「るる~♪ ぼっくらの頼もしい♪
小唄を口ずさみながら軽い足取りでご機嫌に歩みを進めるのは、ティアメープル。
袖にスリットが入ったレースのワンピースとアクセサリーで着飾ったその姿は、いつぞやのジャージ姿が嘘のように映えている。万人が――とは言わないが、10人中8人は振り返るであろう美しさである。
「……」
そんなティアメープルに右手を掴まれ、ずるずると引きずられているのはタイダロス。
常の軍服に軍帽。そして何故か無理矢理に履かされた半ズボン。
美少年故に無駄に似合ってはいるが、死んだ目で連れて行かれるその姿は、いかに彼が悪の幹部とはいえ、多少の悲壮感を感じさせる。一応、抵抗の痕跡として服の皺や髪の乱れが見受けられるが、現状を見るに無駄な抵抗であったようだ。
「……うん?」
電車を下り、交差点を歩き、青桜の並木を抜け。
どれくらいの距離を歩いただろうか。もはや諦めの境地で連行されていたタイダロスであったが……不意に、その視界の中に1枚の看板が映った
桜吹雪を背景に、角刈りやパンチパーマのデフォルメされた可愛らしい動物達が並んでいるファンシーな絵面。
『さあ!君も
ルビも何もかも色々と間違っているピンクでポップな謳い文句を認識し、鳥肌を立てながらタイダロスは視線を前方、進行方向へと向ける。
まず見えたのは牢……ではなく城壁のようなオシャレな壁。そして、その向こうには色とりどりの建造物と、観覧車。城壁の入り口には大きな案内板が飾られており、そこには
『よい子のみんな!メルヘンゴクドゥーランドへようこそ!』
と、可愛らしい文言が、いかつい筆文字で記されていた。
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「メルヘンゴクドゥーランドは、抗争で壊滅したヤクザ達が地獄に落ちた事を憐れんだ背中の毘沙門天が、彼らを可愛らしいマスコットにして現世に蘇らせた――――という設定のテーマパークなのですわ!」
「何なのさ、その雑な設定は……」
入口の料金所で和服を着た妙齢の女性に入園料を支払ったティアメープルは、タイダロスの右手を握ったまま、園内に敷かれた石畳の上を楽しそうに歩きつつ自慢気に解説する。
「蘇ったマスコットヤクザ――通称マヤクコット達は、生前に自分が迷惑をかけた分だけ人々を笑顔にしないと成仏できず、更に、笑顔にする為の努力を怠ると堪えがたい苦痛に苛まれますの!」
「略称も設定も突っ込みどころが多過ぎないかなぁ!?」
パンフレットを持たずにそんな設定を暗唱出来る辺り、どうやらティアメープルはかなりしっかりと下調べをしてきたようだ。
だが、そんなティアメープルに対してタイダロスは、嫌そうな顔を隠そうともせず、むしろ溜息すら吐いて見せた。売店で買った食べ歩き用のやけに赤々しいチュロスを1つティアメープルに渡し、毒づく。
「……メープル。何度も言うけど、こんな所に僕を連れてきてどうするつもりなのさ。契約だから付いてきたけど、僕は魔人だよ?愛とか夢とかそういうのが1番嫌いなんだ。人間のテーマパークっていうのは、それを感じる為に用意された環境なんだろ? だったら、幸せどころか不幸になる自信しかないね」
「フフッ、嫌よ嫌よも好きの内ですわよタイダロス。一度でもこのランドのクオリティに触れれば、その内、自分からゴクドゥーランドを求めるようになる筈ですわ!」
「それ、テーマパークの名前と相まってすごく嫌な意味にしか聞こえないんだけど……」
2人が蜂蜜味のチュロスを齧りながらそんなやり取りを続けていると――不意に、正面に建っている土産屋の脇から人影が現れた。気配に気付き反射的に警戒態勢に入るタイダロスだが、ティアメープルはそんなタイダロスの背後に回り、優しく抱きしめるようにして拘束する。
ニコニコと笑みを浮かべるティアメープルと、困惑するタイダロス。
そんな2人の元に歩み寄って来た人影……初めは逆光で見えなかったが、距離が近付いた事でようやくその姿が露わとなる。
黒いつぶらな瞳。
ずんぐりむっくりした2.5頭身の体型
体を覆う赤茶色と黒の体毛はフワフワと綿の様に柔らかそうで、所々の白い毛はあどけなさを感じさせる。
実在の動物で例えるのなら、レッサーパンダが近いだろうか。
毛皮の上から白いスーツを着込んだその『着ぐるみ』は、モフモフした肉球付きの右手をタイダロス達へ差し出し、角刈り風の頭を下げ
「――――お控えなすって!!手前、生国と発しまするは妖精界あんみつ村の生まれ!姓はハジハニ!名はミルキー!人呼んでハジキと申します!!」
「紹介しますわタイダロス!この子はゴクドゥーランドのマヤクコットの1人、テッポーダマパンダ妖精のハジキ君ですわ!」
「マスコット!?野太い声で仁義切ったこの角刈りが!!?」
見た目と声のギャップ、そして物騒な単語のオンパレードに思わず突っ込みを入れるタイダロス。
「やっぱりおかしいよ!僕が知ってる人間界の知識にこんな妙な――――」
言いかけたタイダロスを手で制し、任せておけとばかりにウィンクで目くばせすると、ティアメープルは自身の黒いロングスカートの端を軽く摘み
「有難う御座いますわ!ご丁寧なるお言葉、申し遅れて失礼さんにございますわ!手前、姓は伊集院、名はみつ子!以後、万事万端、宜しくお頼申しますわ!」
「ティアメープル!!?」
綺麗に仁義を返した。
突然、昭和の任侠映画じみた行動を始めたティアメープルに驚愕の声を上げたタイダロスだが、1人と1匹はそのまま『お控えなすってお控えなすって』という遣り取りを一通り行い、最終的に最後まで仁義を切り終えて見せた。
「……ふぅ!やりましたわ!ゴクドゥーランド裏名物のウェルカム仁義、演りきりましたわ!」
「……うわ……うわぁ……キッツ……」
「き、キツくありませんわよ!?これはランドの玄人向けのサービスですの!仁義を最後まで切ると割引が付きますのよ!?」
「割引よりも大切なものを失ってるよ、それ……」
数日ぶりにドン引きするタイダロスと、弁明するティアメープル。
2人がそんな会話をする中、マスコットのハジキ君はポフポフと足音を鳴らしながらタイダロスに近づいて行く。マスコットの仕事は大きなお友達の相手がメインではない。本業は、ランドにやって来た子供と仲良くする事だ。ハジキ君は外見だけは美少年であるタイダロスの前に立ち、抱きしめようと両手を広げ
「……?」
――――そして次の瞬間、その視界は空を映していた。
驚いて首だけを動かして周囲を見渡せば、そこには、自分を見下ろすタイダロスとティアメープルの姿。数秒の思考の後に、どうやら自分は転んでしまったらしいと認識したハジキ君は、無作法を恥じつつも仕事を完遂すべく起き上がると、再度タイダロスににハグをしようとする。
「!?」
だが、やはりその直後。ハジキ君は再度空を眺める事になった。
不可解な事態に混乱しつつ、慌てて周囲を見渡して――――そこで、ハジキ君はようやく気付いた。
先程から自身がハグをしようとしていた少年。
その横に立っている女の眼鏡の奥にある、恐ろしく冷たい瞳の色に。
それは例えるなら……『組を裏切り情報と金を敵対組織に売り渡して鞍替えをしようとしたが、騙されて情報と金だけを奪われたあげく捨てられ、北国へと逃走するも逃げ切れず捕まり、北の海に沈められないように必死に命乞いしている組の下っ端を眺めている若頭』のような。そんな絶対零度の瞳だった。
理性ではなく本能で原因を理解したハジキ君は、手の震えを意思の力で抑え込み、再度立ち上がろうとする。恐る恐るゆっくりと……そして、今度はしっかりと立ち上がれた事で、自身が原因を見誤っていなかった事を確信し、安堵した。
ハジキ君は、一度深呼吸してから静かに口を開く。
「……坊主、いい女じゃねぇか。大事にしてやんな」
「あら?……あらあらあら!んもぅ!ハジキ君ったら!タイダロスさんの女だなんて!困ってしまいますわ!私、困ってしまいますわ!うふふ!」
ティアメープルに割引チケットを受け渡し、背中越しに右手を振りながら去って行くハジキ君。そして、チケットを受け取ってからも困りましたわ困りましたわと、頬を染めて上機嫌で悶えているティアメープル。そんな1人と1匹を見て、タイダロスは思う。
「……まだ、入口から50mかぁ」
正確に言えば、現在2人が居る位置は入口ゲートより48m地点。
敷地は広く、閉園までは長い。
これから待ち受ける困難を想像し、タイダロスはげんなりして溜息を吐くのであった。