100円ショップ。
それは、文具や飲食物に日用品、果ては工具に至るまで、全ての商品がワンコインで購入出来るという、財布に優しい販売形態の総称である。
ある程度発展した町であれば必ず何処かに存在すると噂されるこの100円ショップであるが、その例に漏れずこのシノビックデパートにも店舗展開をしていた。
LEDの白光に照らされるのは、デパート2階の端から端まで整然と並べられた棚と、その上に陳列された商品群。そんな棚が1区画……というレベルではない。文字通り、デパートの1フロア『全て』に展開されている。
その威容は、店というよりむしろ最先端技術で建てられた工場の生産ライン彷彿とさせるが、それでいて床どころか陳列された商品にも埃や汚れは一切無く、店舗内全てに極めて質が高い管理が行き届いている事を見る者に理解させる。
キャッチコピーは『売れる物が無い100均は2流』。
此処こそが、地域最大を誇るシノビックデパートが誇る巨大100円ショップ────名を『キリガクレ』という。
「へー! へー! メープル! ほらこれ、外付けのジッパーだって! これがあれば調味料とか残った食材が湿気ないらしいよ!」
「変わった商品ですわねぇ……あら? ひょっとして、それを使えば食べ残しのポテチもいつまでも美味しく食べられたりしますの?」
「多分出来るけどさ……この前、健康の為にスナック菓子は程々にするって約束したよね?」
「た、例えばの話ですわ! こっそり戸棚の奥に隠したポテチの心配なんかしていませんわよ!?」
「ティアメープル」
「……うぅ。どうしてもコンソメ味が食べたかったんですの。反省していますわ……」
そんな100円ショップ『キリガクレ』内で、タイダロスは楽しげな様子で商品を見て回っていた。
格安の多機能製品からアイディア商品、使い道がイマイチ判らない珍品まで、様々に取り揃えられた商品を手に取り、説明書きを読んでは感心したような声を挙げている。
そんな風に珍しく外見相応の無邪気な様子を見せているタイダロスを、満面の笑顔で見つめているティアメープル。
実の所、ティアメープル自身は100円ショップの商品には然程の興味がないのだが、タイダロスが笑みを浮かべている事が、それを見る事出来たという事実が、嬉しくて仕方ないらしい。
「浴室の鑑の研磨剤かぁ……クエン酸液とどっちがウロコを取れるかな」
「良く分からりませんけれども、あの汚れ、カビデストロイでは取れませんの?」
「アレは汚れと液体がどちらもアルカリ性だから取れないよ。だから、クエン酸液みたいに酸性のもので中和して落とす必要があるんだ」
「なるほど……あ! それでは、カビデストロイ(塩素系漂白剤)とクエン酸の液(酸性液体)を混ぜて使えば最強じゃありませんの!?」
「うんうん────メープル、君は2度と風呂掃除はしないでね? 全部僕がやるからね?」
「何故ですの!?」
他愛のない会話を続ける2人。
もしも10年前の彼らを知る者が居て、この和やかな2人の姿を目撃したならば、驚愕する事請け合いの光景である。
本当に、まるで友人のような。或いは別の何かの様な、只々平和な情景だった。
……けれど、そんな時間は長くは続かない。
タイダロスが全自動納豆混ぜ機という謎の商品を首を傾げながら眺めていた時に────事件は起きた。
「全自動納豆混ぜって……人類の怠惰への欲求に感心してたけど、流石にこの商品はかえって手間が掛かる「ワーッ!! キャハハハハハハ!!!!」
突然響く甲高い声。反応してタイダロスが首を動かし視線を向ければ、そこには2人の見知らぬ子供の姿があった。
小学校低学年くらいであろうか。子供の内の1人は男児で、100円ショップの商品であろうフォークを右手に握って振り回しながら、全力でフロア内を駆けている。
もう1人は女児。走り回る男児の背を、泣きながら懸命に追いかけている。
公共の場で騒ぐ子供。迷惑ではあるが、さりとて他人が声を荒げて叱るというレベルでもない存在。
ただ、問題があったとすれば……それは、よそ見をしながら走っている男児の進行方向に、タイダロスが居た事。
そして、男児が手に持って振り回しているフォークの進路が、タイダロスの眼球にあるという事。
なにより、タイダロスが男児の接近に気付いたのが、フォークの先端がタイダロスの眼球まで後数センチという距離に近付いてからであったという事だ。
タイダロスは、メリーバッド帝国の最高幹部が1人である。
例え闇の力を使えない状態であったとしても、積み重ねた戦闘勘と技術は健在で、故に、もしも相手が単なる暴漢であったならば、即座に回避をする事が出来ていただろう。
或いはマジティアや同族の魔人であったとしても、腕を犠牲にして防御する事くらいは出来たかもしれない。
けれど、相手は子供であった。悪意や害意が一切ない、ただの人間の子供で────だからこそ、反応が遅れてしまった。
不慮の事故。無邪気の凶刃。
悪意なき一撃は、タイダロスの警戒網を容易く擦り抜ける。
もはやフォークと眼球は数ミリの距離となり、そこでようやく事態に気付いた男児が、手遅れである現実に目を見開いて
にんにんっ!!
「──は?」と、タイダロス。
「──え?」と、ティアメープル。
「──えぇ?」と、男児の後ろを走っていた女児。
謎の声が聞こえた瞬間、タイダロスの前から男児の姿が掻き消えていた。
そして、代わりに現れたのは1人の男。
皺1つない黒いスーツをきっちりと着込み、髪は黒のオールバック。黒縁の眼鏡を嵌め、その顔には柔らかな笑みを浮かべている。
その腕の中でお姫様抱っこをされているのは────先程タイダロスに突撃してきた男児。
男は、呆然とした顔の男児に視線を向けることもしないまま、タイダロスとティアメープルに視線を向けて口を開く。
「いらっしゃいませぇえ。ようこそシノビックデパートへぇ。私『キリガクレ』フロア専任主任のサイゾウと申しますぅ」
丁寧に頭を下げたサイゾウと名乗る男は、一見して何の変哲もない普通の男性に見える。
平均的な顔。平均的な体格。平均的な声。
どれを取っても際立った所のない、普通過ぎる程に普通なその容貌。
例えサイゾウの事を知る人物が街中で彼を見かけても、恐らく記憶に残る事は無いだろう。
気味が悪い程に普通な存在に見えるサイゾウだが……この場においてタイダロスとティアメープルだけは、人間よりも優れた動体視力を以って目撃していた。
サイゾウが恐るべき速度で男児からフォークを取り上げ、抱き上げる姿を。
そもそも、彼が上から『降ってきた』事を。
それは、決して見間違いなどではない。
何故ならば現に、タイダロスとティアメープルがエスカレーターで上がってくる時に見た異物。
『天井に片手で張り付きぶら下がっている謎の忍者の銅像』の姿が消えているのだから。