事に何の痛痒があろうか。
タイダロスは己の眼前に腕を突き出し、マジティア達へ向けて己が最後の一撃である闇色のエネルギー波を放つ。
「これで終わりだマジティア! 纏めて塵になれ!! タイダルバスタ──ッッ!!!!」
轟音と共に迫る邪悪なエネルギーは、触れる物全てを塵に還す恐るべき力。
タイダロスという邪悪の具象化。
「ハハハ! 何が愛だ! この世は欲のぶつかり合い! 他人に施すような弱者は食われるだけなのさ! だから、お前達も僕の欲望の為に死んじゃえよ!!!!」
大地を削り空気を穿ちながら、否定の闇はマジティア達を飲み込もうとし────
「「「 マジティア! クリアストライク!!! 」」」
けれど、その闇が届く直前。
少女たちの声と同時に放たれた、赤・青・黄の三色の光が螺旋のように交わった光線が、闇を押し留めた。
「な────ば、バカな! 止めた!?」
狼狽するタイダロスに、マジティア達は凛として告げる。
「タイダロス! 確かに人間に欲はある! だけど、大切な人達の為に何かをしたいって想いは! 『愛』は、どんな欲よりも強いんだ!!」
「独り占めでは自分一人しか幸せになれませんわ! けれど、みんなで分け合えばみんなが笑顔になれますのよ!!」
「……人には、時に自分よりも大切なものが有る。だから、その為なら……幾らでも強くなれる! 何にだってなれる!!」
三色の光線はタイダロスの闇を押し留め……どころか、力を増して徐々に闇を押し返していく。タイダロスの力は強大だが、その命を削る力が故に有限。対して、マジティア達の力は未だ底すら見えない。
その光景を目にしたタイダロスは、理解し……覚悟した。
己が敗北する────死という未来を。
「は……ハハハ! 成程、命を賭しても僕は君達に勝てなかったか! 凄いね! 尊敬するよ!」
「さあ! 僕を殺しなよ! マジティア! 君達の
「それを続けていけば、きっといつか────素敵なメリーバッドエンドを迎えられる! 立派な魔人になれるだろうさ!!」
いよいよ、肉体を構成する力までをも使い始めた事で、タイダロスの右腕が塵となって消えていく。だが、その崩壊が全身に及ぶ前に、マジティアの光線はタイダロスを飲み込んだ。タイダロスの視界は白く染まり────