「な、なにするんだよ! はなしてよ!」
「おやおや坊ちゃまは随分とお元気ですねぇ……e9bb99e381a3e381a6e3828de7b39ee9a493e9acbc」
「────ひっ!?」
見知らぬ男に突然抱き上げられるという体験は、小さな子供にとっては正に奇々怪々の出来事であろう。理解が及ばないまま、けれど幼いが故の感性でサイゾウの腕から逃れようとした男児。
けれど、サイゾウが笑顔を浮かべたまま、男児の耳元で何やら呟くと、男児は恐怖の表情を浮かべて震えながら沈黙してしまった。
それを見て満足そうに頷いたサイゾウは、そのままタイダロスへと視線を向ける。
「申し訳ございませんお客様ぁ。お怪我はございませんかぁ?」
「……ないよ。お影様でね。助かったよ」
「そうですかぁ。それは良かったですぅ」
事態を認識しているタイダロスは、素直に礼を述べる。
それに対してやはり笑顔で返答をしたサイゾウは、今度はティアメープルへと視線を向ける。
「旦那様はこう仰っておられますのでぇ、奥様も今回はご容赦頂けないでしょうかぁ?」
「いや、どこをどう見たら僕とメープルが「────え? お、奥様ですの? 私が? タイダロスの? あらあらあら! そう見えますの? やはり? やはりそう見えてしまいますの!?」
「ええ、勿論ですともぉ。どこからどう見ても仲良しのご夫婦ではないですかぁ」
「まあまあまあ! 聞きましたタイダロス……いえ、ここは『あなた』とお呼びした方がいいかしら!?」
「絶対やめてね」
そんなやり取りを行う3人。先ほどまでの緊迫した状態はどこへやら。随分と和やかな空気である……そんな空気に安心したのであろう。これまで沈黙をしていた女児が口を開いた。
「……あ、あの! あのっ! おにいちゃんがごめんなさい! はしるのダメだっていったのに『ロストレス』ごっこはじめちゃったの! きょう、ヒーローショーであえるからって! ほんとうにごめんなさいっ!」
そんな女児の言葉を聞いた男児も、サイゾウの腕に抱かれ震えながら、必死な様子で口を開く。
「あ、う……ごめんなさい。ぼくがわるかったです。もうしません。まえにきをつけます。ごめんなさい……!」
不意に掛けられた2つの幼い謝罪の言葉に、ティアメープルとタイダロスは顔を見合わせる。
そして、お互いにアイコンタクトで意思疎通を図ってから……微笑を浮かべて同時に口を開く。
「まあ、今回は僕に被害は無かったからね。許すよ」
「許しませんわ。例え子供でもタイダロスを危機に晒したなら万死ですわ万死」
「「えっ?」」
そして、お互いの発言に対して顔を見合わせる2人。互いが互いに『何を言っているんだ?』という疑問の視線を向ける。
「タイダロス……何を言っていますの? そこは貴方らしく『2度と希望を抱けないくらい心を枯らしてあげるよ』くらいの事は言うべきでなくて?」
「言わないよそんな事。というか、君はマジティアなんだから嘘でも子供に対して万死とか言うのやめなよ」
ヒソヒソと小声で話し合うタイダロスとティアメープル。
そんな2人に声を掛けるのは、男児を腕に抱えたまま離さない主任のサイゾウ。
「まあまあ、落ち着いてくださいお客様ぁ。お子様方を早めに止められなかったのは、私共の不手際。ここは1つ、気持ちばかりではありますが『コレ』でお気持ちを抑えていただけないでしょうかぁ」
「いや、別に被害は無かったんだから要らな……腕輪?」
サイゾウが懐から取り出しタイダロス達に差し出したのは、金色と銀色の金属で出来た細身のペアブレスレットであった。
「はいぃ。こちら、私共の里……ではなく会社で作っている限定生産のペアブレスレットなんですぅ。今度販売予定の商品の試作品ですが、宜しければお詫びとしてお受け取りくださいぃ」
「そう言われてもなぁ。僕はアクセサリーなんかに興味はないから……ん?」
そこで、タイダロスは気付く。
「……ペア。ペアアクセサリー。タイダロスとペアのアクセサリー……ですわ」
隣に立つティアメープルが、キラキラとした瞳でペアブレスレットを見つめている事に。
タイダロスがサイトウの手からブレスレットを受け取り、右に動かせば、ティアメープルの視線も右に。左に動かせば視線は左に。
「えーと……」
ブレスレットとティアメープルに対し、視線を何度か往復させたタイダロスであったが、やがて何かを察して諦めたように嘆息した。
「……ハァ。サイゾウさんだっけ。前言撤回するよ。ありがたく『気持ち』を受け取らせてもらうね」
「はぁい! ありがとうございますぅ!」
疲れた様子で、サイゾウからペアブレスレットを譲り受けたタイダロス。
そして彼は────ティアメープルの左手を取ると、何の躊躇いもなく、その手首に金色のブレスレットを嵌めて見せた。
「え……ひゃぇっ!?」
タイダロスの行為が余りに自然なものであった為に、暫くの間何をされたのか理解出来なかったティアメープルであるが、自身の手に嵌められたブレスレットをしっかりと認識すると、珍妙な声を上げて固まってしまった。
そして暫くの後、ぎこちなく首を動かしながら紅潮した顔でタイダロスへと問いかける。
「タタタタタタイダロスっ!? こ、これは、どういうっ!?」
そんなティアメープルの態度に興味を示す事もなく、タイダロスは自身の右手にも銀のブレスレットを嵌めながら返事を返す。
「どういうも何も……子供達は謝った。僕に怪我は無かった。店員は監督不行届きに対して謝罪の品をくれて、『僕達』はそれを受け取った。だからこの話はここでお終い。そういう事だよ。いいね、ティアメープル」
────だから、子供達に向けてる敵意を納めなよ。
言外に、タイダロスはティアメープルへとそう告げていた。
……そう。先にタイダロスが危機に瀕してから今までずっと、ティアメープルは子供達に強烈な敵意を向けていた。
タイダロスとの遣り取りこそふざけたものであったが、その敵意は怨敵に向ける様な濃密なもので、殺気にすら近いものであった。
仮にサイゾウが子供達との間の壁になっていなければ、敵意を浴びた子供達には深刻な心の傷が残ったであろう。
それ程までにティアメープルは怒っていて……だからこそ、それを察したタイダロスは、ティアメープルが欲しがった物を渡し、謝罪を受け入れたという事実を作る事で、その怒りに蓋をさせたのである。
「あ……で、ですがっ!」
「嫌なら、そのブレスレットは返してね」
「返しませんわっ! ……うぅ、わかりましたわ。納得はしませんけど承知はしますわ……」
タイダロスを危機に陥れた者を見逃すのは嫌だが、それよりもタイダロスからのプレゼントを失う方がもっと嫌だったのであろう。
結果として、ブレスレットを大切そうに手で隠しながら、ティアメープルは不承不承といった様子でタイダロスの提案を呑んだのである。
「どうやら、ご満足いただけた様で何よりですぅ。それでは、私はこの子たちを親御様のもとへ帰さなければなりませんので失礼しますねぇ」
そんな2人の様子をずっと眺め見ていたサイゾウは、状況が一先ず安定した事を確認すると、そう言って今度は女児も片手で抱え上げた。そして、そのまま右手の人差し指と中指を天へと向け……
「ご両人、どうぞ良き日々を────散ッ!!」
直後、子供達とサイゾウの姿がその場から煙の様に消え去った。
変身していないとはいえ、ティアメープルにすら影しか捕えられなかったその速度は、脅威の1言に尽きる。
高速化する現代社会。最近の企業戦士は随分と鍛えられているようである。
「……ところで、メープル」
その場に残された無数の木の葉と、何時の間にか復活している天井に張り付く忍者の銅像……先ほどまでとは微妙に造形が異なるソレを眺め見ながら、タイダロスが呟く。
「君の外出先のレパートリーには、もっとこう、落ち着いた場所は無いのかな? 普通のデパートだと思ってたら、もう既にゴクドゥーランドの香りがするんだけど。何なのさこのデパート」
「違いますわ! 違いますわ! 私も驚いていますのよ!? シノビックデパートは店員不在の全自動販売サービスが売りのデパート……店員が居るなんて初耳ですわ!」
「今の地球の科学技術で全自動サービスなんてある訳ないじゃないか……いや、待って。さっきのサイゾウみたいな人間が複数人居れば……」
タイダロスの脳裏に浮かぶのは、無数のサイゾウが目にもとまらぬ速さで接客サービスを行っている姿。
だが、流石にそんな事はあり得ないと苦笑しながら頭を横に振り、浮かんだ妄想を振り払う。
「……ま、いいか。それよりメープル、僕は商品の会計に行くつもりなんだけど、君はどうする?」
騒動の中で一旦床に置いていた、幾つかのグッズが入った買物籠を持ち上げて見せながら、ティアメープルに尋ねるタイダロス。
ティアメープルは即断でタイダロスに同行すると言おうとし……けれど、すんでの所で口を閉じた。そして、一拍置いてから再度口を開く。
「私は────その、少しお花摘みに行って参りますわ」
「了解。僕は直ぐ戻るから、また此処で待っててよ」
同行を申し出なかった事を内心で意外に思いつつも、態度にはおくびも出さず、タイダロスはレジに向かい歩いて行く。それをひらひらと手を振って見送り……タイダロスが商品棚を曲がった所で、ティアメープルは行動を起こす。
「タイダロスにプレゼントを貰った以上、私もご奉仕精神を燃やさなくてはなりませんわ────!」
向かう先は、トイレ横に在る自動販売機。
どうやらティアメープルは、タイダロスが戻って来るまでの間に飲み物を買い、戻ってきたタイダロスにそれを渡す事で、出来る女アピールをする事を決めたようである。
先程の遣り取りで気を遣わせてしまった事への汚名返上のつもりらしいが、それで思いつくのがジュースの辺り、どうにも発想が中学生染みている。
人には不可能な速度で店内を移動し、計画通りにジュースを買ったティアメープル。
後はそのまま戻るだけ……
『────見つけたぞ────幹部────お前は僕が────』
自販機の横。トイレの中から響いてきた声に、