「 少し違う 他の は 」
「 そうだね は そう作られた 」
「 それでも は 誰 思う 」
────────────
「……ん……っ」
水底から浮き上がる泡のように、意識が浮上していく。
疲労を訴える肉体は意識を再度微睡みへと誘うが、それに抗う様に瞼がゆっくりと開かれる。
「……ここは?」
金色の髪に朱い瞳の少年────タイダロスが、目を覚ました。
瞼をこすりながら、呆けた様子で周囲を見渡すタイダロス。霞んでいた視界は徐々に焦点が合っていくが、しかしまだ寝ぼけているのだろうか。見慣れない天井までの距離がやけに近い気がする。
「……いや……これ本当に天井近くない?」
実際、近い。仰向けで寝ているタイダロスの頭から知らない天井までの距離が1.5m程しかない。不可解な状況に混乱しながらも、なんとか現状を把握するべく首を動かして周囲を見ると
「……むにゅ……おかあさまぁ……みつこはお腹いっぱいですわぁ……うへへ……」
なんか居た。
というか、ティアメープルだった。
ティアメープルが、タイダロスに添い寝していた。
「……うわああああああっ!!!?」
宿敵が至近距離に居る事に驚愕し、反射的に掛けられていたタオルケットを跳ね除け飛び起きるタイダロス。しかしながら、天井まで僅かな距離しかないこの空間で飛び起きたりすれば、当然の事ながらその頭部が辿る未来は決まっている訳で。
「痛あっ!!? ────へ!? う、わわわわわわががががっっ!!!?」
タイダロスは天井に頭をぶつけた……しかし、それだけでは済まなかった。
頭部の痛みにタイダロスがたじろいで数歩後退すると、その先で足元の『山』が崩れた。
そう、『山』だ。
服や鞄、靴に化粧品。日用雑貨、書籍。10畳程の和室に、うず高く積み上げられた物品の山。
タイダロスが寝ていた布団はその山の上に敷かれており、そんな不安定な足場で動き回ってしまったが故に、タイダロスは2m程の山を転げ落ちる羽目になったのである。とっさに闇の力で身体能力を強化しようと試みるが、気休め程度の効果しか発揮されず、今度は床にしたたかに頭をぶつける事となってしまった。
「ぐ、ぐぅ……一体、何なんだよコレぇ……!」
「んー……もう、騒がしいですわ……一体なんですの……?」
余りにも短い時間で訪れた痛みと混乱にタイダロスが呻いていると、そこでようやくティアメープルが目を覚ました。
サイズが合っていないのかボタンの上半分が外され、手足が長めにはみ出ているシルクのパジャマを着込んだ彼女は、器用に手さぐりで見つけ出した眼鏡を嵌めると、物品の山の裾野へと視線を向ける。そうして、そこにタイダロスの姿を認識すると、少しだけ目を見開いてからパジャマの胸元を腕で隠し、頬を薄く染めて
「おはようございます……そ、そんなにじっと見られると恥ずかしいですわ」
「違う。そうじゃない。下りてきて。そして正座」
タイダロスはそれはもうびっくりするくらい真顔だった。
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「とりあえず、色々と聞きたい事があるんだけど」
「まあ!私に聞きたい事だなんて!いいですわよ、お答えしますわ! 何ですの?何ですの?」
室内に積み上げられた衣類の山をかき分け、かろうじて畳が見えるようになった1m程の空間。そんな狭苦しいその空間の中で、タイダロスとティアメープルはお互いに正座で向かい合っていた。
ソワソワと落ち着かない様子だが微笑を浮かべているティアメープルに対し、タイダロスは苛立ちで頬の筋肉を引きつらせている。
一触即発……とまではいかないが、良い雰囲気で無い事だけは確かだ。それでも、大きく深呼吸をして、ある程度の冷静さを取り戻したタイダロスは問い掛ける。
「まずは……ここは一体何処の収容施設なんだい?」
タイダロスにとって、とにかく必要なのは現状の確認だ。気絶させられて見知らぬ場所へ連れてこられた上に、力の行使もままならない――そんな状況で生き延びるには、せめて事態の元凶である眼前のティアメープルから情報を引き出さなければ話にならない。
この時点でのタイダロスは、おそらく此処は彼女達マジティアの仮拠点か何かであろうと予測を立てていたのだが、帰ってきた返答は予想外のものだった。
「収容施設? 何を言っていらっしゃるの? ここは私のハウス────自宅ですわ」
「は?」
一瞬、タイダロスは目の前の女性が言い放った言葉が理解できなかった。
首を動かして周囲に視線を向けて見れば、無理矢理に作った自分達の周囲のスペースを除いて積み上がっている、無数の物品。
「ティアメープル……ひょっとして君、僕をからかっているのかい? こんな所で人間が暮らせる訳ないだろ?」
「いきなり失礼ですわね!? 正真正銘、私の住民票が登録されている部屋ですわ! ちょっと散らかっていますけれど!」
十数秒の沈黙の後に、タイダロスは無言で衣類の山の中から適当に一枚の布きれを摘み、引っ張った。すると、無理矢理に除けられていた荷物は瞬く間に崩れ、衣類の雪崩が正座をしているタイダロスとティアメープルの腰程までを埋め立ててしまった。
「────何がちょっとだよ! ゴミ屋敷の類じゃないか!!」
「訂正してくださいまし! 訂正してくださいまし! ゴミじゃありませんわ! 私の財産ですわ! 行政代執行なんてさせませんことよ!?」
「僕が地球の調査資料で見たゴミ部屋住人の発言のテンプレートだし、既に行政にもゴミ屋敷扱いされているじゃないか!!」
「されてませんわ! 調査結果はギリギリセーフでしたわ!」
「実質アウトだよ!!」
ゴミ屋敷について騒ぐ魔法少女(少女ではない)と悪の組織の幹部。前代未聞である。
そこで、そんな二人の言い争いを中止させるかの如く……というよりは言い争いの振動が原因で、再度物品の山が崩れた。
今度は、二人共頭まで飲み込まれた。
「……とりあえず、ゴミ屋敷の話はもういいよ。ここが君の家だって事も信じる。そうしないと、もっと疲れそうだからね」
「ゴミ屋敷ではありませんけれど、信じて貰えたのは嬉しいですわ!」
物品の山から抜け出したタイダロスとティアメープルは、再び作った会話用のスペースで会話を再開する。タイダロスは疲れた様子を隠す事も出来ないまま、再度口を開く。
「場所が何処かっていう疑問は解決したよ……だから次だ。ティアメープル。君はどうして僕を攫ったんだい?」
「さ──!? さ、攫ってってなんかいませんわ! 貴方が不慮の事故で意識を失ってしまったので、家に連れてきて介抱しただけですわ!」
タイダロスにとってはこちらの質問の方が本筋である。汗を流しながら言い訳をしているティアメープルを気にする事も無く続ける。
「気絶している間に仕留めるでもなければ、拘束して拷問に掛ける訳でもない。メリーバッド帝国が既に敗北している以上……まあ、敗北していなくてもそうなんだけど、僕に人質としての価値がある訳でもない」
ずいと、顔を寄せてその紅い瞳でティアメープルの瞳を覗き込むタイダロス。
「君が何でこんな事をしているのか分からない。だけど、行動には必ずその原動力になっている欲望がある筈なんだ。だから教えてよ。君の目的を」
欲望へのあくなき興味は、彼が欲望を糧とする魔人であるが故の事だろう。少年であるが異性でもあるタイダロスに間近で目を覗き込まれたティアメープルは、不意の出来事に思わず顔を紅潮させて視線を逸らす。だが、それは僅かな間だけの事。その後、意思の力で無理矢理にタイダロスと視線を合わせると、ティアメープルは口を開く。
「……そうですわね。私が貴方をお連れしたのは────タイダロス。貴方を『矯正』する為ですわ」
「矯正? ……ああ、成程! そういう事か! ははははは!」
タイダロスは、ティアメープルの思いもよらない言葉に首を傾げたが、やがてその意を理解すると────否。理解した気になって、笑い出した
「確かに、よく考えてみれば僕は君達マジティアにとっての『やり残し』だからねェ。皆に愛される正義の味方としては、折角メリーバッド帝国を打ち破ったのに、その残党がのさばってたら座りが悪い。だけど、その残党を従属させて善良な存在に調教すれば逆に評価に繋がるって事か。いいね! 分かり易くてすごく────」
「いいえ、全然違いますわよ?」
「え?」
ドヤ顔で口にした推測を否定されて、困惑の色を浮かべるタイダロス。
そのタイダロスにティアメープルは告げる。己の目的を。秘めたる欲望を。
「────メリーバッド帝国最高幹部『怠惰』のタイダロス。愛を知らず、友情を知らず、欲を糧に生きる男の子」
「私は……そんな貴方を『ただ普通に幸せ』にしてあげたいんですの」
それは慈悲の女神のように優し気な表情で。
あまりに予想外なティアメープルの発言に、ぽかんとした表情を浮かべるタイダロス。そのタイダロスの様子に気付きつつも、ティアメープルは微笑を湛えたまま言い聞かせるように言葉を続ける。
「貴方と一緒に暮らして────時には母の様に、時には姉の様に、時には□□□□のように。みっちりしっかりしっぽりと、この私が幸せを教え込んで、貴方が幸せを感じられるように『矯正』してさしあげる。その為に、貴方をお連れしたのですわ」
こいつ、本気で言ってるのか?とタイダロスがティアメープルの顔を見る。
そして確信する。あ、これマジの表情だと。
タイダロスは生まれて初めて、魔人である自分の本能を――欲望への好奇心を、後悔した。