悪の組織の幹部『タイダロス』
魔法少女マジティアの一人『ティアメープル』
かつて命を懸けた戦いを繰り広げた2人が、10年の時を超え、今再び対峙している。月光を浴びながら睨み合うその姿は、さながら古い西部劇映画のようだ。
暫しの間、油断なく互いの挙動を観察していた二人であったが……その膠着状態を破るべく、意を決してタイダロスが口を開いた。
「ティアメープル……その、良ければさ。僕待ってるから、一回帰って着替えてきてもいいよ? なんか、タイミング悪かったみたいだし……」
「そ、そんな風に気を使わないでくださる? 別に、私はこの格好を気にしてなんかいませんわ」
「あっ。そ、そうなんだ……その……ごめんね」
「そこで真剣に謝られたら私の精神的ダメージは倍ドンですわよ!?」
そして、再びの沈黙。
……無理だった。タイダロスには、ここからシリアスな空気に持っていく方法がどう頑張っても思い浮かばなかった。
だってジャージである。ネギである。ビールである。食べられる野草である。
嘗て激戦を繰り広げた宿敵への復讐を胸に復活したら、なんかすごくモッサリしている宿敵が現れたのである。
我欲を至上として生きてきたタイダロスの乏しいフォロー力では、とても対処できる状況ではない。先程まで爆上がりしていたテンションも、急転直下の奈落行きだ。
「ご、ゴホンッ! あー……そ、そういえばっ!!」
それでも、タイダロスは咳払いをして、何とか言葉を振り絞った。
「どうやら君達は僕を殺さずに封印したみたいだけど、あの日からどれだけ時間が過ぎたのか、聞いてもいいかい?」
宿敵がふざけた格好になっていたことへの混乱と、宿敵との邂逅を情けない物にしたくないという格好付け。その2つの感情が混じり合い、彼の胸中には、とりあえずこの場を何とかしなければいけないという、謎の義務感が発生していた。
そんなタイダロスの言葉を聞いたティアメープルは、複雑そうな表情を浮かべたものの、小さく息を吐き返事を返す。
「私達が貴方を封印したのは、今から3652日前……ちょうど10年前ですわ」
「ふーん。10年……通りで君の雰囲気が……こう、変わってる訳だ。なんというか、うん」
「なんだか滅茶苦茶含みがある言い方をさわましたわ!?」
ジトリとした視線を向けて来るティアメープルに対し、努めてそれに気付かないフリをしながらタイダロスは会話を続ける。
「それで……10年経って君が生きているって事はつまり、メリーバッド帝国──エゴーレ大帝は、君達に負けたっていう事で良いんだね?」
「っ……!」
質問の形を取っているが、それは半ば確信を持っての問いかけだった。
当時のタイダロスは、1週間もあれば国を落とせる程の力を持っていた。そのタイダロスと同格の幹部達に加え、タイダロスを遥かに上回る力を持つエゴーレ大帝。彼等が未だ健在であれば、この世界に『まとも』な人間が残っているという事はありえない。足元で倒れている男達の様に、あまねく全ての人間は、欲望を収穫されて人形のようになっている筈なのだ。
そうなっておらず、あまつさえ、眼前に立つマジティアの一人であるティアメープルが健在だという事は、つまり……メリーバッド帝国はマジティア達の前に敗れた。そう考えるのが自然な事だろう。
「……え、ええ。そうですわ。貴方以外の幹部とエゴーレ大帝は私達が倒しましたわ」
案の定。視線を逸らしながらもタイダロスの推測を肯定するティアメープル。
問いかけへと答える際の、彼女の表情には寂寥と後悔の色が浮かんでいたが、しかし、タイダロスはそれに気付く事なく────というか、興味を持つ事すらしない。それどころか
「成程、それは────―良い事を聞いたな」
そう言って、不敵な笑みを浮かべてすら見せた。
不可解な事を言うタイダロスに、ティアメープルはどこか恐る恐るといった様子で尋ねる。
「良い事って……何を笑っていらっしゃるの? 貴方の故郷と仲間は、大切な人たちは、全て私達に倒されたんですわよ!?」
「……? だって、彼らが居なくなったって事は……この僕が世界中の人間の欲望を一人占め出来るって事じゃないか」
首を傾げ、一片の含みも無く答えるタイダロス。
「僕は、僕を産み出したエゴーレ大帝にはどうあっても勝てなかったからね。そういった意味で、大帝を倒してくれた君達には感謝すら感じてるよ」
「あ、貴方は……っ!」
その返答を聞いたティアメープルは、驚愕に目を見開くと、唇をわななかせる。胸の前で強く拳を握り……嘗てに比べ濁ってしまった金色の瞳を、涙で潤ませた。
「……うん? どうしたんだいティアメープル?」
そこで、タイダロスはようやくティアメープルの様子がおかしい事に気付く。そして、状況に対して暫し思考を巡らせた後……彼の中で一つの回答が導き出された。
「────ああ! 君、ひょっとして僕が怖いのかい!?」
……計算式がおかしければ正しい回答は導き出しようもない。だが、自分の中で得た答えが間違っているとは露程にも考えず、タイダロスは小さく体を震わせるティアメープルの態度に優越感を覚え始める。
「ふふん! まあ、当然だろうね! 幾ら強いとはいえ、君達の素体はただの人間の女の子だ! 久しぶりに会って、魔人たる僕の強大さに生物としての本能が警鐘を鳴らしたって所かな?」
遭遇直後にネギとビールと草で削られたテンションを取り戻そうとするかの様に、どんどんと調子に乗っていくタイダロス。
だが、その増長が再び最高潮に達しようとしたその時。
「だけど、安心するといい。今さら侮ったりなんかはしないよ。君達が強い事を僕は知っているからね。今度は決して油断────もぎゅっ」
柔らかな大きなものが、タイダロスの言葉を遮った。
おっぱいである。
駆け寄ってきたティアメープルが、突如としてタイダロスを抱きしめたのだ。
10年の間に広がった、少年と大人の体格差。それにより、タイダロスの頭部は豊かな双丘の間に埋もれてしまったのだ。
「もごっ!? もぐぐぐっ! もぐもももももっ! もぐぐ!! (おいっ!? 何をする! 何の攻撃だっ! 離せ!!)」
「────させませんっ! この私が、ぜっだいにざせまぜんわ”っ! 貴方に、悪行な”んでっ!!!!」
タイダロスは、突然の出来事に混乱しながらも必死にもがき、双丘から抜け出そうとする。
だが、荷物を持った両腕で包むようにガッチリ頭をホールドするディアメープルからは逃げられない。
(なんだコイツのこの腕力はっ!? 何故、変身もしていないこいつの腕から抜け出せない! ……いや、違う! これは──僕の力が弱まってるのか!?)
闇の力で吹き飛ばそうとしても微塵も力は放出されず、それどころか身体能力の強化すらも出来ない始末。ここにきてようやく、タイダロスは異常に気付いた────今の自分が、無力な人間の子供並の力しか発揮できていない事を。
(……不味い不味い不味いっ! こいつの攻撃で、息が出来ない! このままだと殺られる!!)
焦って抵抗を強めるタイダロスだが、逆にティアメープルの抱きしめる力が強くなるばかり。
(う、嘘だろ!? こ、この僕が! 『怠惰』のタイダロスが! ネギと土と汗臭いジャージに埋もれて負ける──―あ────まず、意識g────)
そして。
頭部には柔らかな感触と、ポタポタと降り注ぐ生暖かい液体を。
嗅覚には汗とネギと土の香りを。
耳には鼻が詰まったかのようなティアメープルの声を。
5感の内3つに異常事態を抱えたまま、酸素不足によりタイダロスの意識は深い闇の底へ落ちて行った。
夜の公園で、倒れ伏す無数の不良共を背景に、泣きじゃくりながら少年の頭を胸に埋めて気絶させるジャージ姿の成人女性。その光景を一言で現すとすれば
────事案であった。